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星影が導く花明かり  作者: 天りあま
第二章 仲間との出会い

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35. 水遊びをします

 あれからラキュスが普通の浮き輪を借りることにしたため、チェラシュカたちはそれぞれ浮き輪と浮き貝殻を抱えてレオニクスとストラメルの元へ戻った。


「無事借りれたんすね」


 ストラメルが楽しげな表情を見せる。

 チェラシュカたちが店内にいる間、彼らはずっとお喋りをしていたらしい。少し前は怒声を浴びせあっていたはずだが、何の話をしていたのだろうか。


「チェリちゃん! それ持つよ!」


 レオニクスが落ち着かない様子で声をかけてきた。チェラシュカは比較的持ちやすそうな浮き輪の方を持っており、中身は空気なので全然重くなかったが、彼の厚意に甘えることにした。

 お礼を言って渡すと、彼は安心したように笑った。


「チェラシュカさん、ちょっとレオニクスさんに背中見せてやってほしいっす」

「背中?」

「おいっ!」


 唐突なストラメルの言葉に首を傾げる。目の前で焦ったような声を上げるレオニクスを見上げてから「こう?」とその場で半回転した。

 

 その瞬間、背後から聞こえたのは「ひゅっ」と息を呑んだ音。

 

「あっははははは!!」


 今度はストラメルが笑いだした。何がそんなにおかしいのだろう。


「何か私の背中に付いてる?」


 顔だけ振り向いてみると、レオニクスが熟れた林檎のように真っ赤な顔でパクパクと口を動かしていた。


「この人さっきからずーっと『透けてる……やべえ……』ばっかり言ってたんすよ! はー、おもしろ」


 ストラメルはまだまだ笑い足りないのか、時折レオニクスの様子を見てはぶはっと噴き出している。


「お、お前、いい加減黙れって!!」

「俺まだあんたに叩かれたの許してないっす! あ、腕もちょっと上げてもらえるっすか?」

「腕?」


 ストラメルに言われるがまま片腕を少し持ち上げ、そのまま脇腹付近に視線を落とす。

 胸の端から腰にかけて走る水着の縁を境に、自分の身体が前後に分けられているように見える。


 背後のレオニクスは声にならない声を上げているし、ストラメルはひいひいと苦しそうに笑っているが、二人とも呼吸できているのだろうか。


「ふーっ……てなわけで、この人の裸を見たのはチェラシュカさんの背中で全部帳消しっす! もう気にすることないっすよ」

「えっと……?」


 困惑しているとラキュスにスッと手を引かれた。立ち位置を変わるようにして彼がレオニクスとの間に滑り込む。


「ストラメルはチェリで遊ぶな。レオニクスだけにしろ」

「あーはいはい、そうっすね」

「オレでも遊ぶんじゃねえ!」


 ストラメルの言う帳消しとは一体……と思い、ラキュスの後ろからそっと顔を覗かせる。

 

「レオニクス……」


 チェラシュカが呼びかけると、彼はハッとした顔をした。朱に染まっていた顔色も大分落ち着いている。

 

「チェリちゃ……あー、うん。そう。コイツに言われんのは癪だけど、マジでもう気にしねえでいいから」

「…………わかったわ。レオニクスがそう言ってくれるなら、もう気にしない」

「へ」


 ぱか、と口を開いたままのレオニクスの背をストラメルがバシッと叩いた。

 

「良かったじゃないっすか。ま、今度はレオニクスさんが『背中を忘れられない変態』になったっすけど」

「お前……マジで覚えてろよ……」



 ◇◇◇



 そんなこんなでやっと水に触れられるところまでやってきた。チェラシュカの初プール体験である。

 視界に広がる青い空、と同じくらい青い水面が一歩先にある。

 

 プールには上半分が無い大きな筒が斜めに接続されており、一言で言うならば巨大な滑り台の出口がプールになっている状態だ。そこから時折遊泳客がプールに流れ込み、その度に大きな波がこちらまで押し寄せる。

 

 どこから人が来ているのかと目で辿ってみれば、この敷地の入口付近に滑り台の頂上まで行く階段があり、そこからうねうねと蛇行する筒がプールまで繋がっていた。

 

 チェラシュカはその様子を眺めながらプールの縁ギリギリにしゃがみこみ、水中にそっと手を差し入れる。


「冷たい! でもこの暑さならこれが心地いいというのもわかるわ」


 隣でしゃがむラキュスが水を片手で掬いながら、そうだな、と優しい声を出す。故郷の湖よりは冷たくないため、これくらいが浸かるのに丁度いいのかもしれない。

 

 あの二人は……と振り向くと、レオニクスとストラメルは少し離れたところでストレッチをしていた。


「オレがぜってえ勝つ」

「猫なのに泳げるんすか?」

「だから猫じゃねえ!」


 ゆらゆらと尻尾を揺らして声を荒らげるレオニクスと、挑戦的に上から見下ろすストラメル。二人はそのまま睨み合いながら、真っ直ぐな白い線がいくつか引かれた長方形のプールの方へ向かった。

 そちらは目の前のプールよりも人が少なく、たくさん泳ぐ人向けなのかもしれない。


「私たち、忘れられちゃってるわ」

「どうだっていいだろう」


 ラキュスはレオニクスたちに視線を向けることもなく、興味が無さそうに指先で水面を揺らしている。


「そうね、二人で楽しみましょう」


 プールを楽しむのに何か特別な作法があるのなら聞いておかなければと思ったが、周囲の客を見る限り思い思いに楽しんでいるようだ。

 浮き輪に身体を通してただ波に揺られていたり、平たい浮き板の上で寝そべっていたり、水を掛け合ったりボールで遊んだり……。

 

