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星影が導く花明かり  作者: 天りあま
序章 幼き日

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3. 夢

 だだっ広い草原の中、チェラシュカは向かいに座るペルシュカの手元を眺めていた。

 ――これは、あの日の夢だ。

 太陽の日差しが柔らかくチェラシュカたちを照らしているが、冬だからか、それとも夢の中だからか、不思議と暑さは感じなかった。

 

「チェリ、これあげる」

「まあ、とっても素敵な花冠ね。ありがとう」

 

 ペルシュカはチェラシュカの頭にフユツメクサの冠をそっと乗せた。冬にだけ咲くシロツメクサに似たこの花を使った花冠を作るのが、ペルシュカは得意だった。

 

「チェリ、とっても可愛い。お姫様みたい。ふふ」

「シュシュもとっても可愛いわ」

 

 ペルシュカの髪をチェラシュカがそっと手ですくと、くすぐったそうに目を細めた。サラサラとした髪が風になびいていて、まるで絵画を切り取ったかのようだった。


「チェリ、あの雲を見て! お馬さんみたい!」

「どれかしら……」

「この前動物図鑑で見たんだ! シュシュが乗れるくらい大きい動物なんだって」

「まあ。それはとっても大きいわね」

 

 ペルシュカは好奇心が旺盛で、よく図鑑を見てはあれもこれも見てみたいとはしゃいでいた。

 このときは動物図鑑にハマっていたらしく、興味深い動物について片っ端からチェラシュカに教えてくれたのだ。

 この日は馬の他に、ヒトなどに愛玩用に飼われる動物もいるのだと教えてくれた。フロリニタスでは養鶏場にいる鳥か、森付近でたまにリスやウサギなどは見かけるものの、ただ愛でるために動物を飼っているというのは聞いたことがなくて新鮮だった。

 

「それって窮屈ではないのかしら?」

「それがね、野生で生きていたらご飯を手に入れるのが大変だったり、縄張り争いで負けてしまうようなことがあるけど、飼われていたらそういうことから守られているから安全なんだって」

「そうなのね……」

 

 ふと、幼い妖精ももしかしたら大人たちに飼われているようなものなのかも、という思いが頭を過ぎった。森の外には出られないけれど、その分ご飯も食べられるし安全が確保されている。

 そこでチェラシュカは、以前学校で習ったことを思い出す。基本的に妖精はこの世界にある三つの魔力の豊富な森の中で生まれるが、森の外で生まれる個体も稀にいるという。

 森の外で生まれたその子は、一人でどうやって生き延びるのだろうか。

 

「その動物たちが飼われている状態のほうが幸せなら、私たちも街から出ないほうが幸せなのかしら……」

 

 無意識に考えていることが口から出てしまっていたようで、ペルシュカが目をまあるくしてこちらを見ていた。

 さっきまで動物のほのぼのとした話をしていた相手が急にこんなことを言い出したら、びっくりするのも当然だろう。

 すると、ペルシュカは微笑みを浮かべてこんなことを口にした。

 

「シュシュね、いつか森の外に行って色んなものを見てみたいよ」

「シュシュ……」

「お馬さんも他の大きな動物も見てみたいし、他種族が食べてるご飯とかも食べてみたい! どこまでも空を飛んでいって、違う国にも行ってみたいな」

 

 目を輝かせてそう語るペルシュカは、希望に満ち溢れた表情をしていた。

 

「空を飛ぶにはもう少し訓練しないとだけど……。覚えてる? 星空みたいにキラキラ輝いてる街の話。あそこに行って星を捕まえるんだ」

「もちろん、覚えているわ」

「ふふ。そのときは、チェリも一緒に来てくれるでしょ?」

「ええ……もちろんよ。シュシュの行くところならどこへでも行くわ」

「わあい。約束だよ」

 

