33. 耐性を付けたいと思います(挿絵有)
「二人とも遅かったっすねー」
「女の人は支度に時間がかかんだよ。オレら全然待ってねえか……、」
待ち合わせ場所である入口に向かうと、ストラメルがいち早くチェラシュカたちに気付き片手を上げた。それに反応したレオニクスもこちらに視線を向け、ぽかんと口を開けたまま固まった。
チェラシュカは彼らの格好が視認できる距離まで来たところで、サッとラキュスの背後に回った。そのままラキュスの背を押して数歩進むと、小さく声をかけた。
「お、お待たせ……」
「大して待ってないだろう」
ラキュスが堂々とそう言ってのける中、チェラシュカはラキュスの後ろから肩に手を置き、彼を壁代わりにしていた。
彼は細身なのでチェラシュカの全身は隠れないが、一旦視界さえ覆えればいいので問題はない。
さて、チェラシュカがそのような行動を取った理由はただ一つ、彼らを直視できそうになかったからだ。
レオニクスはラキュスと同じような半ズボンを履きパーカーを羽織っていたものの、前は開けており中には何も着ていなかった。ストラメルなんて身に着けているのは半ズボンのみで、上半身裸である。
「チェラシュカさん、それじゃラキュスさんが動けないっすよ」
「俺がチェリの動きに合わせるから問題ない」
「すごい無茶なこと言うっすね……。この中入ったらもっと裸の野郎がうじゃうじゃいるっすよ? さっさと見慣れてレオニクスさんのことも忘れてスッキリするっす」
「だからオレのこと忘れさせようとすんなって」
「あ、すんません。レオニクスさんの"身体"っすね」
ストラメルたちがわいわいと話している。チェラシュカは話しかけられたものの顔を出せず、ラキュスの肩を掴む力を強めた。
昨日ストラメルの話を聞いたとき、普段着のレオニクスで上書きするより別の衝撃的な光景で上書きするほうが逆に薄れるかも、と思ってしまった。だからこそ、今ここに居るわけだ。
自分がその光景を見慣れる未来は想像できないが、こうして彼らと旅をする以上、多かれ少なかれそういう場面に再び遭遇する可能性がある。彼らの文化的にそれが大したことがないというのなら、自分がやり過ごす術を身につけたほうがいいのかもしれない。
なんて思ったところではたと気付く。それから目の前のラキュスの後頭部に視線を向け――今はいつものブーツではなくつい先程買ったぺたんこのサンダルなため、ヒールが無い分少し彼が大きく見える。
チェラシュカはラキュスの肩を掴んだまま、少し背伸びをする。そして彼に自分の声が聞こえるようにその耳元に口を寄せた。
「ラキュスはどうして平気なの?」
よく考えれば、彼は自分と同じ環境で育っているのだから他者の服の下なんて見慣れていないはずだ。何故それほど落ち着いていられるのだろうか。
ピクリと肩が跳ねた彼は、ふうと息を吐いてから肩越しに振り向いた。
「……諦めた」
「諦めた……?」
「最初レオニクスが俺の目の前で突然着替え出したとき、俺もかなり文句を言った。『何がダメなのか』『男同士なら問題無い』と言い張られたがダメなものはダメだと言った。だが……、」
彼は少し遠くに視線を向けて言葉を続けた。
「次の日になると忘れるのか、俺が部屋に居るのを全く気にせず同じことを繰り返す。だから俺は早々に結論を出した。違う生き物にこちらのルールを守ってもらおうとするのが間違いなんだと」
「そう、なの……」
「ただ、チェリが見たくないものは見なくていい。俺が遮る」
きっぱりと言い切るラキュスに申し訳なくなる。彼は一人で耐えているのに、自分がこんな調子でいいわけがない。
「いいえ……、ラキュス一人にそんな思いをさせられないわ。私も一緒に乗り越えたい」
そう告げると、思い切ってラキュスの背後から一歩横にずれた。そして顔を上げて真っ直ぐ前を見る。
何を話していたのか楽しげに笑うストラメルと、少しむっとした様子のレオニクスが視界に入る。二人はラキュスの陰から出てきたチェラシュカにすぐに気が付いたようだ。
「お、やっと出てきたっすね! 水着いい感じじゃないっすか。ていうか……意外とある、」
「おいどこ見てんだ!」
チェラシュカはひとまず彼らに焦点を当てないようにその後ろを見ていたが、レオニクスがストラメルの背中を思い切り叩いたので、ついそちらに焦点を合わせてしまった。
「いってぇ! だからなんですぐ叩くんすか!」
「変なとこ見てっからだろうが!」
「自分が一番ジロジロ見てたくせに何言ってるんすか?」
「なっ、み、見てねえ!!」
「そんなすぐバレる嘘ついてどうすんすか」
「二人とも見ていただろう」
他人の身体を見てもやり過ごせるようになるんだ、と意気込んだものの、そうすぐにできるわけもない。
