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目撃

せわしなく車が行き交う、いつもの幹線道路

大神真司は、いつもより激しい渋滞に巻き込まれた車列の中で、ハンドルを握りながら次の配達先の到着時間を気にしていた。

信号は青に変わるたび、わずかに進んではまた止まる。

「……まいったな」

とつぶやくと、真司は気持ちを紛らわせるように、ラジオのスイッチを入れる。


―ザーッ、とノイズが走り、落ち着いた男性アナウンサーの声が車内に流れ込んだ。 『昨日、◯月◯日に発生した児童施設侵入無差別殺人事件の判決が、本日言い渡されました』


真司は、無意識のうちに音量を少し上げていた。


『被告人には、島流しの刑が確定しました。重犯罪者隔離法に基づき、この後、被告人は奇渡ヶ島へ送還される予定です』

奇渡ヶ島、という単語に、真司の眉がわずかに動く。


『重犯罪者隔離法が施行されてから二十年。外界から隔絶された島の中は、現在も詳細な情報が公開されておらず――』 真司は小さく鼻で笑った。


「奇渡ヶ島、ねぇ……。 天国なのか地獄なのか……ま、俺には関係ねぇか」

ハンドルを軽く叩き、道路の先に目を向けると道の真ん中に人影が見えた。


「……ん?」


二人の男が、道路の中央で向かい合っていた。 互いに肩を怒らせ、今にも殴り合いになりそうな距離だ。


「おいおい、勘弁してくれよ……」

後方からクラクションが鳴る。


だが二人は気にも留めず、激しく言い合っている。

「たぁく……こんなとこで」


真司はハザードランプを点け、車を降りた。

「こんにちは~GOGO運輸ですー。」

男たちは同時に真司を睨みつける。

「何だテメー」


「GOGO運輸です」

真司は、苛立つ二人を気にも留めず満点の笑顔で言った


「だから何だってんだ」


真司は一瞬だけ周囲を見渡し、言った。

「……ここ、道路の真ん中ですよ。 続きは場所変えません?」


男Aはハッとした顔をしたが、男Bはなおも詰め寄る。

「関係ねぇだろ」

拳が振り上げられる。


笑顔だった真司の目が覚悟の目に変わる。

殴りかかって来る男の目をじっと見つめた。


――怖くなんかない。恐れたら負けだ。


だが、その拳は途中で止まった。

「……もういいだろ」

男Aが男Bの腕を掴んでいた。

「兄ちゃん来なきゃ、ぶん殴って島流しになるとこだったぜ」


男Bは舌打ちしながら拳を下ろした。 真司は、ようやく息を吐いた。

「……よかった。じゃ、話し合いましょう」


________________________________________

夕方のGOGO運輸。

帰り支度をする従業員たちのざわめきの中で、千葉麗奈はひとり、事務机の前に立ち尽くしていた。

携帯の画面には、小林悟とのチャット履歴。

最後のメッセージは、二年前で止まっている。

『あれから、二年経つが元気でやってるか』

麗奈は、小さなため息を吐きつつ、ただじっと携帯の画面を見つめていた。

しばらくして、新しいメッセージが届く。

『今日の夕方、お前の会社の駐車場で会いたい』

麗奈の指が、一瞬だけ止まる。

画面を見つめたまま、息を吸い、そしてゆっくり吐いた。

「……今さら、何よ」

小さくつぶやきながらも、拒否する言葉は打たなかった。

ただ、短く返事を送る。

『わかった』

送信ボタンを押した瞬間、胸の奥がひりつく。

それが期待なのか、不安なのか、自分でも分からないまま。

________________________________________

「お互い、分かり合えてよかった

じゃあ、俺行きます」

真司はそう言って、二人に軽く会釈した。

「……助かったわ、兄ちゃん」

男Aが苦笑しながら言う。

「いやいや、ケガ人出なくてよかったです」

真司はそう答え、車へと急いだ。

ドアを閉め、エンジンをかける。

時計を見ると、すでに予定より大幅に遅れている。

「……やば」

ハンドルを握り直し、独り言のように呟いた。

「一時間か。

何とか取り返さなきゃな」

アクセルを踏み込み、車列の中へ戻っていく。

その背中を、夕焼けがゆっくりと包み込んでいた。

この時の真司はまだ知らない。

このまま会社に戻り、

いつものはずの駐車場で目にする光景が、

自分の人生を取り返しのつかない方向へと引きずり込むことになるということを。

________________________________________

夕暮れのGOGO運輸の駐車場は、いつもより静かだった。

すでにほとんどの車が引き上げ、残っているのは数台だけ。

真司はエンジンを切り、ドアを開ける。

「……あれ?」

駐車場の奥、街灯の下に人影が見えた。

