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星影が導く花明かり  作者: 天りあま
第二章 仲間との出会い

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37. メディオン最終日です

 四人でプールを訪れた次の日――出発予定の前日であり、ラキュスたちがストラメルと約束をした期間の最終日。


 昨日ストラメルの母でもある宿の主人――改めてレニラと名乗られた――から、『明日は第一王子の誕生祝いで賑わってるから、屋台でも覗いてみたら?』と言われ、チェラシュカたちはその通りに街の中心部の広場までやってきていた。


 東西南北へと伸びる通り道の部分を避けるようにして、円形の広場を囲うようにぐるりと屋台が並んでいる。屋台で出来た円は大小二つあり、円と円の間を通れば両側に屋台があるという状態だ。

 広場の中心から北の方を向けば、遠くに(そび)え立つ城が見える。距離があるので見えにくいが、頑丈そうな城壁に囲まれて強固に守られている様子が窺える。


 さて、お祭りムードの街中ではたくさんの人々が行き交っていた。

 腕を組んで歩くヒトの二人組や、恐らく家族であろう子供連れの獣人たちに、誰かと(はぐ)れてしまったのか大声で名前を呼びながらあたりを探す人まで居る。

 

 チェラシュカは隣のラキュスの腕を両手で掴み、彼のそばに身を寄せ、目だけで周囲を注意深く観察しながら歩いていた。

 そして案内のためにストラメルが前を――というわけではなく、レオニクスと共に後ろを歩いている。


 というのも、昨日宿に戻ってからレニラに変質者と出会った(ナンパされた)ことを話したところ、彼女がストラメルに「あんた、絶対チェラシュカちゃんに変な奴近付けるんじゃないよ! 後ろから急になんてこともあるんだから、死角から守んなさいね!」と言ったのである。

 


 ――それで午後から仕事に行くまでは、ってついてきてくれるのだから、ストラメルって意外と律儀ね。


 

 チェラシュカは以前セルヴィエルに『自分は守られるだけのお姫様ではない』と大口を叩いたことがあるため、今こうして誰かに周囲の守りを固めてもらうなんて己の誇りを曲げているように見えるかもしれない。


 だがしかし、先の(げん)は"自分にも敵に立ち向かう心づもりがある"というだけの話で、何もかも一人で解決するなどという意味で言ったわけではない。

 各々の得意不得意に応じて、仲間を頼ったり頼られたりというのは当たり前だという柔軟な価値観を有しているわけで――つまりは今ここで彼らを頼ることに何の抵抗も抱いていないのである。


 チェラシュカは誰に釈明するでもないのに言い訳じみたことを頭の中で考えつつ、無意識のうちにラキュスの腕を力強く掴んでおり――彼が眉を下げて時折こちらに視線を向ける理由はわからなかった。

 


 そうしてやや緊張気味に歩むチェラシュカだったが、ふとあることに気が付いた。

 左右に顔を動かせば、住民か観光客、または屋台の店主など、性別や種族を問わず誰かしらと目が合う。だがその人々は視線を少し上に逸らした瞬間、軒並みサッと顔を逸らすのだ。

 

 彼らの視線は一体何を捉えたのか――。


 そっと後ろを振り返ると、真顔のストラメルが周囲を見渡しながら歩いている。目つきが鋭いので睨みつけているようにも見える。

 彼と比べると小柄なチェラシュカたちが前に居るため、足の長さを持て余しているのか少し歩きにくそうだ。


 気怠げにゆったりと歩くその姿からは、何とも近寄りがたい雰囲気が醸し出されていた。

 どうやら周囲の人々は、鋭い眼光を飛ばすストラメルの存在に気が付いた途端、こちらを見ていない振りをしているらしい。

 


 ――彼の場合、お腹に防御力が無くても迫力のある顔と雰囲気だけで十分なのだわ……!



