25. 騎獣訓練所です
チェラシュカたちは前を行くストラメルの後ろをぞろぞろと歩いた。予め目的地は街の端の方だと伝えられていたが、ストラメルの居た公園から歩いて二十五分程と微妙に遠い距離だった。
そうして見えてきたのは、どこまでも続いていそうな程長くて白い壁だった。それは背の高いストラメルより更に頭一つ分ほど高く、その向こうに大きな建物の屋根だけが見える。
「ここが騎獣訓練所っす。騎獣の訓練をしたりするっす」
そう言いながら、彼は壁と壁の繋ぎ目に設置された門の鍵を開けた。金属の棒が柵のように並べられてできているその門からは、向こう側が見える状態だ。
敷地内はいくつかの区画に分かれているようで、屋根のある建物が敷地の端にいくつか並んでおり、その前にはだだっ広い芝生があった。
芝生の生えた場所は柵で区切られており、その向こう側では馬を連れた人がゆったりと歩いていた。少しそちらに近寄ったストラメルが、そちらに向けて声をかける。
「おつかれー」
「お疲れ様でー……ってストラメル今日も来たんだ」
「ほっとけ」
「というかそちらの方々は?」
「騎獣が見たいらしいから、その案内」
「ふーん……」
ストラメルの気安い言葉遣いから察するに、仕事仲間なのだろうと思われる。
短い黒髪をしたその人物に、チェラシュカはその場で軽く会釈をした。
「こんにちは。突然お邪魔して申し訳ありません。お仕事の邪魔にはならないよう気を付けますので、どうぞよろしくお願いいたします」
チェラシュカに続けて挨拶をするラキュスたち。
すると、その馬を連れた人はじろりとこちらを見た。遠慮のないその視線は隣のラキュス、レオニクスへと移り……。
「……あんま騒がないでもらえます? あと騎獣のこと傷付けないでくださいね」
警戒心を隠しもしないその低い声に、チェラシュカは思わず目を瞬かせた。
そのままちら、と隣を見る。ラキュスは眉根をぐっと寄せて半ば睨みつけているように見えるし、レオニクスは顎を上げて目を細めており、この場は一気にピリピリとした空気に包まれてしまった。
「おい、失礼だろ。俺が居るんだからそんなことさせねえって」
確かにストラメルの言う通り、初対面の相手に投げかけるにはかなりトゲトゲしい言葉だ。だが、その分騎獣たちを大切にしているのであろうことがよくわかった。
騎獣訓練所は定期的に市民に対して一般開放をしていると聞いたが、きっと彼はそれを快く思っていないのだろう。ラクォラの鱗を奪おうとしたような悪人も居たわけだし、見知らぬ自分たちが警戒されるのも仕方がないことなのだと考える。
「はい、もちろんです。あなた方が大切にしている騎獣たちのことを、絶対に傷付けたりしないと誓います。何か特別なマナーなどがあれば、是非ともご教示ください」
チェラシュカはキリッと顔を引き締めて真剣な表情を作る。今この時しか会わないであろう相手でも、無闇に悪印象を持たれないようやはり誠実に向き合っておくべきだと思う。万が一にでも自分たちの振る舞いのせいで一般開放が無しになるなんてことがないようにしなければ。
すると、ストラメルの同僚らしきヒトの男性体は――。
「ふ、ふーん……」
連れていた馬の方に顔を向け、前髪をちょいちょいと触りつつ、たまに視線をチラチラとこちらに寄越していた。
「あんたチョロすぎだろ」
――なるほど、『あなたと同じように騎獣を大切にしますよ』という私のアピールが効いたに違いないわ。
ストラメルの言う"チョロい"とはきっとそういうことなのだ、と一人納得する。
「チェリ」
ラキュスにそっと腕を引かれる。なんだろうと思ったところでレオニクスが柵に背を向けて目の前に立ち、ストラメルの同僚が視界から隠された。
「あいつ簡単に靡きすぎじゃねえか」
ギリギリと奥歯が鳴りそうな顔をしている彼を見て、何に憤っているんだろうと疑問に思う。そんな彼の背に、ストラメルがこう声をかけた。
「レオニクスさんが言えることじゃないっすよ」
「……るっせぇ!」
◇◇◇
ストラメルの同僚が仕事に戻るのを見送ったチェラシュカたちは、再び騎獣訓練所内を歩く。
程無くして先頭を行くストラメルが足を止めたのは、木製の大きな建物の前だった。外から見えていたのはこれの屋根かもしれない。
