漆紀と舞香 その1
一日目。
漆紀は新幹線に揺られていた。交流会一日目、滋賀県までは新幹線での移動であった。
拳銃を腰にぶら下げた鉄道警察が時折通路を見回りで通り過ぎて行く。
しかし気になるのはそんな事ではない。
東海道新幹線は左に二席、通路を挟んで右に三席の椅子の配置である。
漆紀は左側の窓際に座っている。そしてその隣には。
「……ねえ、何か話す事とかないのかしら?」
漆紀に二度も殺害予告をかました女・月守舞香が座っていた。
舞香は夏の旅行ということもあって白シャツの上に青のシースルーを羽織った涼しそうな格好をしていた。上半身の季節感とは裏腹に、下は地味な紺色のジーンズを履いていた。
舞香の服装に関しては以上。対する漆紀はというと去年の夏と同様に白いポロシャツに舞香と色違いで青いジーンズを履いていた。
他のメンバーたちは各々隣り合って座り、ある程度の会話が出来ている。
しかし漆紀は舞香とおよそ会話が出来そうになかった。当然だ、相手は自分に二度も殺害予告をして来た女である。
「殺害予告してきた女と話したいと思うんすか月守先輩?」
「暇なのよ。スマホでネットサーフィンというのも飽きるしね」
「俺に何の話をしろってんですか? 話題なんて」
「そうね……あなたが会長に拾われる事になった経緯でも聞こうかしら」
「……ま、それならいいぜ」
漆紀は舞香の望み通り学徒会に来ることとなった経緯を、余計な情報は出さずに話した。
「へぇ……暴走族やヤクザにマークされていると。竜理教にまで……」
「暴走族とヤクザに関しては少なくとも関東だけな。今回の交流会の行き先である滋賀県なら大丈夫だろうよ」
「ふぅーん……で、実家に時々戻ったりするのはなぜ? 外は危ないのでしょう?」
「申し訳程度の空き巣防止だよ。人の出入りが無いと空き巣に狙われるからな」
漆紀が学徒会に来てからも時折実家に戻るのは空き巣対策の為だと舞香に言うと「それもそうね」と同意を示す。
「学徒会に来た経緯はわかったわ。会長のお兄様に勧誘されるとはね」
「じゃあ、かくいうあんたはどうなんですか月守先輩。どういう経緯で会長の元に?」
今度は漆紀が今度は舞香に経緯を問うてみると、舞香は「はあ」と一呼吸置いて、天井を見上げて物思いの様子を見せる。
「少し長いけれど話すわ。あれは……」
「あ、長いならいいです」
「ちょっとおおぉぉぉぉ!!」
舞香は漆紀の両肩を掴んでブンブンと激しく揺らす。
「落ち着け落ち着け! そりゃ他人の自分語りなんてみんな嫌がるに決まってるだろ?」
「自分は散々語っておいてそれぇ!?」
「俺のは五分にも満たない手短な説明だったっしょ! あんたのは余裕で十分とか超えそうだし、どうでもいい会長への思いだのなんだのまで語りそうだったし」
「ふっざけるんじゃないわよおおぉぉぉぉ! 灼熱ビンタ! 灼熱ビンタ!」
舞香が熱した鉄の様に熱い平手打ちを漆紀の顔に叩き込んで来る。
「熱っ! クソ熱っ! やめろやめろ能力使うな! てか俺トイレ行きたいんだけどどいてくれませんかね?」
「ちょっとー! 逃げる気? 私の話を聞くまで逃がさないんだから!」
「ふざけんな漏らせってか? なんならあんたに小便かけてやりますよ変態銀髪お嬢様がよぉ!」
漆紀と舞香は睨み合う。しばし睨み合っていると、目を細めるのに疲れたのか先に舞香がため息を吐く。
「わかった退くわ。さっさとトイレ行ってきなさいよ」
漆紀は席から立ち上がりトイレへと向かう。トイレは車両と車両の間の接続部にあり、漆輝は扉を開けてトイレへと足を踏み入れドアを閉めようとするが。
「……おい、なにやってんだ月守先輩」
舞香が足をドアに挟んで閉められない様にしていた。
「ふふふ……あなたの股間を焼いてやるわ!」
舞香が漆紀のズボンに手をかける。ズボン越しだが舞香の手が焼かれた器のように熱されていることが理解出来る。
「おま、ちょ、本当にふざけんなコラ!」
漆紀は村雨を取り出し、舞香の首筋に切っ先を向ける。
「ほう、やる気ね。ただの戯れだと言うのに」
「どこが戯れだ! 俺のチ〇コ焼こうとしてんじゃねえか!」
漆紀は本当に股間を焼かれるかもしれないと焦った故に村雨を取り出したが、やり過ぎた気がしないでもなかった。
