24. 家族喧嘩です
メディオンの宿に泊まってから初めて迎えた朝。この後の予定を話をしながらチェラシュカたちが階段を降りていたところ、下から言い争う声が聞こえてきた。
「あんたはそういつもいつもすぐ喧嘩をふっかけてばっかり! なんでもっと落ち着いて行動しないの!」
「あ゙あ゙!? 元はと言えばあっちがつっかかってきてんだろうが!」
「あんなの適当にあしらえばいいでしょう!? もっと考えて行動して!」
「ンなこと言われたって、気付いたらこうなってんだからしょうがねえだろ!」
一階に降りてその声のする方へ向かうと、カウンターの越しにストラメルとその母である宿屋の主人が激しく口論をしていた。
先に主人のほうがこちらに気が付き、「朝からごめんなさい、うるさかったわよねぇ」と苦笑いを浮かべた。
そんな彼女の言葉で振り返ったストラメルは、こちらを見るなり舌打ちをすると扉を開けて外へ出ていった。
「あの子ったらいつもこうなんだから……」
暗い顔をして溜息をつく彼女に近寄り、何があったのかと聞いてみた。
「それがねぇ……、今朝宿泊代を安くできないかってしつこい人が来てね。あなたたちみたいに連泊してくれる人にはサービスするんだけど、その人は一日だけだったのよ」
そこで彼女は少し声を潜め、「あんまり大きな声では言えないんだけど」と続けた。
「なんだかちょっと、怪しかったのよねぇ……。具体的にどこがって言われると難しいんだけど、やけにきょろきょろ周囲を見渡していたり、何故か大きな荷物を抱えていたり、とにかく落ち着かない様子でさ」
大体の人は荷物を携帯型金庫などの魔導収納庫に入れている。レオニクスの持つような携帯型倉庫でもせいぜい小脇に抱えるくらいの大きさのため、抱えるほどの大きな荷物を持つ人が居れば非常に目立つ。
もちろん、懐事情によって高価な携帯型倉庫を買えないということはあるだろうが、その荷物は魔法で小さくしてなおその大きさということだ。もしくは、魔導収納庫に入れることを禁じられている"生物"であるということもあり得るが……。
そう考えたチェラシュカは 「確かに少し気になりますね……」と相槌を打った。
「でしょう? だから、なんとか遠回しに断ろうと思ったんだけど、そこにあの子が来てね」
なんとなく話は読めてきたが、ひとまず続きを促す。
「そのお客さんを見て、あたしが困っていることに気付いたんでしょうね。あたしの前に割って入って『てめえを泊める部屋はねえ! 他を当たれ!』って怒鳴ったのよ」
「……すげえ想像できんな」
「お母さま思いなのね」
そうチェラシュカが言うと、彼女は苦笑いを浮かべた。
「優しい子なんだけどねぇ……昔からどうも血の気が多くて」
「幼馴染と掴み合いの喧嘩したって言ってましたもんね」
レオニクスが丁寧な口調でそう返した。確かに彼女が昨日そんなことを言っていたなと思いだす。確か泣かされたとかなんとか……。
♢♢♢
一通り彼女の話を聞いたチェラシュカたちは、先程飛び出して行ったストラメルを探すことにした。というのも――。
『申し訳ないんだけど、もしあの子を見つけたらもう怒ってないからって伝えておいてくれる? もし見つけたらでいいからね。お友達の言うことなら素直に聞いてくれるかもしれないし』
そんな風に言われて断る理由などチェラシュカたちには無かった。
とはいえ、メディオンも首都だけあってかなり広いため、観光がてら見つかればいいくらいの感覚だった。
が、思いの外すぐに彼は見つかった。彼は宿のすぐ近くの公園のベンチに座り、ぼんやりとしていたのだった。
彼に近付きながら声をかけると、顔を上げた彼はこちらを見てぐっと眉根を寄せ、大きく息を吐いた。
「ストラメル」
「……何しに来たんすか」
「はあ? 折角チェリちゃんが話しかけてんのに態度わりぃぞ」
「頼んでないっす」
「お前なあ、」
「お母さまの伝言を伝えに来ただけよ」
隣に来たレオニクスの眉が吊り上がるのを見て、チェラシュカは遮るように口を挟んだ。
するとストラメルは「伝言?」と不思議そうな表情を浮かべる。
