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星影が導く花明かり  作者: 天りあま
第二章 仲間との出会い

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15. 女王様ってなんですか

 女王様になって、とはどういう意味だろうか。

 チェラシュカは困惑気味にセルヴィエルに尋ねた。

 

「セルヴィエル、さん? 確認したいのだけれど、女王様っていうのは何かしら……? まさかモディトゥムの国家を転覆してって話じゃないわよね?」

「オレのことは呼び捨てで、何ならセルでも構いません。モディトゥムの女王なんてとんでもない! あなたには、オレだけの女王様になってほしいのです」

「…………??」

 

 オレだけの、と言っているが、王というものは個人の意思で戴かれることはなかったはずなのだがと疑問に思う。

 

「自分の上司にこんな(へき)があったなんて知りたくなかったんすけど」

「ワタシだって知りたくなかったわあ」

「……セルヴィエルの言ってる意味はよくわからないが、断ればいいだろう」

「オレ、初めて見たぜこういう人」

「よくわからないけれど、国家転覆を企てるのはどこの国でも重罪らしいからそうじゃないならよかったわ。あと、手を離してくれるかしら」

「はっ! 仰せのままに」

 

 彼は光速を超えんばかりの勢いで手を離し、そのまま立て膝をついてチェラシュカに向かって(こうべ)を垂れた。

 

 これは一体なんだろう。出会い頭の気安いお兄さんのような感じとも、魔界の門番のような感じでもない。

 何故か(かしず)かれているし……階級制度についてはよくわからないが、部隊長というのは恐らく偉いのではないだろうか?

 

「ええと、頭を上げてくれるかしら? よくわからないけれど、私は女王様にはならないわ」

「ああ……そうやってお言葉をかけてもらえるだけでも恐悦至極の至りです……」

「ええ……? ヴェロル、ネリダ、どうしてあなたたちの上司は喜んでいるの? もう私たち行ってもいいかしら」

「もう行ってしまわれるなんて……!!」

「自分に聞かれてもわからんすね」

「ああんもう! こんな子に隊長がころっといっちゃうなんて信じらんなあい!」


 セルヴィエルの畏まった様子も、ヴェロルの淡々とした応答も、ネリダが地団駄を踏まんばかりに声を荒らげているのにも、全てがどう対応したらいいのかわからない反応ばかりだった。


「……レオニクスはあれがなんなのかわかるのか」

「え。逆にラキュスはわからねえのか」

「知らん。初対面の人に女王様になってだなんて言う奴を見たことがない」

「いやオレもねえけどさ……いわゆる被虐趣味って奴じゃねえか」

 

 隣でヒソヒソと話していたレオニクスが何やら知っていそうなので、チェラシュカは話しかけることにした。

 

「レオニクス、ひぎゃくしゅみってなあに?」

「え!? ええっと……」

 

 あちこちに目線を彷徨わせる彼は非常に焦った様子を見せる。「えー」とか「あー」とか言いながらその続きが出てこないのだが、そんなに言いにくいことなのだろうか。

 

「チェラシュカ様!」

「さま?」

 

 様子のおかしさが加速しているセルヴィエルの方を見ると、なんだかキラキラした目を向けられていた。

 

「この鞭を持ってくださいませんか」

 

 先程も彼が持っていた謎の棒を何故か持たされる。しなやかな素材で棒の先に小さい緩やかな三角がついているが、これが"むち"なのだろうか。

 すると彼の瞳がさらに輝き始めた。なんだかわからないけれどちょっと怖いかもしれない。

 

「さあ、これでオレを()ってみませんか!」

「……あれ、馬用じゃなかったんすか」

「ヴェロルう、ワタシ隊長がこんな姿を晒してるなんて耐えられなあい」

「それはそうなんすけど……」


 確か鞭というのは馬や大きな動物を調教するために使うものだったはずだ。

 それで彼は自分自身を打たれたがって……?

