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星影が導く花明かり  作者: 天りあま
第二章 仲間との出会い

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26. お花を貰います

 さて、彼らが帰ってくるまでどうしようか、とチェラシュカは周囲に目を遣る。

 目の前の道路の人通りはまばらだ。向かい側には、ドンと構える騎獣訓練所の塀が横に長く伸びており、他の建物は見当たらない。なお、チェラシュカの背後にある塀の内側には何かしらの建物があるようだが、具体的に何なのかはわからない。


 どうせ暇なのだし、氷細工でも作って魔法の練習でもしようかなと考えていると、びゅうう、と一際強い風が吹いた。慌ててケープのあわせとスカートの裾をそれぞれ押さえる。

 風が落ち着いてから、服や髪を整えているときだった。


「そこの桜色のお嬢さん、これを落としましたよ」


 桜色、の単語に反応して振り向くと、そこには端正な顔立ちをした黒髪の人物が居た。こちらに向けられた真紅の双眸としっかりと目が合ったので、呼ばれたのは自分で間違いないようだ。

 知らない人と話すなと言われたものの、落とし物を拾ってもらったのであれば、お礼を言わねばならないだろう。


「あら、ありがとうございます」


 気付かぬ間に風で何かが飛ばされたのかと思い、こちらに差し出された手の上を見た。そこにあったのは可愛らしく繊細なデザインのハンカチだが、チェラシュカのものではなかった。


「それ、私のじゃないわ」


 そう告げると、目の前の人物は頬あたりで切り揃えられた前髪をサラリと揺らし、僅かに首を傾げた。襟足だけ少し長いその髪型は、この人の中性的な雰囲気によく似合っているなと思った。


「おや、そうだった? ならこれは、僕が後で門に届けてくるとしよう。……ところで、こんなところでお嬢さん一人だと危ないよ?」

「ご心配ありがとうございます。仲間が戻ってくるのを待っているだけだから、問題ないと思うのだけれど……」

「ふうん? 僕ならこんな魅力的な子を一人にはしないけれど……」


 そこまで言ったその人は、チェラシュカの顔を見て小さく口角を上げた。


「ああ、君はその仲間から信頼されているんだね」

「……どうしてそう思うの?」

「そうだなあ……。君を一人にしてまでしなきゃいけない別行動の理由はわからないけれど、君が一人で居ても困ったことにはならないって思っているんだろうね。……ま、僕と居るのを見たら考えが変わっちゃうかもだけど」


 独り言のように呟かれた後半はよく聞こえなかったが、確かにラキュスは色々と口を出してくるものの、実のところチェラシュカの行動を妨げることはほぼ無いのである。

 とはいえ、今回の別行動はラキュスの用事によるものなので、信頼されていると判断するのはまた違うのではと考える。


「それに、置いていかれることに君は一切不安を感じていないね。絶対に戻って来ると確信しているし、仲間も君がここで確実に待ってくれていると信じているんだろう。それだけ強固な信頼ってのは、一方的な関係じゃ芽生えないものだよ」


