18. どこまでが嘘ですか?
セルヴィエルとどうでもいい話をしているうちに、村に着いたようだ。
彼が馬を止めたので「ありがとうセルヴィエルさん」と言ってパッと手を離し、羽で補助しながらふわりと飛び降りた。
あっ、という声が聞こえたが気にしない。
続いて到着したヴェロルとレオニクスはなんだか気まずそうな表情だった。何かあったのだろうか。
最後にやってきたネリダが馬を止めると、ラキュスが素早く降りてこちらへ向かってきた。あからさまにイライラした顔をしている。
「つ……っかれた……」
そう言ったラキュスに両手を取られたため、チェラシュカはきゅっと握り返した。
項垂れた彼がしゃがみこむのに合わせて、同じようにしゃがみこむ。
「チェリ、何か変なこと言われてないか」
「変なこと?」
「女王様だの痛いことをしてほしいだの……」
そう言われたチェラシュカはちらりとセルヴィエルの方に目を遣って、先程のやり取りを思い出す。
正直、真っ当でない発言はいくつもあったが、それらを蒸し返すのも面倒だなと思って記憶の隅に追いやった。
「あのね」
「な、なんだ? 何を言われた!?」
「私がラキュスたちを振り回してる自覚を持った方がいいって言われたわ。二人はそんなに振り回されているかしら?」
そう問いかけて、こてんと首を傾げる。
「え!?」
急に大声を上げたのは、いつの間にか近くに来ていたレオニクスだった。
正面に回ってきた彼もチェラシュカたちと同じようにしゃがみこみ、こちらにじっと視線を向けてきた。
「確かに今回も私の我儘で馬に乗ることになったし、それまでも色々と私に付き合ってもらっている自覚はあるのだけど、もう嫌になっちゃったかしら」
「チェリ、俺は俺がしたくてしているから気にしなくていい」
「多分あの人が言ってるのはそういう意味じゃねえと思うけど……オレも嫌になったりなんてしてないから、安心していいぜ」
二人はとても優しい言葉をかけてくれた。ラキュス、そしてレオニクスへと順に目を合わせると、つい笑みが零れる。
「ありがとう。ふふ、ラキュスとレオニクスならそう言ってくれると思っていたわ。ラキュスはもちろん、レオニクスは私たちのことを助けてくれたときからずっと優しいもの」
「チェリちゃん……」
そこへセルヴィエルがやってきて、しゃがみこんでいる三人を見下ろしながら声をかけてきた。
どうやら彼らは馬をどこかに繋いできたようだ。
「はいはい君たち。そんなところで仲良くしゃがんで何をしているんだい」
彼に返事をしようと、チェラシュカはラキュスの手を離して立ち上がった。すると、ラキュスとレオニクスも立ち上がってチェラシュカを挟むように移動した。
「特に何もしていないわ」
「そうかい。なんだって構わないが、村の人が軽食を用意してくれたらしいから、君たちも食べるだろう?」
「それはありがたいけれど、私たちがご相伴にあずかっても良いのかしら」
「構わないさ。オレの大切な方たちも呼んでいいかと聞いたら、彼らも快く承諾してくれたよ」
大切な方たち、という言い方に少しひっかかる。が、気にしては負けな気がする。
レオニクスとラキュスも、サラリと受け流すことにしたようだ。
「……じゃ、ありがたくいただくとしようぜ。にしても、こんな奴にも親切にするなんていい村なんだな」
「そうだな、折角の厚意を無碍にすることもないだろう。セルヴィエルの口利きというのは少し癪ではあるが」
「君たち、オレへの遠慮がなくなってきたな」
辟易としたようにそう言うセルヴィエルを、チェラシュカは思わずきょとんと見つめてしまった。
「セルヴィエルさんはこういう物言いが好きなのではないの?」
「まさか! お嬢さんの言葉と彼らの言葉とでは、切れ味も表情も気持ちの入り方も、何もかもに雲泥の差がある」
「……そう」
「ああ、その蔑むような目も素晴らしいです……」
彼は先程とは別人のように恍惚とした表情を浮かべている。そんな彼を視界から消すべく横を向くと、ラキュスの後ろ手に腕を引かれた。
ラキュスの背に隠される形で彼が見えなくなる。
「ああ、隠されてしまった。お嬢さんの騎士はガードが固いな。まあいい、食べるのならこちらへ」
セルヴィエルの案内で移動した先は、そこそこの人数が入れそうな大きさのシンプルな建物だった。
