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星影が導く花明かり  作者: 天りあま
第二章 仲間との出会い

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17. お馬さんに乗ります

 緩やかに走り始めた馬は、徐々にスピードを上げていった。軽やかな馬蹄の音が道を駆け抜けていく。

 馬が走るとこんな音がするのかと思いながら、チェラシュカは流れていく景色をじっと眺めていた。


「お嬢さん、乗り心地はどうだい」

「本物のお馬さんってすごいのね。私は動いていないのに景色がびゅんびゅん去っていくわ」

「はは、そりゃあ良かった。オレがもし馬の獣人だったら、オレの上に乗ってもらえたんだがな」

「それはお断りよ」

「つれないな」


 彼の軽口を適当に流しつつ、ふと気になったことを問う。

 

「そういえば、ネリダのお馬さんは荷車も引いているけれど、重くないのかしら」

 

 そう言って、馬二頭分ほど後ろを走るネリダの馬と荷車に目を遣る。あの馬だけで七人分を負担していることになるが、馬とはそれほど力持ちなのだろうか。

 

「ああ、あの荷車はネリダが魔法で軽量化しているからね」

「そうなのね! だから七人も運べるのね。すごいわ」

「それに馬たちにもヴェロルが身体強化をかけているから、オレたちの重さなんてオレの角くらいにしか感じてないはずさ」

「へえ……。あら? さっき体格がどうとかお馬さんの負担がどうとか言っていなかった?」

「ああ、気付いてしまったのかい」

「全くもう」

 

 こんなことで嘘をつくなんて、と思ったチェラシュカは、彼のお腹に回した手でお腹をきゅっとつまもうとした。が、つまめない。

 

「……あら?」

 

 彼の皮膚自体が動く感触はあるが、親指と人差し指を合わせようとするとするんと抜けてしまう。

 どうして……と思いながら格闘していると、彼が少し困惑したような声で話しかけてきた。

 

「あー、あの、お嬢さん。走ってる間はそういうことをやめてもらえると助かる」

「……何故?」

「うーん……変な気分になるから?」

「ふうん……? わかったわ。あなたも擽ったくなるタチなのね」

 

 確かに馬を走らせているときに擽ったくなってしまうと、制御ができず二人とも危険に晒されてしまうだろう。そう考えて今はつまむことを諦め、元の姿勢に戻った。

 

「そうそう、そのまま動かさないようにな……後でならいくらでもやってもらって構いませんので……」

「……口調がおかしくなってるわ」

「……おっと」


 彼にしがみついたまま前を向いてみると、彼の鮮やかな緑の髪が視界に映る。真っ直ぐな彼の髪はこちらに向かって風でなびいていて、自分の顔にぶつかりそうだなと思う。今だけ一つにまとめてはいけないだろうか。

 それから彼の頭頂部を見て、……この体勢で角があったらもっと視界が悪かっただろうなと考え、また横を向いた。

 そこでまた、ふと疑問が思い浮かぶ。

 

「角があるときってどうやって寝ているの?」

「おや、オレに興味があるのかい? ……お嬢さんが添い寝してくれたらわかるんじゃないかな」

「なら他に角がある方を探して聞くわ」

「申し訳ありませんオレからお伝えさせてください」

「……はあ」


 大袈裟に溜息をついてみたが、彼は気にする様子もなく丁寧な口調のまま話し続けた。

 

「角持ち用の特別な枕があるのでそれを使うのですが、寝返りが打てないので大きくなってきたら獣化して寝ることもありますね。その分食べる量も増えるので少し大変ですが」

「また胡散臭い話し方になっているわ……。食べる量が増えるの?」

「獣化で消費する魔力と寝てる間に呼吸で回復する魔力だと、消費のほうが少し上回ってしまうんです」

「そうなの。角があるって大変なのね」


 見た目には立派な角であったが、実際それを自分の体の一部として生活するのは厳しそうだ。

 何しろあんなに重かったし……。

 そう考えていると今度は彼から声をかけられる。

 