 そう言われたチェラシュカは、目の前の相手をまじまじと見つめた。少し見上げた先で、穏やかな笑みをたたえた赤い瞳に見返される。


「まあ……そこまでわかるの?」

「ふふ。なんとなくね」


 初対面なのにそれほど推測できるものなのか、と感心しながらぱちぱちと瞬きをすると、その視線の先で薄い唇が開いた。


「そうだ、よければ君の仲間が戻ってくるまでここでご一緒してもいいかな? 僕もツレを待っているところなんだけど、まだ時間があるからさ」


 どうしようかと思ったものの、今更無視するのも気が引けてしまう。

 ここから動かないように、とラキュスから厳命されていたチェラシュカは、動かなければいいか、と束の間の話し相手を受け入れることにした。


「私はここから動かないけれど、それでもよろしければ」

「ふふ、ありがとう。改めまして、僕はフラム。君は?」


 そう問いかけながら、フラムは一人分ほど間を空けてチェラシュカの隣に並んだ。


「私はチェラシュカよ。よろしくね、フラム」

「チェラシュカ……いい名前だね。春の訪れを思わせる君にぴったりだ。こちらこそよろしくね。ところで、君はこの後どこかへ行くの?」

「ええ、みんなが戻ってきたらご飯を食べるところを探しに行こうと思っているの」

「ああ、確かにいい時間だものね。この辺のオススメは魚介類だそうだけど、それも食べるのかな?」

「そうなの? まだ具体的なメニューは決めていなかったから、もしあればそうするわ」


 魚介類、ということはここに来るまでに渡ってきた川で獲れた魚かもしれない。どんな料理があるのだろう、と想像するとじわりと口の中が湿る。


「ああ、是非。もしチェラシュカの予定が空いていたら僕が誘いたかったのだけれど、それはまた今度にするよ」

「ふふ、また今度ね」


 レオニクスとはまた違った"チャラい"というタイプの人だ……と思いつつ、今は気楽にその軽口に合わせることにした。


「食事前にね、ちょっとしたショーが見られる店があるんだ。なんとね、カニやエビが踊っていたり、魚が飛び跳ねて宙に浮いた輪っかをくぐったりするんだよ」

「まあ、それはすごいわ」


 冗談めかして言われた言葉に、思わずくすりとする。


「イルカなんかがやってるのは想像できるだろうけど、まさか魚が? ってなるよね」

「……イルカ?」

「うん。水族館とかで見たことない?」

「すいぞくかん……」


 聞いたことのない単語が続いて小さく首を傾げると、フラムは少し目を丸くした後ふにゃりと目尻を下げた。


「そっか。水族館っていうのはね、魚や水場にいる動物がたくさん見られる場所だよ。中でもイルカっていうのは、賢くて色んな芸ができて、とっても人気がある動物なんだ」

「へぇ……」


 どんな動物なのだろう、と想像を膨らませる。故郷の森の湖や川にいたのは水鳥(みずとり)や魚かせいぜいサワガニくらいなもので、芸ができるような器用そうな生き物はあまり想像がつかない。


「表面はつるんとしていて、口元がすっと長くて、全体的に流線型を描いていて、結構大きい。普通は海の沖の方にいるから、野生のを国内で見かけることはまず無いね」

「……海にいるの?」

「うん。そうだよ」


 チェラシュカたちの住む大陸は海に囲まれているが、今いるモディトゥムだけは海に面していない国である。その水族館とやらがどこにあるかは知らないが、わざわざ遠い海から連れてきたということだろうか。


「ね、見てみたくなった?」

「……ええ。気になるわ」

「じゃあ、僕と今度行く?」

「えっと……」

「…………なんてね。それは次に君と会ったときの楽しみにしていようかな」


 物凄くグイグイ来るなとは思うものの、すぐに引くあたりに誘い慣れているという印象を受ける。

 旅の途中で偶然会った相手とまた会う確率なんてほぼ無いだろうに、そういう軽口も会話のスパイスにしてしまえるらしい。


「ちょっと話は変わるんだけど、一つ相談してもいいかな」

「ええと……私で良ければ」

「ありがとう。実は、今待っている僕のツレは君のようにとびきり可愛い女の子なんだけど、ちょっと怒らせてしまっているんだ。お詫びに何かをあげようと思っているんだけど、君だったら何をもらったら嬉しい?」


 初対面の自分の意見で参考になるのだろうか、と不思議に思いつつ、お詫びについて考えてみることにする。

 具体的な事情はわからないが、恐らく恋人か何かであろうそのツレの女の子は、こうやって知らない相手でも気軽に話しかけるフラムにもどかしい気持ちを抱いているのではないだろうか。

 故郷の友人も、伴侶の約束をしている相手が他の子とも親密であることを嘆いていた。そんなことを思い出しながら、率直に思ったことを答えることにする。


「それは……、多分私を含めて誰彼構わず気安く話しかけないであげるのが、その子にとって一番嬉しいことだと思うわ」


 すると、フラムは少し目を丸くした後小さく口角を上げた。

 

「お、割と辛辣だね。でも僕は、あの子じゃなくてチェラシュカに聞いているんだけど」


 一定の距離を保ちつつも、背を屈めてすっと顔を覗き込んでくるフラムに言葉が詰まった。目の前から漂うスッキリとした花のような香りが、チェラシュカの鼻腔を擽る。

 心の奥を見透かそうとするかのようなその瞳に、チェラシュカは何故だか冷静で居られなくなる。


「ええっと、その……」


 なんと返事をすべきか考えあぐねていると、フラムの眉尻が下がり申し訳なさそうな顔になった。


「……ごめん、急にこんなこと言われても困るよね。ツレに渡す詫びの品ってのは嘘で、本当は君に何かプレゼントしたかったんだ。チェラシュカに話しかける奴等はたくさんいるだろうから、僕のことを覚えていてほしくて」