 

「……セルヴィエルさんは、痛いのがお好きということかしら?」

「あっ自力で辿り着いちゃった」

「痛いのが好きってなんだ……」

 

 これも彼の趣味の一環だったらしい。ちょっと理解しかねるが、人の趣味に口を出す気はない。それもこうして巻き込まれなければ、の話だが。

 期待に満ちた彼の目を見据え、チェラシュカはこう告げた。

 

「私が望まない行為を強いる人は好きじゃないわ」

 

 鞭を彼に返したいのだが、彼の手は立てた膝の上に置いてあり、なんとなくだが今の彼に触りたくないと思った。

 そのため、一歩近付いて彼の立派な角に引っ掛けてみると、落ちずにそのまま残ったので良しとする。

 

「この度はお世話になりました。もう二度と会わないことを祈るわ。さようなら」

 

 とりあえず嫌悪感を目一杯表情に出して彼をじろりと見た後、その隣にいるヴェロルとネリダの方を見て「妖精狩りのこと、よろしくお願いします」とペコリと頭を下げた。

 

「はいよ」

「ワタシたちの仕事だからねえ」

 

 三人にくるりと背を向けて、ラキュスとレオニクスに行きましょうと声をかけ、一歩足を踏み出したときだった。

 

「女王様……!!」

「ひゃっ」

 

 急に後ろから左足にしがみつかれてこけそうになったところを、レオニクスとラキュスが両側から腕を持って支えてくれた。

 

「何してんだよ!」

「チェリから離れろ」

 

 恐る恐る振り向くと、懇願するような表情のセルヴィエルがいた。足に回された手が擽ったいので一刻も早く離してほしい。

 腕を支えてもらったままなんとか片足でぴょこぴょこと半回転して、セルヴィエルの方に身体を向けた。

 ふう、と息を吐いてからできるだけ冷たく聞こえるよう声をかける。

 

「離して」

「オレを下僕として認めてくださるまで離しません」


 即座に返ってきた拒否の言葉には、普段聞くことのない単語が混じっていた。

 

「げ……?」

「二度と会わないと仰るあなたも素敵でしたが、再びどこかでお会いするまでの間もあなたをオレの主人と仰ぐことをお許しいただきたい」

「何を言っているのかしら……ひっ! 擽ったいわ、太ももを掴むのはやめて」

「おい!」

「早く離れろって!」


 レオニクスがチェラシュカの手を離してセルヴィエルの胴体に掴みかかるが、恐らく全力で引っ張っているはずなのに一向に離れそうにない。

 それどころか、セルヴィエルが足にしがみつく力が強くなってきた。完全に逆効果になっているようで、頭を抱えたくなる。


「レオニクス! セルヴィエルから離れて!」

「え! なんで!?」

「私も一緒に引っ張られて足が痛いの!」

「わ、わりぃ!!」


 レオニクスはセルヴィエルを掴む腕をパッと離してくれた。

 それに伴い、セルヴィエルのしがみつく力がやや弱まった。そんな彼はうっとりとした様子でこう口にする。

 

「下僕と認めてくださいますか」

「……あなた、私の言うことを聞かないのに下僕になる気なんてあるの?」

「もちろんです! 本当はこのようなことをしたくはないのですが、これはオレが女王様を得るための試練なのです……」

「ひゃっ…………げ、下僕というなら止まりなさい!」

 

 さも辛いのだという顔をしながら足を撫で回し、その上下僕になりたいと迫ってくるセルヴィエルに耐えられず、チェラシュカは目の前にあった彼の右の角を掴んで押し返そうとした。

 すると――。

 

「あ」

 

 掴まれた彼の角は根本からぽろっと取れてしまった。チェラシュカの手元には彼の立派だった角が残っていた。

 

「お、折れてしまったわ……」

 

 さすがにそこまでするつもりはなかったので、サーッと血の気が引いていくのを感じた。動揺しながら手元の角と彼の頭を交互に見る。

 

「ごめんなさい……痛いかしら……」

 

 思わずそっと彼の角があった根本に手を伸ばすと、彼の耳がピクリと動いた。

 いつの間にか足から手を離していた彼は目を見開いてこちらを見上げていたが、へにょっと眉尻を下げ弱々しい声を出した。

 

「いたた……角を折られたのは初めてでして、少し痛みます……。ですので、そのあたりを少し撫でてはいただけませんか」

「こうかしら……?」

「そうです……はぁ……」

 