 そう考えると、出会ったときにラクォラの鱗を剥がそうとした人や、その他ストラメルと喧嘩をしてきた人たちは、ある意味猛者だったのかもしれない。

 

 チェラシュカとしては、彼が動物たちを大切にしていることも、心の奥底では家族を大事にしていることも知っているので、見た目がどうであれ彼自身を怖いとは思わないが。


 ◇◇◇


 屋台で売られていたのは、主に食べ歩きのできるような軽食がほとんどだった。串に刺さったイカの丸焼きやアユの塩焼き、色々な種類のクレープや冷えたフルーツなど、どれも小腹の空いたチェラシュカの食欲を掻き立てるものだ。

 

 装飾品や小物類も売っていたが、無闇に荷物を増やしたくはないので一旦スルーを決め込む。気ままに行動するチェラシュカたちに、ストラメルたちはゆっくりとだが大人しくついてきてくれていた。


 そんな中、ふと視界に映ったとある看板に目が吸い寄せられた。


「夜明け蜂の蜜を紡いだわたあめですって! 美味しそう……!」


 ラキュスの腕を引っ張り、人混みに緊張していたのも忘れてタタッとわたあめの並ぶ屋台に駆け寄る。


「チェリ、落ち着け」

「すっごく綺麗! 宝石の輝きを閉じ込めたみたいにキラキラしているわ」

「ああ、そうだな。わかったから急に走るな」


 偶然にも客が引いたタイミングだったらしい。見本として展示されたわたあめの入ったショーケースの一番前を陣取り、間近で観察する。

 その内部は携帯型金庫と同じように時間が経過しない仕様になっているのか、わたあめを形作る繊細な糸には全く萎れた様子がない。

 

「お嬢ちゃん、そんなに気に入ってくれたのかい?」

「ええ!」


 話しかけてくれた店主に、チェラシュカは満面の笑みを返す。少し長い茶髪をひっつめてお団子にした彼は、どこかレオニクスと似たような職人的な雰囲気を漂わせていた。


「それは嬉しいねぇ。蜂蜜にちょっと特殊な加工をしてわたあめにできるようにしているから、食べられるのは今日ここだけさ。夜明け蜂が取った蜜次第で色も味も違うんだよ」

「味も違うのね!」


 ケースの中のわたあめは全体的に雲のような白さだが、表面がほんのりと色付いておりキラキラとした虹のベールがかかっているように見える。

 屋台の柱に貼られた紙には薔薇、みかん、菜の花、クローバー、ブルーベリー、藤、虹、と書いてあった。どうやら展示されているのは全ての味を選んだ場合の虹味のようだ。色自体の境目はあるが、味も分けて味わえるのだろうか。

 

 「へぇ、珍しいな」とラキュスが言ったところで、店主がはっとした顔で腹部を押さえた。

 

「……! お、お腹が……。ご、ごめんねぇ、ちょっとだけ席を外すからゆっくり見てってくれ」

「はあい」


 しかめっ面で「あそこの牡蠣じゃないだろうねぇ……」と呟きながら足早に去る店主。

 食あたりだろうか、であればさくらんぼをあげた方が良いか、と逡巡している間に彼は視界から居なくなっていた。

 少し心配ではあるものの、とりあえずどの味にするかゆっくりと悩むことにする。

 

 それぞれ果物そのものの味がするのか、その花と同じ香りが漂うのか、非常に気になるところだ。いっそ全て味わえる虹味にするべきだろうか。

 

 ラキュスは"一番人気"と書いてあるクローバーを選ぶだろう、とあたりを付ける。

 彼は自分一人であれば冒険をしないタイプなのだ。現に彼はもうメニューを見ることをやめ、周囲の他の屋台に視線を飛ばしている。

 

「ねえ、レオニクスとストラメルはどれが、」


 そう言いながら振り返ると、そこに居るはずの二人の姿が無い。代わりに、たまたまそこに居たであろう見知らぬ二人組と目が合った。

 一瞬彼らは互いに目配せしあい、その口が弧を描いた。

 