二人の声は思いのほか大きかったのか、一人がトイレの前へとやって来る。
「何をやってるんだ君達は……」
村雨を手にした漆紀と熱した両手でズボンを掴む舞香を輝雷刀が呆れ顔のまま見つめていた。
「騒がしいと思ったら喧嘩かい? ここは新幹線だ。模擬戦にしたって能力と魔法をやりあえる空間なんかないよ。やめて貰おうか」
「会長! そもそもなんでこの男と隣の席にしたんですか!」
「それは簡単。君達が一番仲が悪そうだからだよ。この交流会は仲を深めるのが目的だよ? お互い喧嘩しない努力をしてもらいたいな」
輝雷刀が火を通したフライパンの様に熱い舞香の手を平然としたまま取ると、彼女の目を真っ直ぐ見て「頼むね」と念を押す。
「わ、わかりましたよ……チッ」
舞香は立ち上がると、席へと戻って行く。
「とりあえず用を足したいから出てってくれ会長」
「くれぐれも、君の方も喧嘩の火種になるような事は言わないようにね」
「向こうが勝手にキレただけなんだけどな……」
輝雷刀がトイレから出ていくと、漆紀はトイレのドアを閉め用を足した。
舞香に再び何か言われると困るので漆紀はトイレから出るなり手洗い場で念入りに手を洗う。
席に戻ると舞香が通路側の席に座ったまま足を組んでいた。
「……退いてくれません?」
「……はぁ」
ため息と共に舞香は足を引っ込め、漆紀が奥の窓際の席に座る。
「話す事もないし暇だし寝るぜ」
漆紀は後ろの席に居るアフリカ系アメリカ人ハーフにして輝雷刀の仲間の一人、ブライアン・T・エゼキエルに断りを入れる。
「ブライアン、席倒すけど良いか?」
「ああ、良いぜ。くつろぎな」
漆紀は座席を倒すと、腹の辺りで両手を組んで目を瞑る。
「ちょっと。私放置して本当に眠る気?」
舞香が漆紀にそう一声かけるが漆紀はため息交じりに答える。
「悪いかよ、どうせロクな話にならないんだから眠るに限るぜ」
「あっそう。どうせ聞いてないなら私は独り言で勝手に話すだけだから」
「うわぁ始まったよ……寝るったら寝る。聞かないっすからね、勝手に言ってろよ」
漆紀は目を再び閉じて眠りの姿勢に入る。
「私が会長と会ったのは二年前のことよ」
(うわ、本当に自分語り始めやがったよ……)
「私は言いづらいのだけど……その能力の有用性に目をつけられて組織間の無駄な抗争に使われていたわ」
(組織間? 先輩一体どこの組織に居たんだろう……まあ十中八九こういうのはロクな組織じゃないな)
「対立組織へのカチコミなんてザラだったわ。当然警察は私をマークしてたけど、私の能力……証拠にならないから今まで逮捕はされなかった。でもね、マークはされてたと言ったじゃない」
(マークねぇ。そりゃ俺も同じだったわけだが)
漆紀も証拠がないので警察に逮捕されていないが、萩原組組員を大勢斬り殺し崩壊させているという結果を残している。それをきっかけとして警察にマーク自体はされていると神代葉月に伝えられた時には肝が冷えた。
「で、私もあなたと同じように神代葉月……会長のお兄様から勧誘を受けたわ。あの人、ただの警察官じゃないわ。あの手この手で警察がマークしてる能力者を把握しようと動いてるわね」
(怖っ、あのポリ公そんな情報収集してたのかよ)
「私は最初に会長の話を聞いたとき、本当に素晴らしいと思ったわ。彼こそが、この荒んだ国に救国を齎すだろうと……私は、彼の銃になりたいと思った」
「おい、そういう例えは大体剣か盾だろ。なんで銃なんだ?」
「彼の為なら、私はどこかへ行ったきり、帰れなくなってもいい。鉄砲玉は、見慣れてるしやりなれてるわ」
どこか含みのある言い方をする舞香だが、漆紀は深くは気にしないことにした。
「というか聞いてるじゃない」
「もう聞かねえ。今度こそ寝るわ。先輩も今のうちに眠ったらどうだよ」
漆紀は窓際を向いて再び目を閉じる。
(会長の銃になりたい? 自分を顧みないヤツなんだな、月守先輩……その在り方は、危ないぜ。なんたって、それって死んでもいいって言ってるようなもんじゃねえかよ)
漆紀は彼女の考えをそう心の中で唾棄しつつ、ゆっくり時間をかけて意識を手放していった。