特に、パーカーの間から覗くレオニクスの引き締まった腹筋は、あの日の記憶をより鮮明にする一方だった。
「あんたもじっくり見てたなりになんか言ったらどうすか?」
「だからじっくりなんて……!」
チェラシュカはそっと息を吐き、ストラメルに目線を移す。肌色の面積は刺激的だが、レオニクスよりかは筋肉の主張が控えめなその身体は、あの日ほど"目に焼き付いて離れない"といったことはなさそうだ。
むしろ、レオニクスほどわかりやすく強靭さを感じないということは、妖精と大差なさそうなその身体はかなり無防備ではないだろうか。
成人した妖精の男性体の裸を見たことがないので、大差ないというのはただの推測だが。
「あ、あー……チェリちゃん。それ……、すっげえ可愛いと思う……」
他種族はお腹を晒す際に妖精の知らない何かで防御しているのだろうか……なんて考えていたところ、レオニクスから声をかけられていたらしい。
「…………え?」
そちらに視線を向けると、彼のその目と同じくらい顔が赤く染まったレオニクスと目が合った。
「チェラシュカさん聞いてなかったんすかー? レオニクスさんが折角褒めたのに、可哀想っすよ」
「……うるっせえ」
「レオニクスに言われなくともチェリは可愛いから問題ない」
「ごめんなさい、聞いていなかったわ……」
うっかり聞き逃してしまった言葉をレオニクスに確認しようと思ったところで、先にストラメルがこう口にした。
「あ、もしかして今度は俺の身体見て緊張してたっすか? あんま見られると恥ずいっすよー」
揶揄うような笑みを浮かべた彼は、わざとらしく両手で自身の身体を隠す素振りを見せた。
確かに、視界を埋める肌色の多さ故に最初は正面から見るなんてできなかった。
だが冷静になって見てみると、緊張というよりも――。
「レオニクスより防御力が低いのに、大丈夫かなって……」
そうチェラシュカが言った途端、レオニクスが噴き出した。
「ぶっ。……お、おいお前、心配されてんぞ」
「防御力!? 獣人と比べられたらそりゃ低いっすよ!」
「つまり防御力はほぼ無いってことだな」
「は!? んなこと言ったら、ラキュスさんなんか枯れ枝みたいな腕してんすから、腹筋もどうせ無くてペラペラの貧弱な身体じゃないんすか!?」
売り言葉に買い言葉……と言うにはラキュスは淡々としているし、ストラメルが一方的に捲し立てているように見える。
「ああ。だからそのために服は魔法で強化している」
「えっ……。あ、そっすか……?」
ラキュスがあっさりと肯定したからか、カッとなっていたストラメルもなんと反応したらいいかわからないようだった。
少なくとも故郷の服屋ではどの服にもたっぷりと守りを固める魔法が施されていたし、旅に出てから手に入れた服には自分なりに必要最低限の防御力向上の魔法をかけている。
チェラシュカが今着ている水着にも、即席ではあるが当然同じ処理を施しているのだ。
「え……着る服片っ端から強化してるんすか? 別にそこまでしなくてもそんな危険無いっすよ」
「どんな油断が命取りになるかわからないからな」
「戦闘民族なんすか」
ラキュスの返答を聞いたストラメルが呆れたように言った。
昔からそうしてきたこともあって、特にお腹周りは守りを固めている状態でないとどうしても落ち着かない。
ストラメルの言う通り、強い警戒が必要なほどの危険は潜んでいないのかもしれないが、だとしても「はいそうですか」とリラックスすることはできない。
こればかりは、彼らに文化の違いとしてスルーしてもらうしかないだろう。
◇◇◇
一悶着ありつつも、四人はプールのある区画内へと入ることにした。
時間が勿体無いし、他の客から視線が向けられているのを感じるようになってきたからである。
その区画は背の高い鮮やかな緑の木々で囲まれており、一か所だけ入口として入れるように開け放たれている。
ストラメルが入口で入場料を支払い、四人で中に足を踏み入れる。
入ってすぐの左手に、小さな池とも言えそうな水場があった。そこでは小さなヒトや獣人が水を掛け合うなどして遊んでいる。周囲の大人たちがその様子を見守っているため、どうやら子供向けの場所のようだ。
それからチェラシュカはぼんやりと遠くに目線を遣るよう意識して、辺りをぐるりと見渡した。
客で賑わってはいるものの、かといって人でごった返しているなんてこともなく、ゆったりと歩いても問題ないくらいの疎らさである。
「とっても広いわね」
チェラシュカは少し前を歩くレオニクスとストラメルの背中を視界の端に入れつつ、隣のラキュスに話しかける。
空は青々としてよく晴れており、じわりと汗ばみそうなくらいの良い天気だ。
「ああ。人もたくさん居る」
客たちは男性体も女性体も皆一様に薄着で心許ない格好であり、故郷に居たときには考えられない光景だ。
