16. ついてこないでください
半ば押し切られる形でチェラシュカが下僕とやらを認める流れになったところで、荷車の近くで待機していたネリダの声が響いた。
「もう終わったかしらあ? いい加減にしないと巡回の時間を過ぎてしまうわあ」
「おや、もうこんな時間か」
そう言ったセルヴィエルが立ち上がって膝についた砂を落とした。
「ではチェラシュカ様、お手をどうぞ」
「……取らないわ。というか、その呼び方も変に畏まった喋り方もやめてほしいのだけれど、元に戻せないの?」
目をパチパチと瞬かせた彼は、こちらに手を差し出したまま小さく首を傾げた。
「……おや、お嬢さんはこちらの方がお好みかい」
「普段は人の喋り方や名前の呼び方なんてなんだっていいのだけれど……あなたがさっきのような話し方をしていると、私の話を聞かず無理強いされたことを思い出してぞわぞわしちゃうわ」
「無理強いした覚えは無いんだがな」
「あら、都合の良い脳味噌をお持ちなのね。私、人の都合を考えず力尽くで自分の良いように押し通そうとする人はき……苦手よ」
「ふっ。嫌いって言ってくれても構わないんだよ。お嬢さんの言葉選びはオレによく刺さるようだ。深慮の末の言葉も得難いものではあるが、君の心が反射的に返した言葉もまた特別な響きを持っている」
「何を言っているのかしら……」
そこへラキュスが来て、チェラシュカを庇うように間に立った。
彼が構えた手には、顔の大きさほどの水球が浮かんでいる。
「いい加減チェリに変な絡み方をするのはやめろ」
「へえ、やっと武力行使に出る気になったのか。妖精なのに魔法が使えないのかと心配していたんだよ」
「なにを……」
「ラキュスったら。簡単に挑発に乗らないで。己の潔白を証明しろと言われて力尽くで相手を黙らせようとしたら、こちらが悪者になっていたでしょう?」
「……すまない」
ラキュスは納得のいかない顔をしているが、一旦は留まってくれたようである。
「セルヴィエルさんも、すぐに煽らないで」
「おや、君はオレをさん付けで呼ぶのかい? オレには呼び捨てを強いておきながら?」
「適当なことを言わないで。様を付けないでとは言ったけれど、呼び捨てにしろとは言っていないわ」
「ふうん? 確かにその通りだ」
「それに、私があなたに合わせる必要は無いでしょう。あなたの要望に応えるつもりは無いという意思表示よ」
チェラシュカがそう言い切ると、セルヴィエルは目をぎゅっと瞑って上を向いた。それから姿勢を戻すと何故かラキュスに視線を向けた。
「っはーー、痺れるね。ラキュス、君たちのお姫様はなかなかのじゃじゃ馬ではないかな。持て余したりしていないかい? うちで引き取るよ」
「チェリを物みたいに言うな。持て余すなんてことはない」
「そうだ。チェリちゃんをお前みたいな奴には渡さない」
いつの間にかラキュスと反対側の隣に来ていたレオニクスも言葉を重ねた。まだ出会って一日程しか経っていないのに、強く仲間意識を持ってくれていることについては嬉しく思う。
だがしかし。
「……二人にはこういうとき"無視する"という選択肢は無いのかしら」
チェラシュカは溜息をつくと、ラキュスたちに行くわよと声をかけて歩き出した。このままだといつお昼ご飯を食べられるかわからない。
慌てて二人はついてきたが……何故かセルヴィエルも馬を引きながら横に並んできた。
ついでに彼の部下二人は彼の少し後ろで並んで馬に乗っており、荷車を牽かせつつゆっくりと歩かせていて、実質六人(+縛られた妖精狩り五人)で移動しているようなものだった。
「何故あなたもついてきているの?」
「はは。進行方向が同じだから送ると言っただろう」
「仕事中なんだから先に行けばいいじゃねえか」
「つれないことを言うもんじゃない。歩く君たちにこうしてついて歩くのと、オレたちの馬に君たちを乗せて村まで連れて行くのと、どちらがいいかい」