三角屋根の間の壁面には大きめに取られた採光窓があり、その下の扉も大きくて、非常に風通しが良さそうな造りである。
彼が"騎獣舎"と呼んだその建物の中に入ると、向かって左半分にいくつもの壁が手前から奥へと等間隔に並んでいた。その壁同士を繋ぐようにチェラシュカの肩ほどの高さの柵があり、中を覗ける小さな部屋がたくさんあるような感じだ。
そして、一番手前の部屋の中に居たのは――。
「きゅいー!」
「ラクォラ! 暴れるなって」
「ラクォラ。二日ぶりね」
柵の上から顔を出したラクォラは、表情は変わらないはずなのに嬉しそうな笑顔を浮かべているように感じる。
「それ以上チェリに近付くな」
「うわ、エクエルタがこんなにいる」
レオニクスの言葉通り、そこにはラクォラ以外にも十数頭のエクエルタがいた。ただ、ラクォラ以外は小部屋の中で皆大人しくしている。一般開放があることで人が来ることには慣れているのだろう。
「ほらラクォラ、チェラシュカさんたちも直に旅立っちまうからな。悔いのないようお別れしときな」
「きゅー」
「だからそれは無理だって。何度も言ってんだろ? 任務も無しに他の土地には行けないんだよ」
「きゅうう。きゅいきゅい」
「は!?」
大声を出したストラメルは一瞬チェラシュカに目を遣ると、声を落としてラクォラに何やら言い含めているようだった。
「いやそれは流石に無理だって……」や「代わりを探せって? それならまあ……」などと話す声が断片的に聞こえてくる。
ラクォラを撫でながら何やら考え込む彼に、どうしたのかと声をかける。
「あー、なんかその……、ラクォラに番候補を探してこいって言われたっす」
「……まあ」
「……探すってどうするつもりだ」
眉を顰めたラキュスの問いに対し、ストラメルは物凄く言いにくそうに口を開いた。
「その……、他の土地ならラクォラ好みのエクエルタも見つけられるって思ったみたいで……。だから、えーと……チェラシュカさんたちについて行けって……」
「は?」
「……なんで?」
目を彷徨わせところどころ詰まりながらも言葉を紡ぐ彼。
それを聞いたラキュスとレオニクスはかなり怪訝そうな顔になった。
「エクエルタ探しなら、俺たちについてくる必要はないだろう。むしろ単独行動の方が、制限なくどこにでも行けていいんじゃないか」
「確かに。それにオレらの行く先にエクエルタが居るとも限んねえしな」
「それはそうなんすけど……」
口籠るストラメルに対し、ラクォラが「きゅい!」と得意気に鳴いた。
「……オレが一人だと、どうせ喧嘩とかしてロクなことにならねえ?」
「きゅきゅ!」
「手綱を握る役が必要って……おいラクォラ。オレは騎獣じゃねえぞ」
「内輪揉めはやめろ」
じろ、とラクォラを睨むストラメルをラキュスが止めた。その声には呆れが滲んでいる。
一通り彼らのやり取りを黙って眺めていたチェラシュカは、気になったことを確認する。
「私は別に構わないけれど、どうやってラクォラが気に入るかどうかを判断するの?」
「それはっすね……」
ストラメルは徐に、自身のシャツの開いた胸元から服の中に手を突っ込んだ。すっと中から取り出したのは、キラリと輝くペンダントトップだった。指の第二関節分くらいの大きさの四角いプレートで、少し落ち着いた色合いのそれはエクエルタの鱗の色と似ていた。
「これはラクォラの落ちた鱗を加工したものっす。普段は俺の携帯型金庫として使ってるんすけど、相性の良い魔力に近付けば何か反応がある……らしいっす」
「曖昧だな」
「らしいってなんだよ」
「ラクォラがそう言ってるんすけど、見たことねえんすよ……」
「……綺麗ね」
もう少し近くで見てみたいと思い、チェラシュカはストラメルに数歩近付いた。
すると、彼の手元の鱗が赤みを帯びた光を放つ。
「……ん?」
「きゅいー!」
「……それ、赤くなってないか」
「しかも光ってんぞ」
「ピカピカだわ」
「あの、チェラシュカさん……ちょっと持ってみてもらっていいっすか」
ストラメルはそう言うと、ペンダントを首から外しチェラシュカに差し出した。
チェラシュカが出した両手にペンダントが触れたとき、最初に感じたのはほのかな温かさだった。
両手の上にのせられたそれをよく見ると、心做しか光の強さも増している気がする。取り出した直後と比べると大きく様子の変わった鱗を、改めてまじまじと見つめる。