小さく震えながら、ひとりの女性が立ち尽くしている。

「千葉さん?」

声をかけた瞬間、麗奈の肩がびくりと跳ねた。

ゆっくりと振り返る。

その顔は、真っ青だった。

「……大神、くん……」

唇が震え、言葉にならない声が漏れる。

真司は一歩近づき、ようやく気づいた。

麗奈の視線の先。

駐車場の隅に、男が倒れている。

コンクリートに広がる、濃い赤。

街灯の光に照らされて、不自然なほど鮮やかだった。

「……え?」

喉がひくりと鳴る。

麗奈はその場に崩れ落ちそうになりながら、小さく呟いた。

「……わたし……殺しちゃった……」

真司の頭が、一瞬真っ白になる。

「……どうして……」

小さく震える麗奈が、ゆっくりと語りだす。

「彼と別れてから、もう二年経つわ。

別れたというより……この男に引き裂かれたって方が正解ね」

「……彼?」

「高絡寺のボス、西行徳次。

……私の、愛した人……」

――二年前。

高絡寺駅近くの、古いアパート。

ドアを叩く音に麗奈が出ると、そこに立っていたのは血だらけの徳次だった。

「麗奈……おい、麗奈……」

「……っ」

思わず息を呑む。

玄関に倒れ込み、荒い息をつく徳次。

「あー……完全にオサムに嵌められた……」

「……あんなに可愛がってたオサムが、なんで……」

徳次の傷を手当てしながら、麗奈が震える声で聞く。

「……気づいた時にはよ、

もう他所と組んでやがった」

低く笑う。

「……絶対に許さねえ」

その時だった。

ドンドン!

ドンドン!

ノックとは言えない、乱暴な音がドアを叩いた。

徳次は瞬時に麗奈を見て、奥へと身を隠す。

外から声が響く。

「あーワシじゃ、悟じゃ。

県警の小林悟じゃ」

麗奈の胸が締めつけられる。

「徳次、おるんやろ。

悪いようにはせんけ、ちいと開けてくれ」

徳次は、無言で麗奈に目配せした。

恐る恐るドアを開けると、スーツ姿の男が立っていた。

「すまんのお。

若い娘の家にいきなり……」

そう言いながら、部屋の奥を見る。

「あー……やっぱりおったか、徳次。

難儀だったなあ」

「ちっ……なんだってんだ、お巡りが。

俺は被害者だぜ」

「だから被害者を保護しに、

正義のお巡りさんが参上したってわけや」

小林悟は、穏やかに笑った。

「……まあ、しばらく泊まりにきんしゃい」

――回想は、そこで途切れた。

現実に戻ると、目の前には血だまり。

そして、震える麗奈。

麗奈の声は、かすれていた。

「……あの人は……」

「徳次は……島に流された……」

「じゃあ、徳次って人は、今……」

真司の言葉を遮るように、麗奈は少しだけ笑った。

「徳次は、生きてるの」

「……去年くらいから、突然連絡が来るようになったの」

真司は、思わず息を止める。

「なのに……」

麗奈の視線が、ゆっくりと血だまりへ落ちる。

「この男が、また私たちを引き裂こうとしに来たの」

「……だから、つい……」

言葉は、そこで途切れた。

麗奈の肩が小さく震えはじめる。

「……私……もう……終わりだよね……」

膝から崩れ落ち、その場に座り込む。

血のついた自分の手を見つめ、何度も首を振る。

「……徳次に……もう会えない……」

「……全部、壊した……」

真司は、しばらく何も言えなかった。

ただ、倒れている小林悟と、泣き崩れる麗奈を交互に見る。

そして、ゆっくりと息を吐いた。

「……千葉さん」

麗奈が顔を上げる。

「……俺が、行きます」

「……え?」

「俺が、警察に話します」

「……俺がやったことに、しましょう」

麗奈の目が大きく見開かれる。

「なに言ってるの……!?」

「……!私が……!」

「でも、俺が見ちゃったんで」

真司は、困ったように笑った。

「もう、関係者ですよ。これ」

「知らなかったふり、出来ないんで」

麗奈は首を振りながら、必死に叫ぶ。

「……やめて……」

「あなた、関係ないじゃない……!」

「私が悪いの……私が……!」

真司はしゃがみ込み、麗奈と同じ目線になる。

「……千葉さん」

声は、驚くほど穏やかだった。

「生きてください」

「……それで、十分ですから」

「……大神くん……」

麗奈の目から、涙がこぼれる。

真司は立ち上がり、ゆっくりと歩き出した。

振り返り、麗奈を見る。

「……大丈夫です。絶対何とかなります」


麗奈は、何も言えずにただ首を振る。

真司は、軽く頭を下げた。

「お世話になりました」

「……楽しかったです、ここ」

そして、背中を向ける。

駐車場の出口へと、ゆっくり歩き出す。

夕焼けの光が、長い影を地面に伸ばしていた。

その背中を、麗奈は泣きながら見送るしかなかった。



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