「何だその二択は。どっちも嫌に決まっているだろう」
どっちもどっちな二択をラキュスが即座に却下した。
「ならこうしようか。この道中はまだ残念なことに、別の妖精狩りやもしくは盗賊なんかも出ることがある。アレを倒した君たちにとっては敵ではないかもしれないが、また道端で処理をどうするか悩むつもりかい? アレのように指名手配されるような奴を放置するなんて、君たちは良心の呵責に耐えられるのかな」
セルヴィエルの言葉を聞いたラキュスたちは押し黙ってしまった。そんな彼らを見たチェラシュカは小さく息を吐く。全く、嫌な攻め方をしてくるものだ。
そうそう指名手配犯に会ってたまるかとも思うが、万が一また敵対するような何者かに出会ってしまってそれを野放しにするのは、報復の可能性などを考えると後々危険ではある。
であれば、彼の一時的な付きまといにも目を瞑るしかないだろう。
「仕方ないわ、交渉成立よ」
「ふはっ。君の騎士たちはわかりやすくて実にいいね」
「あなたはそういう会話の仕方しかできないのかしら」
「性分なもんでね。それより」
一旦言葉を区切った彼はチェラシュカたちを見回して、彼が連れている馬の背をポンポンと叩くとこう言った。
「乗るだろう?」
「……私が?」
「君が」
「…………一人で?」
「もちろん、オレと」
「は? チェリと馬に二人乗りなどさせられるものか」
「ふむ。君たちはここから一番近くの村までどのくらいかかるかを知っているかい」
チェラシュカたちは互いに顔を見合わせて小首を傾げた。
「……さあ」
「オレたちが出会ったのは、国境を少し過ぎたところだ。そこから一番近い村までは、普通に歩けば三十分以上かかる。ここからでもそう変わらないだろう。だが、馬に乗れば十分ほどだ」
「あっという間ね」
「つまり、三十分だらだらと付きまとわれるのと、十分さくっと付きまとわれるのと、どちらがいいかという話だよ」
「どっちも付きまとわれてんじゃねえかよ」
レオニクスが尤もな突っ込みを入れた。交渉に乗ることになった時点で分かってはいたことだが、改めて言葉にされるとやはり少し嫌ではある。嫌ではあるが――。
「チェリ、多少時間がかかってもそいつなんかと馬に乗るよりは……チェリ?」
「私、お馬さんを見るのって初めてなの」
「おや」
ラキュスはこの言葉でチェラシュカの気持ちを察したらしく、慌てて言葉を重ねてきた。
「乗りたいんだな!? わかった、せめてあの二人のどっちかにしろ!!」
ラキュスはどうしてもチェラシュカをセルヴィエルと二人にさせたくないらしい。指し示された先のヴェロルとネリダの方を振り返ってみる。
「ワタシが乗せるならラキュスちゃんよお」
「げっ」
ネリダは完全にラキュスをロックオンしてしまっているようだ。ラキュスは聞いたことのないような声を上げて嫌そうにしているが、大丈夫だろうか。
一方、こちらの視線を受けたヴェロルはすっと明後日の方向を向いた。どうやら巻き込まれたくないらしい。
「こらこら、勝手に人の部下を使おうとするんじゃない。それに、体格的な差を考えれば、君たちの中で一番大きなレオニクスがうちの中で一番小柄なヴェロルと組むのがいいだろう。個人的な好みで馬に無茶をさせる気かい?」
「ちっ。馬を盾に使いやがって……」
ラキュスの言葉が荒れてきているので、相当苛立っているのがわかる。
チェラシュカとしても、セルヴィエルと一緒はちょっと……という気持ちはあるが、それ以上にわくわくした気持ちのほうが強かった。
チェラシュカがこれまで見たことのある動物といえば、リス、ウサギ、ネズミなど小さな動物ばかりだ。そのため、自分が乗れるような大きさの動物を間近で見られたことに感動を覚える。
森の外へ出てからまだ三日も経っていないが、あのまま暮らしていたら見られなかったものをこの目に映せることは素直に嬉しく思う。
