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星影が導く花明かり  作者: 天りあま
第二章 仲間との出会い

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21. 珍しい動物です

 チェラシュカたちが川を越えてから更に一週間程経過した。

 当初トラブルに巻き込まれたのは偶然で、これからはのんびりとした旅ができるだろうとすっかり安心しきっていたときのことだ。

 

 道の向こうの方から何やら大きな声が聞こえた。どうやら、見たことのない大きな動物を連れた銀髪の長身の人と、マントを羽織った人が怒鳴り合っているようだ。

 丁度進行方向だったため少しずつ近付いて行くと、言い争っている内容が聞こえてきた。

 

「だーかーらー、お前の連れてるそいつのせいで転んだと言っているだろう!?」

「あ゙あ゙? 言いがかりつけてんじゃねえぞ! てめえがトロくさいから勝手にすっ転んだんだろうが!!」

「いいや、そいつのせいだ!!!」

「こいつはなんもしてねえ!!」

 

 一方は、もう一方が連れている動物のせいで転んだと言い、もう一方はそれを否定している。よく見ると、転んだと言う人のズボンの裾が泥で汚れているようだ。

 どちらも一歩たりとも引く気の無い激しい口論だが、チェラシュカが一番興味を惹かれたのは――。

 

「ねえラキュス! あの子、なんていう動物かしら! 可愛いわ!!」

 

 ラキュスの服の裾をくいっと引っ張り、こそっと声をかけた。トーンは抑えつつも、抑えきれない胸の高鳴りに声が上擦る。

 

「チェリ……。なんだろうな、俺も見たことがない」

 

 ラキュスから少し呆れたような声で(たしな)めるようにそう言われた。フロリニタスにはあんな動物はいなかったので、二人共見たことがないのは当然である。


 胴体は以前見た馬のように思えるが、全体的に苔のような色の硬そうな鱗で覆われており、くりくりとしたつぶらな目が飼い主らしき銀髪の人を見ている。

 時折しゅるりと長い舌を口から出し入れしており、何を食べるのかと考えてみたりする。

 

「お、エクエルタじゃねえか。結構気性荒いはずなのに、すげえ大人しくしてんな」

 

 レオニクスは知っていたようで、感心したようにその動物の方を見ていた。

 

「エクエルタ?」

「おう。でけえトカゲみてえなもんだけど、上手く調教すれば馬と同じように乗れるんだぜ。でもアウステリアにはあんまいねえんだよな」

「大きなトカゲ……」


 そうやって遠巻きにしてヒソヒソと話していると、争っていた二人がこちらに気がついたようで、マントを羽織った人がこちらへ話しかけてきた。

 

「なあそこの君たち、聞いてくれよ! あの生き物が暴れたせいで俺は転んで服も汚れたのに、弁償しろと言っても聞かないんだ!」

「だからてめえが勝手に触ったからだろうが! 聞けよクソが」

「ほら! こんなことを言う奴が連れてるんだ、急に暴れてもおかしくないだろう!!」

「言いがかりじゃねえか!!」

 

 その二人の勢いにチェラシュカは思わず目を丸くする。

 再び言い争い始めた二人に対し、仕方ねえな、とレオニクスが呟いてそちらに近付いた。

 

「まあまあまあ、二人とも落ち着けって」

「無実なのに落ち着いてられっかよ!! 部外者は黙ってろ!」

「ほらまた! 関係無い人にまでこんなことを言う!!」


 これ見よがしに銀髪の人を指さすマントの人の背に、仲裁に入ったレオニクスがポンと片手を置いた。

 

「おい、お前も煽るようなこと言うなって」

「俺が悪いというのか!? 俺は被害者だぞ!」


 レオニクスがとばっちりをくらってしまったため、流石にエクエルタという動物を観察している場合ではなくなってしまった。

 

「ラキュス」

「わかった」

 

 チェラシュカに呼びかけられたラキュスは、マントの彼に近づくと汚れたズボンに向かって手をかざした。しゅるるると現れた水球が彼のズボンを濡らしたかと思うと、ぶわりと大きな風が吹いて水気を飛ばしていた。

 通常、汚れを落として乾かすのにそれほど大きな水球も大きな風を吹かせる必要もないが、こちらへ注意を引くためにわざとやったようだ。

 

「つめたっ! 何するん……だ」

 

 彼のズボンからは、すっかり泥汚れが消え去っていた。

 

「さすがラキュス! 一瞬で綺麗になったわね」

「当然だ」

「ふふ。そこのあなた! 何故生活魔法を使わなかったのかは知らないけれど、とりあえず汚れはもう無くなったから安心するといいわ」

「え? ああ、どうも……」

「それと……」

 

 チェラシュカはラキュスの横に立つと同じように手をかざし、ふわりと魔法をかけた。彼の手が一瞬柔らかな光を帯びる。

 

「手が擦りむいているようだったから治したわ。もう痛くないでしょう?」

「ああ、ありがとう……」

 

