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星影が導く花明かり  作者: 天りあま
第二章 仲間との出会い

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38. 隣を歩けばいいでしょう

「お嬢ちゃんたちまだ待ってくれていたのねぇ? ごめんねぇお待たせしちゃって。さ、どれがお気に召したかな?」

「あ! えっと……」


 席を外していた店主が戻ってきたようだ。すっかり忘れていたが、そういえばどれを注文するかを考えているところだった。


「俺はクローバーで」


 間を繋ぐように、ラキュスが先にまとめてお金を払い注文してくれた。そして「チェリは?」と尋ねられる。


 ――流石にまだ決めてませんでした、は優柔不断すぎと思われるわよね。他のお客さんも来てしまうし……。

 

 そこへレオニクスが軽い調子でこう尋ねてきた。

 

「なあ、チェリちゃんはどれで迷ってんの?」

「……どれも甲乙つけがたいのだけれど、薔薇とブルーベリーかしら」

「わかった。お兄さん、薔薇とブルーベリー一つずつな。ストラメル、お前は虹でいいだろ」

「え、俺甘いのいらねっすよ」

「おい、ここは黙って合わせろよ」

「んっふふ、初々しいねぇ。えー、クローバーと薔薇とブルーベリーと虹か。気合入れて作るからちょっと待ちなねぇ」

 

 店主は笑いを堪えきれない様子だ。何もおかしなことは起こっていないのに、何故だろう。

 そう思ったのも束の間、わたあめの機械が動き出してからはそちらに目が釘付けになった。

 

 夜明け蜂の名の通り、次第に明るくなる夜明けの空を紡いだかのように輝く繊細な蜜の綿がふわふわと機械の中を舞う。店主はそこに割り箸を突っ込んでくるくると回し、瞬く間に煌めくわたあめが出来上がった。

 真っ赤な薔薇を絞って水に溶かし、薄く伸ばしたような色で彩られたわたあめだ。顔よりも一回り大きいそれをどうぞ、と手渡される。


「ありがとうございます」


 そう言って受け取ったものの、一番最初に注文したのはラキュスなのに、と彼に目を遣った。すると、こちらを見ていた彼は穏やかな笑みで「食べな」と言う。


 ――ならば遠慮なく。

 いただきます、と呟いて上から齧り付く。そして目を見開いた。


「あっまーい……!」

「そりゃそっすよ」


 即座に口を挟んだストラメルの背をレオニクスがまた叩いている。が、今はそんなことより口の中に集中すべき時だ。

 

 もう一口、今度は大きめに齧る。

 鼻腔を擽る上品な薔薇の香りと、舌先で踊る蜂蜜の甘さに思わず頬が緩む。


 クローバー味のわたあめを受取ったラキュスが、「ほら、チェリ」と口元に近付けてきた。お礼を言って一口齧ってから、自分が持つ方も彼の口元に近付ける。


「ん、甘いな」

「ね、美味しいわ」


 爽やかなクローバーの香りが鼻を掠め、癖のないまろやかな甘みが口の中で(ほど)ける。もっと微細な違いかと思っていたが、思ったよりはっきりとその差がわかる。


「ちぇ、チェリちゃん! これも!」


 どこかそわそわウキウキしたレオニクスが、ブルーベリーのわたあめをこちらに傾けてきた。

 流されるようにぱくりと一口。


「! ブルーベリーの味がするわ!」

「っ、そりゃ良かったぜ」


 ヘラッと笑う彼を見て、注文してくれたときのことを思い出す。

 

「レオニクスはブルーベリーで良かったの?」

「ん? おう。だってどれも美味いに決まってんだろ? なあ、お兄さん」

「ふふっ。もちろんどれも美味しいよ」


 最後のわたあめを作る店主はなんだかニマニマと楽しそうだ。

 

「……ありがとう、レオニクス。食べてみたかったから嬉しいわ」

「……へへっ」

「ふーん、じゃあ俺も一口貰うっす」


 そう言ったストラメルが、了承を得る前にレオニクスの持つ淡い青色を齧る。丁度先程チェラシュカが口を付けたところだ。


「あっ!?」

「あっま」


 悪びれもせずペロリと唇を舐めるストラメルに対し、レオニクスが噴火した。

 

「…………お、ま、え、な!!!! 要らねえって言ってたじゃねえか!」

「食ってみたくなったんすよ」

「はあ!? 何もそこじゃなくても、」

「だから変態って言われるんじゃないんすかね」

「〜〜っ!? 言ってんのはお前だけだっつの!!!」

 

