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星影が導く花明かり  作者: 天りあま
第二章 仲間との出会い

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29. ストラメルは実家へ帰った

ストラメル視点最後です

「俺、家出るわ」


 その言葉が聞こえたはずの母の顔色を窺う。所長に申し出た時よりよっぽど息が詰まりそうだ。

 

 もうとっくに大人なのに、あれこれ口を出されて縛られる生活なんてもうごめんだ。ずっとそう思っていた。

 けど本当は、母が口うるさく言うのは自分を心配してのことだってわかってる。小さな頃から迷惑ばっかかけてきた。

 

 学校に通っていた頃もしょっちゅう先生から呼び出されていたし、何度も頭を下げているのを見た。

 自分もその場ではきちんと謝るよう頭を鷲掴みにされたけど、家に帰ってからは『痛かったね、ごめんね』って撫でてくれた。


「うん」


 眉尻を下げてほんの少し目を伏せた母が、小さく頷いた。

 その声は、かつて自分の話を聞いて聞いてとせがんだときの、あの頃の相槌と同じ温度だ。何があってもあなたの味方だよと、そんな気持ちが込められている穏やかな母の声だ。


「行っておいで」


 その言葉と共に再びこちらに向けられた彼女の目元は赤みを帯びており、目尻には僅かにキラリと光るものが見えた。

 今まであまり目にすることの無かった母らしからぬ表情に、思わず唇を噛む。


「……ンな湿っぽい感じにすんなって。俺の同級生にも家出てる奴らなんてゴロゴロ居るしさ。大したことないだろ」


 嘘だ。本当は、自分がここを離れることを寂しがってくれる人が居ないのがとても寂しかった。だから、言葉の上では送り出してくれていても、"離れがたく思っている"と雄弁に語るその目から目が離せない。


「……ごめんね! ほんとはもっと、明るく送り出してあげようと思ったんだけどさ。やっぱこういうの、ダメねあたし」


 すん、と(はな)をすすって無理矢理笑顔を浮かべる母に、胸が苦しくなった。

 

 母のお気に入りの花瓶を割ったとき、母に初めて乱暴な口を利いたとき、近所の子と喧嘩して帰ってきたとき、父に殴り掛かったとき。

 いつも母はそんな顔をして、きっと本当に言いたかったことを心の奥に隠してストラメルに言葉をかけていた。悲しんでいること、傷付いていることを脇に置いて、自身の子供に向き合ってくれたのだ。それが母の務めだから、と。

 

 成長するにしたがって、彼女がそうやって気遣ってくれていることには気付いたが、今更どうしても素直になれず意地を張ってしまっていた。

 だからいっそ母にとっても、自分はこの家に居ない方がいいんじゃないか……そう思ってしまったのは事実だ。

 

 でも、こんなときこそ、こんなときくらい、普段言えていない自分の気持ちを伝えた方がいいんじゃないか? 旅に出たらしばらく会えなくなるのだし、気恥ずかしかったりなんてのも戻ってくるときには忘れているだろう。だから――。

 

「母さ……」

「い、いい母ちゃんだな……!」

「本当ね」

「よくあんな暴言を吐けたもんだな」


 ……野次馬がうるさい。静かにするか出ていってほしい。

 そう思ってそちらに目を遣ると、感極まっているのかぐすぐす言いながら目を潤ませるレオニクスに、穏やかな微笑みを浮かべるチェラシュカ、目を細めて静観するラキュスが居た。

 なんでそんなに人の家庭のやりとりを温かい目で見守ってるんだ。気になって仕方がない。


「うるさいっすよ! 出てってほしいっす!」

「あはは。いいじゃないの、お友達でしょ? あんたのこと包み隠さず知っといてもらいなって」

「知らなくていいっす!」


 母相手にうっかり余所行きの言葉遣いが出てしまった。こんな風になるから身内と知り合いが一緒にいる場は嫌なんだ。

 流石にこのままもう一度さっき言いかけたことを言う気にはなれなくて、ついそっぽを向いてしまう。


 口には出せなかった先程の気持ちを薄く延ばし、ほんの少しだけ切り出してみる。これが今のストラメルの精一杯だ。

 

「あー……ごほん。母さんも一人で大変だろうし、そろそろ誰か雇えよ? 俺もギリギリまで手伝うし」

「ああ、それなら大丈夫よ。ジョコルスさんが帰ってくるから」


 小さく微笑んだ母の口から出た久々に聞くその名に、一瞬思考が止まった。

 

「父さんが、帰ってくる?」

「ほら、この手紙が届いたのが三日前で、一週間後にはこっちに着くって」

「……ほんとだ」


 母に見せられたその手紙には、確かに父の文字で『愛しのレニラさんへ (中略) やっと家に帰れるよ 首を長くして待っててね ジョコルスより』と書いてあった。手紙中に手書きの星マークやハートマークが散りばめられており、文面からも少し浮かれた様子が伝わってくる。


