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星影が導く花明かり  作者: 天りあま
第一章 妖精の街フロリニタス

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9/21

6. 桜を見に行きます

 トゥヴィアたちとご飯を食べた次の日。チェラシュカはラキュスの家を訪れていた。


「ラキュス、おはよう。今大丈夫?」


 玄関の扉を数度ノックをしてそう声をかけると、ほどなくして扉が開いた。


「おはよう、チェリ。どうした」

「あのね、旅立つ前に桜を見に行っておこうと思ったのだけれど、一緒に行かないかなと思って」

「すぐ行く」


 そう言ったラキュスは扉を開けたまま一度中に戻ると、玄関の棚から鍵を取り出して外へ出た。鍵を閉めた彼にお待たせ、と言われたので、待ってないわと返し、二人で桜の木がある場所へ向かった。

 チェラシュカが生まれた場所は、湖に流れ込む川の近くに生えている桜の前だ。川の向こう側には桃が生えており、そちらへ向かう橋の真ん中でペルシュカと出会ったのだ。

 それから二人で湖の縁に沿って歩いていた時に、一人佇んで湖を見つめるラキュスと出会ったことで、三人の幼馴染という関係が始まったのだった。


 フロリニタスを囲う森には、様々な種類の木が生えている。湖のある東側には比較的広葉樹が多く、反対側には針葉樹が多い。

 二人は石畳を抜け、長い年月をかけて妖精たちの足で踏み固められた道を進む。青々とした木々の間を抜けると、満開に咲いた桜が二人を迎えた。

 ここにある桜は、花びらが五枚のものもあれば、八重咲きのものもあり、一度に様々な桜を見られるこの場所がチェラシュカは好きだった。そんな桜たちは風に煽られてはらはらと花びらを散らせており、すぐそばにある湖を緩やかに桜色へと染めていた。


「今年も綺麗に咲いているわね」

「ああ」

「私たちが出会ったときも、こんなふうだったわね」

「そうだな」


 チェラシュカは一番手前の桜の木に近寄ると、幹に手を添えた。幼いときはとても大きく感じていたが、今となってはそれほどではない。


「チェリ」


 ラキュスに腕を軽く引っ張られる。なあに? と聞くと、何故かはっきりしない態度をとられる。疑問に思いながらも、川の上にかかる小さな橋へと向かった。向こう岸に着くと、同じように花を咲かせている桃の木に近寄った。


「ふふ。桃の花も可愛いわよね、ラキュス」

「……ああ」

「なんだか懐かしくなっちゃうわ。シュシュと二人で木に登ったのよね」

「……」

「ラキュスが下から私たちを見上げていて、それで……、」


 そこでチェラシュカはとあることを思い出して、ささっと桃の木から距離を取った。


「……思い出したのか」

「お、思い出してなんかいないわ!」


 動揺で声が震えてしまっているが気にしてなどいられない。木に背を向けてしゃがみこみ、川面をじっと見つめると、そこには不安そうな表情をした自分の顔が映っていた。


 ――あれはまだ幼かった日のこと。まだあまり高く飛べなかったチェラシュカたちは、代わりに高い木の上から景色を見ようとして、ペルシュカと二人で葉の生い茂る桃の木に登ったのだった。

 そうして下からこちらを見上げるラキュスに手を振って、湖の端っこまでをなんとか目を凝らしていた。

 向こう岸まで見えてる? 見えそう! なんてきゃっきゃと話しながらふとなんの気なしに掴まっている幹を見たとき、すぐ近くにいたそれが目に入ってしまった。葉を少しずつ欠けさせていく、小さなもさもさが。全身を細かく蠢かせながら指先へと近づいてくる、今後のチェラシュカにとって大敵となる奴の姿が。

 それを見ていると、まるで自分たちが食べられてしまうような、そんな気がして――。

 その後のことはあまり覚えていないが、何もかも灰にしなければと心に決めたことだけははっきりと記憶に残っている。


「……チェリ」


 川を見つめたまま固まっていたチェラシュカは、ラキュスから声をかけられて意図せぬ回想をしていたことに気付く。

 彼は隣で同じようにしゃがみこみ、穏やかな表情をこちらに向けていた。

 

