27. ストラメルはエクエルタたちと話した
ストラメル視点です
「はぁ……なんで俺はこんな厄介なことに……」
ラキュスたちの去った騎獣舎で一人、ストラメルはエクエルタたちの世話をしながら独りごちる。先程ラキュスとレオニクスと話した時のことが、今も頭の中をぐるぐると駆け巡っている。
***
チェラシュカを騎獣訓練所の外に残し敷地内に三人で戻ったところで、ラキュスが口を開いた。
「正直なところ、俺はストラメルが旅の仲間に加わってもいいと思っている」
そんな彼の言葉に、思わず「マジっすか?」と言ってしまった。彼の説得が一番難航しそうだと思っていたのだが。
「だからなんでだよ! オレんときと全然反応がちげえじゃねえか!」
「レオニクスは自業自得だろう」
「そ……そうかもしれねえけどよ! なんか納得いかねえ……!」
ラキュスはレオニクスの時は仲間入りを反対したようだ。であればやはり自分が受け入れられる理由がわからない。
「俺にとって重要なのは、チェリの敵にならないかどうかだけだ。ストラメルは瞬発力があるし、何かあったときのために、手駒は多いほうがいい」
「敵になんてならねっすよ! ……手駒?」
何やら聞き捨てならない単語が聞こえた気がする。詳しく聞く前にラキュスが再び口を開いた。
「ストラメルは動物と会話ができるんだろう」
「まあ大体の動物の言葉はわかるっすね。っていうか手駒って、」
「チェリは動物が好きなんだ」
「でしょうね。ところで、」
「チェリが万が一また動物から必要以上に好かれるようなことがあれば、その動物を説得してほしい」
「ああ、そういう……」
どうやら動物翻訳要員として認められたらしい。ラクォラのことを思うとそう上手くいくとは思えないが、彼が乗り気なら水を差す必要もないだろう。それに、求愛までされることなんてそうないはずだ。
「ラキュスさんが言いたいことってそれだったんすか? そのくらいだったらわざわざ離れなくても良かったんじゃ」
「チェリが聞いたら気にするだろう」
「そうっすかね」
彼女は割と何を聞いてもサラリと流してしまいそうだが、幼馴染だという彼がそう言うのならそうなんだろう。
そこでレオニクスが声を上げた。
「ラキュスの気持ちはわかった。けどよ、ストラメルは敵対しねえだろうけど、敵になりそうな奴を引き寄せそうじゃねえか?」
「どういう意味っすか」
「すぐ誰かと喧嘩して、オレらがとばっちりを食うんじゃねえかってこと」
「別にいつでも誰とでも喧嘩してるわけじゃないっす!」
決して自分から喧嘩を売りに行っているわけではない。ただちょっと喧嘩を売られやすいだけで、売られたからにはきちんと買っているだけだ。そう思ったストラメルは強く反論する。
だが彼にあっさりと返された。
「初っ端から喧嘩してた奴に言われてもなあ」
「確かに、沸点が低すぎるきらいはあるが……」
ラキュスがレオニクスの意見に同調し始めたため、少し焦りを覚える。
「そんなことないっす!」
「いやお前、オレらと会ってから何回キレたよ?」
「俺たちが見ているだけでも、五人ほどと言い争っていたような」
五人もいないはず……と記憶を掘り返そうとして、やめた。彼らが居ないところでもちょこちょこ口喧嘩はしていたのだった。
「……そんなこと言う二人だって、自分が大事にしてるものに何かされたらキレるっすよね?」
「俺はそう簡単に怒ったりなんか……」
「ラキュスはオレん家来た時ブチギレてたじゃねえか」
「……あれはレオニクスが悪いだろう」
「確かにオレが悪かったけどよ、お前もキレねえってことねえよなって話だろ?」
このクールの塊のようなラキュスをブチギレさせるとは、レオニクスは一体何をやらかしたのだろう。
つい気になってそれについて尋ねようとしたところで、先にレオニクスから声をかけられた。
「つーか、仕事はどうすんだよ。騎獣訓練士なんだろ?」
「そ、れは……」
…………。
やっべ、ラクォラを宥めることしか考えてなかった!