「あんたとは入れ違いになっちゃうだろうね」

「……だな」

「メルが出てくのは寂しいけどさ、あの人も帰ってくるしあたしは大丈夫よ。子供が大人の心配なんかしなくていいの」


 人前でメルって呼ぶな! といつもならそう言っていたところだが、今はそんな気にもなれなかった。


「……別に心配してるわけじゃないし」

「ふふふ。そう?」


 ニコニコと微笑む彼女の目は、もうさっきまでのように揺れていなかった。それを見て安心するとともに、ほんの少しの寂しさを覚える。

 

「メル、いつでも帰っておいでね」

「……ん」


 ストラメルの気持ちを見透かすかのようにかけられた言葉に対し、ぶっきらぼうに返す。今はまだ素直になるのは難しいが、一度距離を置けばもう少し冷静に接することができるようになるかもしれない、なんて希望的観測をする。


「ねぇ~、チェラシュカちゃんたちもこっちおいで!」

「はーい」

「やっぱり素直な女の子っていいわねぇ。あなたみたいな娘がほしかったのよね」

 

 急にチェラシュカたちをソファへ呼び寄せた母は、何を思ったかそんなことを言いながらちらりとこちらを見る。それから大人しくソファに腰かけたラキュス、レオニクスを見てやや残念そうな顔をした。


「今のうちの子じゃ太刀打ちできないね……」

「母さんなんか変なこと考えてんだろ」

「なーんにも!」

 

 カラッと笑う彼女に訝しむ目を向ける。何か面倒なことを考えている雰囲気だが、口を割るつもりは無いらしい。

 そんな彼女はチェラシュカたちの顔を見てすっと背筋を伸ばした。


「改めて、チェラシュカちゃん、ラキュスくん、レオニクスくん。ストラメルのことよろしく頼むね。こんな乱暴でガサツで暴言ばっか吐いてるどうしようもない子だけど、優しいところもあるんだよ」


 よろしくお願いします、と素直な返事をするチェラシュカとラキュスとは対照的に、その後に続いたレオニクスの言葉は丁寧な口調の割にはややトゲトゲしかった。

 

「もちろんです。まあ、もし彼が喧嘩したらそれまでですけどね」


 彼はまだストラメルの仲間入りを認め切れていないらしい。自分も正直あまり自信は無いが、ここまできたのだから後数日ぐらい大人しくしてみせる。……頑張れ自分。

 

「ほんとずっと喧嘩っ早くてねぇ、一時期はどうしようかと思ってたんだけど……。でも小さい時は『母さん大好き!』ってよちよち後ろをついてきてたことを思い出すと、」

「だっ、なっ、変なこと言うなって!」

「でも、あんたも少しは可愛げがあるって知っといてもらわないと」

「何歳の時の話してんだって!」


 急に何を言い出すかと思えば、そんな昔の話を掘り返さないでほしい。思わず顔をしかめて睨んでしまった。


「……これは、揉め事か?」

「どうかしら」

「親子喧嘩も揉めてはいんだろ」


 ラキュスたちがこちらを見ながらそんな話をしだした。これはまずい。

 反射的に反応してしまったが、流石にこれを喧嘩にカウントされるとなるとストラメルは部屋に閉じこもるしかなくなってしまう。

 

「あーーーっ! ノーカン! これはノーカンで!!」

「あはは、ごめんごめん」


 ストラメルは今のやりとりを喧嘩にカウントされないようにと必死になった。

 母が笑いながら謝ってくるが、全く悪びれる様子が無い。これでダメになったらどうしてくれるんだ。


「……やっぱり条件達成は厳しそうな気がしてきたな」

「残念だけど仕方ねえぜ」


 ラキュスからは淡々と切り捨てられそうだし、レオニクスは言葉とは裏腹に嬉しそうだ。

 

「あら、周りから見るとこれも喧嘩と思われちゃうのねぇ。あたしたち家族の間ではこれが普通だから、今回は見逃してあげられない?」

「マジでほんとに頼むっす! チャンスをくださいっす!」

 

 母のふんわりとしたフォローにしがみつくように、ストラメルはソファに座ったまま思い切り頭を下げた。

 すると、チェラシュカがくすりと笑う声が聞こえた。

 

「今回だけ、ね?」


 彼女の一言に、ラキュスたちの空気が仕方ないな……という雰囲気に変わる。「次は無いぞ」「マジで気ぃ付けろよな」などと言う声が聞こえる中、ストラメルは「あ、あざっす……」とだけ口にした。

 

 まるで鶴の一声だ。ありがたいことである。

 だが、ストラメルがその彼女の振る舞いを見てどう思ったかというと。

 

 ――流石って感じっすけど、ちょっと怖いっすね……。


 とまあ、一言で言えば"畏敬"に近い感情を抱いたのだった。

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