 レオニクスたちの口論がヒートアップしてきたところで、突然店主が()せた。んぐっげほっごほごほ、と苦しそうだ。


「大丈夫ですか!?」


 チェラシュカはパタパタと彼の元へ駆け寄る。背中を(さす)るべきか、と手を伸ばしかけたところを彼自身の手により制される。


「だ、大丈夫さお嬢ちゃん……」

「そ、そうですか……?」

「にしても、いいねぇ君たち……。わたあめよりも甘い。そして甘酸っぱい……」


 一体なんの話を……と思ったところ、視界の端のラキュスが引いた目で店主を見ていた。


「……ごほん。さ、これが虹味だよ」


 ラキュスが店主から最後のわたあめを受け取る。両手でわたあめを持つ彼は、なんだか凄く浮かれているように見えて面白い。

 それから何故か手を出すよう言われたチェラシュカは、手の平をお皿の形にして店主に向けて差し出した。


「これはオマケねぇ」


 カラコロと軽い音を立てて手の上に置かれたのは、小さな透明の袋。中には色とりどりの丸い飴玉がいくつか入っている。


「わたあめ用に加工した蜂蜜だよ。気に入ってくれたみたいだから、特別にあげちゃおう」

「えっ! そんな貴重なものを、いいんですか?」

「もちろん。随分と待たせちゃったし、それに……」


 彼はチェラシュカの背後に目を遣り、再び笑い声を漏らした。

 振り返ってみるも、互いにツンとそっぽを向いたレオニクスとストラメルが居るだけだ。

 

「……? ありがとうございます。大事にいただきますね」

「ああ。そのまま食べるのはもちろん、紅茶に溶かして飲むのもおすすめだねぇ」

「まあ素敵」

 

 そうして全てのわたあめを受け取ったチェラシュカたちは、一旦休憩しようと広場の端のベンチに腰掛けた。

 片手にわたあめを持ったまま、もう一方の手の中の袋を太陽に翳す。わたあめよりも濃い色をしたカラフルな飴玉は、虹の色を一つずつ抜き取って閉じ込めたように見える。

 

「良かったな、チェリ」

「ええ。また後でみんなで食べましょう」



 ◇◇◇

 


 わたあめを食べ終わったチェラシュカたちは、再び屋台を見て回ることにした。結局ストラメルが持つことになった虹味を少しずつ食べさせてもらい、全ての味を味わうことができたのでとても満足だ。

 ベンチから立ち上がったチェラシュカは、レオニクスとストラメルの方を向いた。


「私、また二人のことを置いていかないよう気を付けるわ」

「いいっていいって。楽しかったんだろ? オレらは全力でついてくから、気にせず好きなとこ行きなって」


 レオニクスがニカッと笑った。

 そんな彼に、ストラメルがニヤーッと至極楽しげな表情を向ける。

 

「ラキュスさんの立ち位置と変わりてーって言ってたのは、どこのどいつっすかねー?」

「……マジで、お前、ほんとにさあ」


 目を細めて嫌そうにするレオニクス。

 それを見たチェラシュカは瞬きを一つ。


「レオニクスも一緒に見たかったの?」

「え!? あー……うん、まあ……」


 チェラシュカはこれほどたくさんの屋台を見たことがなかったのでついつい好き勝手に動いてしまっていたが、後ろから見守ってくれていたレオニクスも本当は前に出て楽しみたかったのだ。配慮に欠けていたなと反省する。

 

「なら……私かラキュスと前後を交代する?」

「……チェリ? どうしてそうなる?」

「私がさっきまで自由に見て回っていたから、今度はみんなが自由にする番でしょう」


 そう伝えるも、ラキュスは納得しきれない様子だ。彼はチェラシュカに引っ張られるがままだったので、本当に見たいところを見られていないのかもしれない。

 

「レオニクスの位置はどこだっていいが、チェリが好きなものを見て回ることが最優先だ」

「なんならストラメルだけ後ろでもいいんじゃねえの」


 そんなレオニクスの言葉はチクチクとしている。もともとはストラメルがついてくることにも反対していたし、顔を合わせれば何かしら言い合っているし、色々思うところはあるのだろう。

 

 ストラメルの方はといえば、じろりとレオニクスを横目で見ているものの、特にそのチクチクが刺さった様子はない。普段毬栗(いがぐり)のようなトゲトゲを放つ彼からしたら、桃の産毛程度のチクチクは大したダメージにはならないのだろう。


 それはそれとして、四人で歩くのに前後三対一に分かれるのは良くないと思う。通行の邪魔になるし、それに――。

 

「一人で歩いていると寂しいものね?」

「……いや、俺のこと何歳だと思ってるんすか」

 

 チェラシュカの問いかけに最年少の彼は呆れ顔だ。

 

「私の十個下でしょう?」

「そうっすけど!」

「一応成人はしてんだし、チェリちゃんも気にすることねえって」

「そうだ。気にせず引き続き一緒に見て回ろう」


 彼らの言葉を聞いて、むむ……と考え込む。遠慮されているのかもしれない。

 気を遣ってくれている幼馴染には申し訳ないが、一旦前後自体を逆にしてみるべきか……とストラメルたちが前を歩く想像をして、ふとその銀髪を見つめる。


「ちょっと後ろを向いてくれるかしら」

「え、急になんすか……俺の背中見て喜ぶ奴居ないと思うんすけど」

「人にさせておいて自分はできないなんて言わないわよね?」

「っす……」


 こちらに背を向けた彼にすすっと近付き、拳二個分程度の距離を開けてピタリと止まる。

 唐突な行動に眉を寄せるラキュスたちの視線を受けながら、チェラシュカは目の前の背中から視線を上にずらす。首が痛い。

 