「そういえば、お嬢さんたちはいつから旅をしているんだい?」

「昨日よ」

「昨日!?」

「ラキュスは幼馴染だけれど、レオニクスと知りあったのも昨日よ」

「……ええ、それは予想外だったな。彼が君にあれほど懐いているのは何故だろうな。またたびでも被ったのかい?」

「またたび?」

「おや、知らなかったかな? 猫の好物だよ。彼のような大きな猫ちゃんにだって効くはずさ」

「大きな猫ちゃん……」

「そんなようなものだろう」


 そもそもこれまで猫自体を見たことがないのだが、レオニクスが獣化した姿の小さい版をイメージすればいいのだろうか。

 小さなふわふわ……良いかもしれない。見かけることがあれば抱っことかできないだろうか。

 まだ見ぬ『小さな猫ちゃん』に思いを馳せていると、彼から声をかけられていたようだ。

 

「……さん、お嬢さん? 大丈夫かい」

「小さな猫ちゃん……」

「……ん? 今なんと言ったかな」

「……なんでもないわ」

 

 完全に思考が別の世界へ旅立っていたが、誤魔化しておいた。

 

「そうかい? ……ところで、旅の目的地は決まっているのかい」

「……星空の街よ。ご存知?」

「ああ、聞いたことはあるな。なんでも街中が星空みたいだとか」

「そうなの。そこで降るらしい流星群を見に行くのよ」

「へえ、なんともロマンチックなことだな」

「……そうかしら」

 

 確かに、物語の中でも流星群を見るような場面というのは、大抵が情緒的で心を動かされるようなシーンだったように思う。

 

 ただ、ペルシュカのことがなければ、少なくとも成人してすぐに街を出ることはなかっただろう。

 そんな自分が、星空の街を、流星群を目の当たりにして何を思うのか。

 もし星を捕まえられたとして、その時自分はあの子とかつて話した願いを叶えようとするのだろうか。


 そんな思いが頭を掠めてしまい、到底ロマンチックだとは思えずそっと溜息をついた。

 

 とりあえず話題を変えようと思い、もう一つ気になっていたことを聞いてみる。

 

「眼鏡はどうやってかけているの?」

「眼鏡?」

「そう。普通の眼鏡って耳に引っ掛けているけれど、あなたの場合そうじゃないでしょう?」

「ああ、こめかみで固定できる眼鏡があるのさ」

「そうなの。世の中には私が知らないものがまだまだたくさんあるのね」

 

 前から見たときは彼の髪で隠れていたため見えなかったが、そうなっていたのか。こめかみなんてただの平面なのに、固定できるなんて不思議だ。

 

「そうだろうそうだろう。そんなお嬢さんは、オレと一緒に未知の体験をしてみないかい?」

「今お馬さんに乗ってるのも、私にとっては未知の体験よ」

「ふふ、それは光栄なことだね。でもそれよりもっと刺激的な……具体的には鞭でオレを()つという、」

「あなたに貰ったナイフ、早速役に立つときが来たようね」


 彼のおかしな発言に対し、食い気味に言葉を重ねてみる。

 流石に驚いたのか、少し大きな彼の声が返ってきた。

 

「それは刺激的すぎるからやめよう!? というかもはや刺激そのものじゃないか……」

「あら? だとしたら、あなたがおかしなことを言うたびにナイフを持ち出せばいいのね」

「君本当に旅人二日目? オレ、妖精ってもっと穏やかな種族だと思ってたけど実は皆こうなのかい?」

「私もラキュスも、街を出る前は穏やかだったわ。あなたに出会ったからかしら」


 チェラシュカ自身は全く好戦的ではない性格だと考えているので、全ては彼が理解しがたい言動をするせいなのだと伝える。

 

「え。……ちょっとそれいいな。つまりオレたち運命ってことかい?」

「ナイフ……」

「君は本当におっかないな……仕方ないから君にだけ教えてあげよう」


 なんだか特別なことを言うような雰囲気を醸し出しているが、彼のことだからきっと耳を傾けたことを後悔するようなことだろう。

 ただ、馬の上という逃げ場のない場所であることから、仕方なく静かに彼の言葉を待った。

 

「獣人の身体の一部を変化させた魔導具は、元となった獣人を傷付けないんだ」

 

