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星影が導く花明かり  作者: 天りあま
第二章 仲間との出会い

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34. 期待を裏切られます

「問題?」


 ストラメルの言葉をチェラシュカはそのまま繰り返す。それほど大層なことが気付かぬ間に起こってしまったのだろうか。


「誰がレオニクスさんを連れ戻すかなんすけど」


 ストラメルが重大発表をするかのような雰囲気でそう口にした――が、そこまで大変なことだとは全く思えない。

 

「……みんなで行くのではダメなの?」


 チェラシュカはそう問いつつ、かなり遠くまで行ってしまった彼の夕焼け色の頭を探す。遠くなので見えにくいが、彼が人とぶつからないようにウロウロしているのだけはわかる。


「だってもう結構遠くまで行ってるっすよ? 全員で行くのは無駄じゃないっすか」

「じゃあ私が呼んでくるわ」

「チェリに歩かせるのか? ストラメルが一人で行けばいいだろう」

「そうなんっすけど! ちょっと……二人を此処に置いていくのは心配なんすよね……」


 そう言ったストラメルは、周囲をチラチラと見ている。

 何を気にしているのだろう、とチェラシュカも目だけを動かして周りの様子を窺ってみた。すると何人かの客と目が合ったように思う。

 ラキュスはそんなことには全く気付いていないようで「何故」と鋭い声を上げる。


「二人とも、狙われてるっす」


 端的に返されたその言葉に、ラキュスが目を瞠って息を呑んだ。そして緊張した面持ちで尋ねる。

 

「まさか……妖精狩りに、」

「いや、多分ナンパっす」

「……は?」


 ストラメルの言葉を聞いて、チェラシュカはそうか、と得心がいった。先程何人かがこちらを見ていたのは、話しかけるタイミングを窺っていたからなのだろう。


 そういえば、旅に出てから偶然一人で居たときに何度か見知らぬ人から話しかけられたことがある。

 単に妖精が珍しいから話しかけられたのだと思いつつも、念のため妖精狩りの可能性も考慮し、大抵は適当にあしらうか仲間と合流するなどして回避していた。

 例外はフラムに話しかけられたときくらいだろう。


 しかし、それらがナンパであるのならば。

 

「ナンパってことは、私たちと仲良くなりたいってことね?」

「仲良く……? うーん……」


 ストラメルが唸りながら考え込んでいる。

 その様子を横目に、チェラシュカは過去に話しかけられたときのことを思い返していた。

 

 『良かったら食事でも』などのその場から連れ出すような誘い文句は、全て誘拐の可能性があるなと実は少し恐ろしく思っていたところだった。

 いざとなったらなりふり構わず逃げるつもりだし、最悪戦うことも厭わないが、やはり無用なトラブルは避けたい。

 

 しかし、彼らが犯罪者ではなく一般人であるのならば。


「つまり私たちに話しかけてくるのは妖精狩りだけじゃなくて、ただ仲良くなりたいだけの人が居るってことよね」

「……そんなガキっぽい理由でチェラシュカさんに声かけられんのは、かなりの猛者か無謀な勘違い野郎だと思うっすけど」


 怪訝な目を向けてくるストラメルに対し、チェラシュカはこう告げた。


「私も昔、ナンパをしたことがあるのね」

「……え!?」

 

 目を大きく開いた彼を見つつ、学生時代を思い返す。

 

「そうして友達になった子が何人も居るわ」

「……それってほんとに、」


 彼が何か言いかけたところでラキュスが口を挟んだ。

 

「チェリ、紛らわしい言い方をするな」

「そうかしら。相手と仲良くなりたいなと思ってお出かけに誘うのはナンパでしょう?」


 チェラシュカがそう言うと、ラキュスはぐぐっと眉間に皺を寄せた。

 非常に険しい顔になったなと思いつつ、そのまま言葉を続ける。


「だからね、危ない人じゃなくてただのナンパなら、これからは知らない人でもちょっとだけお喋りしてもいいでしょう?」

「……チェリ」

「な……なんでそうなるんすか!?」


 ラキュスの声色は咎めるような響きがあるし、ストラメルの見開かれた目は零れ落ちそうだ。

 そんな反応をされるようなことではないと思うのだが……。

 

「もちろんお出かけまではしないわ。安易に近付いたりもしない。でも、折角旅をするなら色んな人とお話してみたいなって思っていたの」

「お話って……」

「妖精と仲良くなりたいと思っている人と、私もお友達になれたらいいなって」


 そこでストラメルがボソッと一言呟いた。

 

