甘ったれと現実
「うん、通行許可証は間違いないな。通っていいぞ」
「ありがとうございます」
一か月に及ぶKUROの特訓の成果か、真司たちは堂々とイルーサリの入管を通過した。
「おーい、あんた達ちょっと待ってくれ」
入管を通った直後、クリスが遠くから声を掛け、真司たちを呼び止めた。
「呼び止めて悪いが、ちょっとばかり皆さんに相談したいことがあってな。
今日会ったばかりで申し訳ないが、話を聞いてもらえないかな」
気さくな雰囲気のクリスが、丁寧な口調で語りかける。
こういうお願いを真司が断れるはずもなく、二つ返事で話を聞くことになった。
「ここじゃちょっと話しづらいからな。そうだな……」
そう言ってクリスは辺りを見回す。
「あっ、あそこなら話しやすいかな」
指さした先は、道から少しそれた林の中だった。
何の疑いもなく付いて行く真司の後ろを、独露の面々も追う。
晴人が真司の肩を叩いて小声で囁いた。
「ねえ真司君、あんまり良い感じじゃない気がするんだが……」
「きっと大丈夫。本当に困ってたら可哀そうだし」
危機感の無い返答に、晴人は呆れ返る。
「さっきのお礼を、もっと弾んでくれるんじゃねえか? へへ」
圭太が追い打ちをかけるように楽観的なことを言う。
「まったくもう! どうにでも好きにしてくれ」
とうとう晴人は匙を投げてしまった。
林の奥、人目に付かない場所に差しかかったその時だった。
クリスが突如として晴人の背後に回り込んだ。
左腕で晴人の首を前から強く締め上げ、上体を反らせて固定する。
同時に、右手に握ったサバイバルナイフを逆手に持ち替え、その鋭い刃先を晴人の喉仏のすぐ横に強く押し当てた。
「ほら、こうなる……」
思わず晴人が嘆く。
クリスは晴人を拘束したまま、強い口調で叫んだ。
「おいお前ら、通行許可証を誠に渡せ! 全員だ!」
「ほら、早く出すんだ!」
誠が、真司と圭太、唯から差し出された許可証を筒ごと奪い取るように受け取ると、晴人の許可証も奪い取った。
誠はクリスの少し後ろで、許可証を一つ一つ筒から出しては確認していく。
ほんの数秒確認しただけで、誠は確信したように頷いた。
「クリス、ビンゴだ。やっぱ偽物だぜ」
「おい、何言ってんだ! さっき役人だってあんなに入念に見て、通行を許可したんだぜ」
圭太が食ってかかる。
「そーだそーだ! いちゃもん付けないでくれる?」
唯も強気に同調する。
「おいおい、『目利きの藤堂』ってお前ら運び屋やってて聞いたことねえか? こいつがその藤堂、藤堂誠だ。……それで誠、どう違うんだ、その許可証は」
誠が自分の許可証と真司の許可証を並べて話し出した。
「いいか、この許可証はな、ユニオンの職員が書くんだが、書記は3名居る。
3名とも同じような字だが、払いや留め、筆圧に僅かだが違いが有るんだ。
俺のとお前の許可証だ、重ねて太陽に透かして見りゃ違いがよく分かるはずだ。
……そしてクリス、お前の許可証を借りるぜ」
誠はクリスの許可証と真司の許可証を重ね合わせた。
「この二枚、同じ奴が書いてる。分かるか? 透かしても違いがほとんど無いだろ。お前らの偽造屋、たいした腕だ。だがな……」
誠は二枚の紙をじっと見つめ、核心を突いた。
「この文字を書く本物の書記はな、印が僅かだが右に傾くんだ」
そう言うと、もう一度二枚の許可証を重ねて見せた。
本物であるクリスの印影は、確かに僅かに右へ傾いている。
「たまたまじゃないぜ。この筆跡の許可証は、本物なら全部傾いてるんだ。なんなら今から入管に戻って、他の運び屋の許可証と照らし合わせてもいいぜ」
「ってことで、お前ら一体何者だ。どうにも、潜りの運び屋には見えねえんだよな。
もっとも、ただの潜り(もぐり)だったら、タダじゃおかねえぜ」
真司たちを睨みつけながら、クリスは晴人の喉元に突きつけたナイフにじわりと力を込める。
「わかった……。話すので、晴人さんを解放してください」
真司が覚悟を決めた様子で、一歩前に出る。
「もちろん、返答次第だぜ」
「僕たちは、ある調査をしに来ました」
真司が言うと、クリスがそれを遮るように言った。
「お前たち、白狼から来たんだよな」
「はい……」
「アヘンだろ」
図星を突かれ、真司の眉が跳ねる。
「……なぜ、そう思ったのですか?」
「今、白狼が一番被害に遭ってるって界隈じゃ噂になってるからな。
だが、白狼だけじゃねえ。この島は今、至る所でアヘン中毒が広がってやがる」
「白狼だけじゃなねえなんて…」
圭太の眉間に力が入る
「そうさ。俺の大事な恋人までアヘンに侵されちまった」
そう言いながら晴人を解放するクリス。
「お前たちもケシの畑と工場を探して、なんとかしようって腹か?」
「はい、同じ目的ですね」
安堵の表情を浮かべる真司。
「どうだい。そこのガタイの良いあんちゃんが味方に付きゃ、心強いってもんだが……」
「目的が一緒なら、人数は多い方が良いんじゃねえか。なあ、真司」
圭太が言うと、真司も同調した。
「オッケー、そんじゃチーム結成ってことで」
そう言って、クリスは真司に握手を求める。
二人が握手をしようとした瞬間……。
ヒューッ!