「オレはねぇ、青っぽいのがいいなぁ」

「俺はそのピンク色のがいいと思うなー」

「あ……」


 チェラシュカが目を丸くして動きを止めたところで、彼らが一歩近寄ってきた。

 その気配に気付いたのか、振り向いたラキュスが眉間を縮めて怪訝そうにする。


「ねぇ、オレたちがここの屋台で好きな物買ってあげるから、オレらと四人で回ろうよぉ」

「ナイスアイディーア! ねー、その方が絶対楽しいってー」

「女二人で居るよりねぇ」

「うんうん、楽しみ方をわかってる俺らに任せなってー」

「……は?」


 女二人? と思った瞬間、目を見開いたラキュスが地を這うような低い声を出した。どす黒い覇気が彼から漏れ出ているような気がする。


「そんな怖い顔しないでよぉ」

「そうそう、俺らが全部奢るからさー」

「へえ、なら俺らもあわせて六人分な?」


 話し声に三人目が加わった。と同時に目の前の二人組の肩に後ろから腕が回される。

 二人組の間からぬっと顔を出したのは、幼子を泣かせそうな笑みを浮かべたストラメルだった。


「はぁ!?」

「だ、誰だお前!」

「えー、保護者っすかね」

「あんたみたいな怖い顔の保護者が居るかぁっ!」

「あ゙?」

 

 目の前のやり取りに呆気に取られていると、くいっと腕を引っ張られる。思わず小さく肩を跳ねさせたものの、振り向いた先に居たのは眉をハの字にしたレオニクスだった。

 

「チェリちゃん、ラキュス、大丈夫か? ほら、こっち」


 そう言う彼から更に腕を引っ張られる。二人組と距離を取らせてくれたらしい。

 

「レオニクス……」

「マジで参ったぜ。二人が走って行ったあとすぐ追いかけようと思ったのに、なんかすっげえ集団が通って行ってよ……」

「……すごい集団ってなんだ」


 それがさぁ、と話しかけたレオニクスの声を掻き消すように、背後から大きなどよめきが聞こえた。


 チェラシュカが振り返ると、屋台の奥側――広場の中心に移動したストラメルと不審な二人組が人々に囲まれ、ちょっとした人集(ひとだか)りができていた。

 いってぇなぁ……と胸元を片手で押さえたストラメルが、触れると痛そうな鋭い視線でギロリと二人組を睨みつけている。

 

「兄ちゃんやったれー!」

「負けんなー!」

「二人でやるのは卑怯だぞー!」

「最後に勝った奴が正義だー!」


 どちらを応援しているのかわからないような興奮気味の野次が飛ぶ中、喧嘩慣れしている様子の彼がぐるぐると肩を回す。

 二人組も身体の前で拳を構えており、完全に臨戦態勢だ。少し見ていない間に何故あんなことに……。

 

 三者がじりじりと睨みあう中、先に動いたのは二人組のうちの一人だった。

 

「ヒーロー気取りとかうぜえんだよっ!」


 殴り掛かってきた拳を半身を引くことで避けるストラメル。続けて反対側に「おらぁっ!」ともう一人の拳が飛んできたところも避け、その手首をがしりと掴んだ。

 掴んだ手首をぐいっと引っ張り、相手の頭を自身の胸元に引き寄せる。

 

「先に殴ってきたのはそっちっすから、ね!」


 彼が勢いよく放ったのは、容赦のない膝蹴りだった。ゴン! と痛そうな音がして、膝蹴りを食らった男が地面に倒れ伏した。あれは身体強化魔法も使っているのではないだろうか。

 

 最初に殴り掛かってきた方は、からぶった後に体勢を立て直して振り返ったものの、あっという間にやられてしまったもう一人を見て慄いたのか、一瞬身体が固まってしまった。

 

 その隙をストラメルが見逃すはずもなく、地面を蹴り遠心力で勢いづけた長い脚を残りの一人の顔面にぶつけた。一人目と同じように昏倒した彼は、恐らく顔の形が変わってしまったと思う。

 

 レオニクスもそうだが、自分の身体を武器にできるとああやって戦えるのか……とチェラシュカはただただ感心するばかりだ。


「早すぎんだろ……」


 レオニクスの呟きと同じことを野次馬たちも思ったらしい。「もっと粘れよ!」「強すぎ!」「いや、あいつらが雑魚過ぎたんだろ」なんて声が聞こえる。


 一方のストラメルは服に付いた血を魔法で綺麗にすると、パンパンと手を叩き「ほら、散った散ったー」と解散を促している。かなり手慣れた様子だ。

 野次馬たちも慣れているのか特に粘る気は無いらしく、倒れ伏した二人をそのままに元の持ち場に戻っていった。

 

