4. 帰り道です
会場から出て皆と分かれたあと、ラキュスと二人で家までを歩く。
目をつむってだって帰れるくらいには、二人で、かつては三人で通った道だ。
チェラシュカは、先程から考えていたことをラキュスに話すことにした。
「ラキュス。星空の街って覚えてるかしら」
「あー……なんか昔聞いたっけ」
「私、あそこに行ってみたいと思うの」
「……なんで?」
「昔、星の瞬きの音を聞きたいって話をしたのを覚えている?あの後旅人さんから星空の街の話を聞いて、もしかしたら星の瞬きの音が星空の街で聞けるんじゃないかってシュシュと話していたの」
「それって別に、星の瞬く音が聞ける街って話だったわけじゃないんだよな?」
「ええ、そういった話じゃなかったわ。星空の街では、年に一度流星群が降ってくるらしいの」
「街に流星群が降る? ……街から見えるじゃなくて?」
街に流星群が降ってくる、とあの旅人は言っていた。
空に浮かんだ星々が落ちてきて、地面が穴ボコだらけになるところを想像しながら話を続ける。
「気になるわよね。それで、その降ってきた星を捕まえると、願いが叶うと言われているんですって」
もしも地面にぶつかると穴が開くような星だったら、どうやって捕まえるのだろう。危なくないのかしら、と思考が横へ逸れる。
「願いって、それ……」
「だからね、星を捕まえて、星の瞬く音を聞かせてくださいってお願いしてみようかなって」
「……それでいいのか」
「…………シュシュとね、約束したの。森の外へ行って、一緒に星を捕まえようって。だから、私が代わりに色んなものを見て、聞いて、経験したいの」
「……」
「お願いごとが叶うっていう話も、単なる噂だったとしてもいいの。星空みたいにキラキラしてるから星空の街っていうのも、なかなか素敵でしょう?」
「そりゃ、気にはなるけど……」
「毎年流星群を見に観光客が訪れるって言ってたし、キラキラした街であることは事実なはずなのよ」
正直なところ、どこまでが事実かはもはやチェラシュカにとっては二の次だった。
ただ、ペルシュカがいつか見るはずだったものを、あの子の無垢な心を満たすはずだった幸せの欠片を、森の外で見つけたいと思った。
「だから、今週中には出ようと思って」
「ふうん……。え、今週中……!? 急すぎないか?」
「そうね、さっき決めたから」
「本気か……。それ、一人で行くつもりなのか」
「今のところ一人ね。さっき決めたから」
「そうか……」
ラキュスは何か考える様子で斜め下を見ていたが、しばらくするとこちらに視線を合わせた。
「なら、俺も行く」
「……ラキュスも?」
「チェリ一人だと心配だ。今日みたいに変なやつが湧くだろう」
「湧くって何かしら……。ああでもラキュス、厨房でのお仕事は良かったの? 成人後は正規雇用に移る予定って言っていなかった?」
「それは……」
ラキュスは少し眉を寄せて考えていたようだが、ぱっと顔を上げると強い意志を宿した瞳をこちらへ向けた。
「辞めるって今から言ってくる」
「まあ! ……本当にいいの?」
「ああ。先に帰っててくれ」
そう言うやいなや、ラキュスはもと来た道を引き返していった。本当に職場へ向かったようだ。
行動力がすごい、とチェラシュカは自分のことを棚上げしつつ、言われたとおり先に帰ることにした。
チェラシュカが自宅に帰ってラフな服装に着替えてからしばらくすると、玄関から名前を呼ぶ声が聞こえてきた。ラキュスが戻ってきたらしい。
「おかえりなさい。随分早かったわね……?」
「ただいま。それが、店の裏口から入ったら店長が居てな。『ラキュスも辞めるんだろう?』って言われた」
「まあ……」
「『チェラシュカがいずれ辞めると聞いたときから、ラキュスもきっと辞めるんだろうなと思ってた』ってさ。話が早くて助かった。さすが店長だな」
「話が早いで済ませていいのかしら……」
「一応、急な話ですみませんって言っといたけど、チェリが抜けたら客入りも減るだろうから厨房が減っても問題ないって笑ってた」
「店長のそれは、空元気のような気がするわ」
何はともあれ、話はついたとのことなのでこれからのことを決めることにする。
「出ると決まったら、旅程を決めよう。地図はあるか?」
「あるわ」
チェラシュカは、家の隅に置かれていた丸められた大きな紙を、テーブルの上に広げた。オルベア全土の描かれた世界地図だ。
広げた四隅に適当な小物を重石代わりに乗せると、北が上になるよう地図の南側に回る。
オルベアには海に囲まれた菱形のような大陸があり、東西南北と中央の五つの国で構成されている。
フロリニタスは、大陸の東に位置するレヴァノスの南部にある森に囲まれた街だ。ちなみに、南のアウステリアと西のウェスパリアにある森の中にも、同じような妖精の街があるという。
「俺たちが居るのが大体このあたりだな」
ラキュスは、地図の向かって右側にあるレヴァノスの下側を指で示した。
「星空の街はどこだ?」
「確かノクサールって名前だったわ。ウェスパリアにあるって」
「なるほど……ここか」
ラキュスは地図上でその場所を見つけたらしく、向かって左側にあるウェスパリアの真ん中あたりに指を移動させた。
「最短を目指すなら、中央のモディトゥムを真っ直ぐ突っ切って行くことになるが……」
そこまで言うとこちらへ視線を向けたラキュスは、心配そうな表情をしていた。
