漆紀と舞香 その2
ここはどこだ。
そう思った瞬間、俺は理解する。そうだ、今日は結婚式だ。
里見屋敷の大広間で舞香と和式の結婚式をするんだ。
あれだけ学徒会会長・神代輝雷刀執着していたはずの彼女だが、どういう事の成り行きか俺と結婚することとなった。これもある種、学徒会のためなんだとか。
俺の隣の座布団には舞香が座っている。
俺は黒い和服を着ていて、彼女は橙色の和服を着ていた。
正面には空の盃がある。三々九度はもう終えている。
親父さんも終始ずっと満面の笑みである。俺は舞香の方を見ると、彼女は恥ずかしそうに僅かに頬を緩ました。
気付けば俺は全く違う場所に居た。
そうだ、俺は舞香や部下と共に敵対する暴力団屋敷にカチコミに来ていたのだ。
俺は銃弾の嵐の中を突き抜け、次々に村雨で敵組員を斬り殺していく。
舞香はアルミニウムフルアーマー、略称アルファによって銃弾を防ぎながら、手足のアルミニウムを瞬時に伸ばして敵を刺し殺している。
組長の首まであと少しだ。こちらにも負傷者が出ているが、俺と舞香で前線を張っているので被害は軽度で済んでいる。味方の被害は最小に、敵の被害は甚大に、これが兵法の鉄則だと親父殿も言っていた。
俺は残る敵を村雨の放水で一気に圧殺して上の階を目指した。
再び場面が変わる。里見屋敷で先のカチコミの戦勝祝いの宴が行われていたが、親父殿が下っ端の部下に撃たれたのだ。上座に居た親父殿は腹を抱えてその場に崩れ落ちる。
「お、親父殿おおぉぉぉー!」
俺は倒れた親父殿に駆け寄り、舞香は親父殿を撃った下っ端の首筋にアルミニウムソードを突き付けていた。
「あなたよくも父を……なんてことを!」
「親父殿! あんた今まで散々抗争を経験して、生き残って来たじゃないか! こんなチャチな弾で死ぬんじゃない!」
既に白髪に染まった髪と髭を持つ舞香の父にして里見組の組長である親父殿は血濡れた手で俺の頬に触れる。
「婿殿……いや、息子よ。里見組を頼む。恐らく下手人は石原だ。ヤツは若頭……敵対組織との戦いが一応は終局を見せた今…………この座を狙うのはヤツしかいない」
「親父殿……俺は二度も親父を失うのか! クソっ!」
舞香が親父殿を撃った男にアルミニウムソードの切っ先を首筋に突き付けて問う。
「言いなさい! 父を殺せと命じたのは誰!?」
「い、石原……石原の兄貴ですぁ……い、言いましたよ? ゆ、許し」
許して、と言い切る前に舞香はアルミニウムソードを横に薙ぎ、男の首を刎ねた。
「あなた……敵は石原のヤツよ。今すぐヤツの事務所に行くわよ」
「ああ……おい、お前ら! 今すぐ医者呼べ!」
漆紀は部下達にそう命令すると、村雨を取り出す。
「親父殿のあの傷、医者に診せても助からないかもしれない」
「そうね……」
「石原のヤツ、沈めてやるぞ」
「ええ、ヤクザらしくね」
また景色が変わった。
里見組若頭である石原の事務所内で、石原の部下を殺し俺達は石原を拘束した。
部下達が拘束した石原を俺と舞香の前に突き出す。
石原は切れ長の目つきで武闘派インテリヤクザといった顔付きだが、俺と舞香を前にした彼は委縮しきっている。
「こいつどうしますか」
「親父殿は助からなかった……当然報いは受けてもらう」
俺は村雨を取り出し、舞香はアルミニウムソードを取り出す。
「ま、待って下さい! オレぇ……神谷組にこの前捕まって、親父殺さないとぶち殺すぞって脅されて! 仕方なかったんです!」
「その神谷組ならもうぶっ潰しただろ。パチこいてんじゃねえぞ」
俺は村雨の切っ先を石原の口に押し当てる。
「本当、どうしてやろうか……舞香、なんか良い案あるか。首刎ねんのもバラバラにするのも安直すぎる、そんなんじゃ足りねえ。どうするよ」
「そうね……」
舞香は顎に人差し指を当てて石原の処刑方法を考え込む。残酷なのは前提として、石原が出来るだけ苦しい思いをする処刑方法を舞香はひたすら考え込む。
すると突如天啓が降りてきたかのように舞香は「あっ」と声を上げて石原を見る。
「お、お嬢。どうか、どうか助け……」