だらだらと冷や汗が流れ始める。ストラメルがこうして後先考えない言動を取ってしまうのは、昔からよくあることだった。
仕事について何も考えていなかったことを察したのだろう、ラキュスがこちらを一瞥してこう言った。
「まあ、無理なら仕方がないだろう。元々俺たちが誘ったわけではないんだからな」
そりゃそうだ、と納得する。行きたいと言ったのは自分……いや、ラクォラに言わされたと言う方が正しい気もするが……。
所長から休みをもぎ取れなかったとしたら、ラクォラも諦めてくれるのだろうか。そのときはそのときだが、こればっかりは聞いてみないとわからない。
「……正直さ、オレが一番気になってんのは、ストラメルがオレらについてきたい理由がマジなのかってことなんだけど」
「理由? あのエクエルタが言ったんだろう? 番候補を探せと」
レオニクスによる急な話の方向転換に少しドキリとしつつ、平静を装って返事をした。
「そ、そうっすよ、嘘じゃないっす」
ラクォラがストラメルに番候補を探せと言ったのは事実だ。
しかし、レオニクスからの疑いの眼差しは強まるばかりだ。それほど自分はおかしなことを言っているだろうか、と内心首を捻る。
すると、彼は口籠りながらもこう言った。
「だってお前、……か、可愛いって言ってたじゃねえか」
彼の言葉に本気でピンとこなかったため、「……何の話っすか?」と返す。
「ンなの……、チェリちゃんに決まってんだろ」
「え、俺そんなこと言ったっすか?」
どうだっただろうか。彼らと知り合ってから数日しか経っていないが、そんな話をした記憶がない。
「事実だから言っていてもおかしくはない」
「うーん、可愛いのは否定はしないっすけど、だったらなんだって言うんすか?」
ストラメルはチェラシュカの姿を思い出しながらそう言った。ラキュスは妄信的すぎる気もするが、客観的に見てもかなり可愛らしいと評されるだろうことは間違いない。
「やっぱ思ってんじゃねえか! ってことは結局お前も……」
レオニクスが気色ばむ。そこでやっと、彼が何を気にしているのかピンときた。
「あ、もしかしてレオニクスさんみたいに狙ってると思ってんすか? なら大丈夫っす。俺、グラマラスなお姉さんがタイプなんで! 全然好みじゃないっす!」
これで自分がそういう意味で彼女狙いではないとわかれば、彼も安心してくれるだろう。そう思ったが、何故か彼は更にその目を吊り上げた。
「はあ!? なんでだよ! グラマラス……ではねえかもしんねえけど、お前から見たって可愛いお姉さんなんだろ!」
「なっ、なんでキレるんすか!? おかしいっすよ! それに明らかにグラマラスではないっす! ねえ、ラキュスさん!」
「ぐらまらすってなんだ」
「え! 知らないんすか!? ボン、キュッ、ボンっすよ!」
「ぼん、きゅっ……?」
そんなラキュスの返答に、こっちはこっちで面倒そうだと息を吐いた。
「だからこう、胸がでかくてウエストが、」
そう身振り手振りを使って説明しかけたところで、ラキュスの冷ややかな視線に気が付いた。思わずぎゅっと口を閉じる。
「ストラメル」
「……はい」
「チェリのことを、身体だけを見て好みじゃないだなんて言うのか」
「……えっと」
「ぼん、きゅっ、ぼんとやらで他人の人となりを見定めるのか」
「いや、人となりっていうわけじゃ……」
今は見た目の好みの話をしているのだ、とつい口を挟んでしまったが、彼の氷点下を思わせる眼差しに失言であることを悟る。
「つまり、ストラメルは、身体目当ての邪な考えを持った危険な下衆野郎ということか」
「……ええ!? 誰もそこまで言ってないっすよね!?」
黙っていれば美少年――というかクールでボーイッシュな美少女に見えなくもない彼が発したとは思えないくらい、かなりトゲトゲした言葉を投げかけられた。どうしてこの話の流れでそうなった。
「他種族にはそういう奴がいるから気を付けろ、と旅に出る前に言われたんだ」
「……色んな奴が居るのは間違いないっすけど」
彼は一体誰にどんな話を聞かされたのだろうか。かなり偏った話をしているのではないかと見知らぬ誰かを恨みがましく思う。
そこで何故かレオニクスがフォローに入ってくれた。
「流石に下衆野郎は言いすぎなんじゃねえか?」
「何故急にストラメルの肩を持つんだ。さっきまで反対してただろう」
「それはまあその……」
「……まさかレオニクスも」
「いや!? ちげえから! オレはそんな下衆野郎なんかじゃねえから!」
果たして、彼女に好意持ちまくってます下心満載ですといった様子を全く隠しきれていないレオニクスと、ラキュスの言う身体目当ての下衆野郎とにどれほどの差があるのだろう。
ラキュスがこちらへ詰め寄る様子を見て、自分の立場も危ういと思ったのだろうが、かえって状況は悪化しているように思う。
「えーっと、他種族にはって言うっすけど、妖精は違うんすか?」
「違う」
「違うっていうのは……」
「大して親密でもないのに触れ合いたがるなんて、俺たち妖精にとっては考えられないことだ」
「…………」