案内された部屋に入ると、テーブルの上には素朴ながらどこか懐かしい雰囲気のする料理が並んでおり、小腹を満たすのにピッタリだった。
そこには既にネリダとヴェロルが居た。二人は先に食べ始めていたようで、物音で気付いたのかこちらを振り向くと、のんびりとした様子で声をかけてきた。
「隊長やっと来たのお?」
「もう食べてるすよ」
「少しくらい待てができないのか君たちは」
「遅いのが悪いのよお」
「自分ら待てとは言われてないんで」
二人はセルヴィエルに注意されても、全く堪えていないらしい。あのくらい精神的に強くなければ彼の部下はやっていけないのかもしれないな、とチェラシュカは思うのだった。
ぽつぽつと話しながら皆で軽食をつまんでいると、村人がやってきた。恐らくヒトであろうその村人は、セルヴィエルの頭上に目を向けながら彼へ話しかけた。
「こんにちは、セルヴィエルさん。角が無くなってますね! もうそんな時期ですか」
「やあこんにちは。時が経つのは早いもんだな」
「前にいらしたのは秋頃でしたかね」
「恐らく。このあたりは紅葉を迎えていただろう」
「セルヴィエルさんの角の具合で季節の移ろいを感じますよ」
「はは。オレは紅葉と同じ扱いかい?」
その村人と彼はそこそこ長い付き合いのようで、和やかに談笑をしていたが、セルヴィエルの表情は少し固いように見える。
チェラシュカは漬物をもぐもぐしながらじっと二人の様子を見ていた。しかし、セルヴィエルは見られていることに気付いているだろうに、不自然なくらいこちらに視線を向けることはなかった。なんならここから離れようとしているようだったが、村人が会話を終わらせてしまったようだ。
最後に村人は彼に会釈をしたあと、チェラシュカたちへ向けて「皆さんもごゆっくり」と言い残し去っていってしまった。
村人を見送った姿勢のままのセルヴィエルの背中に向かって、チェラシュカは声をかけた。
「ねえ、セルヴィエルさん」
「……なんでしょう」
返事は丁寧だったが、彼は頑なにこちらを向こうとはしなかった。
「角が無くなる時期があるのね?」
「……」
「そうなのね?」
「いやあ……」
「……どのくらいのスパンでなくなるのかしら?」
はっきりとしない彼を問い詰めようとしたとき、後ろから声がした。
「一年よお」
その言葉が聞こえた瞬間、セルヴィエルが素早く振り返ってその声の主を鋭く呼んだ。
「ネリダ!」
「なんならこの人、自分で木とかにぶつけて折ったりしてますよ」
「ヴェロルまで……!! オレの部下のくせに裏切るんじゃない」
「何が裏切りすか。こんな幼気な子を捕まえてだまくらかすあんたは、いい加減見てられねえんす」
「そうよお。この子のことは気に食わないけど、そんな子に気を取られてる隊長はもっとイヤ」
自身の部下二人に詰られるセルヴィエルに、更に責め立てる声が被せられた。
「おい、セルヴィエル……よくもチェリに嘘をついておかしなことをさせたな」
「ほんとだぜ。最初はちょっと怖かったけど、治安維持隊の部隊長って聞いてすげえ奴かもって思ったのに、結局ただのやべえ奴じゃねえか!」
「ま、待て。ちょっと本当のことを言わなかったかもしれないが、嘘をついたわけでは……」
「本当は痛くなかったくせに何言ってんすか」
「いつもこの時期になると早く折りたいって言ってるじゃなあい」
ネリダたちからの暴露に顔を青褪めさせるセルヴィエルは、本気で焦っているように見える。
チェラシュカが冷ややかな視線を彼に送っていると、こちらの様子に気がついたのか目の前まで来て正座をした。気まずそうに、けれども真っ直ぐにこちらを見るその灰色の目を、チェラシュカはすっと目を細めて見下ろした。
「……」
「……」
正座をしたまま一向に喋ろうとしないセルヴィエルに、痺れを切らしたチェラシュカは口を開いた。
「申し開きはあるかしら」
「……」
ただこちらへ来ただけで何も言わないのはどういうことなのだろう。謝るなり言い訳をするなり、何かあるだろうに。そう思い、目元に力を入れた。
「正直に答えなさい。何故角が定期的に取れることを黙っていたの」
「はっ。女王様を得るチャンスだと直感いたしました」
「何故痛いなどと言ったの」
「チェラシュカ様自らオレに触れていただけると思いました」