「……俺、ラキュスさんの苦労がわかった気がするっす」


 ラキュスはただ小さく息を吐くだけだったが、この話の流れで苦労を理解するような場面はあっただだろうか。

 チェラシュカが不思議そうな顔をしていることに気付いたのだろう、こちらを向いたストラメルから真っ直ぐに見つめられる。


「妖精のナンパは知らねっすけど」

「?」

「俺が言ってるナンパってのは、ただ仲良くなりたいとかそんなピュアな理由じゃないっす」

「ピュアじゃ、ない……?」

「そうっす。なんで、誰相手でも気を付けるっすよ」


 ストラメルの真剣な眼差しを見て、チェラシュカはしょぼ……と眉を垂らした。

 仲良くなりたい以外の理由があるとしたら、――例えばそう、世間知らずの旅人からお金を巻き上げたいとかそういったことなのだろう。

 それでも諦めきれないチェラシュカは、目だけを動かしてもう一度周囲を見ると、一つ問いかけた。


「獣人も……?」


 通りすがりにこちらに視線を向けてくる客はヒトだけではない。もふもふ、ふわふわの耳や尻尾がとても魅力的な獣人だって居るのだ。


「獣人もっす! ヒトも、獣人も、どの種族も全部っす!」

「そんな……!」


 これまでは、よく知らない相手に対しては基本逃げの一手だった。目的がわからないので、どうしても警戒心が勝ってしまっていた。


 だが、ストラメルの口から"ナンパ"と聞いた時。

 もし相手が「妖精と仲良くなりたい」と思ってくれているのなら、こちらからも歩み寄って良いのではないか――実は逃げる必要は無くて仲良くなれるのかも……! と心が躍ってしまったのだ。

 

 だがしかし、彼は話しかけられても気軽に応じてはいけないと言う。


 となると、レオニクスやストラメルのときのように何らかの出来事に巻き込まれなければ、お店の店員くらいしか話す機会を持てないということか。

 

 ゆっくりとラキュスの方に顔を向けると、彼は目が合った瞬間左右に首を振った。彼からも却下されてしまった。まあ彼は前からダメだと言っていたので、撤回させることができなかったという方が正しいかもしれない。


「わかったわ……」


 一時でも期待が膨らんでしまったが故に、口を開けた風船が(しぼ)むような勢いで心も(しお)れてしまった。

 すっかり肩を落としたチェラシュカに、ストラメルが慌てたように声をかけてきた。


「あー、そうだ、あの店で浮き輪でも借りてくるといいっすよ」

「……浮き輪?」

「二人とも泳げないんすよね?」


 彼が指さした先を見ると、大きな字で『レンタル浮き輪』と書かれたのぼりが風に揺られていた。その奥にはこじんまりとした売店があり、店の前のベンチの上にいくつかの大きなドーナツ型の何かが無造作に置かれていた。

 ドーナツ型の何かの穴部分に人が入った絵が描かれたのぼりを見るに、恐らくあれが浮き輪なのだろう。

 

「くれぐれもそこから動いちゃダメっすよ。二人で店の中を見て回って、変な客に声かけられても無視するっす」

「知らない奴とは話さないが、ストラメルはどうするんだ」

「俺はもちろん、レオニクスさんを迎えに、」

「おっせえよ!」


 その大きな声と共に、バチン! というなんとも痛そうな音が鳴り響いた。


「いったあああ! 誰だ俺の背中叩いた奴ぁ!?」


 背中を叩かれた衝撃で前に一歩出たストラメルが、即座に踏み出した足を軸にしてくるりと回り怒声を上げた。その勢いで叩いてきた相手の襟首を掴み――「ってレオニクスさんじゃないっすか! なんで叩くんすか!」と怒り出した。

 

「お前が来ねえからオレ一人で先の方まで行っちまったじゃねえか!」

「俺のせいじゃないっすよ!」

「おかげで戻ってくんのが大変だったんだぞ!」

「は!? 女の人にベタベタされてヘラヘラして、挙句の果てに照れて尻尾巻いて逃げたじゃないっすか!」

「ヘラヘラしてねえし照れてねえ!」

「じゃあなんだってんすか? チェラシュカさんもバッチリ見てたっすよ、ね!」


 レオニクスの「え!?」という大声で、チェラシュカはストラメルに話しかけられたことに気付いた。

 そちらを振り向きつつ記憶を辿る。

 