そういえば夜の歓楽街で妖精を見かけることはほぼ無かったし、色を売る店なんかとも無縁なんだろう……と思いつつレオニクスの方を見てみると、彼は完全に顔を真っ赤にして固まっていた。"触れ合い"という単語から何を想像したのやら、本当に自分の三倍以上生きているのか疑うほどには初心すぎると思う。
今の彼は全く当てにならなそうだと思い、ストラメルは一つ息を吸うとこう返事をした。
「流石にラキュスさんが思うようなガチでやばい奴はそう居ないっすよ。危ない地域に行かなけりゃ問題ないっす」
「本当か? 普通の街の中でも誰彼構わず声をかけている奴に出会ったと言っていたんだが」
「ナンパは……あるかもっすね……」
チェラシュカだけではなくラキュスに対しても、とは言わずに我慢した。
やはり気を付けなくては、と呟く彼を見る限り、フォローのつもりが逆効果になってしまったような気がする。
それはさておき、かなり脱線してしまったがそろそろ本題に戻りたい。
「ともかくっすね、お二人が気にするようなこと、俺は考えてないっす! 仕事はなんとかなるよう話を通すんで、前向きに検討してほしいっす」
すると、やっと落ち着いたらしいレオニクスが口を開く。
「……チェリちゃんのことは置いといてもよ、こいつがやたらと喧嘩してんのは事実だろ? やっぱやめたほうがいいって」
「そうだな……」
ラキュスがレオニクスの言葉を肯定するような返事をするので、なんとか食い下がらねばと内心焦る。そこで、ラキュスがこちらを見てこんなことを言い出した。
「ストラメル。これから俺たちがこの街を出るまで、誰とも揉め事を起こすな。数日も耐えられないようなら、仲間入りは却下しよう。それならいいだろう、レオニクス」
「ええー……?」
***
――というわけで、ストラメルが彼らと共に旅をするために、あと数日の間誰とも喧嘩をするなという試練を課されたのだった。
長期休みを取るという別の問題もあるが、それは粘るしかないので置いておこう。
レオニクスは最後まで渋っていたが、『ヒトの文化や価値観を知る仲間が居たほうがいいだろう』とラキュスが言ったため、表立って反対はしなくなった。
自分がヒト代表として扱われていいのかは疑問だが、自分からチャンスをふいにすることもないだろうと黙っていた。
「きーびしー……」
今ここにはストラメルの他にエクエルタたちしかいないため、自然と砕けた言葉遣いになる。そんな彼の呟きを聞いた周りのエクエルタたちが、慰めるように鳴き声を上げた。
「きゅーきゅきゅ(ラクォラは我儘だから仕方ない)」
「確かにラクォラの我儘は今に始まったことじゃないけどさ、でもよカルクス……」
「きゅっきゅん(ストラメルがお願いを断れるわけないのなんてわかってたよ)」
「コルンまで……」
チェラシュカたちが来ていたときは個室に入っていたエクエルタたちだが、こうしてストラメルが世話をする時には、数頭ずつ個室から出して交流をするのが常であった。
今はラクォラ、カルクス、コルンの三頭を世話しているところだ。
『きゅきゅっ(だって、ストラメルはラクォラ/カルクス/コルンたちのこと大好きじゃん)』
その場にいた彼らから、鳴き声を揃えてそう言われたストラメルは――。
「当然だろ……はぁ」
彼らへの好意を躊躇なく、しかしやや力無く肯定した。ヒトや獣人と関わると何故か何かとトラブルが起こりがちだが、動物たちは目をかけた分だけ素直に気持ちを返してくれる。
だからストラメルは、彼らに対しては安心して素直になることができる。厄介ごとを引き起こさないように、と意識する必要が無いのだ。
「きゅいー(あー、そこもっと撫でて)」
言われた通りにその身体をブラシで撫でると、カルクスは目をつむって心地よさそうにしている。
こんなにも可愛いのに、トカゲに似ているからと苦手とする人々も多いことを残念に思う。
そこでふと、今朝ここを訪れた桜色の妖精がエクエルタたちのことを可愛いと言っていた光景を思い出す。
彼女のように彼らを可愛がってくれる人が増えたらいいのにと考え、そういえば今の自分の状況は彼女のせいでもあるのだった、と思考がぐるぐる巡る。
「でもな……やっぱさ、みんなも俺が居なくなると寂しいだろ?」
「きゅん(うーん)」
「きゅー(それほど)」
「きゅい(別に)」
「てめえら……」
つい眉間に皺を寄せて目の前の彼らをじろりと見る。想定以上に淡泊な様子に心の底が冷えていくのを感じつつも、敢えて不機嫌さを押し出してそれを意識しないようにした。
すると、彼らはつぶらな瞳で不思議そうにこちらを見返してきた。
「きゅっきゅ(ストラメルがどこに居ても、ラクォラたちのこと考えてるって知ってるもん)」
「きゅーい(カルクスたちはそんなストラメルが好き)」
「きゅきゅい(だから、離れていても寂しくないんだ)」
「っラクォラ……! カルクス、コルンも……」
ストレートに伝えられた親愛の情に、先程までとは打って変わって胸が温かくなる。
――やっぱ俺の騎獣たちが一番だな! こいつらのためになるなら、多少離れるくらい我慢できる!