「えー、つまり……、こうやってわかるみたいっす」
「それは説明とは言わないだろう……」
「すっげえはっきりしてっけどよ」
「ラクォラを触ってもこうはならなかったのに、不思議ね」
「加工した鱗は魔力に反応するようになるみたいっす」
不思議な生態をしているのだな、と思いながらペンダントをストラメルに返す。チェラシュカの手から離れると、それは急速に光を失っていく。その様子を見ると、本当に他の誰でもなくチェラシュカの魔力に反応しているのだということがよくわかる。
「で、その……ダメっすか?」
「二人次第ね」
恐る恐る聞いてくるストラメルにそう返すと、ラキュスとレオニクスに視線を向けた。二人は黙り込んでじっとストラメルを見つめている。
「……今すぐには決められない」
ラキュスは渋い顔でそう言った。すると、レオニクスが目を見開いて隣のラキュスの方を向いた。
「え!? てっきり、オレの時みてえにダメってきっぱり言うかと思ったんだけど」
「レオニクスと共に旅をして、色々考えたんだ。手札は多い方がいいって」
「……手札?」
レオニクスと同じく手札とは何だろうと思ったチェラシュカだったが、ラキュスなりの考えがあるようだから今はそこには突っ込まないでおく。
「レオニクスはどう?」
「ええー……? なんつーかさ、喧嘩っ早いし口はわりぃし、あんま一緒に旅してえとは思えねえんだよな」
「あ゙?」
「ほら! そういうところ!」
レオニクスの指摘にストラメルはぐっと押し黙った。
そのとき、きゅい! という鳴き声と共に柵がガタガタと大きな音を立てた。何事かと思えば、ラクォラがその口で柵を咥え力強く揺らしていた。
「おい! ラクォラ、やめろって! 口に怪我すんだろ!?」
「きゅい! きゅーいっきゅ!」
「は!?」
「きゅっきゅいー!」
「だから、それはダメだっつってんだろうが!」
「きゅう!」
「我儘言うなって……おい!?」
ラクォラが何を訴えているのかはわからないが、今の状況が大層不満らしい。柵を齧るのをやめたかと思えば、ぴょんぴょん跳びはねて柵を乗り越えようとしている。
とはいえ、さすがに柵の高さを超えられるほど跳べるわけではないようで、前足がガンガンと柵にぶつかってとても痛そうだ。
「ラクォラ、やめて! 足が傷付いてしまうわ!」
「ほ、ほら、とりあえず落ち着けって!」
「きゅい……」
なんとか暴れるのはやめてくれたものの、頭を下げてきゅいきゅいと訴えている。
かなりしょんぼりした様子にチェラシュカは思わずその頭を撫でてあげたくなってしまったが、今はそうすべきではないと手をぐっと握り締めた。
一方、ラキュスとレオニクスは呆然とした様子でラクォラを見ていた。柵が壊れそうな勢いだったし、かなり驚いているのだろう。
「あー……その、とりあえず外出るっすか」
「きゅっ」
「……ラクォラはなんて?」
「えっと……俺の仲間入りが断られるんだったら、ラクォラが絶対に行くんだって聞かないんすよね……」
「……そうなのね」
その意思の強さは一体どこから来るのか疑問に思うくらいには、非常に情熱的なアピールである。
「ああほら……やっぱり切れてる」
ストラメルはラクォラの口元にそっと手を当てていた。どうやら先程暴れたことで怪我をしてしまったらしい。
「あ、ならもう一度さくらんぼを……」
「ストップっす!!」
つい口に出してしまったチェラシュカの言葉は、勢いよく振り返ったストラメルに大声で遮られた。彼はラクォラを一瞥してからこちらへ歩いてくる。目の前に立った彼は少し屈んでこちらに視線の高さを合わせ、小声で諭すようにこう言った。
「今のあいつにもう一度やったら、それこそ歯止めが効かなくなるっす」
目前に迫る焦げ茶の双眸からは、彼の真剣さがひしひしと伝わってくる。その勢いに呑まれるようにチェラシュカはわかったわ、と頷いた。
「……ストラメル、近付きすぎだ」
「ちょ、離れろって!」
「きゅい!」
ラキュスたちに続いてラクォラまで声を上げたのが嫌だったのか、顔をしかめたストラメルはのそっと姿勢を元に戻した。
「……ごほん。とりあえず、俺たちはもう少しこの街に滞在するから、その間に判断する。それでいいだろう」
ラキュスがそう言うと、ラクォラが悲しげに「きゅー……」と鳴いた。
「ラクォラぁ……そう言わずにさ……」