二人の間を一本の矢が通過した。
誠の放ったボーガンの矢だ。
矢は二人の間を抜けて奥の森へ突き刺さり、森から鳥が鳴きながら羽ばたいていく。
「何すんだ!」
圭太が身構える。
「悪い悪い、森の中に人影が見えた気がしてな……野鳥だったのかな。とにかくすまん」
そう言って誠は、皆に手を合わせて謝った。
しかし、それは野鳥ではなかった。 二つの影が、野鳥の羽ばたく音と共に森の奥へと逃げて行ったのだ。
その二人が、逃げ切ったと安心して歩き出した数歩後……。
バタり、バタりと二人は倒れた。
首からは大量の血が吹き出している。
そこに立っていたのは、HAKUとAOIだった。
「まったく、あいつら困った奴らだ」
言いながら死体の持ち物を探るAOI。
懐から笛を見つけ、HAKUに投げ渡した。
「こいつは……黒炉の隠密だな」
HAKUが笛を見ながら呟く。
「イルーサリの隠密じゃなくて良かった。この死体、片付けなくて済んだぜ。
さて、あいつらにきついお仕置きをしないとな」
イルーサリの街道。
クリスと誠、真司と独露が共に進み、分かれ道に差し掛かった。
「そんじゃ、ここで一旦お別れだな」
「しかし、あんたたち中心街に泊まれないのか。せっかくだから一杯やりに行きたかったけどな」
クリスが残念そうに言う。
「そうなんだ。俺たちはあの向こうに見える山の麓で野営だよ。ハァ~ア」
圭太も肩を落とす。
「よし、うちらは明日中に馬車を直す。そしたら落ち合おう」
「わかりました。それでは明日、お願いします」
二組が分かれ、真司たちは山の麓を目指す。
しばらく進むと、HAKUとAOIが突如として目の前に現れた。
「おい、お前ら何勝手なことしてんだバッカヤロー!」
突然の怒号に、一同はキョトンとする。
「なにキョトンとしてんだ。私たちは隠密だよ、『お・ん・み・つ』。
それなのに、いきなりどこの誰とも分からん奴と絡んで、しかも意気投合してやがる」
言われてようやく、自分たちの軽率な行動に気が付く。
「すいません、確かにそうでした」 素直に謝る真司。
「この事はKUROに報告して、あの運び屋をどうするか相談する。
それとな、お前ら他所の隠密に完全に付けられてたからな。幸いイルーサリの隠密じゃなかったから良かったものの……」
「もしかして、あの時のボーガンの矢は、本当に隠密だったんですか?」
晴人が驚いて聞き返す。
「ああ、そうだよ。うちらも居たからね、すぐに片付けられた」
「えっ! 片付けたって……まさか、殺してしまったのですか……」
真司が口走ると同時に、
HAKUが短剣を真司の喉元に突きつけた。
「お前、甘ったれるのもいい加減にしろよ。事と次第によっては、俺らの国がアヘンで滅びるんだ」
HAKUの鋭い眼光が真司をじっと射抜く。
そのまま真司を突き飛ばすと、言い放った。
「――俺らの手が、好き好んで血で染まってると思うな」
その一言を最後に、HAKUは音もなくその場を後にした。
現実を突きつけられた真司は、ただ呆然と立ち尽くすしかなかった。
喉元に残る冷たい刃の感触と、首筋を伝う嫌な汗が止まらない。
自分の理想が、仲間たちの「汚れ仕事」の上に辛うじて成り立っているという残酷な現実が、重くのしかかっていた。
そのころ、KUROと翔は、とある屋根裏に音もなく身を潜めていた。
わずかな隙間から見下ろす部屋の中では、二人の男が密やかな話を交わしている。
イルーサリのボス、滝川浩司。 そして、その傍らで冷徹な眼光を光らせる腹心、大内茂だ。
【機密情報:奇渡ヶ島・裏ファイル】
クリス:
「いやー、悪い悪い! 晴人の旦那、首絞めちまってすまなかったな! まさか本当に同じ目的の仲間だったとはよ。……それにしても、イルーサリの女の子たち、可愛い子ばかりじゃん。おい誠、ナンパしに行くぞぉ~!」
誠:
「……ケッ、相変わらず頭の中はお花畑かよ。女に鼻の下伸ばしばっかりじゃねえか、このバカっ…ってその子めちゃくちゃタイプだぜ待ってくれクリス~」
いやーうるさい二人が去って行きましたね。皆様、KUROでございます。
真司さんは今、HAKUさんの言葉に相当ショックを受けているようですね。……実は、作者さんのデスクにある**『HAKUの秘密裏ノート』を拝見したのですが、そこにはHAKUさんの悲しい過去**が克明に記されておりました。
彼がなぜ感情を押し殺し、沈黙を守り、汚れ仕事を引き受けるようになったのか。その理由を知れば、真司さんも今の自分を恥じることになるかもしれません。
もし、本編でまたしてもセリフの少なかったHAKUさん……そして、口は悪いが無駄に真面目な誠さんを『可哀想だ』と思われた心優しい方がいらっしゃいましたら、ぜひ彼らへの同情票として、下の星(評価)を頂戴できれば幸いです。
次回、潜入作戦はさらに深い闇へと進みます。屋根裏に潜む私と翔さんの目の前で、イルーサリのボス・滝川が何を語るのか……。
それでは皆様、次回の更新まで……息を潜めてお待ちください」