 つるりとした彼の髪に沿って角の周辺をそっと撫でる。折れてしまった彼の角の根本を見ると、痛々しい気持ちになる。

 

「治癒魔法では、治らないかしら……?」

「怪我というわけではないので、治りませんね……」

「そうなの……。あまり詳しくはないのだけれど、角ってまた生えてくるのよね……?」

「ええ、ですがここまでの大きさになるにはどれほどかかるか……」

「まあ……本当にごめんなさい……」

 

 正直なところ早く去りたくて仕方無かったが、流石に今は申し訳ない気持ちの方が強かった。

 せめて痛みが和らぐように、と複雑な気分で撫でていると、彼の部下二人が何やら話しているのが耳に入った。

 

「ネリダ、あんたの上司止めたらどうすか」

「いやあよ! あんな隊長にもあの子にも近づきたくないわあ。あれ、あなたの上司なんだから止めてきたらあ?」

「お断りすね」

「んもう」


 何やら言い合っているが、彼らの上司の対応を押し付けあっているようだ。

 そんな彼らの声が聞こえていないのか無視しているのか、セルヴィエルがほんのりと頬を染めて灰色の瞳をこちらに向けてくる。

 

「チェラシュカ様……一つお願いがありまして」

「……様ってつけられるのは慣れないから止めてほしいのだけれど」

「実は左側の角だけが残っているとバランスが悪く頭が重くてですね、こちらも折っていただけませんか」

「あなたも話を聞けないのかしら。……え?」

「さあ、一思いにお願いいたします」

 

 そう言って頭の左側をずいっと差し出してくる彼にチェラシュカは再び困惑した。

 

 ――さっき痛いと言っていなかったかしら? でも、確かに彼の顔は角のある左側に傾いているわ。

 

 本当に折ってしまっていいのかと視線を彷徨わせていると、ラキュスとレオニクスが話している声が聞こえる。

 

「レオニクス、鹿って角が生えるのにそんなにかかるものなのか」

「えー、いや、どうだったかな……」

「そもそも、あんなに大きければ既にどこかで引っかかっててもおかしくないと思うんだが」

「確かに……」


 言われてみればそうだ。ちょっと掴んだだけで折れてしまうような状態であれば、もっと別なタイミングでも何かの衝撃で落ちていた可能性があるのではないだろうか。

 少し怪訝に思って手を止めると、それに気付いたのか、彼が更に弱々しい表情でこちらを見つめてきた。耳を垂れさせて、まさにしょんぼり! といった様子だ。

 

「後生ですから……折ってはいただけませんか……」

「ええと……この折れてしまった角をくっつけることはできないの?」

「残念ながら接着面積が小さいため接着剤でも魔法でも安定しないのです。ということで、お願いいたします」

 

 角の接着についてはよく知らないが、そういうものなのだろうか。

 

 いつものチェラシュカであれば素気無く断っていたところだが、他人の身体の一部を自身の手で損なってしまったことに大きく動揺していた。

 彼にとっての角というのは、恐らく妖精にとっての羽のようなものではないだろうか。妖精の身体自体が魔力でできているようなものなので、少し欠けたくらいであれば数日で戻るが、根本から捥がれたといった場合は元に戻るまでに数年はかかるという。

 

 何より、角が本当に重かった。よくもまあこれほどの重量のものを頭につけて生活できるなと思う程だった。そして、それが片側にしかないのであればそりゃあ頭も傾くよなと納得せざるを得なかった。

 であれば当然、角が折れる際の一時的な痛みよりも、頭が片側に傾き続ける方が辛いというのは納得できることだった。

 そういうわけで、責任を感じたチェラシュカが普段とは違った選択をしてしまったのも無理からぬことであろう。

 

「わ……わかったわ。本当に、いいのね?」

「……! はい! 一息に! やっていただいて!」

 

 チェラシュカは覚悟を決めて残った角に手を伸ばした。しっかりと握り込むと、掛け声とともに力を込めて思い切り押した。

 

「えい!」

 

 直後、一本目と同様にぽろりと取れた角が手元に残った。

 

「お、折れたわ……」

 