「ええ。もう怒っていないって仰っていたわ」
「……そっすか」
伝言を伝えたものの、彼は興味が無さそうな様子だ。
伝えることは伝えたしそれじゃあ私たちはこれで、と言いかけたところ、彼がぽつりと「母さんは過保護すぎんすよね」と呟いた。
あ、まだ立ち去っちゃダメっぽい、と思いその場に留まる。少し後ろから黙って見守ってくれていたラキュスも、隣にやってきた。
「もう俺四十っすよ? いい大人なのにああしろこうしろってうるさくて……ってなんすか皆さんその顔は」
彼は怪訝そうに眉を顰めている。
一方、チェラシュカは彼に向ける自身の眼差しが穏やかになるのを自覚した。つい、故郷で大人たちが遊びたい盛りの幼い妖精たちに色々と言い聞かせていたのを思い出す。
「だって……ねえ?」
「俺らはこの前五十で成人したばかりだからな」
「親御さんだってまだまだ心配なお年頃よね」
そんなチェラシュカたちの言葉を聞いたストラメルは、目の前の妖精たちに話しても無駄だということを悟ったようで、レオニクスの方をバッと顔を向けた。
しかし、彼からはなんとも生温かい目を向けられていた。
「オレからしたら四十なんてまだまだ赤ちゃんだぜ」
「〜〜っ、くっそーーー! デフォルト長命種め!!」
「まあ、そんなこと初めて言われたわ。面白いわね」
ストラメルが他種族との感覚の差を激しく嘆くのを、チェラシュカはニコニコと見守っていた。
確か、ヒトという種族は魔力量によって寿命に大きく差が出るらしい。短ければ百歳くらいで亡くなってしまうと聞いたときは、なんて儚い命なのかと驚いたものだ。
ストラメルはそこそこ魔力がありそうなので、恐らくヒトの平均――三百歳以上は生きられるだろう。折角知り合えた相手には長く生きてほしいと思うのはエゴだろうか。
そんなことを考えていると、いつの間にかラキュスがレオニクスのいる側に回り込んでおり、こそこそと何かを言っているのが聞こえてきた。
「レオニクスからすれば俺らだって赤子のようなものってことだよな」
「うん? まあ、そんなもんだな」
「なら、赤子相手に不埒な目を向けるなよ」
「……!? ばっ……かなこと言うんじゃねえよ!!」
「……ふん」
何の話だろう、とラキュスの方を向いたところ、彼は「気にするな」とだけ言ってそれ以上説明してくれなかった。
仕方がないので、チェラシュカはストラメルの隣に腰かけた。経験上、話が長くなりそうな気がするのだ。
すると、ストラメルは端ギリギリに座りなおしてこちらに身体を向けた。少し距離が空いて、代わりにベンチの上で向き合うような姿勢になる。
「はあ……なんにせよ、俺はもう家を出ていこうと思うっす。これ以上縛られた生活は耐えられねえっすよ」
話を聞く限りあまり縛られているようには思えないが……と内心思いつつ、そこまで踏み込むことも無いだろう。
「そう。家族だからっていつも仲良くとはいかないでしょうし、時には距離を置くことも必要よね」
「そうっすよね……って、チェラシュカさんには家族がいるんすか? 妖精って親とかないんすよね?」
「私のことを育ててくれた大人の人と、同じ家に住んできょうだい同然に育った子が居るわ。種は違うけれど私とそっくりで、とっても大事な子よ」
「へぇー、そうなんすね。チェラシュカさんに似てるんならめちゃくちゃ可愛らしそうっすね」
「ええ、とっても可愛いのよ」
チェラシュカがストラメルとほのぼのと話を続けていると、立ったままの二人がヒソヒソと話している声が聞こえてくる。彼らは本当に内緒話が好きなようだ。
「な、なあ、あいつなんか今遠回しにさらっと口説いてなかったか?」
「……そうだな」
「あと、さっき会ったばっかなのに家族のことに突っ込むのはタブーじゃねえか?」
「…………そうだな」
「なあ、ラキュス、あいつ何!?」
「……知らん」
「なあ〜〜〜」
少しずつ大きくなってくるレオニクスの声に、実は内緒話ではないのかもしれない、と思う。
――世間話をしているだけなのだけれど、何を騒いでいるのかしら。まあ、今はそんなことより。
「ねえストラメル、家を出るって当てはあるの? どこかで一人暮らしをするということよね?」
