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星影が導く花明かり  作者: 天りあま
第一章 妖精の街フロリニタス

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1. 成人しました

 またあのときの夢を見てしまった。

 何度見ても、起きたときに胸を占める喪失感が変わることはない。

 ペルシュカがいなくなってから、もう三十五年経つというのに。

 

 チェラシュカはあの夢を見るといつも少し早起きしてしまうため、ゆっくりと朝の準備をする。顔を洗って口を(ゆす)ぎ、ご飯を食べて歯を磨き……といつものルーティンをなぞっていると、コンコンコン、とノックの音が聞こえた。


「おはよう。チェリ、起きてるか?」

「おはよう、ラキュス。起きてるわ」


 あれからずっとチェラシュカの家の隣に暮らしているラキュスは、変わらず幼馴染でい続けてくれている。あの子が居なくなって一変してしまった生活の中で、唯一そのままでいてくれたことがチェラシュカにとっては救いだった。

 

 あの日ペルシュカが落ちたことは、この平和なフロリニタス中にあっという間に広まるほどの大事件となった。だから、同世代かそれ以上の年齢の妖精は皆、多かれ少なかれ事故のことを知っている。事故の直後に強靭な柵が取り付けられたこともあり、年下の子たちも事故のことは聞かされており、あの崖には近付かないようにと教えこまれている。

 

 事故後すぐに大人たちが来て、飛ぶのが得意な妖精たちを集めて谷底まで降りてくれたが、ペルシュカは見つからなかったらしい。

 だからだろうか、チェラシュカはペルシュカが未だに本当に死んでしまったとは心のどこかでは信じられないでいる。

 

「早く用意しないと、始まってしまうぞ」

「ちょっと待って」


 この日のために用意した、綺麗なAラインのワンピースを身につける。この街に住む、服飾を生業とする妖精の逸品だ。

 チェラシュカの髪色と同じ桜色の生地に桜模様の刺繍が施されており、差し色に黄緑が入っている。ところどころにキラキラと輝く糸があることで、春らしさがぐっと増している。

 緩やかにウェーブした髪をブラシで梳かすと、耳より高い位置で耳の上の髪を左右で一つずつにまとめ、それぞれにリボンを結んだ。

 まぶたにラメをさっと塗り、唇にお気に入りのリップを塗ってから、姿見で身なりを確認する。たまにまつ毛にホコリがひっかかっていることもあるが、今日は大丈夫なようだ。

 扉を開けると、ラキュスが暇を持て余した様子で立っていた。彼の髪色に合わせて仕立てられた濃紺のスーツが、とてもよく似合っている。

 

「おまたせ」

「ん」

 

 今日は妖精の成人を祝う式典が行われる日だ。チェラシュカ達は今年五十歳になり、成人を迎えたのだ。

 妖精の場合、身体の成長は四十歳ごろから緩やかになり、五十歳でピークを迎えるという。ヒトが二十歳で成人するというから、それと比べるとかなりゆっくりだが、逆に獣人は百歳が成人だというから驚きだ。

 そう考えると、成人とは一体何なのだろう。授業ではそこまで深堀りされていなかったし、ヒトや獣人と話す機会があれば聞いてみたい。

 

 そんなことを考えつつ、ラキュスと共に式典の会場へ向かった。会場の前には既に、チェラシュカたちと同い年の妖精たちが集まっていた。

 

「よ、ラキュス。チェラシュカ。やっときたんだな」

「よう、コピ。まだ始まるまで時間はあるだろ」

「おはよう。皆久しぶりね」

「チェラシュカ、久しぶり!……と、ラキュスもいるのね」

「いたら悪いか」

「チェラシュカちゃん、ラキュスくん、おはよう」

「チェリ、おは……待って待って、そのワンピースめちゃくちゃ可愛い!」

「ありがとう。トゥヴィアのも可愛くてよく似合ってるわ」

「相変わらず、ヘリスの声はトゥヴィアに遮られてるね」

「ジェンナちゃんに改めて言われるとなんか刺さるんだけど……」

 

 彼らは幼い頃に共に学校で授業を受けていた友達だ。

 妖精は十歳から学校に通うことが義務付けられており、十年間の義務教育では読み書き計算など主に生活に必要な知識、自衛の手段、その他オルベアの地理や歴史、他種族について学んでいる。