 ドボンという音が聞こえて後ろを振り返ると、レオニクスたちが水に飛び込んだところのようだった。少しすると二人が水面まで浮かび、スイスイと進むのが見えた。

 流石に飛び込んだり本気で泳いだりは無理だけれど、折角なので水遊びを楽しんでみることにしよう。


 ラキュスが浮き貝殻を水面に浮かべるのを見て、チェラシュカも同じようにレオニクスから返してもらった浮き輪を浮かべる。

 それから浮き貝殻の前に移動し、背凭れに手を置いて眺めることしばし。


「これ……どうやって乗ればいいのかしら」


 足を乗せるとひっくり返るだろうし……と思っていると、ラキュスが背凭れ部分を持って支えてくれた。

 お礼を伝え、座面部分に手を置いて恐る恐る腰掛ける。そのまま慎重に水の中に足先を沈めた。


「わあ……」


 ひんやりとした水が火照った足に心地良い。ざば……とゆっくり交互に足を動かして、水圧がかかるのを楽しむ。

 ちゃぷんという音に顔を上げると、ラキュスが水面に浮かんだ浮き輪の穴に下半身を沈めたところだった。普段は下ろしている羽を全て上げ、水に浸からないようにしている。

 

「真ん中の方に行ってみよう」


 隣まで来た彼はそう言って、腕を伸ばして浮き貝殻の背部分に触れ、ぐっと押し始めた。

 船に乗ったときよりもダイレクトに伝わる揺れに、これが水遊び! と心も弾む。

 

 両手を水に浸し、自分が進んだ後の水面に波紋ができるのを眺めてから、ふと隣の濃紺のつむじに目を遣る。まともに泳いだことのないはずの幼馴染は、どうやって水中を移動しているのだろうか。


「ねえ、ラキュス……、」



 ざっばーん、と。

 一際大きな波が来て、勢いよく押し流されたチェラシュカは浮き貝殻ごとひっくり返りそうになる。


「あっ」


 ゆっくりと回転する景色、焦った顔でこちらに手を伸ばすラキュス、顔にかかる水飛沫。

 水中に落ちる――そう思った次の瞬間。

 

「チェリ!」


 背中には浮き貝殻の感触、視界を埋めるのは雲一つ無い青空、――そして水飛沫。


「……あら?」


 目の前の水飛沫が()()()()()()()()()()ことを確認し、それから左右に首を動かす。

 時が止まったかのように、周囲の水が波打った形のまま静止している。

 

 もしかして……と思っていると、上空から従業員がスタッとプール脇に降り立った。どこから来たのかとそちらの上の方に目を遣ると、かなり長い脚の椅子が設置されていた。どうやらそこからプールを監視しているらしい。

 鳥の獣人だろうか、翼を畳んだ従業員が大きく声を張り上げる。


「お客様! プールでの大規模な魔法の使用は禁止です!」

「……すみません」


 ラキュスが従業員に対し頭を下げている。入場時に『周囲に迷惑となるような魔法を使わないように』と言われていたので、チェラシュカを助けるために周囲の水を止めたのだとしても、咎められる行為ではあるのだろう。

 それよりも気になるのは、ラキュスの周りから水がごっそりと無くなってるということだ。


「全く、底が見えるくらいの量の水を操作するなんて、やんちゃな妖精も居たもんですね。早く元に戻すように」

「……はい」


 そう言ってこちらを見たラキュスは、身体に嵌めた浮き輪をしっかりと左手で持ち、右手を前に突き出した。

 すると、斜めになっていたチェラシュカの視界が水平線を取り戻し、水飛沫はプールに吸い込まれ、水面は再び波打ちだした。

 ラキュスの足元にも大量の水が流れ込み、再び彼は波に漂い始めている。


「近くに他のお客様が居なかったから良かったものの……次にやったら出禁ですよ。ほら、魔力を登録するので手を出してください」


 従業員からそう言われたラキュスは、再度謝罪を重ねながら片手を差し出した。その手の上に何かが置かれ、ピカッと一度光ったかと思うとすぐに従業員に回収される。


「はい、これであなたの魔力は登録しましたから、一定量以上の魔力を使えば即刻退場ですよ」


 離れていてもわかるくらいかなり厳しい表情を向けられており、後ろ姿でもラキュスが凹んでいるのがわかる。


「そこの彼女も! 彼氏ならちゃんと見とくように!」

「え、あ、はい!」


 浮き貝殻の上で波に揺られていたチェラシュカは、急に話しかけられて反射的に返してしまった。彼氏ではないけれど……と思っている間に、従業員はバサリと翼で空を掻いて元の場所へと戻って行った。


 とりあえずラキュスの元へ戻ろう、と彼に大声で呼びかける。


「ラキュス! ちょっと待っていてー!」


 波に揺られている間に遠ざかってしまっていた。あちらへ戻りたいと思って水に浸かった膝下をバタバタと動かしてみるものの、思ったように進まない。それどころか、更に離れている気がする。

 

 どうして……と思うものの、その気持ちに反して浮き貝殻はチェラシュカを全く違う場所へ連れていこうとする。

 ついラキュスの方に縋るような視線を送ってしまったものの、彼もまた様子がおかしい。中途半端な位置で浮かんだまま、どこへも動こうとしない。表情もどこか悲壮感が漂っている。

 

 どうしたのだろう、と心配していると、トン……と浮き貝殻が何かにぶつかった。

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