14. 特殊な趣味をお持ちのようです
何がおかしいのか、わざとらしく笑い声を上げる緑髪の獣人は、チェラシュカの声を聞いてこちらを向いた。
「あーははは……うん? なんだい? お姫様も守ってくれる相手を選びたくなったかい」
彼は最初の優しそうな笑みから一転し、馬鹿にするような視線をこちらに投げかける。チェラシュカがその視線を受け止めて真っ直ぐに見つめ返すと、彼はすっと真顔になった。
彼の目から目を離さないまま一歩踏み出し、レオニクスの横に並ぶ。
「私は、守られるだけのお姫様ではありません」
「……へえ?」
「まずは、私たちの最初の態度について謝罪を。不躾な態度をとってしまって申し訳ありませんでした」
チェラシュカがすっと頭を下げると、レオニクスとラキュスがなんとなく慌てているような気配がしたが、小声で名前を呼ぶと二人とも口を噤んだようだ。
数秒してから顔を上げると、彼は目を細めてこちらを見ていた。言葉を続けても良いという意思表示だと解釈し、口を開く。
「次に、私たちが悪い奴かどうかについてですが、あの獣人たちに話を聞けば、彼らが妖精狩りであるとわかるはずです」
「そうかい? アレが本当の事を言うとは限らないよ」
「言わせてみせます。もし言わなかったとしたら、……私たちを尋問すればいいわ」
「ほお? 威勢の良いことだ。だがお嬢さん、君たちのようなやわっこい子がオレたちの尋問に耐えられると思うか?」
「思わないわ」
「…………ん?」
「私は、必ず私たちの身の潔白が証明できると言っているのよ」
どうやら想定していなかった答えらしく、彼は僅かに目を見開いた。
再び彼が口を開こうとしたところで、いつの間にか彼の隣に来ていた人物が彼に声をかけた。
「セルヴィエルさん、そろそろ遊ぶのやめてもらっていいすか。こちとら暇じゃないんすよ」
そう言ってちらりとこちらに目を向けた人はセルヴィエルと呼ばれた彼と同じような服装をしており、茶髪で左目が隠れている。見た目でわかるような耳や尻尾が無いため、恐らくヒトなのだろう。
「そうよお、ほら、この子なんかこんなに震えて可哀想じゃなあい」
どこか間延びした声に振り向くと、いつの間にかそこにいた背の高い人が自身のウェーブのかかった躑躅色の髪をくるくると指で弄んでいた。
同じくヒトであろうその人物はチェラシュカを一瞥すると、ラキュスの頭を抱えて自分の胸元に押し付け始めた。
「や、やめろ!!!」
「ちょっと!! ラキュスに何するの!」
慌ててラキュスの手を引っ張っると、その人はあっけらかんとしてこちらを見下ろしてきた。
「だってえ、なんだか可哀想だったしい? それがまた可愛いっていうかあ」
わざとらしく胸を張ってこちらを見るその人の目を、チェラシュカは眉を顰めてじっと見返す。
「やれやれ、せっかく面白くなるところだったのに、どうして君たちは邪魔をするんだい?」
声のした方を振り向くと、彼は不機嫌そうではあるものの、先程までの魔界の門番のような表情は影を潜めていた。
「だから今仕事中なんすよ。わかってます? 自分の立場」
「そうよお。あなたが遊ぶならワタシだって遊びたいじゃなあい?」
「はあ……困った部下たちだ。待てもできないなんて誰が躾けたのやら」
「躾けた結果がこれっすね」
「……仕方がない。ヴェロル、ネリダ、アレを荷車へ積め。拘束もしっかりとしておけ」
「はあい」
ヴェロルとネリダと呼ばれた二人は、チェラシュカたちが捕まえた獣人たちをひょいと持ち上げて荷車へ積んでいった。
よく見ると妖精狩りたちはこちらが話している隙に意識を取り戻し、拘束されたまま逃げようとしていたようだが、あっさりと二人に捕まっていた。
「……どういうことだよ」
レオニクスが、疑いと恐れの混じった眼差しを彼に向けて問いかけた。
妖精狩りをあっさりと連れて行ったことと、さっきまでの威圧的な振る舞いの差に戸惑っているようだ。
「アレは妖精狩りで指名手配されていた奴らだ、と言えば伝わるかい」
「まあ……」
「それって……」
「……オレら疑われ損じゃねえかよ!!」
「いやあ、若人たちを見るとついつい揶揄いたくなってしまうのさ」
「はあ!? 揶揄っていただけだってのか!?」
「俺たちを疑っていたわけじゃないのか?」
レオニクスとラキュスが同じような表情で驚いている。そんな二人を見て、チェラシュカも思ったことを言っておくことにした。
「趣味が悪いわよね。私もお顔の怖さにびっくりしてしまったわ」
「おや、お嬢さんは顔以外は怖くなかったと?」