「……まあ」

「はは。最初から素直に口説くべきだったね。改めて僕に教えてくれる? 君の好きなものが知りたいんだ」


 こちらに向けられているのは穏やかな微笑みだが、どこか有無を言わさない雰囲気があるのは気のせいだろうか。

 ツレの存在ごと嘘だったのかと気になりはしたものの、フラムの赤い瞳を見つめているとそれが些細なことのように思えてくる。


「……お花。お花が好きよ」


 どうしてか返事を誤魔化す気にもなれなくて、チェラシュカは素直に返答した。

 すると、それを聞いたフラムは笑みを深めた。


「教えてくれてありがとう。花か、君らしくて素敵だな」

「そうかしら」


 不意に視線を上げたフラムは、騎獣訓練所の方を向いて目を細めた。


「あ、君の仲間が帰ってきたみたいだね。じゃあ最後に、今のチェラシュカに一番似合いそうな花をあげよう」


 気付くとフラムの手には色紙と花弁のみっしり詰まった赤い花が数本あり、フラムはそれをさっとまとめて花束にする。更にリボンを花束に結ぶとチェラシュカに向けて恭しい仕草で差し出した。


 どこに隠し持っていたのだろう、と一瞬思ったが、それ以上にこちらを見つめる瞳と同じ鮮やかな真紅の花――ラナンキュラスに目を奪われる。


「ありがとう……」

「次会ったときは、僕との時間を作ってくれると嬉しいな」


 またね、と言ってフラムはどこかへ去っていった。


 そこから一分もしないうちに、戻ったぞ、と声をかけられた。

 振り返ると、ラキュスとレオニクスが心配そうな顔でこちらを見つめている。返事をする前に視線を雑踏に戻したが、もうあの背中は見つけられなかった。


「チェリ、どうしたんだそれ」

「……二人とも、おかえり。これはさっき貰ったの」


 ややぼんやりしたままラキュスの問いに答えると、鋭く次の質問が重ねられた。


「貰ったって誰に?」

「さっき会ったばかりの人」


 そう答えると、深く溜息をつかれた。これは不可抗力なのだから仕方ないのだ、という気持ちできゅっと口に力を入れる。


「はあ……知らないやつと話すなって言っただろう? 何もされてないか?」

「何もされてないわ」

「何もされてないなら、なんでそんなにぼうっとしてるんだ」

「……チェリちゃん、そいつ、男か?」


 やや苛立ったような声音で尋ねてくる二人に、フラムのことを思い返す。中性的な見た目に少し低めの落ち着いた声、スラッとした体つきに少し見上げるくらいの背丈――そんないくつかの特徴は、もともと性別に頓着の無いチェラシュカには判断が難しかった。


「男性体、だったのかしら……」


 チェラシュカの言葉を聞いたレオニクスは、やっぱ男か、と呟き辺りをキョロキョロと見回した。しかし、それらしき人物を見つけられなかったのだろう、再びこちらへ視線を向ける。


「なあ、その花が怪しいモンなんじゃねえか? ちょっとこっちに渡してくれっか?」

「え、嫌よ。私にってくれたのよ」


 レオニクスに手を差し出されて、思わず花束を胸元に抱きしめた。なんとなくだが、渡したくないと思った。


「……ますます怪しいな」

「やっぱ一人にすべきじゃなかったかー……」

 

 ラキュスは眉を顰め、レオニクスは天を仰いでいる。どこかそわそわとした気持ちになるものの、それでも渡す気にはなれない。ただの花には何の罪もないのだ。


「本当に何もされてないんだな?」

「されてないったら」


 尚も訝しげにこちらを見遣るラキュスに、ついむっとしてしまう。

 そこでレオニクスが眉を寄せながらすんすんと鼻を鳴らした。

 

「……なあ、この匂い、なんだ?」

「匂い?」


 ラキュスは何のことだかわからないという表情をしている。チェラシュカもすん、と辺りの匂いを嗅いだが、特に気になるような匂いはしてないように思う。


「この花か?」


 レオニクスが、ずいっとラナンキュラスに顔を近付ける。チェラシュカは反射的に花束を抱える腕にぎゅっと力を込めた。

 彼はそれに構うことなく、しばらく鼻をひくつかせたあと「ちげえな……」と首を傾げた。


「……そんなことより、お話はもう終わったのね?」


 ちら、と騎獣訓練所の方に目を遣るが、ストラメルとは中で別れたようでそこには居なかった。


「……ああ」

「とりあえずはな……」


 チェラシュカの質問に、二人からなんだか含みのある答えが返ってきたが、とりあえずは話題を変えられそうである。


「話は纏まったの?」


 そう聞いたチェラシュカに対し二人から返ってきた答えは、それって可能なのかしら、と思うものだった。

赤いラナンキュラスの花言葉:あなたは魅力的

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