花笠にて
屋根裏の隙間から、眼下の会議室を覗き込むKUROと翔。
そこはイルーサリ中央本部の会議室、滝川と大内の二人が密談を交わしていた。
「こうちゃん、先月の帳簿だ」
「サンキュー。表の産業も変わらず順調だな」
「ああ」
「こっちの準備も万全だぜ。白狼にばら撒いてる『アレ』も、だいぶ効果が出てきてるみたいだしな」
大内は手元のコップに水を注ぐと、一気に喉を潤わせた。
「そろそろ、あの計画が動き出すのか……」
喉を鳴らして水を飲み干すと、大内はニヤリと不敵な笑みを浮かべた。
屋根裏でそれを見ていたKUROが、小さく頷き、翔は小さく息を飲んだ。
「そうさ。ケシの花を見つけてから二年……。とうとう本格的に動き出すぜ。この島に激震が走る」
滝川の言葉を聞きながら、大内は手に持った銀板写真をじっと見つめていた。
それを見た滝川が、懐かしそうに話を続ける。
「しげ、お前その写真見るの好きだよな。……そこが、俺たちのこの島での出発点だったもんな」
滝川は大内の肩に手を回し、力を込めた。
「この計画が成功したら、俺たちの天下だぜ」
「おい、よせよ」
照れ隠しのように、大内はその手を払いのけた。
「……そんじゃ、俺は帰るぜ」
席を立ち、部屋を出て行こうとする大内に、滝川が背中越しに声をかける。
「どうせいつもの『葉子』の店だろ。葉子にもよろしく言っといてくれよ。
……じゃあな。あんまり飲みすぎるなよ」
大内はその言葉に振り向きもせず、背中で手を挙げて応え、部屋を後にした。
それを見てKUROと翔も屋根裏を後にして、次に大内が向かうであろう店を目指す。
会話の感じから、この島唯一の酒場『花笠』に向かうことは容易に想像できたので、敢えて尾行はせずに大内とは別ルートで向かった。
「翔さん、先ほどの会話から何か分かりましたか?」
「はい、やはりイルーサリがアヘンを流していたんですね。
そして、思ったより大きい計画を立ててる事が分かりました」
「はい、そうでしたね。上出来です」
KUROにほめられ照れながら頭をかく翔。
「ただですね。あの大内って男、かなりの嘘つきですよ」
KUROが言うと、意外そうな顔をする翔にKUROは言葉を続ける。
「水を不自然に一気に飲み干す、話の途中で思い出の写真を見る、あと肩に回した手を振り払ってましたねぇ、あれは、嘘つきですってサインですよ。
まあ、恐らくこれから行くところで答え合わせが出来るはずですね」
翔は、KUROの洞察力に驚きを隠せなかった。
そんな会話をしてるうちに、花笠の前に二人は着く。
店の入口には『Closed』の看板がかかってる。
「仕方ないですね」 そう言って建物の屋根を指さすKURO。
今度は、酒場の屋根裏に忍び込んだKUROと翔が大内の様子を伺う。
閉店後の店内には、大内と葉子と呼ばれる店員の二人だけだった。
「はいよ」
そう言って焼酎の水割りを出す葉子。
ごくごくとその酒を飲み干し、
「あっ~」
という一言と共に大内がコップを置くと、葉子は黙って水割りを足す。
「しげちゃんお腹は……」
「ああ、簡単なつまみが有ればいいや」
「はいよ、でもあんた、最近ちゃんと食べてんのかい」
「ばかやろ、腹にためたら旨い酒が入らなくなっちまうだろ」
「はいはい、わかったよ。しょんないねえ」
そう言って手際よく調理を始める葉子。
「ほら、できたで」
大内の前に、そこそこのボリュームの野菜炒めが出された。
「おい!簡単なつまみって言ったじゃんか」
「ははは、どうせ食うだろ」
「ったく」
文句を言いながらも、大内は野菜炒めに箸を付け、頬張る。
「ったく、うめえじゃねえかよ」
それを聞いて、当たり前だとばかりに微笑む葉子。
やがて大内が程よく酔い始めた頃、葉子が聞いた。
「前から思ってたんだがね、あんた何でこうちゃんに本音を言えないの」
「ばかやろ、普段は言えるんだ。ただ昔からアイツが狂いだすとな……」
そう言うと、大内と滝川の出会いの話が始まった。
浜北中学校1年3組の教室。
