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星影が導く花明かり  作者: 天りあま
第二章 仲間との出会い

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30. 記憶を飛ばすお作法

 二日前、チェラシュカは騎獣訓練所を後にしたラキュスから『ストラメルには、一緒に旅に出るなら俺たちが出発するまでに揉め事を起こさないようにという条件を付けた』と聞いた。

 そして昨日、ストラメルが自身の母へ旅に出る話をするのを見守った。少し危うい場面もあったが、順調にいけば後数日で旅の仲間が増えることになる。

 

 そんなことを思い返しつつ、この日のチェラシュカはレオニクスを探していた。いつも身につけているブレスレット型の携帯型金庫の金具が緩んでいることに気付いたため、細工師の彼に上手く修理できないか相談しようと思ったのだ。


 先程外で夕食を食べてから皆で宿に戻ってきたため、隣の客室にレオニクスはきっと居るはず、と考えてそちらへ向かう。

 隣の部屋の扉は半分ほど開いており、不用心だなと思いつつ声をかけた。

 

「レオニクス、居る?」

「……え、」


 開いた隙間から中を覗き込むと、部屋の中からこちらを向いたレオニクスと目が合った。

 本来ならば、チェラシュカはそのまま用件を済ますはずだった。が――。

 

「あ、ごめんなさい。また後で来るわね」


 そう言って扉を閉めて踵を返した。

 レオニクスに用があったはずのチェラシュカが、何故このような行動を取ったか。

 

 それは(ひとえ)に、彼が服を着ていなかったからである。

 服を、着ていなかったから、である。

 

 チェラシュカは足早に自分の部屋に戻ると、扉に鍵をかけてベッドに腰掛けた。


 ――私、とんでもないことをしてしまったわ……!


 先程のレオニクスはポカンとした表情をしていた。

 お風呂上がりなのか、いつもはふわふわとしている髪は濡れており、額や頬、首筋にしっとりと貼り付いていた。


 普段は服で見えることのない彼の鍛え上げられた肉体は、獣人ならではのものか、はたまた前職の警備隊のときから鍛え続けているのか。

 いつもゆとりのある服を着ている彼からは想像しえない――いや、想像したことはもちろん無いが、とにかく先程の光景はチェラシュカにとってかなり衝撃的なものだった。


 ――どうしよう、こんなときどうしたらいいのかしら……。とりあえずレオニクスには後できちんと謝って……。

 

 妖精にとって、下着や衣類で隠れる胴体部分は人に見せるべきではない場所だ。背中は羽があるため露出するものだという認識だが、逆に骨で守られていない腹部は布で覆われていないと落ち着かない、弱点や急所であるという感覚である。

 生き物にとって弱みとなる部分をみだりに人目に晒さないように、という教えが根付いているのだ。


 同じ家で暮らしていたペルシュカや、幼馴染のラキュス、育ててくれていたロテレたち相手でも同様に、見たり見られたりといったことは皆無だ。誰かと同じ部屋で着替えることは無いし、シャワーを浴びるのだって当然一人だ。

 そのため、当然ながらこれまで誰かの裸体なんてものは見たことがなかった。

 

 これまで色々な人々の服装を見てきたが、大体の獣人は体格にぴったり合った服装のことが多かった。耳や尻尾を見なくても、体つきだけであの分厚さは獣人っぽいと推測できる相手もいたほどだ。

 

 だからこそ、普段オーバーサイズのシャツにダボッとしたパーカーを羽織り、ゆとりのあるズボンを履いている彼は、敢えてそうしているのだと思っていた。

 以前ちらっと口にしていた「周囲から向けられる偏見の目が辛い」という言葉を思えば、彼の体格の良さというのもきっと彼にとっては望んで得たわけではないものなのだろう。


 ――全身が石像みたいに固そうで……。ああダメ、忘れなきゃ。

 

 そんな彼が見せないようにしていた身体を、まさか見てしまうなんて。ほんの一瞬ではあったものの、チェラシュカの脳裏に焼き付いたまま消えてくれない。

 

 流石にもう着替え終わっているだろうか。早く謝りに行った方がいいのは確かだが、レオニクスの方が今はチェラシュカと会いたくないかもしれない。


『チェラシュカ、もし誰かに見せてはいけない部分を見られてしまったときはね……』


 昔ロテレから言われた言葉を思い出し、チェラシュカは覚悟を決めた。


 ◇◇◇


 次の日。チェラシュカはレオニクスに話しかけるタイミングを窺っていた。

 あまり人に聞かれたい話ではないし、できることなら二人で話したい。そう思っていたが、なかなか良いタイミングが訪れない。

 なんならレオニクスの方がチェラシュカを避けているような気がする。やはり見られてしまったことがショックだったのだろう。本当に申し訳ないことをした。

 