少なくともここから見える範囲に妖精は居ないようで、ヒトか獣人ばかりだった。魔女や魔人はヒトと見た目が変わらないはずなので、あの中に混じっているかもしれない。
「……チェリ、大丈夫か」
少し険しい表情のラキュスに顔を覗きこまれた。心配しないでと言いたいところだが、まだこの視界に慣れたと言えるほど心中は穏やかではない。
「私、もっと強くなるわ」
チェラシュカは努めてキリリとした表情を作り、ラキュスにそう宣言する。
他人の弱点(と思ってしまう部分)を見てしまったからといって、こちらが勝手にハラハラするのは余計なお世話というものだろう。
逆に、他人の強そうに見える部分も不躾に見てしまわないようにしなければならない。こちらの感情に関わらず、見られる側が不快にならないよう配慮すべきだ。
そのためには、自分が色んな意味で強くなるのが一番だろう。身体を物理的に強くするとなるとかなり時間が掛かる。だからせめて今日は、精神を鍛えて耐性をつける日にするぞ、と密かに意気込む。
そんなことを考えてから再び前を向くと、レオニクスとストラメルとの距離が結構空いてしまっていた。
ストラメルは余程ここに来るのを楽しみにしていたらしい。ずんずんと進む彼に対し、レオニクスが「ちょっとスピード落とせって!」と言うのが聞こえる。
そのとき、レオニクスが向こうから歩いてきた通行人とぶつかったのが見えた。彼は即座に腕を伸ばし、よろけた相手の身体を受け止める。
「おっと……。大丈夫ですか、お姉さん。その綺麗な肌に傷がつかなくて良かった」
「あ、すみません……」
ぶつかった相手が女性体だからか、レオニクスが紳士モードになった。
丁寧な口調でも彼の声は良く通るので、少し離れていてもやり取りが聞こえてくる。
戸惑いがちに顔を上げた彼女がレオニクスの顔を見て、その頬をじわりと朱に染めた。
「立てますか?」
「は、はい……ありがとうございます」
「大したことではありませんよ。では、」
「いえ、そんな……あの」
チェラシュカは彼らの様子を見て、話を邪魔しないようにゆっくり近付こうと歩く速度を弱めた。ラキュスの服の裾をくいっと引っ張ると、こちらを一瞥した彼も減速してくれた。
一方、レオニクスの腕に倒れ込んでいた上体を起こした彼女は、しっかりと自分の足で立ちつつもレオニクスの腕を掴んだままだ。ビキニタイプの水着から伸びる手足や腹部は健康的な小麦色の肌をしており、全身をじわじわとレオニクスに近付けている。
あの露出度合いで他者とあれほど近付けるのが森の外の普通なのだとしたら、その普通を受け入れるのは難しいだろうな……と思いつつ、チェラシュカはそっと空を見上げる。ああ、とてもいい天気だ。
「……なんでしょう」
「お名前を伺っても……?」
「オレですか? レオニクスって言います」
「レオニクスさん……素敵なお名前ですね」
「はは……どうも」
「あたしのことは是非リーシャとお呼びください。あの、この後よければ、」
「〜〜っ、すみません。友人を待たせているので、これで。お気を付けて」
そう言って少し強引に腕から彼女の手を引き剥がすレオニクス。彼は先程までと比べて倍ほどの速さでその場から遠ざかっていく。
……のを見たストラメルが愕然とした表情をしていた。一人足を止めたままの彼にチェラシュカたちが追いつく。
すると、彼がこちらを振り向いた。
「レオニクスさんてあんな感じなんすか!?」
レオニクスが助けた相手は少し悔しさが滲んだ顔でスタスタと別方向へ歩いていく。
チェラシュカはその様子を横目に、ストラメルの問いに対して首肯した。
「そうね、女性体相手だとあんな感じよ」
「ああ。相変わらずだな」
ラキュスがレオニクスの歩いていった方向にじとっとした視線を送る。ラキュスはあまりああいう振る舞いを好まないようだ。
「へぇー、なんか普段のあの人を見てると意外っす!」
「そうか?」
「初対面のときはあんな感じだったものね」
「え、チェラシュカさん相手にあんな感じだったんすか? うわー、見てみたかったっすねー」
カラッとした笑い声を上げるストラメルを見ると、つい口の端が上がる。彼は怒鳴り声を上げているときの印象の方が強いが、笑っていれば普通の好青年に見える。
ずっとその状態を保てるなら喧嘩などしなくて済むだろうに……という思いは心の奥に秘めておく。
「それにしてもレオニクス、どこまで行く気かしら」
一旦道の端に寄ったチェラシュカたちは、随分と遠くまで一人で行ってしまったレオニクスの方を見遣る。
ストラメルが最初に行こうと言っていた場所はもうすぐそこなので、レオニクスにはこちらに戻ってきてほしいのだが……。
そう考えていると、ストラメルが真剣な面持ちでこう口にした。
「……一つ問題があるっす」