「えっと……あ、そうね。レオニクスがぶつかった人を支えるところを見たわよ」

「……なんでそんなところに居るんすか」


 信じがたいと言いたげなストラメルの視線が突き刺さる。

 

 そんなところ――というのは、先程彼に言われた売店の前である。チェラシュカはそこでラキュスと二人、色とりどりの浮き輪を眺めていた。

 恐らくビニールでできたそれらは空気をたっぷり詰められているようで、これに掴まれば魔法無しでも水面に浮くことができるのかと感心する。


「どれを借りようかなって」


 そう言いつつチェラシュカはそれらを手で指し示す。

 

 ストラメルがレオニクスの襟首を掴むところまでは見ていたが、彼が無事戻って来たなら皆で迎えに行く必要も無くなったなと思った。

 であれば、次はストラメルの言う通り浮き輪を借りてみようかと考えたのであった。あと、客の居ない店内の方が刺激が少なくて視覚的に優しい。


「自由人っすね……」

「見とけと言ったのはストラメルだろう」

「そうなんすけど」


 ストラメルとラキュスが話しているのを聞きながら、チェラシュカは浮き輪に視線を戻した。

 水玉、スイカ、カラフルな星型など色々な柄のものがあるが、大きさは同じなのでどれを選んでも変わらないだろう。

 それよりも――。

 

「しがみついていないと水中に落ちてしまいそうね」


 浮き輪の穴は自分の胴回りより二回りほど大きい。自分が使う想像をしてひとり言を呟いたときだった。


「あらー。オネーサン、浮き輪は初めてってカンジ?」


 チェラシュカは声のした方へ顔を向け、一瞬固まり、ギギギ……と浮き輪に視線を戻す。


「え、ええ。こういうところで水遊びをしたことがないの」


 話しかけてきたのは売店の店員のようだった。いつの間にそこにいたのだろう。その首から下げられた名札には「店員その一」と書いてある。

 名札に書いてあるその名前(?)も気になるが、その名札と共に黒光りするむき出しの腹部を視界に入れてしまった。


 ――物凄い腹筋だわ……。いえ、腹筋どころか手足も筋肉で見たことのない形になっている……。


「あ、そうなのネー。ならこういうのもオススメダヨ」


 店員は耳慣れないイントネーションでそう言いながら、浮き輪同様に空気を詰められた大きな平たい板状のものを指し示す。

 他にも開いた貝殻の形をしたものや、アヒルの形をしたものが並べてあり、どれも浮き輪と同じように水面に浮かべて使うのだろうと思われた。


「こ、こういうのもあるのね……とっても素敵……」


 チェラシュカはそう返事をしながらも、"店員その一"を直視ないようにするのに必死だった。隣で平然としているラキュスが羨ましくなるくらいだった。

 

 オススメされた浮き輪(浮き板?)で視界を埋め、『これなら必死に掴まらずとも座るだけで波に漂えるのね』などと思考を紛らわせる。


「オネーサン、もしかしてあーしにドキドキシテル?」


 思ったよりも近くで聞こえた声に、チェラシュカは思わず肩をピクリと跳ねさせた。


「いえ、そういうわけでは……」


 恐る恐る店員の方を向くと、満面の笑みが視界に映る。こんがりと日焼けした肌に短く刈り込まれた赤髪が良く似合っており、笑顔が余計に眩しく見えた。

 

「いいのヨー。あーしの肉体美は見た人みんなそうナル。たまにシツコイ人も居るカラ、あーしの名前はその一にしてるンダ」 

「なるほど……」

「見るだけナラ遠慮なく見るとイイヨ。それで褒めてくれたら嬉シイ。あと高いモノ借りてくれたらもっと嬉シイ」


 遠慮のない物言いにチェラシュカは苦笑いを返しつつ、深呼吸をしてからそっとその身体に目を向けた。


 ――私も沢山鍛えたら彼女のような身体になれるのかしら……?


