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星影が導く花明かり  作者: 天りあま
第二章 仲間との出会い

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36. ピュアじゃない人でした

「あっれー、お姉さん一人? 貝殻から生まれたてって感じー?」


 軽い調子で声をかけられ、チェラシュカは後ろを振り向いた。

 浮き貝殻が辿り着いた先に居たのは、明るい茶髪の変なことを言う人だった。

 背凭れの端から顔を覗かせた彼は上半身裸である。見えているのは胸元から上だけだが、チェラシュカはとりあえず目を逸らしておく。


「もしかして目ぇ合わせらんない感じ? 照れてる? そーゆーのもいいねー」


 ――これはストラメルが言っていたナンパ? でも、不可抗力とはいえこちらから近付いてしまったのだから只の通りすがり? ピュアな人? ピュアじゃない人?

 

 混乱する頭でそんなことを考えつつ、とにかく真っ当な妖精としてまずするべきは、と口を開く。

 

「……ぶつかってしまってすみません」


 すると、彼の視線がチェラシュカの頭のてっぺんから足元まで動く様子が視界のギリギリに映る。

 

「声も可愛いー。お姉さんなら何回でもぶつかっていいよー? もちろん、浮き輪越しじゃなくて生身でさー」


 そんなことを言いながら、彼は前触れなくチェラシュカの(すね)に触れた。


「え」

「あー、俺の手もぶつかっちゃったー。可愛い子に引き寄せられちゃうんだよねー、俺の手」

 

 わざとらしい声。ねっとりと絡みつくような視線。脛からゆっくりと太ももの方へ這い上がるその手に、全身に鳥肌が立つ。

 

 レオニクスから初対面のときに肩を抱かれたときも、セルヴィエルから足に縋りつかれたときも、ここまで嫌悪感を抱いたり……怖気が付くことはなかったのに。




 ――気持ち悪い。どうして断りもなく触れてくるの。どうして手を離さないの。ピュアじゃないってこういうこと? 本当に、本当に気持ちが悪い。早くどこかへ行って。じゃないと私……。


「……や、」

「はい、ストップっす」


 チェラシュカの喉の奥から声が漏れ出たと同時に、足に触れていた手が別の手によって捻り上げられる。


「いったー! 何すん……」

「俺の手もあんたの手にぶつかったっすけど、つい引き寄せられただけっすよ?」


 堂々と屁理屈を言ってのけたのは、銀髪の先からポタポタと水滴を垂らすストラメルだった。元々鋭い目つきを更に細め、非常に恐ろしい表情をしている。

 彼がその腕を更にぐいっと持ち上げたことで、文句を言いかけていた茶髪の人は痛そうに顔を歪めた。背の高いストラメルに怖い顔で上から見下ろされれば、かなりの威圧感を感じることだろう。

 

 息を詰めてその様子から目を離せないでいると、浮き貝殻がガシッと何かに掴まれたような振動を感じた。


「チェリちゃん、大丈夫か!?」


 振り向くと、背凭れ部分を掴むレオニクスが居た。彼も同じく夕焼け色の髪から水滴が滴っている。険しい表情ではあるが、そこには確かに心配する色が滲み出ていた。


「……ありがとう、レオニクス。ストラメルも」

「遅くなってごめん!」

「だから言ったんすよ、気を付けろって」

「おい、ンな言い方ねえだろ?」

「だってこの人、仲良くなりたい奴に声かけることをナンパだと勘違いしてるんすよ?」

「はあ!?」

「……おーい、俺のこと放置してお喋りすんなー?」

 

 ストラメルに腕を掴まれたままの彼は、不機嫌そうにそう言い放つ。

 すると、上空でバサリという音と共に大声が降ってきた。


「そこ! お客様同士での揉め事は禁止です!」


 先程と同じ従業員が、頭上で羽ばたいたままこちらを見下ろしている。どうやらありとあらゆるトラブルに対応しているらしい。

 ストラメルはそちらを見上げ、捻り上げた腕を掲げる。


「こいつこの子にちょっかいかけてたっす」

「足もベタベタ触ってたぜ」


 レオニクスが忌々しそうにそう告げると、従業員がこちらに視線を向けた。


「おや、君は……」


 目が合ったチェラシュカは軽く会釈をすると、「触られました」と伝える。


 すると、水面付近まで降りてきた従業員は茶髪の彼の腕に何か丸いものを触れさせた。それがチカチカっと二回明滅したのを見て、ふむ、と呟いた。

 

