アヘン
独露のアジト、洞窟の上の森の中。
真司は、静かに身を隠している。
「ぎゃあああ!」
遠くで悲鳴が聞こえた。
条件反射的に声の方へ顔が向きそうになったのを、真司は必死で抑える。
(……落ち着け。今は動いてはいけない)
ガサッ。
真司が音に気づいた瞬間には、もう手足を縛られ、完全に拘束されていた。
にやりと笑うKUROが、真司のすぐ後ろに立っている。
「心の乱れですね、フフフ」
崖下に戻されると、そこにはすでに捕まった独露の面々が転がされていた。
「あーあ、真司も捕まっちまったか」
圭太が、自分の不甲斐なさを棚に上げて悔しがる。
「しかし皆さん、日に日に見つかるまでの時間が長くなっていますよ」
KUROは褒めるが、その目は笑っていない。
「それでは、ペナルティーとして崖の上り下り百往復です」
「おいおい! ちょっと待ってよ、昨日より二十往復も多いじゃんか!」
唯がすかさず抗議するが、KUROは涼しい顔で受け流す。
「昨日八十往復できたのですから。増えるのは必然ですよ」
「KUROはまだまだこんなもんじゃないよ。ニコニコしてるけどマジで鬼だからね」
AOIが楽しそうに茶化す。
「はいはい、早く登ってください。それから今夜は寝かせませんからね。明日は不眠状態での訓練を行います」
「ええ……やっぱ鬼だ」
晴人が思わず本音を漏らす。
「死んじまうよ……」
圭太も泣きそうだ。
「あっ、そうだ。真司さんと翔さんには、これではペナルティーにならないので……皆さんが終わるまで、『一切動かずに』その場にいてもらいましょう」
「ま、マジですか……!」
得意の運動系ペナルティーを免れて安心したのも束の間、最も苦手な「静止」を命じられ、翔はショックを隠しきれない様子だ。
見たものを一瞬で記憶する訓練、部屋の物の配置の変化を当てる訓練
KUROの尾行、変装、護身術、暗闇での行動、暗号解読、独自手話
そして拷問への耐性……。
特訓は多岐にわたり、昼夜を問わず繰り返された。
真司はこの地獄のような特訓に自ら志願して加わったのだが、流石の彼をもってしても、必死にならざるを得ないほどの厳しさであった。
「そうでした。今日は銀様が皆様にお伝えすることがあるとのこと。後ほど城へ向かいましょう。……おそらく今夜は、寝たくても寝られなくなるかもしれません」
意味深な発言をするKUROの顔からは、いつもの余裕ある笑みが消えていた。
白狼城へ着くと、さなえが待ち構えていた。
「いらっしゃい、待ってたわ。銀ちゃんのところへ行く前に、見せておくものがあるの。ついてらっしゃい」
そう言うと、さなえは白狼城の地下へと歩き出す。
湿り気を帯びた薄暗い階段を下りていく。
やがて下の階から、断末魔のような叫び声が聞こえてきた。
「うう……っ、くれ、あれをくれ……!」
「苦しい……助けてくれ……ッ!」
「……何なんだ、これは」
真司は額の冷汗を拭いながら、低く問いかけた。
「まあ、黙ってついていらっしゃい」
おぞましい叫び声にも動じる様子はなく、さなえは階段を下りきった。
そこには阿吽の二人が立っていた。
彼らはさなえを見るなり、親指で地下通路の先を示し、一行を誘導する。
暗い通路の先に現れたのは、鉄格子の並ぶ牢獄だった。
牢の中には、壁に寄りかかっている人影があった。
頬はこけ、眼球は不気味に飛び出し、骸骨のように痩せ細っている。
ただ座り、虚空を見つめて何やらブツブツと独り言を繰り返している。
手前の牢屋には、そんな状態の人物が数人いた。
奥へ進むに従い、先ほどの断末魔が大きくなっていく。
思わず耳を塞ぐ唯と翔。