 チェラシュカはペルシュカと向き合って、こつんとおでこ同士を合わせた。これは二人が約束をするときの儀式のようなものだ。両手を合わせて指同士を絡めると、ペルシュカが目をつむったのを見てチェラシュカも目をつむる。

 

「約束するわ。一緒に星を捕まえましょう」


挿絵(By みてみん)

 

 しばらくしてからおでこを離すと、にんまりと満足げなペルシュカと目があった。それから二人はどちらからともなく、くすくすと笑いあっていたのだった。

 

 

「あ、蝶々だ」

 

 再び空を見上げては雲を眺めたりしていたチェラシュカたちだったが、ペルシュカが蝶々を見つけたようだ。ペルシュカは不意に立ち上がると、近くを飛んでいく蝶々を追いかけて走り始めた。今の時期に飛んでいるなんて珍しいな、と思ったことをよく覚えている。

 

「急に走ると危ないわ」

 

 そう声をかけながらも、チェラシュカは特に慌てることもなく、楽しそうに走り回るペルシュカと、見慣れない色彩を放つ蝶々を目で追いかけていた。あれはなんという名前の蝶々だったか。

 

 蝶々を追いかけて随分と遠くまで行ってしまったあの子を、そろそろ呼び戻そうとチェラシュカが立ち上がったとき、強い風が吹いた。

 目も開けていられないほどの強さに、目をつむって風が止むのをじっと待った。

 

「うわああああ!!」

 

 突如聞こえた大声に目を開けてみれば、いつも大人たちから「危ないから近づくな」と言われていた草原の端の崖付近で、ふらつくペルシュカの姿が見えた。

 

「いつの間にあんなところに…!!」

 

 咄嗟に全速力で走って向かったが、またもや強い風が吹く。これほど強いと、まだ風魔法が得意ではないチェラシュカは飛んで追いかけることもできない。

 今ならば、こんなに強い風が吹いていたとしても追いかけることは容易かっただろうと思うと、幼い日の自分にやるせない気持ちを抱く。

 

 必死に走って、ようやくペルシュカに手が届きそうな距離まで来た。荒い呼吸を整えることもなく思い切り手を伸ばす。

 

 どうかお願い、間に合って……!

 

 崖の縁に立てられた柵に掴まって体勢を整えていたペルシュカが、こちらへ手を伸ばそうとしたとき、バキリ、と大きな音が鳴った。

 その直後、柵が根本から折れ、体を支えるものがなくなったペルシュカは体勢をぐらりと崩した。

 

「っ、チェリ……」

「シュシュ!!」

 

 お互いに必死に手を伸ばしたが、既のところで届かなかった。伸ばした手が空を切ったとき、あの子が崖から落ちていくのがスローモーションで見えた。ただ、見ていることしかできなかった。

 

「ま、待って……シュシュ、ねぇ、」

 

 限界まで開ききったチェラシュカの目に映るのは、先程までペルシュカが立っていた場所と、老朽化して役に立たなくなった柵のみだった。

 

「シュシュ、そんな、嘘でしょう」


 チェラシュカが口からこぼれるままにペルシュカに呼びかけても、いつもすぐに返ってきた可愛らしいあの声は聞こえてこなかった。

 

「シュシュ……ペルシュカ……いや、嫌よそんなの……」


 ゆっくりと壊れた柵に近づいていく。

 どうか崖のすぐ下に居てほしい。ひょこっと顔を出して「びっくりした?」って言って出てきてほしい。そしたらこんな悪い冗談はやめてって怒ったふりをするの。ラキュスにも伝えて、そしたらラキュスも怒って、でもいつの間にか三人で笑いあって……。

 そう考えながら落ちないように慎重に崖の縁に膝をつき下を覗き込むと、そこには誰もおらず深い谷底が広がるばかりであった。

 息が詰まりそうになりながら、谷底を見つめる。谷底には川があり、もしそこに落ちていればあるいは……。

 そう思ったチェラシュカは、どうにか飛んで下に降りられないかと考えた。こんなときのための羽だろう、今使わなくていつ使うのか。

 深呼吸を一つ。震える足を叱咤して一歩踏み出そうとしたとき、後ろから強く腕を引かれた。

 