「ご報告感謝します。その男はわたくしが責任を持って片付けます」

「うへー、ちょっとくらいいーじゃんかよー」

「良くない! 貴様の迷惑行為は二回目だろう! 二度とここの敷居を跨ぐな!」

「けちー」


 従業員はブツクサと文句を言う彼の両脇に腕を突っ込んだ。ストラメルが掴んでいた手を離すと、驚く程軽々と茶髪の彼を水から引き上げ、そのままどこかへ飛び去っていった。

 呆然としながら見送っていると、後ろからバチャバチャという音と共にぜいぜいと苦しそうな声が聞こえてきた。


「やっと…………着いた…………」


 振り向くと、疲れきって息も絶え絶えな様子のラキュスが居た。

 

「ラキュス……?」

「チェリ……、すまない……」


 彼は肩で息をしながら眉間に皺を寄せ、必死に浮き輪に掴まっている。すぐ来なかったのも、こんなに疲れているのも、どちらも非常に不可解だ。だがひとまず彼の背にそっと手を伸ばし、労る気持ちを込めてポンポンと優しく触れる。


「さっきはひっくり返らないように助けてくれてありがとう。私は……問題無いわ」

「……本当にすまない。もう絶対に、水場でチェリと離れないようにする……」

「ふふ」


 そこに苦笑いを浮かべたストラメルが口を挟む。

 

「にしても、競争し終わって様子を見に来たら、チェラシュカさんが絡まれてるんすもんね」


 レオニクスも頷きながら「マジで焦ったぜ……」と漏らす。

 

「俺がレオニクスさんより早く泳げたから良かったものの……、」

「ほぼ変わんねえだろ!」


 二人はそんな風に言い合っているが、チェラシュカとしては彼らが来てくれて本当に助かったと思っている。

 

 あのまま触られ続けていれば、うっかりあの茶髪の人を蹴り上げてしまうところだった。そうなると勢いで今度こそひっくり返っていたかもしれない。

 もしくは、魔法であの茶髪を燃やし尽くして強制退場させられていた可能性もある。

 

「いい加減負けを認めるっすよ」

「負けてねえ! つーかそんなことよりも、あの……監視員? もっと早く来てくれればチェリちゃんがあんな奴にベタベタ触られずに済んだんじゃねえの?」


 レオニクスが眉の間をぐっと縮め、従業員たちが飛んで行った方を睨みつける。

 

「そりゃ見れる範囲も限られてるっすからね。でかい魔法を使えば目立つっすけど、そうじゃなきゃ気付けないっすよ」

「けどよ……」

「もしあれくらいですぐ気付くんなら、俺の背中ぶっ叩いた時点であんたもアウトっす」


 ストラメルの言葉を聞いて、レオニクスは思い切り顔をしかめた。野菜たっぷりのサラダを食べた時と同じ表情だ。


「……ラキュスのときにすぐ来たのは、魔法を使ったからなのね」

「え、ラキュスさん出禁リーチかかってんすか?」


 耳慣れない言葉に、チェラシュカは「出禁リーチ?」と繰り返した。

 

「あの鳥がさっきクソナンパ野郎になんかくっつけて、ピカピカッて光ったじゃないっすか。あれ、NG行為をしたときにそいつの魔力を登録する魔導具らしいんすけど、登録してない奴にくっつけても光らないんすよ」