 そこでチェラシュカたちに気付いたストラメルが、首を左右に倒してコキコキと音を鳴らしながら大股で歩いてきた。


「あー、疲れたっす」

「お前……やりすぎだろ」


 倒れた二人組を一瞥し、レオニクスが眉を顰めている。


「もっと穏便にさあ……なんか手慣れてるしよ」

「そりゃ日常茶飯事っすから」

「開き直んじゃねえ。ラキュスもそう思うだろ?」


 そう話を振られた幼馴染の目が死んでいる。

 これは信じられないくらい嫌なことがあったとき――例えば丸一日服を裏返しで着ていたことに気付いた時の顔だ。彼はクールだが繊細な心を持つ妖精なのだ。

 

「チェリと……俺にあんなことを言った時点であんな奴らはどうでもいい」

「おー、ラキュスさんは意外と血の気多いタイプっすかね」

「お前らなあ……」


 呆れた声を出すレオニクスに対し、ニシシッと笑うストラメル。

 彼は黙ったままのチェラシュカが気になったらしく、腰を折って顔を覗き込んできた。

 目の前に現れる焦げ茶の目。

 

「もしかして間近で喧嘩見て怖くなっちゃったっすか?」

 

 ここ数日でよく見た揶揄うような彼の表情。だが、どこか少し引っかかりを感じる。

 

「怖くなっていないわ」


 きっぱりと迷いなく答えたチェラシュカに対し、彼は目を細めて「へぇー……」と言う。

 

「でも俺みたいに他人に暴力を振るう奴なんて、怖いと思うのが普通じゃないっすかね」

 

 「自分で言うのかよ」なんてレオニクスが言っているが、こうやって食い下がってくるということは、ストラメル自身何か気にしていることがあるのだろう。

 何が彼の心をささくれ立たせているのかは知らないが、チェラシュカにできるのは素直に向き合うことだけだ。

 

「いいえ。それはあなたが自分の身を守るために必要だから身に付けた生きる(すべ)なのでしょう? 凄いなとは思うけれど、あなたと殴り合うことのない私が怖がる必要はないわよね」

 

 知り合ってからまだ数日ではあるが、彼は自分から喧嘩を売りにいくことはせず、攻撃的な言動は全て何かを守るためだった。彼の迫力のある顔と雰囲気だけで蹴散らせなかった相手のことは、物理的に叩きのめす必要があったのだろう。

 多少過剰な部分もあるとは思うが所詮知らない相手であるし、であれば自分を助けてくれたストラメルに感謝こそすれ、怖がるなんて道理に反していると思う。


 ときたまレオニクスのことを揶揄い過ぎている節もあるが、並んで歩く二人を見ていれば、そういうコミュニケーションもありなのだろう。

 

 そんなことを考えつつ、じっと彼の目を見つめていた。すると、彼は毒気を抜かれたような表情で瞬きを二つして、「そっ……すか……」とだけ零す。

 

 目線を下に落としゆっくりと姿勢を戻す彼に向けて、一つ補足しておくことにする。


「もし何の理由もなく私があなたから傷付けられるようなことがあれば、ラキュスが絶対に報復してくれるわ」


 ピシッと固まったストラメルを横目に、ね、とラキュスの方を向く。

 チェラシュカの頼れる幼馴染はしかめっ面をストラメルに向けた。

 

「チェリの言葉を真に受けるなよ」


 溜息混じりの彼の言葉を聞いて、ストラメルが強張った表情筋を緩めかけた。

 

「……そっすよね、報復なんて、」

「ストラメルがチェリの髪一本でも傷付ける前に俺が動けないようにしてやる」

「…………はい」


 ストラメルの顔が物凄く青褪めている。少し前まであんなに勝気な表情をしていたのに、氷点下を思わせるラキュスの冷え冷えとした声には強く出られないらしい。

 

「オレも! オレもやってやるからな!」

「レオニクスも? ありがとう、頼もしいわね。私もあなたが傷付くことがあれば、絶対に仲間としてその相手に後悔させてあげるわね」

「……あの、俺がチェラシュカさんたちに何かするとかマジでないっすから、怪我させる前提みたいな会話やめてもらっていいっすか」


 喧嘩終わりのときよりも疲れが滲み出たストラメルの声に、ついくすりとしてしまう。


 そんなチェラシュカの耳に「あれっ」という声が届いた。

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