「レヴァノスからモディトゥムへ行く場合、この川を越えるには吊橋を渡るしかない。吊橋の全長は地図を見る限りこの街の端から端くらいあるし、高さは俺達の家の十倍くらいだ。チェリは……ここを通るのは辛いんじゃないか?」
それを聞いたチェラシュカは、眉を顰めて考えた。
この吊橋は、レヴァノスとモディトゥムの間をそれぞれの崖同士を繋ぐように設置されているらしい。
ここで問題なのが、チェラシュカはペルシュカの事故以降、崖に近付くと足が竦むようになってしまったということだ。これは、事故からしばらく経ってから、ラキュスと二人でもう一度現場を見に行ったときに判明したことである。
ラキュスの後をついてペルシュカが落ちたあたりへ向かったとき、修理済みの柵を目の前にして足が動かなくなってしまい、そのまま蹲ってしまったのだ。あのときは結局、ラキュスに抱えられて家に帰ることとなった。
ラキュスの言うとおり、できればここを通りたくはない。妖精なのだから、本当は飛んでいければいいのだけれど……。
平地で空へ向かって飛び立つのはいい。地面との距離を自分で調整できるから。
しかし、足を踏み出す先の地面がないところで飛び立つことができない。
「俺が抱えて飛ぶことはできるだろうが、何があるかわからないから危ないし……何よりチェリが気にするだろ」
妖精の飛行魔法は割と繊細な技術を要する。
自身の身体を空中に浮かせ続けることと、前後左右上下に移動すること、羽を使って風を読みながら、時にはそれを利用して魔力の消費を抑えること。
これらを自然にこなせるようになるまでには、かなりの練習が必要だ。
自分一人で飛ぶのも集中力が必要だが、誰かを抱えてとなると手が塞がるため他の魔法を使いにくいし、抱えた相手の体重分普段とコントロールのしやすさが変わる。
だから、妖精の街で荷物や郵便を扱う配達員は、飛行魔法のエキスパートともいえよう。
閑話休題。
そういった理由で物理的に困難であるということに加え、共に旅をするというのに最初から全面的に頼る前提で旅程を組むのはいかがなものか、というチェラシュカの気持ちをラキュスは察してくれているのだろう。
「よし、一旦アウステリアに向かおう。森を南に抜けて、まずは首都メリスに行く。そこで足りないものがあれば追加で調達すればいい」
彼が言葉で示す位置と連動して、ラキュスの指が地図上をなぞっていた。
「ラキュス……ありがとう」
「別に急ぐ旅じゃない。ゆっくり行けばいいんだ。なんならもっと回り道してもいい。ペルシュカの代わりに色んなものを見るんだろ?」
「……そうね。せっかくなら色んなものを見ながら進みたいわ」
「なら決まりだ。街から森を抜けるのに歩いて一時間ほどだそうだから、朝ご飯を食べたあとに出立したとして、途中休憩を挟んでもメリスに着くのは昼頃か」
「意外と近いのね」
「ああ、メリスがアウステリアの中でも東寄りだからな。そこからモディトゥムを通ってノクサールへ行くのが良いだろう」
レヴァノスの北部にある山から流れる大陸最大の川は、モディトゥム南部を通ってアウステリアの西部へと流れ出ている。
フロリニタスが川より南側、ノクサールが川より北側にあるため、チェラシュカたちは必ず川を横断する必要がある。
アウステリア側からであれば川を越える船が出ているらしく、それを利用するのが良いだろうという話になった。
「改めて旅程を確認するわね。まず森を抜けてアウステリアの首都メリスへ向かい、旅支度を再確認しつつ一泊する。メリスから北上してモディトゥムへ向かい、川を船で超えて、ここでも首都のメディオンに寄る」
「ああ。メリスとメディオン間は、少なく見積もっても数日はかかるらしい。移動に数日費やすんだから、メディオンには観光がてら数日滞在しても良いだろう」
「そうね。中央だから各国から色んなものが集まっていると聞くし、ここでは見たことのないものがたくさんあるんじゃないかしら」
「そのあと、メディオンからそのまま西部へ向かう。そこからおそらく数日あれば、星空の街に着くだろう」
つまり、特に寄り道しなければ一ヶ月以内には着くとの見立てである。
とはいえ、先程も話していたように特に急ぐ必要もないので、もっと色々と回り道をして行くのも楽しいだろう。
「ラキュス、ありがとう。ゆとりを持って準備の期間を取るとして、三日後に出発でどうかしら」
「問題ない」
そうと決まれば出立の準備をしよう。
ラキュスも準備のため、ひとまず自分の家へ帰っていった。
お金、必要最低限の着替えと歯ブラシにスキンケア……あとは、携帯できる食料を食料品店で調達しておこうと思う。
荷物は魔法でできるだけ小さくしておく。
それらの荷物をどこに入れて運ぶかといえば、携帯型金庫だ。
携帯型金庫は、通常アクセサリーの形をしており、金庫についた小さな石の中に大鍋程度の荷物が収納できるようになっている。
石に触れながら取り出したいものをイメージすることで、手元に出てくるのだ。
ちなみに、チェラシュカの携帯型金庫はブレスレットである。魔力を登録することで本人しか使えないようにできるため、防犯面も比較的安心できる仕様になっている。
それから、友達やロテレ、カフェの店長など、仲の良かった人や何かと気にかけてくれていた人たちに手紙を書く。
できるだけ簡潔に、感謝の気持ちとしばらく旅に出ることを綴った。
皆の家まで直接渡しに行ってもよかったが、引き止められてしまうかもと思い、ポストへ投函することにした。
出る予定の日時は書いておいたので、何かあればそれまでに連絡をくれるだろう。