「ねえ石原、ヨーヨーって好き?」
「……へっ?」
深夜の時間帯。里見組がフロント企業で取り扱っている工事現場にて。
石原はベルトを腹に取り付けられ、重機で宙へと吊るされている。
「どういう処刑方法だよヨーヨーって。これでアイツ苦しむのか?」
「まあ見てなさいって。アイツみたいな奴の為に、魔改造したクレーン車でぐっちゃぐちゃにしてやるのよ。よーし! 上げて!」
クレーン車のクレーンが上がっていき、石原はどんどん上へ上へと吊り上げられていく。
「お嬢! やめてくださいよぉ! 幼稚園の頃から面倒見てたじゃないすか!! お嬢……やめてくださいよぉ! お嬢!!」
「一気に下ろして!」
クレーン車は普通のクレーン車ではありえないスピードでクレーンを振り下ろす。
石原は下へ下へと落ちていくが、クレーンがピタッと止まる。慣性に任せて石原は下へと落ちるが、ベルトがあるので地面に激突することはない。
しかしベルトが勢いよく石原の腹に食い込み、内臓や骨を圧迫する。
「ぐうぅぅ……ぁあああっ! 痛ええぇぇえええ!」
「今の一回だけでもどこかの内臓が潰れたか骨が折れたわね。父も腹を痛めて死んでいったのよ……父以上の痛みを味わいなさい石原。高原、もう一度やって!」
「了解、お嬢!」
部下が舞香の指示を聞いてクレーンを動かし始める。クレーンは再び上がって行き、石原を先程と同じくシェイクしてベルトを食いこませ内臓と骨を損傷させるのだろう。
「はぁ……俺の嫁怖っ」
「最初に首刎ねるだのバラバラにするだの言ったあなたも怖いわよ?」
絶叫する石原を見ながら俺と舞香はそう言い合う。
「じゃあなんだ、もっと人道的な殺し方をやってやれば良かったか? 例えば拳銃で頭をバーンってか?」
「そうは言ってないわよ。ほら、そろそろ二回目よ」
二回目のクレーン振りが行われた。石原は再びベルトが腹に食い込み圧迫され、今度は苦しそうに吐血する。
「あーらら。あれは確実に内臓をやってるわね。いつまでもつかしら」
「さあな。モツが持つ限りじゃね」
「それダジャレ? ウケないわね」
「まったくだ……」
それから俺達は石原が死ぬまで、クレーンによる処刑を見続けた。
気が付けば、俺は寝室に居た。布団が温かい。
隣には裸の艶めかしい舞香が居る。
「あなたが会長と会ってもう6年……長いものね」
「ああ……しばらく会ってないけどな。会長、怒るよなぁ。下手したら殺しに来るかも」
俺達がやっている行動は独断である。会長の知るところではなく、勝手にやっている。
「ねえ、あなた。後悔していない? ヤクザになったこと……学徒会のためとはいえ、こんな道……」
「今更それを言うのかよ。良いんだよ、ヤクザになって暴力団を全部まとめて、最後に解散宣言すればヤクザは居なくなる。それを目指すって決めたじゃないか」
「そうだけど、このペースでやってたら……」
「大丈夫だ。デカくなれば降伏する勢力も出て来る」
俺は舞香を抱き締め、強く愛を体で伝える。
「お前は……元々会長に惚れていた。会長を愛していた。なぜ俺なんだ?」
「それは……会長は大局を見て中々動かない。あなたは、私の想いで動いてくれる。私の情で動いてくれる」
「スパイかよ……お前ってヤツは」
「それ以上に」
舞香は憂うような表情で俺を見た。
「あなたの人生が可哀想だったから、私が支えてあげなきゃ、だめだと思ったからよ。妹の声を奪い、父親を死なせてしまった人生。ああ、なんと哀しい人生……愛してるわ、漆紀」
舞香は俺にそれとなく、至極当然のように口づけをした。
俺も応じて彼女に口づけをして、強く抱きしめる。
「今でも、会長を想っているのか?」
「走り出したきっかけは彼だけど、今は違うわ。私は、あなただけを愛している。だから妻になったのよ?」
「舞香……俺もだ」
より強く、俺は舞香を抱き締めた。
「子供を創ろう、もう争いは飽きた。君との子供が欲しい」
「ええ。息子でも娘でも愛するわ。可愛い可愛い子供だもの」
彼女は俺を受け入れ、お互いの心が許す限りの事をした。