「……ええ、大丈夫、問題ないわ。何も見ていないもの」

「……やっぱ俺が見てないとダメだな」

「え、なに?」

「いいや」


 そこへ誰かが近付いてくる足音が聞こえた。顔を上げてそちらを振り返る。橋を渡ってこちらへ向かってきたのは、数日前に会ったばかりのヘリスだった。


「チェラシュカちゃん! ……あ、ラキュスくんも」

「ヘリス! どうしたの?」

「あ、えっと……」


 チェラシュカは立ち上がってヘリスの元へ向かう。ラキュスはその様子を見つめつつもその場からは動かなかった。


「ここに、いるんじゃないかなと思って」

「まあ。私たちが旅立つ前に会いに来てくれたのね、嬉しいわ」

「う、うん。えへへ……」

 

 ヘリスはラキュスをちらちらと見て、何か言いたげに口を開いては閉じを繰り返している。


「ラキュスに何か話があるのかしら。私、お邪魔だったらしばらくどこかへ……」

「い、いや、逆で!」

「逆?」


 てっきりラキュスと話したいのだと思ったが、違ったらしい。逆ということはつまり。


「なら、私に何か用事があったの?」

「ひっ! う、うん」


 こて、と首を傾げて尋ねると彼の声が裏返った。いつもどこか自信なさげではあったものの、少なくとも学生時代にこれほど緊張している様子は見たことがなかったと思う。


「ヘリスが私に用事なんて珍しいわね」

「あの、あのね! その……」


 彼は目の前のチェラシュカとその背後のラキュスに向けて、交互に視線を動かしている。忙しなくしつつも一向に本題へと入らない彼に、少し焦れてきてしまった。


「そんなに緊張されると私まで緊張しちゃうわ。……ラキュスが居ると、話せない?」


 どうにも彼がカチコチに固まっているのでくすりと笑ってしまう。それからこそっと囁くように問いかけると、彼はピタリと固まってから静かに頷いた。

 それを見たチェラシュカは、振り返ってラキュスに声をかけた。


「ねえラキュス! ヘリスが私に何か用事があるみたいだからから、ちょっと待っていてね」


 ラキュスはそうなることを予期していたかのように、ああ、と言って頷いた。その目はなんとなく行かないでと訴えかけているように感じたが、これからずっと共にいるラキュスより、今はヘリスを優先してもいいかなと思ったのだった。

 チェラシュカが一歩踏み出すと、ヘリスもラキュスへちらっと目を向けてすぐにチェラシュカの隣に並んだ。二人でそのまま湖から少し離れた森の方へ向かう。

 チェラシュカは慎重に大きな枝の下を避けつつ木陰を歩く。そよ風が頬を撫で、木々のざわめきだけが鼓膜を揺らしていた。

 

「ヘリス」

「チェラシュカちゃん」


 同じタイミングで話し始めてしまった。思わず足を止め、顔を見合わせて少し黙った後、同じタイミングで笑いが零れて更に可笑しくなる。

 このまま笑い続けるのも決して悪い時間ではないが、ラキュスをあんまり待たせるわけにはいかない。気持ちを切り替えて用件を済ませたいところだ。

 チェラシュカは自分とそう変わらない高さにあるヘリスの目を見る。そういえば彼はラキュスより少し背が低いんだったな、なんて思う。

 

「ふふっ。ねえ、ヘリスの話、聞かせて?」


 そんなチェラシュカの言葉に、彼はあちこちに視線をやりつつ、えっとね……と話し始めた。


「チェラシュカちゃんが旅に出るって聞いてから、ずっと考えてたんだ」


 目が合うと笑みを潜ませた彼は、真剣な面持ちでこちらを見返してくる。

 チェラシュカは、彼が自分に用事があると告げた時からなんとなくその内容を察してはいたが、敢えて何も気付いていない振りをしていた。

 これがただの顔見知り程度の相手であれば、ラキュスの前で言いにくいことなどは取り合わずにあしらうこともできた。だが、彼は学生時代からの気心の知れた友人であるからこそ、きちんと向き合おうと思ったのだ。