短ランにボンタンのズボンに手を突っ込みながら、教師の横に立つ中学時代の滝川。
「それでは、皆さん夏休み明けに転校生の紹介です」
その日、大内は学校をサボっていたため、滝川が転校してきたのを知ったのは翌日のことだった。
翌日の昼休み前、大内が気怠そうに登校して教室へ向かっていると、同級生が駆け寄ってくる。
「しげちゃん、昨日から転校生来てるんだ」
「ほう、どんなやつだ」
「ヤンキーだよ、だいぶ生意気そう」
「よっしゃ、こっちから挨拶してやろうか、どこのクラスだ」
大内が1年3組の教室に到着すると、すでに先客がいて、入り口で揉めてる様子だった。
「しげちゃん、あいつら3年だ。どうする」
「まあ丁度いい、いつか3年も締めてやるつもりだったんだ。お前仲間を集めろ」
その瞬間だった。3年生の一人が滝川に蹴り飛ばされ、倒れた。
滝川は倒れた3年生に馬乗りになると、持っていたナイフを耳の付け根にあて、躊躇なく耳を裂き始めた。
慌てて、止めに入る他の3年生たち。
そこに援軍の1年生が集まって来たが、耳から大量に血を吹き出してる3年生を見て恐怖する。
だが大内だけは、目を見開き、笑ってそれを見ていた。
血を吹き出す3年生をどうしていいか分からず、ただ右往左往している集団をよそに、まるで自分は無関係のようにその場から歩いて立ち去ろうとする滝川に、大内が声を掛ける。
「おい、お前やべーな、ちょっと外で飯でも行こうや」
水割りで喉を潤わせ、コップを静かに置いて大内は話を続ける。
「そっから俺たちは、意気投合してもう38年さ。二人で散々悪さした。
ただアイツは、いつも狂いだすと周りが見えなくなっちまって何を言っても聞かねんだ」
「それで、あきらめちゃってんのかい」
葉子が困ったものだと、ため息まじりに言う。
屋根裏で聞いていたKUROが、翔を少し離れた所に誘導し小声で言う。
「いいですか。これからあなたに与える仕事は、10分程度、大内をこの建物から外に出しておくこと。それで今日の仕事は終わりですので、宿にお帰りください」
何のことか分からず、きょとんとしている翔にKUROが告げる。
「それでは、隠密実践訓練の始まりですよ」
言うが早いか、KUROは突然屋根裏の板を蹴破り、そこへ翔を突き落とした。
「うあ~~っ!」
下に落ちていく翔を見下ろし、ニコニコしながらKUROが言う。
「あなたなら大丈夫。ご武運を~」
そう言って手を振るKUROの顔が、翔には笑っている鬼に見えたのだった。
【機密情報:奇渡ヶ島・裏ファイル】
翔:
「……っつあぁぁ……腰が、腰が折れるかと思った……。
皆様、お疲れ様です、翔です。
いや、聞いてくださいよ! KUROさんの洞察力は本当に凄いんです。
大内の嘘を見抜いたり、酒場を突き止めたり……そこまでは尊敬してたんです。
でも、まさか『実践訓練』だとか言って、いきなり屋根裏から蹴落とすなんてあります!?
笑顔で手を振って……あの人、絶対に楽しんでますよ! 鬼だ、鬼がここにいますよ!」
KURO:(優雅に舞い降りてきて)
「おやおや、翔さん直々の着地、お見事でしたよ。これも愛の鞭、いえ、期待の裏返しです。
皆様、KUROでございます。
ついにイルーサリのボス・滝川と、その腹心・大内の過去が明らかになりましたね。38年来の付き合い……。大内さんが水を一気に飲み干したり、写真を見つめたりしていたのは、実は滝川さんの『狂気』への不安と、かつての純粋な(?)悪友時代への逃避だったのかもしれません。
さて、そんな大内さんたちのお話も気になりますが……。実は、作者のPCにこっそり保存されていたのは、あまりに壮絶なこの章の最後でした。
……おっと、これ以上喋ったら作者に殺されるのは私になってしまいますね。
この作者、私以上に鬼かもしれません。
それでは、次回、無情にも下に落とされた翔さんがちゃんと逃げ切れるのか。
気になった方は、ぜひブックマークの方をお願いします。
次回、潜入作戦はいよいよ核心へ。
皆様、息を潜めてお待ちください」