「まあそうっすね。当ては……特にないっす」
「メディオンで暮らすの?」
「どうせなら職場の近くがいいっすね」
ストラメルは騎獣の訓練を行っていると言っていたが、つまり彼の職場には騎獣がたくさんいるのだろうか。少し……いや、かなり気になる。
「あなたの職場ってどんなところなの?」
「そうっすね……あ!」
唐突に大声を上げた彼に、何事かとラキュスたちも近付いてきた。
「次の家が決まるまで、職場に泊まろうと思うっす!」
「まあ。職場に泊まれるところがあるのかしら?」
「寝袋でも持ち込むっすよ」
「連日だと身体が痛くなりそうね」
「家であれこれ言われるよりはましっす!」
いい考えが浮かんだ、と満面の笑みを浮かべる彼は、心底帰りたくないらしい。そんな彼に対し、レオニクスが怪訝そうな表情をしながら話しかける。
「お前の母ちゃんが心配すんぞ?」
「心配なんかしないっすよ! むしろ、口うるさく言う相手が居なくなってせいせいすると思うっす」
「いや、でもよ、」
「家族のことに踏み込むのはタブーって、自分で言ってたじゃないっすか」
途端にレオニクスは気まずそうな顔をする。
「……聞いてたのかよ」
「そういうことっすから、ほっといてほしいっす」
既に彼の母に頼まれた伝言は伝えた。放っておいてほしいと言うのなら、特に留まる必要もない。
それはそれとして、だ。ストラメルの職場ということは、騎獣を訓練するところなのだろう。
正直に言って、非常に興味がある。
「ねえ、あなたの職場ってどこにあるの? 見学することは可能かしら」
それに対し、ストラメルは「俺の?」と聞き返してきた。
「ええ、この街を去る前にラクォラにも会いたいし、他の騎獣も見られたりしないかなって」
せめて外からちらっとでも見られたなら、と考えつつ要望を大きめに伝えた。
すると、彼はあっさりとこう言った。
「じゃあ案内するっすよ。もともと午後から行く予定だったんで。今から行くっすか?」
先程彼は「ほっといて」と言っていたが、案内してくれるというのならその厚意に甘えようと思う。それよりも気になるのは――。
「いいの? 午前中はまだお休みってことでしょう?」
「ちょっと早くなるくらいなんで変わんないっす」
「ちょっと……って、今まだ朝だぜ?」
レオニクスは信じられないと言いたげだ。
朝、と言うには割と日が高い位置にある。だが、彼の母から話を聞いた後、朝食を食べてから彼を探しに出たくらいの時間なので、大抵の人にとっては午後までもうちょっとと言うには早いだろう。
「俺今日休みっすから」
「……休み?」
眉を顰めたラキュスの問いに、ストラメルは首肯した。
レオニクスが更に言葉を重ねる。
「でもさっき午後から仕事に行く予定って、」
「職場には行くっすけど、仕事じゃないっす」
「……どういうことだ?」
恐らく今、チェラシュカたちの顔には疑問符が浮かんでいることだろう。仕事ではないけれど職場に行く理由とは――?
「騎獣たちの世話するの、好きなんすよ」
「……そうなの」
「シフト入ってなくても来ていいって言われてるっす」
「それってさ……タダ働きじゃねえの?」
レオニクスがそう問うのも尤もだ。騎獣の世話は当然業務の一つであろうから、就業時間外にそれをするのはどうなのだろうか。
「そういうことになるっすかね? けどまあいいんすよ、好きでやってるんで」
何も問題ないと信じ切っている様子のストラメルに、チェラシュカは少し危うさを覚える。
「あなたは好きでやっているのかもしれないけれど、本来は報酬が発生する労働よね。他に働く人の為にもきちんとした方がいいと思うわ」
「他の奴っすか?」
「無報酬でもそれくらい働けて当然だ、という空気が蔓延する職場になると困るでしょう」
「そうっすかね? みんな割と緩い雰囲気っすよ」
「……そう」
色々と気になるところはあったが、これ以上は彼と彼の職場の問題である。
あまり気にする様子のないストラメルがこれから案内してくれると言うので、今はとりあえず彼についていくことにしよう。