 もしかしたら直感はただの勘違いかもしれないし、と思いながら彼に続きを促す。


「……もし。もし僕が、ハーブじゃなくて湖の妖精だったら。……もし僕が、ラキュスより先にチェラシュカちゃんと出会えていたら、って」

「……」

「そうしたら、僕が一緒に、君の隣に居られたのかなって」


 チェラシュカは何も言わず、ただ一度だけ目を瞬かせた。そうだとも、違うとも、言う必要はないと思った。彼の中では答えが出ているようだったから。

 

「……ごめん、急に言われても困るよね」


 苦笑いを浮かべた彼は、少し目を伏せて息を吐いた。知り合った当初と比べると随分大人っぽい表情を浮かべるようになったんだなと、チェラシュカは少し感慨深く思う。

 

「私は、今のヘリスに出会えて良かったと思っているわ」

「……そっか」


 彼はチェラシュカの言葉を聞いて、ぎゅっと唇に皺を寄せた。目を伏せたまま、ぽつりと漏らす。

 

「僕も……。僕が一緒に旅へ行きたいって言ったら、連れて行ってくれた?」


 彼は自分の服の裾を握り締めている。かなり皺が寄っていることから、きつく力を込めていることが窺い知れる。そんな彼の顔を真っ直ぐに見つめながら、チェラシュカは言葉を返した。

 

「それは、ヘリスのやりたいこと?」


 はっとしたように顔を上げた彼は、何かを言おうと口を開き――何も言わないまま閉じた。その様子は言葉よりも雄弁に、彼の気持ちを語っていた。

 

「何を差し置いてでも来たいというなら、私は止めないわ。でも、私は仲間を求めているわけじゃないから、私が連れて行くというのは違うと思うの」

「僕は……」

「それに、ヘリスは研究がやりたいんだと思っていたわ」

「……そう、だね」


 ヘリスの視線は徐々に下がっていった。手の力が徐々に抜け、掴んでいた服の裾がそっと落ちる。


「…………僕が本格的に天体の研究をしたいと思ったのは、チェラシュカちゃんがきっかけなんだよ」

「そうなの?」

「昔さ、みんなで夜に出かけたことは覚えてる?」

「みんなで出かけたこと……」


 チェラシュカは彼から視線を逸らし、記憶を辿る。視界に映るのは青々とした木々だが、あの頃はもっと枯葉が落ちていて空気が澄んでいる時期だったように思う。基本的に遊ぶのは昼間が多く、夜に集まるのは珍しかったので印象に残っている。

 彼に視線を戻すと、試験の結果が返される前のような、不安そうな表情を浮かべているのが目に入った。

 

「ええ。ヘリスは星座にとっても詳しかったし、星が好きなんだなって思ったのを覚えているわ」


 チェラシュカがそう言うと、彼はそっかと呟き、安心したように小さく笑みを零した。

 

「僕さ……、本物の『星博士』になれるように、頑張るから」

「……うん」

「だから、僕のこと…………忘れないで」

「忘れるわけないわ」


 少し食い気味に言ってしまったからか、彼は目を丸くした。それから目を細めてありがとうと口にした。


「……僕、もう行くね」

「うん。今日会えてよかったわ、来てくれてありがとう」


 長らくの友人に感謝の気持ちが伝わるよう、ニコ、と笑みを作る。すると彼は眉尻を下げ、困ったような顔をした。


「最後だから言っちゃうけどさ……チェラシュカちゃんのそういうところ、タチが悪いよね」

「そういうところ?」

「ううん、気にしないで。……ラキュスくんはたくさん困ったらいいと思うから」

「ラキュスが関係あるの?」

「あはは。本人に聞いたらいいよ。……あと僕、お見送りには行かないから」

「……わかった。なら、次に会えるのは、私が旅から戻ってきてからになるわね」

「……そうだね」

「あ、引き留めてごめんなさい。じゃあ、またね」


 身体の前でひらひらと手を振ると、彼は苦笑いを浮かべたまま「最後まで僕も……」と呟いた。そこでチェラシュカの顔に疑問符が浮かんでいることに気付いたのか、彼は小さく首を振る。


「またね、チェラシュカちゃん」

「うん。星博士になったヘリスに会えるのを楽しみにしているわ」


 苦笑いのままの彼は何も言わずにただ頷いて、それからひょいっと飛び上がった。パタパタと羽を動かして飛んで帰る彼の背を見送った後、チェラシュカは一人、湖の方へと戻るのだった。

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