そんなストラメルの気持ちを知ってか知らずか、カルクスが一鳴きする。
「きゅ(それに、番は大事)」
「きゅっ(コルンたち、仲間の番探しを邪魔したりしないよ)」
「きゅーい(みんな自分だけの番が欲しい。だからみんなラクォラの味方)」
思わぬ方向に話が流れているな、と内心首を捻っていると、個室の中からも鳴き声が聞こえてきた。
「きゅー(ラクォラの相手が見つかったら、次はぼくたちの相手を探してもらうから)」
「きゅい(だから早く見つけて帰ってきてね)」
「……は?」
ストラメルが彼らの信じがたい言葉に耳を疑っている間にも、彼らは好き勝手に話している。
「きゅんきゅ(もう顔見知りのことはそういう相手には見られなくってぇ)」
「きゅい(だから、この中にいい相手が居ないっていうラクォラの言うことも、すごくわかるのよねー)」
「きゅ!(やっぱりそうだよね!)」
「きゅきゅ(あたしももっと運命的な出会いがしたいっていうかぁ)」
もはや誰が何と言ったのかすらわからないくらいには鳴き声が飛び交っている。知らない間に彼らは番探しについて話し合っていたらしい。
「きゅきゅっ(ストラメルならちゃんとしてくれるって信じてるぜ)」
「きゅうー(ちゃんと連れ帰ってきてね)」
ラクォラが真っ直ぐな瞳をこちらに向ける。いつもならほいほい言うことを聞いているところだが、話を聞く限りストラメルのことをいいように使おうとしているだけのような。
まあ彼らは精神性がヒトより幼い傾向にあるし、基本言葉足らずなのでそこは目を瞑ろう。きっと信頼と甘えの裏返しなのだ。
だがしかし――。
「はあ……」
ラクォラから最初にお願いされた内容を思い出すと、肺の中が空になるくらい深い溜息が出てしまうのも仕方のないことだった。
「やっぱ、『チェラシュカさんを旅先から連れ帰れ』ってのは結構無理あんだろ……。ラクォラの番候補探しっつって誤魔化したけどさ……」
そう、実はラクォラはチェラシュカのことを全く諦めていなかったのだ。彼女たちの旅が終わり次第、彼女をここに連れ帰るように――というのがラクォラの願いだったのである。
改めてなんという無茶ぶりをするのかと思い、ストラメルは髪をぐしゃぐしゃと掻き混ぜる。
チェラシュカを狙っているのは自分ではなくラクォラなので、その点彼らに嘘は言っていない。言っていないが……。
「きゅん!(あの邪魔な男共に取られちゃダメなんだからね!)」
「邪魔って……仮にもチェラシュカさんの仲間だってわかってんのか?」
「きゅ(ラクォラにとっては邪魔者だもーん)」
「あのなあ……」
騎獣たちの世話は楽しいし、性に合っているとも思う。シフト外の時間に来ても何か言われることもないし、同僚は穏やかな人が多いため争うこともほぼない。できることなら離れたくはない。
だがそれはそれとして、ラクォラから旅について行けと言われた時、こうも思った。今の親元に居る環境を強制的に変える丁度良いきっかけになりそうだ、と。
あと、なんだかんだエクエルタたちにあまりにあっさりと別れを受け入れられてしまったので、自分の存在の大きさを少しは実感してほしいという気持ちがなくはない。
……いや、結構ある。かなりある。
「とりあえず、明日所長に話すかー……」
この話を聞いたあの人は、一体何と言うだろうか。雰囲気は緩いが仕事はバチッとする人だし、意外と厳しいことを言われてしまうだろうか……。
「きゅーい(きっといい笑顔で見送ってくれるよ)」
そんなラクォラの言葉に、ストラメルは再び大きく息を吐いてしまうのだった。