また場面が変わった。
里見屋敷の大広間に、学徒会会長・神代輝雷刀が直接やってきた。
「君達はやりすぎた。暴力団をまとめ上げ、解散宣言をする。それはこの国の為になる事かもしれない。しかし、君は多くの人間を殺し過ぎた。君達の組織の末端の人間の所業だけでもどれだけの無実な人間を殺して搾取したかわかっているのか?」
輝雷刀は内々に潜む激怒を辛うじて抑えながら上座の俺に言う。
「俺はアンタの目的通り、反社を纏めて解散してやろうと思っただけだ。あんたが攻めて来る言われはないはずだ、会長」
「君は間違っている。大解散をしたあとのアフタープランを何も考えていないのだろう。大解散などしたら、どうせ半グレに人員が流れるだけだ。そうしてより一層民衆は反社に苦しむことになる」
「違う! 俺は実際にあいつらと会って話して、可能性を感じた。あいつらならカタギになってやり直せるって! だから」
「そんな不安定で何の確実性もない希望は捨てろ!」
「あんたは人間の可能性を信じないのか! あいつらの更生の諦めは可能性の諦めと権利の否定だろ!」
「更生とは法の下で行われるものだ。解散して野放しの彼らは更生などしていない。どうしてこれがわからないほど愚かなんだ君達は!」
「あんたは会って話したのかよ。今、ヤクザや半グレ、暴走族をやってるやつと実際に話してみたのかよ! まだ話してすらいないのにあんたは……あんたはッ!!」
俺は村雨を取り出し、輝雷刀に向けて構える。
「組長となり数多の暴力団を従え、随分と偉そうな面になったものだ辰上漆紀!」
輝雷刀は右手に雷を纏わせてバチバチという神々しい神鳴る音が鳴り響く。
「俺はアンタと同等だ。あんたは最強を自称してるが、俺は魔法において最強と言われる絶大な力を持つ竜王だぞ。あんたに負けるはずがない」
「最強の僕を侮るか……いいだろう。これまでの行動の間違いを正してやる。君の目指した道は間違いだと教えてやろう」
輝雷刀は宙に浮き、両手を雷で纏わせる。
「そうかよ。俺は妻のために、あんたの為にやってきた事を無駄にはしない!」
俺は輝雷刀と戦い始めた。
それはまさに災害、天災のような戦いだった。屋敷の壁や支柱、畳がいとも容易く壊れていく。
輝雷刀は雷や炎のような天災を操り俺を攻撃するが、俺は負けじと竜王化し輝雷刀を斬りつけていく。
「無駄だ、僕に物理攻撃は効かない」
「今、良い事を聞いた! 物理攻撃が効かないと言ったな!?」
俺は竜脈の力を村雨に込めて、竜王としての全力を出す。
「それは竜脈の力かな。君の想い人であった彩那さんから聞いてるよ。人間に振るえばとてつもない毒という力だね……だが、君の回復能力にも限界があると彼女から聞いた! 僕が竜脈の力で死ぬ前に、君を殺しきる!!」
そこから俺と輝雷刀の戦闘が始まった。屋敷を飛び出し、空中でお互いに攻撃し合う。
俺の村雨は輝雷刀に当たる度に砕けるが、竜脈の毒が蓄積していく。
「毒の効果はなかなかだな! だが毒で死んでしまう前に……君を殺し切る、辰上漆紀!!」
今や俺の率いる里見組は関東全域の暴力団を率いる巨大暴力団だ。国への反逆を企んでいた雁木登竜之助も殺した。
雁木登竜之助は味方の暴走族の仲間すら気分で殺す異常者であった。そしてなにより洗脳能力が凄まじく、仲間の頭をショットガンで吹き飛ばしても他の仲間は哂っていたという。
明らかに異常な者、それが魔人・雁木登竜之助だ。それを殺せたという大戦果を上げたというのに、輝雷刀は暴力団の元締めとして俺を殺そうとしている。解散宣言をすると伝えているのにだ。
「やってみろ会長! 俺を殺し切れるというならな!」
俺は輝雷刀を竜脈の力で斬り続けるが、輝雷刀には傷一つ付かず竜脈の毒のみが蓄積される。
俺には輝雷刀が付けた傷が次々残っては癒える。腕が千切り飛ばされ、脚が千切り飛ばされ、その度に血の貯蔵の分だけ癒えていく。
「あああああぁぁぁぁぁ!!」
「オラあああぁぁぁぁぁ!!」
俺と輝雷刀との消耗戦が始まった。
俺の竜脈の毒が輝雷刀に蓄積するのが先か、輝雷刀の攻撃によって俺の血の貯蔵が無くなるのが先か。