 マントを羽織った彼は、自分に話しかけるチェラシュカをまじまじと見つめて少し顔を朱に染めると、ぼんやりとした返事をした。

 

 そのとき、エクエルタの体を撫でていた銀髪の彼が鋭い声を上げた。

 

「……おい、ちょっと待て。ここの鱗が剥がれかけてる。てめえ……俺の目を盗んで剥がそうとしたな……?」

 

 地を這うような低い声に、マントの彼は思い切り肩をびくりと震わせたあと、そろりと銀髪の彼の方を向いた。

 

「な……何を言っているのかな? 言いがかりにも程があるだろう。どこかで引っ掛けたのでは?」

「なわけあるか! 俺はこいつと出かける前には全身をチェックして、連れ歩くときもどこにもぶつからないよう気をつけてんだ。引っ掛けるなんざありえねえ!!」

 

 二人の言い争いが再び始まりかけたとき、エクエルタが鳴き声を上げた。

 

「きゅうきゅい、きゅいい」

「どうした……? 誰かに触られて急に痛くなってびっくりした?」

 

 どうやらエクエルタの言うことが理解できるらしい銀髪の彼は、その鳴き声を聞いて驚くほど優しい声を出す。

 それから、今までで一番恐ろしい形相でマントの彼を睨みつけたかと思うと、彼の襟首を掴んで引っ張り上げた。

 

「やっぱてめえのせいじゃねえか!!! ふざけたマネしてんじゃねえぞゴルァ!!!!」

「ぐえっ……ついに暴力を振るいやがったな? そ、それに、動物風情の言うことがわかるとでも? お前が適当なことを言っているだけかもしれないじゃないか!」

「あ゙? 騎獣訓練士なら動物言語の翻訳くらいできて当然だろうが」

「お前騎獣訓練士なのか……? そ、そもそもそんな珍しい動物を連れて歩くほうが悪い!」

「ふざけんなクソ野郎! てめえが剥がそうとしたのが悪いに決まってんだろ!!?」

 

 そこでレオニクスがマントの彼の肩に腕を回し、落ち着かせるようにぽんぽんと肩を叩いた。

 

「まあまあ落ち着きなって。お前、今自分が悪いことしたって認めたようなもんだろ? さっさと謝れって」

「はあ? 俺は認めてなんか……い、痛い痛い!!!」

「お前がしようとしたことに比べたら大したことねえだろ? 白状しろよ」

「痛いって!! わかった、わかったから離せよっ!」

 

 ここからはよく見えないが、どうやらレオニクスが肩を強く掴んでいたらしく、マントの彼は強引にレオニクスの腕を振り払った。

 

「てめえ、こいつに何したか吐け」

 

 その彼の前に仁王立ちをして荒々しい声を上げた銀髪の彼からは、絶対に逃がさまいという強い意思を感じる。細身ながらもレオニクスより高い長身から見下ろされれば、結構な圧を感じるのではないだろうか。

 

「チッ。……悪かったよ、鱗を盗もうとして」

「謝れば済むと思ってんのかこのクソ野郎!!」

「まあ待てって。そもそもなんでそんなことしようとしたんだ? エクエルタは気性が荒いから下手に触ると危ねえって知らなかったのか?」


 完全に頭に血が上っている銀髪の彼を宥めたレオニクスは、次にマントの彼に軽い口調で話しかけた。レオニクスは仲裁に慣れているのだろうか。

 

「……動物の体の一部を集めてるコレクターがいるんだよ。珍しいほど高く売れるのさ。この動物が珍しく大人しくしてたから、いけると思って……」

「いけると思って、じゃねえぞふざけんなてめえ! やっぱ一発やっとかねえと……!」

「おいおい……それをやったらお前も罪に問われるんだから抑えろよ、な?」

「ちっ」

 

 こんなにも双方の怒声が飛び交う喧嘩なんて初めて見たわ……と思いつつ、なんとか収まりそうでほっとする。

 チェラシュカは、彼らの大声に驚いて無意識のうちにラキュスの服の裾を掴んでいたが、銀髪の彼がエクエルタを大事にしているということは見ていてよくわかったので、全く怖くはなかった。

 すると、マントの彼が一瞬の隙を突いてレオニクスと銀髪の彼の間から逃げ出した。

 

「あっ」

「待てや逃げんなクソ野郎!!!」

 

 銀髪の彼は追いかけていこうとしたが、エクエルタを置いていくことはできなかったようだ。彼自身のツンツンとした短い銀髪を片手でぐしゃぐしゃに掻き混ぜながら、しばらく悪態をついていた。

 マントの彼が遠くの方へ走り去って見えなくなってから、銀髪の彼は大きく息を吐くと気まずげにこちらに視線を向けた。

 

「はあ……えーっと、なんか巻き込んでしまってすまねっす。あ、俺はストラメルっす」

 