 義務教育終了後、希望する者は更に五年間の高等教育を受けることができる。そこでは自身が興味を持った分野について研究したり、更に深く学ぶことができる。

 基本的にフロリニタスに暮らす妖精は生活に切羽詰まってもいないため、高等教育まで終えている妖精がほとんどだ。

 

 魔力量の関係で実技は全員一緒ではなかったが、座学は全員共通なので、基本的に同じ街に住む同世代の妖精たちは皆顔見知りである。

 今話した四人は学生時代特に仲良くしていて、それぞれトマトの妖精のコピ、ナスの妖精のジェンナ、ハーブの妖精のヘリス、ジャガイモの妖精のトゥヴィアだ。

 

「皆は卒業後会ったりしていたの?」

「ヘリスとはよく飲みに行くよな!」

「う、うん。そこそこ会ってたよ」

「わたしはジェンナとチェリと三人で、数年前に集まったっきりじゃないかな?」

「確かに、あれ以来なかなか予定が合わないもんね」

「俺らが飲みに行く途中で、たまたま通りがかったラキュスを捕まえたりとかな」

「俺も別に暇じゃないんだが」

「そうなのね。学校にいないと、予定を合わせるのもなかなか難しいわよね」

 

 妖精同士で予定を立てる場合、学生時代は学校に行けばほぼ確実に会うことができたが、卒業してからは直接相手の家や職場に行くか、手紙でやりとりをするしかなかった。

 気が長い性格の妖精が多いためか、ふらっと会いに行ってタイミングが合わなければ、気長に次の機会を待つため、仲が良くても数年単位で会わないというのもよくあることだった。

 

 チェラシュカが働いていたカフェにトゥヴィアたちが遊びに来ることもあったが、当然働いている最中なので長話はできない。

 皆もばらばらに訪れるので、こうして六人で集まったのは物凄く久々であるが、話し始めると当時の空気感を思い出して懐かしくなった。

 

 皆で会場に入ると、ずらりと並んだ椅子のうち半分以上が埋まっていた。会場内の席に指定はなかったので、皆で適当に真ん中あたりに向かい、端から腰掛けていった。

 ラキュスの隣に座ったチェラシュカは、反対側のトゥヴィアとジェンナに話しかけた。二人に会ったときから、彼女たちの服装が気になっていたのだ。

 

「二人の今日の服って、ヴィオラのブティック?」

「そう! もう絶対ヴィオラのにしようと思ってたの!!」

「あたしもそう。ここぞというときに着るならあそこのしかないと思って」

 

 ヴィオラのブティックというのは、フロリニタスにある高級服飾店である。洗練された上品なデザインで有名で、ここに住む妖精なら皆一度は袖を通してみたいと憧れるお店だ。

 トゥヴィアが着ていたのは若草色のワンピースで、ウエストの切り替えからふわりと広がったシフォン生地がいくつも重ねられており、彼女の溌剌とした雰囲気によく調和していた。

 ジェンナはラベンダー色のエンパイアワンピースを身に着けており、裾からウエストに向かって伸びる葉や蔦の柄の深緑の刺繍が印象的で、こちらもまた大人っぽい彼女にぴったりだった。

 

「やっぱりそうよね。トゥヴィアもジェンナもよく似合ってるわ」

「ありがとう! 嬉しい! チェリにそう言ってもらえたら自信持てる!!」

「そう言うチェラシュカのワンピース……オーダーメイドじゃない?」

「わかる? 実はそうなの」

「もちろん。だってどこからどう見てもチェラシュカのために誂えられたものじゃない」

「ほんとに! これが既製品だったらびっくりしちゃう!! でも、あそこでよく注文できたね? 何ヶ月とか下手したら何年待ちとか聞くよ?」

 

 その言葉に、チェラシュカは今着ているワンピースを注文したときのことを思い返しながら答えた。

 

「職人さんとロテレさんが知り合いだったみたいで、ある日急に採寸に来たの」

「さすがロテレさん……行動力と人脈の塊ね」

「え〜! 羨ましい〜!!」

 

 そんな話をしていると、いつの間にか開式の時間が迫っていたようで席がほとんど埋まっていた。

 ざわめく会場に大人たちが入ってきたが、そのうちの何人かは役場で見たことがある妖精だった。

 彼らは会場の端に並べられた椅子の前に立つと、一人が会場内に声が響くように魔法をかけて、もうすぐ開式であるとアナウンスをしていた。

 