とはいえ、ラキュスの気持ちを考えると無理強いはしたくない。
「ラキュス、ネリダと乗るのが嫌なら無理しなくていいわ。ちょっぴり残念だけれど、きっといつかまた機会はあるはずだもの」
そう言って一度顔を俯ける。残念な思いを落ち着かせるように一つ呼吸をする。それからセルヴィエル越しに彼の馬をもう一度見ると、ほうと息をついた。
――でもやっぱり、乗って見たかったな。
どうするだろうと思いラキュスの方に視線を向けると、非常に渋い顔をしながら「チェリの好きにすればいい」と言ってくれた。
「うふふ、ありがとう!」
レオニクスが困惑気味に「え、マジ……?」と言っているが、ラキュスが認めるなら、と反対はしないようだ。
「いいか、くれぐれも気をつけるんだぞ。おかしな奴だということを忘れるな」
「もちろん忘れないわ」
「もしなんかやべえこと言われたら我慢しねえで叫んでいいんだぜ」
「わかったわ」
「君たちオレのことをなんだと思ってるんだい」
ラキュスは不服そうな顔でネリダのもとへ行き、レオニクスは心配そうな顔でこちらを見つめつつもヴェロルの元へ向かった。二人がそれぞれ馬の方へ向かうのを見届けると、チェラシュカはセルヴィエルの方へと向き直った。
「セルヴィエルさん、二人乗りってどうするの?」
「まずオレが前に乗って、その後君を引き上げて後ろに乗せる。お嬢さんは素敵なスカートを履いているから横乗りがいいな」
「横乗り?」
「ああ。ちょっと待って」
彼は馬の背に手をかけるとひょいと跨り、身体を捻ってこちらに手を伸ばした。
「掴まって」
少し逡巡しつつも差し出された手を取ると、ぐいっと力強く引っ張られる。かと思うと反対の手を脇に入れてふわりと持ち上げられ、彼の後ろに乗せられた。後ろには鞍がないため、目線が彼の肩辺りとなる。
「む……」
なんだか不安定であるし、前がほとんど見えない。
思わず渋面を作るチェラシュカを知ってか知らずか、彼はこちらを振り向いて説明し始めた。
「そんなに早くは走らないが、怖かったら言うように。足は馬にくっつけて……そう。それからお嬢さん、お手を拝借」
なんだろうと思って手を出すと、彼はその手を取って自分のお腹に回した。
「君の手はここ。横乗りだから、しっかり掴んでいないと危ない」
――思った以上に近いわ。
ラキュスが嫌がっていたのはこういうことなんだろうなと思いつつ、お腹に回させられた手に力を込めると了承の返事をした。身体を捻っている分、密着度合いは比較的低めだと思う。
正直なところ、この人とこの距離感でいることは不快ではあるものの……今は本物の馬に乗っているのだ。些細なことには目を瞑ろうと思う。
下を見下ろすと地面が思ったより遠く、落ちないか少し不安になる。仕方がないので上体を彼の方へ寄せて収まりの良い座り姿勢を追求し、ぺたりと頬を彼の背中につけた。
今までこうやって誰かと触れ合うことはペルシュカや仲の良い友人としかすることがなかったため、自分より大きな身体に抱きつく体勢が新鮮に感じる。
ゴツゴツと固いのは背骨だろうか。手を回している先はお腹なのにそこも固く引き締まっている。自分のお腹はふよふよしているため、その違いも不思議に思う。
今度ラキュスとレオニクスのお腹がどうなっているか確認してみようかな。そんなことを考えながらチェラシュカは出立を待った。
「ヴェロル、ネリダ。準備はいいかい」
「いいすよー」
「待ちくたびれたわあ」
二人の返事が聞こえた方を振り返ると、ラキュスとレオニクスはそれぞれネリダとヴェロルの後ろに乗っていた。そして彼らの身体の横から少し顔を出し、なんとも言えない顔でこちらを見ていた。
付き合わせてしまったことへの申し訳なさはあるため、二人には何かで埋め合わせをしようと決める。
「では、出発!」
セルヴィエルの掛け声と共に、六人を乗せた三頭の馬は走り始めた。