 せめてあの姿を少しでも忘れられるように、と彼の今の姿を目に焼き付けて上書きしようとした。

 ご飯を食べているときも、皆で観光に出かけたときも、雑談をしているときも、とにかく視界に入れても不自然ではないタイミングのときはひたすら見続けた。

 だが、どうしてもチラついてしまう。思い出してしまう。忘れなければと思えば思う程、脳裏に浮かぶ六つに割れたあの――。


 日中は彼と二人きりになるのが難しかったため、夜に自分の部屋に呼び出すことにした。

 誰かを呼んでこんなに緊張するのは初めてだ。だが、言わねばならない。やらねばならない。チェラシュカには責任を取る必要がある。


 ノックの音を聞いて即座に扉を開けた。予想通りレオニクスが居たので、念のため周囲をさっと見渡して誰も居ないことを確認すると、すぐに部屋に招き入れる。

 無事に来てくれてほっとしたため、つい笑みを浮かべてしまう。応じてくれない可能性も一応考えていたのだ。だが、今からのことを思うとそれではいけない、と顔を引き締めた。

 

「急に呼び出してごめんなさい。あと、昨日のこともごめんなさい」

「い、いいって! 大したことねえし! それでその……大事な話って……?」


 レオニクスには部屋の椅子に座ってもらい、チェラシュカ自身はベッドに腰かける。

 言うべきことは分かっているはずなのに、なかなか言葉が出てこない。じっと彼の顔を見て、言わなければならない内容を頭の中で再度シミュレーションする。

 

 彼はそわそわと落ち着かない様子で、ずっとこちらの言葉を待ってくれている。その顔色が少しずつ朱に染まるのを見ながら、ロテレの教えを実行に移すべくこう告げた。


「私のことを、殴ってほしいの」


 真剣な顔を作ってそう伝えたところ、レオニクスの表情が固まった。

 

「………………へ?」


 理解が追い付いていないようだ、と思って補足する。

 

「見てしまったから……レオニクスの、見てはいけないところを」

「見てはいけな……え、」

「ええ。本当にごめんなさい。だから、殴って私の記憶を失くさせてほしくて」


 かつてロテレから聞いた言葉、それは――『もし誰かに見せてはいけない部分を見られてしまったときはね、相手を消すために頭を狙って思い切り腕を振りぬくのよ』である。

 物語の中でも、頭を打って記憶を失くすというのはよくある展開だ。

 

「ま、待って待って、なんでそんなことしなきゃなんねえんだ!?」

「昨日私、レオニクスの裸を見てしまったでしょう?」

「そ、そうだな……」


 改めて口にすると彼のことを見つめているのが申し訳なくなり、つい目を伏せた。


「見せてはいけないものを見せてしまったときは、こうしなさいという教えなの」


 ロテレが言っていたのはきっと、記憶を消せば問題ないということなのだ。だから、こうするべきなのだと思う。

 

 「殴ってもそう都合良く記憶は飛ばねえと思う……。てかまず一応聞いておきてえんだけど、オレ……下履いてたよな?」


 そんな彼の問いにサッと昨日の記憶が蘇ってしまう。上書きする努力も空しく鮮明に思い出された記憶の中の彼は、確かに下着を身に着けていた。


「……そうね」

「じゃ、じゃあさ、別にその、オレとしては最低限着てたっつーことで別に気にしねえんだけど……」


 獣人の最低限というのはそんなにも無防備な状態でいいのだろうか。それともレオニクスだけの基準なのか。

 確かに妖精よりも肉体的には強いのだろうが、妖精的価値観から考えると何も着ていないも同然だ。

 もしかしたら彼が気を遣って言ってくれているだけかもしれないと思い、「そうなの……?」と尋ねる声も不安で揺れてしまう。

 

「そ、そもそもさ、それってチェリちゃんがその……見られちまったときの話だろ? チェリちゃんは殴る側になっても殴られる側にはならねえんじゃねえか……?」

「……レオニクスは優しいから、自分から言い出しにくいんじゃないかと思ったの」


 そう、彼は最初からずっと優しい。だからきっと本当は見られて傷付いてショックを受けているだろうに、こうやって気遣ってくれているのだ。

 お金を借りた側が催促される前に返すと申し出るべきなのと同じで、遠慮なく拳を振るってもらえるようチェラシュカから言い出す必要があると考えるのも当然のことである。


「えーっと、ほら、あの場にはラキュスもストラメルも居たしよ。見たのはチェリちゃんだけじゃねえって」


 そう聞いてつい顔を上げてしまった。てっきりあの部屋にはレオニクスしかいないタイミングだったのだと思ったが、そうではなかったらしい。

 