「……へー」

「で、ピカピカッて光ったら即刻退場っす」


 かなりざっくりした説明だ。レオニクスの相槌もかなり雑だ。

 ストラメルの言う"鳥"とはきっとあの従業員のことなのだろう。結構フランクに呼ぶのだな、と少し驚いた。


「……それだとよ、しょっちゅう喧嘩してるお前が出禁じゃねえのおかしくねえか」

「俺のことなんだと思ってるんすか? 普段はレーンがあるプールの端っこで泳ぎまくってるっすから、誰かと話すことないんすよ」

「ふうん……」


 納得しきれない表情でじとりとした視線を彼に向けるレオニクスだったが、彼がここに出入りできることが出禁ではない確たる証拠である。

 そんなレオニクスを余所に、ストラメルはラキュスの方を向いた。

 

「で、ラキュスさんはなんでそんな疲れてるんすか?」

 

 そう尋ねられたラキュスが浮き輪に上半身を預けたまま小さく何かを呟いた。

 ん? とストラメルが彼の口元に耳を近付け――急にぶふっと噴き出した。

 

「ま、魔法が使えないから、水を操れなくて、……そ、その場から動けなくなるとか……ぶはっ」

「ストラメルはもう、喋るな……」


 どうやら妖精である幼馴染が水中をスムーズに動けていたのは、魔法で水を操っていたからだったらしい。

 次に魔法を使えば退場と言われてしまったからこそのあの悲壮な表情だったのか、と納得する。そう考えると、慣れない中ここまで来るのはかなり大変だったのだろう。

 

 改めて彼に感謝すると共に、うっかり彼がまた魔法を使って一人出禁になってしまわないよう、自分が注意せねばと思うのだった。



 ◇◇◇



 トラブルはあったものの、折角四人で来たのだから、と改めて水遊びらしい水遊びを行うこととなった。


 貝殻の背凭れを猛スピードで押してもらったり、皆が浮き輪に掴まって水面に漂うのを眺めたり。

 このくらいならバレないんすよ、と言うストラメルが魔法で水中に小さな渦を作り、それに巻き込まれて浮き輪ごとぐるぐる回ったり。

 小腹が空いたところで売店へ向かい、軽食を食べたり。



 そこそこ遊び尽くして、少し日も傾いてきた頃。ラキュスが「そういえば」とレオニクスを視線で示しながら話しかけてきた。

 

「チェリはもう本当に大丈夫なのか。身体を忘れられないことを気にしていただろう」

「心配してくれてありがとう。もうレオニクスを見てあのことを思い出すことはないと思うわ」

「そうか、良かった」


 そこでレオニクスが「えっ」と声を上げる。それに反応したストラメルが、こちらを向いて目を大きく開いた。


「お! 俺の言った通りレオニクスさんのこと忘れられたんすか! 良かったっすねー」

「だからオレのこと忘れさせんなって」

「やっぱこれだけ居たら見慣れるっすよね」


 うんうん、とストラメルは納得したように頷いている。

 チェラシュカとしては、見慣れたのとは違うような……と、少々言いにくいが訂正することにした。

 

「その……」

 

 絞り出すような声に、うん? と相槌を打つレオニクスの耳が動いた。

 

「店員その一さんの身体が凄くって……」

「……店員その一?」


 怪訝そうな彼に対し、ストラメルは売店の店員である彼女のことを知っているらしく「ああ!」と言った。

 

「あの店員の身体で上書きしたってことっすね! 確かにあの店員いつ見てもバキバキっすもんね」

「……知らねえ奴に負けたのか、オレ」


 レオニクスの耳がペタンと前に倒れている。何故しょんぼりしてるのかはわからないが、少し可愛く思えてしまう。

 

「……ところで、レオニクスとストラメルはちょこちょこ言い争っていたように思えるけど、あれはカウントするの?」


 そう話を変えてみると、ストラメルはあからさまに嫌そうな顔になった。

 

「げっ。いや違うっすよ。あんなの男同士ならよくあることっす。言い争いなんかじゃないっす。知らない奴とは喧嘩してないんすから!」

「……と言っているが、レオニクス、どう思う」

「オレはもう……なんだっていい…………」


 しょげた様子のレオニクスの返事により、ストラメルはこの日ギリギリ"揉め事を起こしていない判定"を得るのだった。


 ――あと一日だけれど、流石にもう大丈夫よね……?

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