 それから再度前を向き、自分の頭のてっぺんに右手を置いて、そのまま前にスライドさせた。彼の背で自分の背丈を測るような動きだ。

 とん、と彼の首の根元に手の側面が触れる。

 

「え、なん……手刀? なんで俺攻撃されたんすか?」

 

 振り返った彼は肩越しにこちらを見下ろした。それから視線が絡み合い……丸くなっていた焦げ茶の目が徐々に細められる。


「ストラメルが私の前を歩いた場合」

「ああ、はい。……え?」

「私は前から完全に見えなくなるわ」

「……あー、まあそうなるっすよね」


 ちっさいし、という呟きはこの距離のおかげでよく聞こえた。人混みに紛れても頭一つ分飛び出る彼にとってみれば、大体の人が小さいだろう。


「私も前が見えなくなるし」

「……でかくて邪魔って言いたいんすか?」


 苛立ちと諦念を滲ませた尖った(まなじり)に、彼はそういうことをよく言われてきたのかもと思う。

 チェラシュカはその瞳を真っ直ぐに見据えたまま、いいえ、と緩く首を振った。


 なお、彼の後ろでかくれんぼができるな、と思ったのは彼には秘密だ。


「ストラメルはね、私の隣を歩けばいいと思うの」

「は……」


 口を開けたまま氷漬けされたように固まった彼。

 そんなに変なことを言ったかしら、と思う気持ちをぶった切るようなラキュスからの低い声。

 

「何を言っているんだチェリ」

「え、オレは……?」


 レオニクスの気落ちした声色に、小さく首を傾げる。

 屋台を見て回りたいレオニクスと、チェラシュカに遠慮するラキュス、そして一人で歩くのは寂しいストラメル。

 そんな彼らを希望通りの配置にするとしたら、レオニクスとラキュスが前を歩き、ストラメルとチェラシュカがその後ろをついていく以外ないだろう。

 

 "各々が気になる屋台を見る"というだけならば二人ずつに分かれて見て回るか、いっそ全員バラバラのほうが効率は良い――だが、四人それぞれで好きに行動するなどという選択肢は今のチェラシュカの頭の中には無かった。


「てかよく考えりゃこいつ、さっき盛大に喧嘩してたじゃねえか!!」

「……あれは言い逃れようのない揉め事だな」


 ビシ! とレオニクスに指を指されたストラメルは、あからさまにげんなりした様子を見せる。


「なあチェリちゃん、こいつ放っといて三人で行こうぜ?」

「俺は別にどちらでも構わない。もう仲間として旅に出ることもないしな」

「え゙。ラキュスさんマジで言ってるっすか!?」

「マジだが」


 じっと視線を交わし合う二人。他の人なら逸らしてしまいそうなストラメルの鋭い視線も、ラキュスはものともしていない。

 しばらくしてから先に顔を背けたのはストラメルだった。舌打ちをした彼は大きく溜息をつく。


「まあそうよね、約束だから仕方ないもの」


 チェラシュカがそう言うと、彼は眉を下げてかなりがっかりした様子を見せた。またチェラシュカが庇うことを期待していたのなら、それは見当違いというものだ。


 なら……! とレオニクスの表情が明るくなったが、これだけは言っておかねばならない。


「ただ、元はといえば私の勝手な行動のせいでもあるのだし、ここで一方的にさよならなんて筋が通らないわ。ストラメルがもう帰るって言うならそれで構わないけれど」


 怪訝そうにこちらの様子を窺うストラメルが、あー、と言いながら頭をガシガシと搔いた。


「……今日仕事行くまでは付き合うっす。母さんにも言われたっすから」

 

 レオニクスが「遠慮しろよ!」と言ったが、ストラメルは完全に無視している。

 チェラシュカは横を向くストラメルの隣に立つと、ラキュスたちの方を向いてこう告げた。


「今度はラキュスとレオニクスが好きなところを見に行く番よ。時間もあまり無いし、早く行きましょう?」

「え、なんでそこ、」

「ね、早く」


 レオニクスの言葉を遮り、彼らの背を無理やり屋台の方へと押した。

 こちらを振り返りつつ渋々歩く彼らの後を、不可解そうな顔のストラメルと共についていく。

 

 少し進んだところで彼らの背から手を離すと、チェラシュカは隣のストラメルの服の袖をクイッと引っ張った。眉間に深く皺を寄せた彼は「なんすか?」とやや不機嫌そうだ。

 それでも「耳、貸して」と伝えれば、少し上体を傾けてチェラシュカの口元に耳を近付けてくれた。

 

「あのね、……」


 前の二人がこちらを見ていない瞬間を見計らい、念の為防音結界を展開した上で彼の耳元にヒソヒソと話しかける。

 全て聞き終わった彼は目を丸くしてから、ニヤリと笑った。


「チェラシュカさん、意外と悪い子っすね?」


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