「二人も居たのね……。なら、ラキュスたちにも同じことを……」

「ちょ、ストップ、ストップ! あいつらに見られんのとかどうでもいいって」

「でも、レオニクスって普段ゆったりした服を着ているでしょう? 意図的に隠したいのかなと思っていたのだけれど」

「それは……」


 チェラシュカがそう言うと、彼は言葉を詰まらせてしまった。やっぱりそうなんだ、と一人納得する。


「私が見てはいけないものだわと思ってなんとか忘れようと思っているのだけれど……。今日の普段着のレオニクスを見て、せめて記憶を上書きしようと思っていたのだけれど、どうしてもチラついてしまって」

「ああ、だからか……」

「だからね、私から殴られに行くしかないと思ったのよ」

「い……いや、なんでそうなる!? オレぜってぇチェリちゃんのこと殴らねえよ!? てか殴れねえよ」


 彼の言葉ではっとした。確か彼は女性体には殊更に優しく接するよう教えられているのだから、いくら必要であっても暴力を振るったりはできないのだろう。

 

「でも、私の記憶に残っているの、嫌ではない? 今はまだ、レオニクスを見る度に思い出してしまうの……」


 自分がもし逆の立場であれば忘れてほしい、というか忘れさせるためにロテレの教えを速やかに遂行していただろうと思う。だからこそ、彼が本当に不快ではないのかを確認しておきたい。

 

「別にオレは気にしねえし……、」


 彼はそこまで言ってからはっとしたようにこちらに視線を向けた。再び顔が赤らんできているが、こちらが殴ってとしつこいため怒っているのかもしれない。

 彼には彼の信念がある。無理強いはいけない。であれば自分で何とかしないといけないのだろうと思い、「やっぱり嫌よね……」と呟いた。


 こちらの呟きを聞いてか、「いや、大丈夫……」と言いかけた彼は少し眉を寄せてこう問いかけてきた。

 

「も、もしかしてさ……チェリちゃんが、忘れたい……?」


 そんな彼の問いかけに再び目を伏せる。彼が忘れてほしいはずの記憶が残っていることが申し訳ないし、強制的に忘れられないと彼を見る度に思い出してしまいそうだ。


「……そうね、忘れられた方がいいなって思っているわ」

「そっ……かぁ……」


 彼はなんだか気落ちしたような声を出した。記憶を消したくても、殴る以外の選択肢が無さそうだからかなと思っていると、彼は更にこう続けた。

 

「むしろオレの方が殴ってほしいぜ……」


 突然何を言うのだ、とチェラシュカは思わず目を丸くする。

 

「え! どうして? あなたは何もしていないでしょう?」

「そうだけどよ……」

「何もしていないのにレオニクスを殴ったりなんてできないわ」


 当然だ。彼には何の非もない。何故かちょっとばかり扉が開いていたという運と間の悪さはあるかもしれないが、気付かず突撃してしまったのはチェラシュカなのだ。

 

 とはいえ、実際にもし殴る側になったとしたら躊躇ってしまうかもしれない。生き物が常に合理的かつ機械的に動くことができるわけではない、ということもチェラシュカはよくわかっている。

 知らない相手ではなく、共に過ごしてきた仲間なのだから。


「……でもそうね、自分がやり辛いことを人にさせるのも良くなかったわね。重ね重ねごめんなさい」

「謝んないでくれ……わかってくれたんなら、それでいいから……」


 力無くそう答える彼に罪悪感が増す。彼の心に十分に寄り添ってあげられなかったために、疲れてしまったのかもしれない。

 しかし、殴る以外で記憶を失くすとすれば――。


「そしたら、どうしようかしら……。自分に精神干渉魔法をかけるのは失敗しそうなのよね」

 

 魔法はイメージで操る部分が大きい。出来ると信じれば出来るはずなのだが、火や水など目に見える物質の魔法はイメージしやすいものの、記憶を奥底に沈めるような催眠魔法などの精神干渉魔法は具体的なイメージがしづらく、その分習得しにくい。しかも練習しようにもかけられる相手が居ない。

 単に消せなかった、というだけの失敗ならともかく、間違って別の記憶を消した場合を考えるとかなり恐ろしい。


「な、なあ、チェリちゃん。その、どうしても今すぐ忘れなきゃダメか? 多分さ、時間が経てば忘れんじゃねえかな……」


 レオニクスは少し焦った様子だ。今は全然記憶にこびりついて離れてくれそうにないが、いつかは消え去るのだろうか。

 

「そうかしら……」

「チェリちゃんもオレの身体なんかさっさと忘れてえと思うけどさ、なんか危なそうだしよ……」

「え? 私は、」

 

 チェラシュカが早く記憶から消したい理由を誤解されている気がする。そう思ったところで、扉が大きな音を立てて開いた。

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