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星影が導く花明かり  作者: 天りあま
第二章 仲間との出会い

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28. ストラメルは職場へ行った

引き続きストラメル視点です

「旅ぃ? いいじゃないですかぁ、楽しんできてくださぁい」

「……マジっすか」


 目の前の女性があまりにもあっさりとそう言うものだから、ストラメルは反応が遅れてしまった。

 重厚な木製のデスクの向こう側、大きなフカフカの一人がけ用の椅子にちんまりと座っている小柄な彼女は、何を隠そう騎獣訓練所の所長である。

 その肩書に見合わない間延びした話し方と独特のゆったりした雰囲気に、自然と緊張が霧散していく。

 

 そんな彼女はデスクの上のファイルを取り、パラパラと中身を捲りながら言葉を続けた。


「ストラメルくん、前々から働きすぎだと思ってたんですよねぇ。そんなに好きなら来てもいいとは言いましたけどぉ、それにしたって、ですよぉ」

「ッすかね……」


 トントン、と彼女の指がさしたのはストラメルの出勤記録だ。騎獣訓練所の門を鍵で開けると誰の鍵で開けられたかが記録されるのだが、ストラメルはほぼ毎日来ているということが丸わかりである。有給休暇も取っているものの、結局騎獣たちの様子を見に来てしまっていることがほとんどだった。


「しかも、最近泊まりに来てますねぇ? カルクスから聞きましたよぉ」

「……あいつ」

「緊急事態でもないのに、騎獣舎で寝るのはちょっとねぇ」

「すんません……」


 彼女は所長なので、当然どの騎獣のことも良く見ているし知っている。定期的に各騎獣舎を見て回っているので、そのときにストラメルのことを聞いたのだろう。

 

「ま、そういうことなんで、エクエルタたち(あのこたち)の望みでもあるなら丁度いいですよぉ。たぁっぷり休んじゃってくださぁい」

「そ、そっすか」


 (はしばみ)色のショートヘアをサラリと揺らした彼女はニッコリと笑った。

 

 ラクォラから自身の番候補となるエクエルタ探しを依頼された、だからしばらくメディオンを離れるため休みたい――そんな突拍子もないことを言ったにもかかわらず、思った以上に簡単に休職の許可が出てしまった。

 最近は後輩たちも育ってきているので、人手不足を理由に引き留められることは無いと思ってはいたが、それにしても、だ。

 

 大きな丸眼鏡越しに弧を描く彼女の目は、ストラメルが休むことくらい何の問題も無いと語っている。

 

「そうと決まれば、シフトも調整しないとですねぇ」


 そう言った彼女は勤務予定表のストラメルの欄を見て、数日後――出立予定の前日から予定表の末日までペンでザーッと線を引いた。それから誰も居ない日が無いように調整をし始めた。

 彼女は予定表から目を離さずに言葉を続ける。


「そうだ、各地で騎獣となる動物を保護するのをストラメルくんの主要業務にしちゃいましょうかぁ。そしたらたくさん出張してるってことにできますしぃ」

「いや、それはちょっと……」


 自分がしたいのは騎獣の世話であって、捕まえることではない。それに今回のは一時的なもののはず。昨日他のエクエルタたちに言われたことは、一旦忘れよう。

 それに自分が主体となって旅に出るわけではないため、業務として動く時間はほぼ取れないだろう。だからこそ、完全に長期休暇として申請したわけだが――。


「そうですかぁ? まぁでも確かにぃ、休んで貰わなきゃなのに仕事扱いにしちゃ本末転倒ですねぇ」

「そ、そうっす」

「君の後輩くんたちからも、いつ来ても休みのはずのストラメルくんが居て落ち着かないって言われてますしぃ」

「え」

「いざ居なくなったら、それはそれで大変だと思うんですけどねぇ。君の動物翻訳は、うちどころかこの国でもトップレベルですからぁ」

「それはどうも……」


 ただ好きでできるようになっただけなので、トップレベルと言われても全くピンと来ない。それより、あいつらはそんなことを言っていたのか。

 

「丁度いい機会ですし、君という便利な存在が居なければ、あの子たちだって否が応でも成長するでしょうねぇ」

「俺、便利だったんすか?」

「はぁい。単語レベルの聞き取りがやっとって子が多い中、ストラメルくんは不足なくどの子ともやり取りできていますからねぇ。騎獣たちとの意思疎通が上手くいかないと、お互いに傷付けあってしまうこともありましたしぃ」


 そう聞くと途端に不安になってくるが、本当に大丈夫だろうか。

 そんな気持ちが顔に出ていたのだろう、ペンのキャップを閉めて顔を上げた彼女は、真っ直ぐにこちらを見てこう言った。


「君は過保護ですからねぇ。遠征に行けば、多少なりとも怪我をすることだって当たり前なんですよぉ? 少々酷ではありますが、騎獣たちには常に自分の要求が通るわけではないという状況にも慣れてもらわないとねぇ」

 

 そう聞いて自分の知らないところで彼らが傷付くことを想像してしまい、つい息を止めてしまった。

 とはいえ彼らは何らかの任務で使われるために訓練されているわけで、傷付かないよう大事にしまっておくと彼らの存在意義が失われてしまう。それも騎獣に乗る人々の勝手な都合ではあるが――。


「もちろん、無闇に傷ついたりはしてほしくはないですよぉ。全員大事な子たちですから、ちゃんと大事にしてくれてる君にも感謝してますぅ。ただ、あの子たちは君のペットではないのでねぇ」

「……はい」

「ええ、別に騎士団からクレームが入ったから八つ当たりしてるとかではないですよぉ。ちょっぴり我儘な騎獣が居たとかそんな、ねぇ?」

「すんませんっす」


 ストラメルはサッと頭を下げた。言外に甘やかしすぎだと言われている。

 しばらくすると彼女のふふっという笑い声が聞こえ、そっと頭を上げる。

 