 彼はとっておきの秘密を話すような声色で、チェラシュカにだけ聞こえるように、風に紛れないギリギリの大きさでそう告げた。

 

「……それって、さっきまで怖がるフリをしていたということ? 最初に指を切りつけてみせたのも、意味がなかったということ?」

「いや、全く傷がつかないわけじゃない。他の奴がオレを傷付けようとして使えば、切り傷程度にはなるし血もちょっと滲む。でも、それだけだ。それ以上にはならない。……これは誰にも話しちゃいけないよ」

「……どうして」

「色々あるけど、一つは獣人の中に武器が武器として意味を成さない存在がいるということを秘すためだね」

「私が聞きたいのは、どうして私にそれを話したのかよ」

「ふむ……オレが君に切り出せる誠実さがこれだと思ったから、かな?」

「誠実さなのかしら……まあいいわ。誰にも言わない」

「ありがとう。聡いお嬢さんだね」

 

 チェラシュカは彼の背に頭を預けると小さく息を吐いた。

 誰かにとって大事なことであれば、頼まれずとも無闇に人に言い触らしたりはしない。

 しかし、誠実さという名の包装紙で包んだ秘密を一方的に押し付けるのはいかがなものか。何も悪いことをしていないのに、勝手に共犯にされたみたいだ。

 そうしてぐるぐると考えていたところ、黙ってしまったチェラシュカが気になったのか彼がまた声をかけてきた。


「お嬢さんさ、オレのこと、嫌いかい」

「き…………。苦手よ」

「はあ……だよな」

「さっきも言ったわ」

「なら、何故そうやってオレにぴったりくっつけるのかな」

「ぴったりくっついている? 落ちたら危ないからしがみついているだけよ」

「……だよなぁ」

「何が言いたいの?」

 

 彼がしてくる質問の意図がよくわからない。彼自身が、落ちないようしっかり掴んでおけ、と言ったのに。

 

「なら、オレたちに付きまとわれる時間を短くしたくて二人乗りを選んだ?」

「お馬さんに乗りたかっただけよ」

「なるほどね。……君さ、切り替えが早いって言われないかい? 君の騎士(ナイト)たちを振り回してる自覚をもっと持ったほうがいい」

「そうかしら……?」

 

 切り替えが早いと誰かに言われた覚えはないが、自身が割とさっぱりした性格であることは自覚している。

 特にペルシュカのことがあってから、できる限り人や物に執着しないように意識しているため、よりそう見えるのかもしれない。

 

 ラキュスがチェラシュカに甘いことは重々承知しているので、こちらのお願いを叶えてくれると期待しすぎている点は否めない。

 レオニクスについては知り会ったばかりでなんとも言えないが、彼の優しさにつけこみすぎていると言われれば、それも否定できなかった。


「我儘を言っている覚えはあるから、あんまり困らせないようにするわ」

「お嬢さんの我儘なら、あの二人は喜んで聞くだろうから問題ないさ。そうじゃなくてだな……」

「違うの?」

「例えばそうだな……。さっきまで苺を食べたいと言っていたのに、苺を目前にしてやっぱり林檎がいいと言うとか」

「……さすがにそういう我儘は言わないわ。私の気分だけで解決できることに、他人を巻き込んだりはしない」

「ああすまない、これはオレの例えが間違っていた。正確にはこうだ。苺を食べたいと思っていても、目的地にそれがないと分かれば、あっさり第二候補の林檎を手に入れようとするだろう?」

「……それは、そうするしかないでしょう?」


 当たり前のことではないか、と思ったがセルヴィエルの声色的にどうも違うらしい。

 

「いや、世の中にはどうしても苺がいいと足掻く奴もいれば、本当は苺なんて要らなかったんだと見栄を張る奴もいる。お嬢さんのように、合理的な判断ができる奴ばかりとは限らない。そこが、彼らを置いてけぼりにしかねない、と思ったのさ」

「わかったわ。ご忠告感謝します」

「そういうとこなんだよな……」

「?」


 なるほど、と思ったから素直に受け入れただけなのに、文句を言われているように感じるのは気のせいだろうか。

 若干不服に思いつつも、これ以上深堀りしても納得のいく答えは出てこないだろうと自分の中で結論付けるのだった。

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