「……本当に痛くないのね」
「はっ。微塵も痛みません」
こちらを見上げてハキハキとそう言ってのける彼を見ていると、頭が痛くなってきた。
小さく息を吐くと、しゃがみこんで彼に目を合わせる。
「……本当に、心配したのよ」
チェラシュカがそう告げると、彼は少し目を見開いた後、やや眉を寄せた真剣な面持ちで謝罪した。
「は、……申し訳、ありません」
「……そんなあなたが言った誠実さなんてものを、信じてもいいものか悩むのだけれど」
「……あれは、あれだけは本当です」
「他にも嘘をついていることがあるのかしら?」
「……いいえ」
きゅっと目を細めてじとりとした視線を彼に向ける。彼がどこか嬉しそうな表情を滲ませるので、これ以上まともに取り合う必要はないなと見切りをつけ、すくっと立ち上がった。
「ああっ、お待ちください」
彼は何を思ったのか、再びチェラシュカの足に向かって手を伸ばして近寄ろうとしてきた。
「こ、来ないで……!!」
彼の動きに思わず身を竦めそうになったが、もう一度しがみつかれてなるものかと焦ったチェラシュカは、反射的に膝を曲げて前に突き出した。
「うぐぁっ!」
彼はチェラシュカの膝が当たる絶妙な位置まで近付いてきていたため、その顔面に見事なまでの膝蹴りを食らうこととなった。その勢いのまま仰け反って床に後頭部をぶつけたのか、ごん! と大きな音がした。
「け、蹴ってしまったわ……!?」
物凄い音がしていたので心配ではあるものの、嘘をつかれていたことや抱きつかれたこと、馬上でのやりとりなどを鑑みると、どうにもこうにも近付きたくない気持ちが勝ってしまう。
すると、ラキュスに後ろから軽く引っ張られて、大丈夫かと声をかけられる。
「セルヴィエルの奴、性懲りもなくチェリに触れようとしやがって」
「チェリちゃん、あれは自業自得だから気にしなくていいぜ」
ラキュスは苛立ちからか口調が乱れているし、レオニクスの顔にも呆れが滲んでいる。
地面に倒れたセルヴィエルの周りにはネリダとヴェロルが集まり、つんつんと頭や胴体をつついていた。彼はすっかり目を回して気を失ってしまったようだ。
「うわー、クリーンヒットすね。この人を一撃で倒すなんて大物すよ」
「んもう隊長ったらあ! あんな子にやられるなんて情けないんだからあ」
しばらくすると目を覚ましたのか、上体を起こした彼は周囲を見渡してチェラシュカを見つけると「素晴らしい一撃でした!!」と拍手した。
「ええ……?」
彼が立ち上がろうとするので、慌てて手で制して動きを止めさせた。
「セルヴィエルさん、えっと、痛かったわよね?」
「はい! この痛みは生涯忘れないでしょう!」
「……本当は謝るべきなのだけれど、あなたが私にしたことを考えるとそうするのは納得しがたいわね」
どんな事情があれど、自分が悪いことをしたのであれば素直に謝罪をすべきである――というチェラシュカの信念を揺らがすくらいには、彼のこれまでの言動は受け入れがたかった。
だが、セルヴィエルの返答はそんな葛藤をあっさりと吹き飛ばすようなものだった。
「お気になさらず! オレもオレだけの女王様を繋ぎ止めるためなら手段は選びませんので。それに、お優しいチェラシュカ様が唯一謝らなかった相手として心に刻んでもらえるなら、光栄ではありませんか」
彼のあまりの言い分に絶句してしまったチェラシュカは、思わずその場から数歩下がってしまった。
そのままラキュスの背後に移動して深呼吸をする。彼を視界に入れないだけで幾分か落ち着くことができた。
「……二人とも、あんなのが上司でいいのか?」
「よくないっすね」
「普段はすんごくかっこいいのにい!」
「すげえやべえこと言ってっけど、唯一の存在ってのはちょっと惹かれるかも……」
「レオニクス、冗談で済ませられるのは今のうちだからな」
「……おう」
ラキュスの後ろからそっと様子を窺ってみると、彼の熱烈な視線と目が合いそうになったのでさっと元の位置に戻った。
彼からこちらは見えていないはずなのに、ラキュス越しに見透かされているような気がして、少しぞわりとする。
視界に居ないのに強烈な存在感を放つあたり、部隊長をしているだけのことはあるのかもしれない……とチェラシュカの脳内は現実逃避をし始めるのだった。