あまりにストラメルが情けない声を出しているので、チェラシュカはつい口を出してしまった。
「ラクォラもストラメルが二人を説得できるって信じてあげて?」
「っきゅ。きゅう」
「……なんか色々と自信無くすっすけど、とりあえず今の内に出るっす」
急に素早く歩き出したストラメルの後に続いて、チェラシュカたちは騎獣舎を後にした。
そのまま騎獣訓練所の門までの道をぽつぽつと話しながら歩く。ひとまずストラメルの仲間入りの件は一旦保留となり、チェラシュカたちがこの街に滞在するあと数日の間に、ラキュスとレオニクスとで何やら話し合って決めるらしい。
チェラシュカとしては、仲間が増えれば楽しいだろうし、来ないならそれはそれで、今回はそういう巡り合わせではなかったというだけの話である。ただ、もし旅を共にするなら、最低限の思慮深さが無いと彼自身が困るだろうな、というくらいで。
ひとまず話がまとまったな、と思っていると、門付近でラキュスが不意に足を止めた。
「先にストラメルと話しておきたいことがある」
「……なんすか?」
「ちょっとここでは……」
言葉を濁すラキュスに、チェラシュカはレオニクスと共に首を傾げる。
「なあに? また男同士のお話?」
チェラシュカの問いに、彼は僅かに眉根を寄せて小さく頷いた。
「ここで話す? なら、私がもう一度中に戻った方がいいかしら」
「やめたほうがいいっす! ラクォラが離してくれなくなるっす!」
ストラメルが強く引き留めるのを聞いて、確かに、と先程の光景を思い出す。宥めて宥めて宥め抜いて、やっと落ち着いたのだ。
正直ここまで好かれているとは思わなかったが、ラクォラが魔力で個人を区別するのであれば、チェラシュカが自分の居る騎獣舎に再び近付こうものなら、再び大暴れするのは想像に難くない。
「なら、この辺りで待ってるわ」
騎獣訓練所からほんの少し離れた場所、向かい側の何もない道端へてくてくと向かう。
ラキュスが何を話そうとしているのか、全く気にならないと言えば嘘になるが、どうしても教えてほしいなんて聞き分けの無い振る舞いをする気はなかった。
――私も聞いた方がいい内容なら、ラキュスは絶対に教えてくれるのだから。それに――。
「じゃあ、オレもチェリちゃんと待って……」
「レオニクスは来い」
「え? でもそしたらチェリちゃんが一人になんぞ」
レオニクスの言葉を聞いたラキュスは、苦虫を噛み潰したような顔をする。彼の話したいことについてさっぱり見当もつかないが、どうしても今三人で話しておく必要がある内容らしい。
確かに、ストラメルは今日は実家である宿には帰ってこないだろうから、話すとしたら今しかないのだろう。
チェラシュカが道の端でじっとしていると、ラキュスがつかつかと歩み寄ってきて、チェラシュカの両肩をそっと両手で掴んだ。
「いいか? くれぐれもここを動くんじゃないぞ」
「動かないわ」
「知らないやつとは話すな」
「ええ」
「変なものも貰うな」
「わかったわ」
「何かあったらすぐに呼ぶんだぞ」
「もちろんよ」
余程一人にするのが心配なのだろう、ラキュスは何度も似たようなことを繰り返し伝えてくる。肩を掴む力もじわじわと強まっている。
それに対し、チェラシュカは素直に一つ一つ返事をしていた。
「ラキュス、そろそろさ……」
「レオニクスだって心配だろう?」
「いや気持ちはわかっけどさ!? さっさと行ってさっさと戻ってきたらいいじゃねえか! つーかそもそも、お前が言い出したんだろうが!」
流石に焦れてきたらしいレオニクスが、声を荒らげていた。
騎獣訓練所の門の前から、まだっすかー? とストラメルの声が聞こえる。
目の前の二人を眺めていたチェラシュカは、二人に向けて体の前で小さく手を振った。
「ふふ。行ってらっしゃい、二人とも」
「……ああ、行ってくる」
「行ってくるぜ!」
「……早く帰ってきてね」
「もちろんだ」
「おう! ぜってえ早く戻るから!」
――それに、もしどうしても彼らの話す内容が気になるのなら、なりふり構わずお願いをすれば、聞かせてくれるに決まっているもの。知らなくていいことを知らないままで居させてくれることに、私が甘えているだけなのだから。
そう考えながら、チェラシュカは騎獣訓練所へと戻る二人の背中を見送るのだった。