 なんと、"店員その一"はレオニクスの女性版とも言えるほどの鍛え上げられた肉体を持っていたのだ。

 

 身長はややチェラシュカより高いくらいだが、腕や足の逞しさ、身体の厚みなどは比べ物にならない。

 彼女が身に着けているのは、ビキニタイプの中でも恐らくかなり面積の少ないものだ。三角形の布で胸元などが覆われており、露出した部分はもうなんだかすっごく……凄いことになっている。その皮膚の下に岩が詰まっていると言われても信じるだろう。

 

 男性体と女性体では筋量や骨格にも差があるため、鍛えるにしても限界はあるのだろうなと思っていた。でも、彼女のような前例があるのなら――。


「あの、大変不躾で申し訳ないのですが、どうしたらあなたのような身体になれますか?」


 チェラシュカは思い切ってそう聞いてみた。

 店員は慣れっこなのか予想していたのか、白い前歯がしっかりと見えるくらいニッと口を広げ、丁寧に説明してくれた。


「一日五食、タンパク質を中心に栄養価の高いものをバランス良く食ベル」

「……五食」

「酒、脂っこいモノ、甘いモノは避ケル」

「甘いものは避ける……」

「それから一日おきのトレーニング。体重と同じバーベルとか、スクワットとか、ダンベルとか、鍛えたい部位によって色々ヨ。無理しちゃダメだけどサボるのもダメ」

「一日おきのトレーニング……」


 彼女は真剣な眼差しをして「で、最後ニ」と言う。

 チェラシュカはごくりと唾を飲み込んで、静かに耳を傾けた。


「あそこで寝転がって全身を焼ク。オネーサンももっと脱ぐとイイ」

「……え」


 彼女が指差した方に視線を向ける。子供向けのプールの脇あたりに、緩やかな傾斜のついた背凭れがある椅子がいくつか置いてあった。

 まるで見本のようにその上で寝そべっている人も居る。サングラスをかけており表情はわからないが、とてもリラックスしている雰囲気だ。

 

 そのとき、ずっと黙っていたラキュスが口を挟んだ。


「……鍛えるのはチェリの好きにすればいいが、脱ぐのだけはダメだ」

「ンマー、独占欲ってヤツネ。初々しいワー」


 ラキュスが半ば睨むように彼女へと鋭い目を向けているが、当の彼女は暖かな目で見返している。

 そんな二人の様子を視界に入れつつ、チェラシュカは彼女の言葉を反芻していた。

 

 一日五食も食べて、けれども甘味は口にできず、気ままな旅路に過酷そうなトレーニングの時間を組み込み、腹部を晒して日焼けをする――そんなことが今の旅するチェラシュカに可能だろうか? いや、無理だ。


「あとはマー、あーしと同じゴリラの獣人に生まれ変わるかダネ」

「……ゴリラなんですね」


 特徴的な耳や尻尾が無いのでヒトかと思っていたが、獣人だったらしい。

 彼女が獣人であるならばもう仕方が無い。もちろん、彼女自身の努力あってこその肉体であることに変わりないが、どうあがいても今のチェラシュカには手に入れられないものだと確信する。

 であるならば、とチェラシュカは十分な防御力を持った腹筋を手に入れるのを諦めることにした。


「ご丁寧にありがとうございます。とてもよくわかりました。店員その一さんは途轍もない努力をされてその身体を作り上げられたのですね」

「ウン、そーヨ」

「非常に勉強になりました、ありがとうございます。……あと、その浮き輪をお借りしたいです」


 チェラシュカはそう言いながら穴の無い貝殻型の浮き輪――浮き貝殻を指差した。


「ウン、頑張ッテ。はいコレ、ドーゾ」

 

 チェラシュカはお礼を告げ、彼女に言われたレンタル料を支払う。

 

 それから何の気無しに、水着を着て接客をしているのは休憩中に泳ぐためなのか、と質問してみた。

 

「イヤ、あーしは泳ゲナイ」

「え?」

「この身体、重すぎて水に浮カナイ」

「まあ……」

「だとしたら、俺たちは案外水に浮きやすいのかもしれないな」


 ラキュスの言葉にそうね、と同意しつつ、チェラシュカは彼女に戸惑いの目を向ける。

 

 では何故彼女は――と思うのも当然だろう。なんせ、店の奥からこちらの様子を見守っている店長らしき人物は、普通に服を着ているのだ。


「外で脱ぐと怒られるカラ、水着で居られるココで働イテル」

「……」

「ミンナたくさん褒めてくれて楽シイ」

「そう……なんですね……」


 チェラシュカは浮き貝殻を抱えながら、はは……と乾いた笑いを上げるのだった。

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