 先程までの荒々しさはどこへやら、すっかり大人しくなった様子を見せて名乗る彼に、チェラシュカたちは目を丸くした。

 鋭い目つきは元々のようだが、眉間の皺がなくなって眉尻が下がれば、"とても怖い顔"から"やや怖い顔"になった。最初の怒りの形相と比べれば、穏やかとさえ言えるかもしれない。

 

「……ラキュスだ。こちらは大丈夫だ」

「チェラシュカよ。問題ないわ」

「オレはレオニクス。それよりその、エクエルタは大丈夫か? 鱗を剥がされかけたって……」

「うーん……時間が経てば自然に生え変わるんすけど、それまでどこかに引っかからないか心配っす」

「魔法で治せないのか?」

「エクエルタの鱗は、魔法を弾くんすよね」

 

 ストラメルはエクエルタの背を優しく撫でながら、小さく溜息をついていた。

 そこでふと思いついたチェラシュカは、彼に話しかけた。

 

「ねえ、あなたのエクエルタはさくらんぼは食べるかしら?」

「え? まあ草食なんで食べるかもっすけど……」

「なら食べさせてもいいかしら? 私が作ったさくらんぼは怪我の治癒効果があるから、単なる治癒魔法より魔力摂取の相乗効果で鱗に効くかもしれないわ」

「チェラシュカさんが、作る?」

「ええ。私は桜の木の妖精だから、変換魔法でさくらんぼを作れるの」

 

 そう言って右手を出し、ぽぽんと二粒さくらんぼを生成した。そして、もの珍しそうにその手を見つめるストラメルに向けて差し出した。

 そのまま彼の顔を見上げるが、少し首が痛い。彼はチェラシュカが今まで出会った中で一番背が高く、踏み台でもないと彼とは目線が合わなそうだ。

 

「へえ……妖精ってそんなことができるんすね……」

「変なものは含まれていないから、よければお一つどうぞ」

 

 そう言いながら自分でも一粒つまんで自分の口に放り込んだ。チェラシュカがもぐもぐしている様子を眺めていた彼も、残りの一粒をつまんで食べた。

 

「! 美味いっす!」

「それはよかったわ」

 

 小さく笑みを浮かべた彼だったが、ちらりとエクエルタを見て眉を下げた。

 

「でもこいつ、偏食だから食べねえかもしれねっす」

「そのときはそのときよ。じゃあちょっと近付かせてもらうわね」

 

 エクエルタの正面へ回ると、そっと両手をお椀のようにして身体の前に差し出すと、わさわさと手の平いっぱいにさくらんぼを生成した。

 

「ねえ、この子の名前は何かしら」

「名前っすか? ラクォラっす」

「ラクォラね。こんにちは、ラクォラ。私はチェラシュカよ。あなたの怪我が治るかもしれないから、よかったら食べてみて」

 

 ラクォラはじっとチェラシュカを見て、差し出された手に近付くと匂いを嗅ぐ。そして「きゅーい」と一鳴きして口を大きく開け、手の上のさくらんぼをまるごとばくっと食べた。

 

「あら、大きなお口ね」

「きゅいー」

「あ、美味かったみたいっす」

 

 ラクォラがチェラシュカの手に顔を擦りつけたので、そのままそっと顔を撫でてやると気持ちよさそうに目を細めていた。

 

「まあ……可愛いわ……」

「こいつがこんなに懐くなんて珍しいっすね……ってあ! 鱗がもとに戻ってる!!」

「本当だな」

「チェリちゃんすげえ……!」

「それは良かったわ」

 

 ニコリと彼らに笑みを向けると、ラクォラに向き直ってその頬あたりを撫でた。

 手のひらの半分くらいの大きさのつるりと硬い鱗は、ほんのりと湿ったような冷たさを帯びている。それでいてさらりとした触り心地に、いつまでも撫でていたくなる。


 チェラシュカが無心で撫でていると、何故かラクォラが一歩近寄って来た。そしてその顔をチェラシュカのそれに近付けて擦り寄ったかと思うと、口をぱかりと開け、長い舌でしゅるりとチェラシュカの顔を舐めた。

 硬い鱗とは対照的に、柔らかく温かな感触がぬるりと頬を這うのを感じた。

 

「まあ、くすぐったいわ」

 

 チェラシュカの近くで静かに見守ってくれていたラキュスが、少し苛立ったようにストラメルに声をかけたのが聞こえる。

 

「おい、あれは大丈夫なのか? 草食なんだよな?」

 

 ラクォラがチェラシュカを食べてしまうのではないかと心配してくれているらしい。今まさに味わわれ中の当人としては、そういう危機感を感じさせるようなものではなく、どちらかというとお礼の気持ちというか親愛の気持ちを示してくれているようだと思った。


 しかし、ストラメルが呆気に取られた様子でぽつりと漏らしたのは――。

 

「ラクォラが…………求愛してる……」

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