「どうせなら、旅のついでに他の国での騎獣の扱いも見てきてくださぁい。これはお休み中の君に課す、所長命令ですよぉ」

「所長命令っすか……」

「まぁ君なら自主的にやるでしょうけど、こう言われた方が職場を長期で離れる罪悪感とかも薄れるでしょう?」


 ストラメルが働き始めてから十年以上の付き合いがある所長なだけあって、気がかりだったポイントを(ことごと)く潰していく彼女。

 

「今更撤回なんて聞きませんよぉ? 万が一そのお友達からやっぱ来るなと言われても、せめて意味の無かった有給分は休んでもらわないとねぇ。数年分なので結構ありますぅ」

「す、数年分っすか」

「あと、たまには報告っていう体でお手紙でもくださぁい」

「了解っす」

「あ、そうだ。番候補を見つけてくるってことなので、これを渡しておきますねぇ」

「……ありがとうございます」

 

 彼女が引き出しから取り出したとある魔導具を手渡される。一見革製に見えるベルトの形をしたそれを両手で受け取ると、ストラメルは携帯型金庫に仕舞った。

 

「扱いにはくれぐれも気を付けるんですよぉ」

「わかってるっす」

「あと午後はみんな揃うはずなのでぇ、そのときに君がちょっと居なくなること説明しちゃいますねぇ」

「……すんませんっす」


 

 その後ストラメルはいつも通りの仕事――各騎獣舎の清掃や騎獣たちの餌やりを同僚や後輩たちと行っていたのだが、そこへ所長がやってきた。

 エクエルタの番候補探しと他国の騎獣の扱いに関する見聞を広めるため、ストラメルがしばらくここを離れる、そう所長が説明したのを聞いた彼らの反応は様々だった。

 

 「え、色んなところに行けるのいいなー!」「先輩はもっと休むべきだと思います」「いつも騎獣たちに比べられてたので、居ない間に追い抜かします!」「誰にでも喧嘩売るなよ」「騎獣たちと離れて生きていけるんですか?」「戻ってきた頃にはあの子たちに忘れられてるかもしれないね」などと好き勝手に言っていた。

 

 生きていけるし忘れられるわけない! とは思うものの、昨日のエクエルタたちのさっぱりした反応に少しだけ不安になってしまったのは否定できない。

 あと、自分から他人に喧嘩を売っているわけではない。そこは勘違いしないでほしい。


 ……とまあ色々気になる点はあったが、最終的にストラメルは休みをもぎ取ることができた。

 しかし、これで後は喧嘩をしなければいいというわけではない。


 ストラメルが旅に出ることについて、伝えておかねばならない相手がもう一人いる。少し面倒に思いながら、重い足取りでその相手が居るはずの場所へ向かった。


 ◇◇◇


「ああ、ストラメル? おかえり〜」

「……ただいま」


 すっかり日が暮れた頃、ストラメルは数日ぶりに実家へ帰ってきた。ストラメルの実家は母が営む宿のすぐ隣にあり、宿のカウンター奥と家の廊下が繋がっている仕様である。

 玄関ドアを開けた音が聞こえたのか、宿側から廊下に母が顔を出した。そして何事もなかったかのように声をかけてきたため、少しばかり緊張していたのがすっかり吹き飛んだ。

 

 とりあえず一息つこうとストラメルはリビングへ向かったのだが――。

 

「おかえりなさい、ストラメル」

「おう、やっと帰ってきたのかよ」

「喧嘩してないだろうな」


 そこには何故か、チェラシュカたちが、居た。三人はダイニングテーブルを囲み、和やかにお茶していたようだ。


「な、なんで居るんすか?」

「あなたのお母さまにお招きいただいたのよ」

「ああ、ストラメルが俺たちと旅に出るかもしれないって言ったからな」

「えっ!?」


 まさか自分が切り出すより先に話されているとは思わなかった。

 そこでテーブルに肘をついたレオニクスがこちらを向く。


「もちろん、オレたちとの約束通り"誰かと喧嘩しなければ"ってのも知ってんぜ」

「……母さんは、なんて」

「『無理じゃない?』ってさ」


 彼はあははと笑いながらそう言う。

 ストラメルは思わず、予定していた流れと全然違う! と髪をぐしゃぐしゃに掻き混ぜた。

 

 母になんて説明すればいいのか……いや、既に知ってるなら話が早いのか? とにかく物凄くやりにくいと考えていたところ、母がやって来た。


「話は聞かせてもらったよ!」


 そう言った母は部屋の隅のソファに腰掛けた。そして「ほら、こっち!」と向かいのソファを手で示す。

 恐らく宿の方が落ち着いてきたのでこちらに来たのだろう。もし客が来てもベルで呼ばれるので、その点は問題ない。

 促されるままにソファに腰を下ろしたストラメルは、こちらの言葉を待っているであろう自身の母に目線を移した。

 

 心做しかワクワクした表情を見せる彼女に、なんでそんな楽しげなんだと、仮にも自分の息子が家を出ようと――母を置いていこうとしているんだぞ、と少しモヤッとした気持ちになる。

 

 そんな中、ダイニングテーブルを囲む三人からの視線が自身の横顔にチクチクと刺さる。更にやり辛い。

 あの三人はストラメルたちが話そうとしているのを見てもそのまま居座る気らしい。面倒だが仕方がない、と無視することにする。

 

 自分なりに色々考えたが、考えたつもりだが、結局のところストレートに伝えるのが一番だ。そうに決まってる。

 そう思ったストラメルは、たった一言だけを端的に告げた。

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