 何故かセルヴィエルが、両手を合わせて祈るようなポーズで恍惚とした表情を浮かべている。頭が軽くなって良かったということかな……と思うことにした。

 

「ええと……とりあえずこれ、返すわ」

 

 両手に持った角を差し出すと、セルヴィエルがそれを受け取った。

 

「ヴェロル」

「……はいよ」

 

 名前を呼ばれた彼は渋々といった表情でセルヴィエルの隣にやってくると、角を一つ手渡されていた。

 

「何がいいんすか」

「そうだな……小型ナイフがいいだろう」

 

 ヴェロルはそれを聞き、角を魔法で小型ナイフに変形させた。

 ああやって形を変えられるんだ……と目を瞬かせていると、もう一つの角を魔法で鞘に変えてセルヴィエルに手渡していた。

 

「ふむ、よくできている。さすがヴェロル」

 

 セルヴィエルは手に持ったナイフを両手に乗せ、チェラシュカに向けて恭しく差し出した。先程まで角の痛みに呻いていたとは思えないほど、綺麗な所作だった。

 

「こちらをお納めください、チェラシュカ様。下僕の証です」

「……ええっと」

「オレの角の大きさであればそこそこ魔力を蓄えていますから、大体のものは切れるはずですよ」

「そうではなくて」

「魔導ナイフを使ったことはおありですか? 魔力を流している間は切りたいものだけ切れるのです」

「まあすごい。……ではなくて、私の話を聞く気はあって?」

「ほらこのように」

 

 彼は鞘からナイフを出して、すっと自身の指を切りつけた。が、傷一つついていなかった。そのままあたりを見回し、近くに落ちていた石を拾って同じように切りつけると、スパンと石が真っ二つになっていた。

 

「えっ、すげえ」

「こんなものがあるのか」

 

 チェラシュカは、セルヴィエルが唐突に自身の指を切りつけたことの衝撃の方が大きかったが、ラキュスとレオニクスは切れ味の良さに感心しているようだった。

 

「こちらはチェラシュカ様のこれからの旅で役に立つでしょう。また、少なくともモディトゥム内の治安維持隊員がそれを見れば、ある程度の融通が利くはずです。どうかお受け取りを」

 

 よくわからないがなんだか凄そうなものだ。本当に貰っていいのだろうか……と逡巡していると、ヴェロルがこちらを見て頷いていたのでひとまず受け取ることにする。

 

「あ、ありがとう……」

「では、これで下僕の証もお渡しできましたし、近くの村までお送りいたしましょう。進行方向は同じでしょう?」

「待って。私、下僕? とかいうのは認めた覚えがないのだけれど」

「おや、そんなつれないところも素敵ではありますが、先程オレは言いましたよね。『下僕と認めてくださるまで離しません』と」

「……そうね」

「そしてあなたは『下僕というなら止まりなさい』と仰った。そこでオレは動きを止めたので……つまりそういうことですよね」


 当然のことだ、と言わんばかりの彼の堂々とした表情に、チェラシュカの脳内はかつてないほどの困惑に包まれた。

 

「どういうことかしら……」

「ンな無茶な」

「そんな言い分が認められるものか」


 レオニクスとラキュスも、やはりおかしいと思っているようだ。

 ヴェロルから「うわ……」という本気で引いている声も聞こえた気がする。


「それとももう一度しがみつきましょうか。もう折れる角もありませんし」

「それはやめろ」

「やめろよ」

 

 冗談なのか本気なのかわからないセルヴィエルの言葉に、ラキュスとレオニクスが殺気立つ。

 少し面倒になってきていたチェラシュカは、もう会わなければ実害もないだろうと思い、諦めることにした。

 

「……わかったわ。下僕とやらを認めれば解放してくれるのでしょう? きっとこれから会うことは無いでしょうし、悪い夢でも見たと思うことにするわ」

「おい、チェリ」

「もちろんですよ。オレに二言はありません。しかし、悪い夢扱いとはゾクゾクしますね」

「本当に大丈夫なんかなあ……」

 

 レオニクスの不安げな声に、チェラシュカは遠くを見つめるしかないのだった。

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