「シアラさんだわ」

 

 アナウンス後に会場内へと入ってきたのは、フロリニタス代表のうちの一人であるシアラだ。黄緑色の髪が目を引く彼女は、キャベツの妖精だと聞いている。

 

 チェラシュカたちが住むフロリニタスには、王や長などの支配者や権力者といったものが存在しない。ではどうやって人口十万人ほどの街が成り立っているのかといえば、彼女たちフロリニタス代表のおかげだ。

 フロリニタス代表の妖精は街の住民の中から数名選出され、住民たちの意思が街の運営に反映されるように意見を取りまとめたり、争いごとの対応をしたり、森の外とのやり取りをしたりしている。

 

「何年くらい代表をやってるんだろうな」

「正確にはわからないけれど、私たちが生まれるより前からのはずよ」

「何年かに一回選挙してるけど、辞めてほしい理由なんかないからずっと変わらないもんね」

 

 代表の面々は年に一度は学校を訪れて妖精達の様子を見に来ていたため、あまり話したことはないが、顔と名前が一致するくらいには知っている。

 そのときは、この人たちになら自分たちのことを任せてもいいと思えるような、安心感と包容力のある人たちだという印象を持ったことを覚えている。


 壇上へとシアラが一歩ずつ上っていった。ざわざわとしていた会場が徐々に静まりかえっていく。

 一番上の段に立った彼女は、今年成人を迎える妖精たちへ向けて言葉をかけた。

 

「おはようございます。今年で五十歳を迎えられた皆さん、成人おめでとうございます。私のことは皆さん知ってくれているとは思いますが、こういう場ですので改めてご挨拶を。フロリニタス代表のシアラです」

 

 彼女は会場内の新成人の顔を一人一人確認するように、ゆっくりと左右に顔を動かしながら話していた。

 

「普段は外部との交渉などを担当しているので、学校以外でお目にかかるのは久しぶりの方が多いですね。今日はフロリニタス代表として、皆さんに祝辞を送ることを他の四名から任せられましたので、これから私達の言葉を伝えさせてもらいますね」

 

 ここで彼女は一度言葉を切り、手元にある紙を広げた。恐らくそこには代表の方々が考えた祝辞が書いてあるのだろう。

 彼女はそれを一瞥すると、それ以降は手元を見ることなく、整列した新成人たちをまっすぐに見据えて話し始めた。

 ラキュスは静かに耳を傾けているようだが、何を考えているのだろうか。

 

「フロリニタスで成人を迎えられた皆さん、おめでとうございます。皆さんとこの日を迎えられたこと、私たちは嬉しく思います。私たちとは、代表一同のみならず、あなた方を育てた皆さんの周囲の大人たちも含まれています」

 

 チェラシュカは、これまで自分たちを養育してくれた大人たちを思い浮かべていた。

 特に、いつも優しくチェラシュカたちに寄り添ってくれていたロテレは、かけがえのない存在だ。

 

「皆さんにとってここまでの五十年は長くもあり、あっという間でもあったでしょう。ここにこのまま住み続ける方もいれば、やっと成人できたことですから、森の外へ出て新たな世界を見に行く方もいるでしょう」

 

 森の外と聞くと、いつかペルシュカと見るはずだった景色を思い浮かべてはしんみりとしてしまう。

 ただ、いつまでもこのままじゃいけない気がしていた。

 

「ですが、これだけは忘れないでください。私たちはあなたたちの味方です。どこにいてもあなたたちの幸せを願っています。あなたの隣にいるお友達も、あなたの味方になってくれることでしょう。あなた方がお友達の助けとなることもあるでしょう」

 

 友達、の言葉にちらりと隣を見ると、ラキュスもこちらを見ていたようで目があった。

 ふ、と笑みを浮かべると、微笑みを返される。

 

「皆さんにはそうした支え合いの精神が、これまでに十分身についていると信じています。ここで身につけたことをこれからも活かして、どこまでも自由に羽ばたいていってくれることを願い、私たちのお祝いの言葉とさせていただきます。フロリニタス代表一同」


 シアラがこう締めくくって一礼をすると、チェラシュカたち新成人による拍手の音が会場内を埋め尽くした。

 彼女が会場を出て次の立食パーティーについてのアナウンスがなされるまで、拍手の音が鳴り止むことはなかった。

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