「おい! チェリ、何してる! 危ないだろ!? 崖の付近は柵があっても危険だって言われてたじゃないか」

「っラキュス……シュシュが……」

 

 振り向いたチェラシュカの顔を見たラキュスは、息をのんで目を丸くした。

 

「どうした? 何があった? ペルシュカは……まさか」

「シュシュが落ちちゃったの、だから私が助けに行かなくちゃ」

「なんだって!?」

 

 早く助けに行かなくちゃ。川に落ちていたら流されているだろうし、冷たい水の中にいるのはきっと辛いだろう。早く、早く行かなくちゃ。

 

「チェリ、ここら辺は風が強いから慣れた大人じゃないと飛べないんだ。それに……」

 

 ちらりと崖の下を見てラキュスは呟いた。

 

「この谷底は深い。この高さから落ちたんじゃ、自力で上がってこれるほどまだ上手く飛べないペルシュカはもう……」

「まだ死んだと決まったわけじゃない!!!」

 

 普段大声を上げないチェラシュカが叫ぶものだからびっくりしたのだろう。ラキュスが腕を掴む力が緩んだところで、チェラシュカは崖の方に向かおうとしたが、すぐに引き戻されてしまった。

 

「落ち着け。せめて大人たちを呼んでからにしよう」

「そんなの待っていられないわ!!」

「駄目だ」

「どうして!」

「チェリ、落ち着いて考えるんだ。風が強い谷底にまだ上手く飛べない俺たちが無事に降りていけると思うか? もし降りられたとして、ペルシュカを連れてここまで戻ってこれるか?」

「そんなの、やってみないとわからないわ……」

 

 ラキュスに諭されている内容は理解できている、はずだ。

 だが、頭がそれを飲み込もうとしない。ペルシュカが生きている可能性が低いことも、自分たちに助け出せる力がないことも。

 弱々しい気持ちになりながらも、その場から動くこともできなかったチェラシュカに、ラキュスは目を合わせた。

 

「チェラシュカ。頼むから、俺から幼馴染を二人も奪わないでくれ。な?」

 

 ラキュスに珍しくチェラシュカと呼ばれた。

 チェラシュカはその声が震えていることに気付いてはっとした。

 ラキュスだってペルシュカのことを大事にしていたのだ。それなのに、自分のことばかりでラキュスの気持ちまで考えていなかった。

 

「うん……わかった」

「よし」

 

 落ち着いたチェラシュカをそっと引き寄せたラキュスの手が、背中に回された。徐々に力を込められたその手は、チェラシュカを何処にも行かせまいとするようだった。チェラシュカはされるがまま、ラキュスに抱きしめられていた。

 しばらく抱きしめられたあと、気持ちが落ち着いて現実が理解できるようになって、そしたら涙が止まらなくなった。

 

「う、シュシュ……」

「うん」

「私の足がもっと早ければ……もっと上手く飛べるようになっていれば……」

「うん」

 

 ぐずるチェラシュカに、ただ相槌を打つだけのラキュスの優しさを感じた。彼は昔からずっと優しかったが、今思えばこのときからとりわけ気にかけてくれるようになった気がする。

 

「泣きたいだけ泣けばいい。俺はここにいるから」

 

 チェラシュカは返事をする代わりにラキュスをぎゅっと抱きしめ返した。そして、生まれて初めて声を上げて泣いた。泣き叫んだと言ってもいい。

 耳元で「シュシュうう………!!」と震える声で叫ばれていたラキュスは、かなり煩かっただろうに何も言わず抱きしめ続けてくれていた。

 

 こうしてチェラシュカは十五歳の冬、最愛の家族(ペルシュカ)を喪った。

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