激しい攻防、俺の手足は何度も何度も生えては吹き飛んでを繰り返し、輝雷刀は竜脈による毒が効いているのか嘔吐をしながらも俺を攻撃する。
ただただ、斬り合う。俺は村雨で、輝雷刀は素手で、お互いの体を斬り合う。
その攻防は五分も続いた。
そして屋敷の畳の上に落ちて倒れてしまったのは、俺の方であった。
「ごほっ、ガハっ!」
失った左腕の再生が出来ない。恐らくはもう血の貯蔵が無いのだろう。
「ムラサメ……俺自身の血で、回復を……っ」
『もうやめましょう、漆紀……』
「だめだ、まだ……俺は」
大広間の端の扉から、今一番この場に来て欲しくなかった人がやって来た。
「ダメ……会長! ダメです!」
「舞香さん……なぜだ。なぜこんな道を行った」
輝雷刀は視線を俺から舞香に移すと、一歩一歩舞香へ近付いて行く。
「逃げろ舞香! おい会長! ふざけんじゃねえぞ! 俺達は大解散を……」
「それが間違いだと言っている。例え全てをまとめ上げて統一したうえで大解散をしようと、受け皿が……アフターケアがなければ彼らはまた反社に戻る。半グレとかね」
輝雷刀は両手に雷をバチバチという音と共に纏わせてまた一歩舞香に近付く。
「やめろ……やめてくれ! 舞香を殺すな会長!」
「君達は僕の敵になった。そうなった以上こうなる事は覚悟していたはずだろう?」
「やめろ、舞香は……舞香はなっ、妊娠してるんだぞ!」
そう必死に俺は輝雷刀へと訴えかけると、彼は一歩止まる。
輝雷刀は一歩止まったものの、呆れたような目で俺の方へと視線を移して言い放つ。
「だからどうした。それで止まれるほど君達の罪は軽くない。どれほどの民間人の命の犠牲の上で暴力団を纏め上げた? どれほど民間人から搾取した? それに……」
輝雷刀は再び舞香の方を向くと、彼女の腹を指差す。
「まだ誕生して間もないのだから、それはまだ命とはいえないよ……それとハッキリ言っておく。君達の罪と、君達の子は、関係ない」
「よせ!」
舞香が手元にあったアルミニウムオブジェクトを変質させるが。
「君の能力では僕に通用しないと分かっているだろう? 抵抗はやめたまえ」
輝雷刀の言う通り、舞香がアルミニウムを変形させてあのてこの手で攻撃するが輝雷刀にはかすり傷一つも付かない。
「逃げろ舞香! 逃げるんだ!!」
「逃がさん!」
輝雷刀は大きく踏み込み、その凶手を舞香に振るった。
輝雷刀の凶手に込められたエネルギーは容易く舞香の腹をぶち抜いた。
「あ……ぁ……私の……子…………」
舞香はその場に倒れ吐血し、苦しそうな顔のまま涙を流す。
「ふざけやがって……会長おおぉぉぉぉ!」
動けない俺はせめてもの抵抗と会長へと叫ぶ。
「この傷なら彼女は助かるまいよ。次は君だ、漆紀君。僕の野望の邪魔をした……独断行動でな。学徒会の為になると思ってやったのだろうが、長い目で見れば大解散など新たな火種を生むだけなのだ」
「ふざけんなっ!」
輝雷刀は俺の元まで来ると、突如として腹を抱えて苦しみだす。
「おえぇぇぇええええ!」
再びの嘔吐。恐らくは竜脈の毒によるものだろう。吐瀉物には血が混じっており紅く染まっている。
「ゲホっ、ゴホっ……僕の命もあと僅かのようだな……夢を果たせなかったとは、後悔してもしきれん……だが君はここで殺す。漆紀君……ゴホっ」
輝雷刀は苦悶の表情のまま俺に向けて凶手を振るう為に右腕を天井向けて振り上げる。
「くたばりやがれ、くたばりやがれ……くたばれ……っ!」
俺はそう口に出すと共に輝雷刀がすぐに死ぬように願いつつ目を閉じた。
目を閉じて十秒、二十秒、いつまで経っても輝雷刀の凶手が振られない。
俺は目を開ける。
輝雷刀は右手を上に上げたまま直立し静止していた。
「……死んでる?」
輝雷刀は死んでいた。直立したまま、漆紀を殺そうと右手を振り上げたまま息絶えていた。
「なんで……なんでこうなるんだよっ、俺は……なんで……ムラサメ……」
『漆紀……』
ムラサメの俺を哀れみ慈しむ声が、俺の脳裏に響いて消えた。