真司と晴人は、強張った表情ながらも冷静に周囲を観察している。
圭太はといえば、ただビクビクと震え、進む歩幅が目に見えて小さくなっていた。
阿形が、ある牢の前で立ち止まった。
中から、一人の男が檻を掴んで激しく揺さぶる。
瞳孔は極限まで小さく、肌は蒼白。
寒くもないのに鳥肌を立て、汗と涙と鼻水で顔をぐちゃぐちゃに濡らしていた。
「ハァ、ハァ……っ! あれを持って、きたのか……!?」
「なあ、早くくれよ! なあああ!」
「おい、早く、早く、早くうううううっ! フゥ、ハァ、ハァ……アーーーッ!」
真司たちは呆然と、その「人ならざる姿」を見つめていた。
阿吽が牢を開けて男を押さえつける。
そこへさなえが入っていき、手に持っていた小瓶をコップに数滴垂らし、水で薄めて男に飲ませた。
しばらくすると男の汗が引き、激しい痙攣が徐々に収まっていく。
真司が唾を飲み込み、震える声で聞いた。
「この人たちは……」
「アヘンよ」
端的に答えたさなえが、作業を続けながら言った。
「この地下に十五名。まったく、おバカちゃんのせいで忙しくてしょうがないわ。こんな奴ら、放っておけばいいのに。……まあ、あとは銀ちゃんに詳しく聞いてちょうだい」
さなえは慣れた手つきで次の牢へと向かい、薬を処方していく。
地下の光景と、耳に張り付いた断末魔が離れないまま、真司たちは銀の待つ広間へと向かった。
「見てきたのか」
銀は、顔を合わせるなり短く問いかけた。
一同は、言葉を失ったまま黙って頷いた。
「では、KURO。説明してやれ」
「御意」
KUROが真司たちの前に立ち、静かに語り出した。
「我が国にアヘン中毒者が確認され始めたのは、おおよそ二ヶ月前です。
恐らく、不届きにも我が国をアヘン漬けにして、内側からの侵略を狙っている勢力があると思われます。
……その国の名は、幻影の国『イルーサリ』」
「あの、うまい酒やタバコを作ってる、あそこか?」
圭太が、驚きを隠せずに確認する。
「ええ。確定ではありませんが、状況証拠から見て間違いないでしょう」
「そこでだ」
銀が椅子に深く座り直し、一同を鋭く見据えた。
「イルーサリに潜入し、ケシの畑を特定して焼き払え。……それと、製造工場も叩き潰してこい」
銀から、ついに非情な命令が下った。
【機密情報:奇渡ヶ島・裏ファイル】
HAKU:
「………………」
KURO:
「……HAKUさん? あの、皆様に何か一言……」
HAKU:
「………………お前ら………………評価しろ」
(スタスタと去っていく)
KURO:
「HAKUさん! HAKUさん! ……ああ、本当に行ってしまいましたね。
皆様、失礼いたしました。KUROでございます。
今回の15話ですが、HAKUさんも同行していたのですが、作者が彼に一言もセリフを与えていなかったもので……。
埋め合わせに登場してもらったのですが、寡黙なHAKUさんには、やはり無理が有ったようです。
完全に私の人選ミスでございました。
お許しくださいませ。
もし、本編で一言も喋らせてもらえず、感情を見せることすらなかったHAKUさんを『可哀想だ』と思われた心優しい方がいらっしゃいましたら、ぜひ彼への同情票として、下の星(評価)を頂戴できませんでしょうか。
さて、皆様。物語はついに『幻影の国・イルーサリ』への潜入へと向かいます。
作者さんのPCによれば、このイルーサリの支配者は……相当に『ヤバイ』御方のようです。潜入先では、かつてない絶体絶命の危機が待ち受けていることでしょう。
それでは皆様、作戦開始まで……静かにお待ちください」