「治安維持隊を名乗る人のこんな横暴が罷り通るなんて、という怖さはあったわね」
「言うねえ」
「良く知らないからあくまで想像だけれど、治安維持を目的としているなら、諍いを起こしたであろう人には冷静に対応したほうがいいと思うの。無駄に煽って逆上させたら、仕事が増えるだけでしょう」
そこでラキュスとレオニクスから物言いたげな視線を向けられたが、チェラシュカは気付かないふりをした。
――あれは治安維持が目的ではなかったからいいのよ。
「だから、最初に普通に尋ねればいいところを圧をかけて脅してきた時点で、公権力の腐敗か、……もしくはこの人の趣味かしらって思ったの」
「趣味ってなんだよ……」
ラキュスは頭を抱えてしゃがみこんでしまった。レオニクスも心なしか青褪めているように見える。
「ふむ。お嬢さんは、勘は良いようだが少し言葉が過ぎるのではないかな? オレじゃなければ怒っていたかもしれないよ」
「あら、ごめんなさい。あなたの趣味に付き合ってあげるつもりだったのだけれど、失敗したかしら」
「…………君は大胆な子だね。残念ながら大正解だよ」
「うふふ」
そこへ、妖精狩りを荷車に積み終わった二人が戻ってきた。そちらを見ると、妖精狩りたちが縄で厳重にぐるぐる巻きにされていた。
「そういえば自己紹介がまだだったね。オレはセルヴィエル・テノル。治安維持隊モディトゥム部の部隊長さ。こっちはオレの部下のヴェロルとネリダ。いい男だろう」
「んもう! ワタシはか弱いレディだって言ってるじゃなあい」
「いや、あんたの体格の良さでか弱いとか無理あるんすよ」
「なんですってえ?」
「風呂上がりに半裸で胸筋見せつけてくる野郎のどこがレディなんすか」
「全部よお!」
突如繰り広げられる舌戦に、なんと反応したらよいか戸惑って目の前の二人を交互に眺めていると、こちらの困惑に気付いたのか茶髪の人がこちらに目を向けて会釈をしてきた。
「あ、ヴェロルっす」
「……どうも。チェラシュカよ」
「……ラキュス」
「レオニクスだ」
「……セルヴィエルさんの遊びに巻き込まれたのは災難すけど、もうちょい場慣れしないとあんたらがこの子の足を引っ張ることになるんじゃないすか」
ヴェロルに同情の篭った目線を向けられたラキュスとレオニクスは、痛いところを突かれたというような表情で黙ってしまった。
「おや、今度はヴェロルに虐められているのかい。そしたらその間に、見所のあるお嬢さんをスカウトしようじゃないか」
『それはダメだ!』
セルヴィエルの言葉に、ラキュスとレオニクスが即座に反応した。
「……お嬢さんのことになると反応速度が早いね。騎士というよりは忠犬だったのかな」
そう言ったセルヴィエルは少し何かを考えていたようだが、顔を上げると再びこちらを向いた。
「やはり君の度胸や胆力、勘の良さはここで見逃すには惜しいな。チェラシュカ、君も治安維持隊に来ないかい」
「なんだと?」
「おい!」
ラキュスは眉を顰め、レオニクスは彼に飛びかかりそうな勢いで食ってかかった。
一方、誘われた当人であるチェラシュカは、彼の目を真っ直ぐに見返して二回ほど瞬きをすると、「行かないわ」と答えた。
「ふむ。見たところ君たちは旅をしているところなのだろうが、目的地は決まっているのかい? 治安維持隊は世界各地にあるからね、その旅の終着地で就くことも可能だよ。そこにオレが出向いて直々に教えてやろう」
「ええ? セルヴィエル隊長はそんなにこの子のこと気に入ったわけえ?」
「もう好きにしたらいいすよ」
彼の部下二人も戸惑っているようだから、あまり彼らしくない行動のようだ。尤も、そんなことはチェラシュカには関係ないことなのだが。
「私、あなたの趣味で弄ばれたことや私が馬鹿にされたことはどうだっていいのだけれど、ラキュスとレオニクスへの侮蔑は許さないわ」
「……なるほど。オレの口から出まかせで彼らに投げかけた言葉が気に食わなかったのか。ならば君のために謝罪しよう。ラキュス、レオニクス、すまなかった」
「え、……いいです別に」
「オレも気にしません……。な、なあチェリちゃん、オレもうこれ以上チェリちゃんに庇ってもらうのは……」
セルヴィエルの謝罪を受けたラキュスたちがやや戸惑いを見せる。
更に、レオニクスがチェラシュカに向けて何かしら言おうとしているのを、チェラシュカは敢えて遮った。
「レオニクス。あとラキュスも」
「っはい!」
「……なんだ、チェリ」
「もとはといえば、二人が私の言葉を遮るからこうなったのではないかしら」
「うっ」
「……」
急に自分たちにチェラシュカの矛先が向いたことで、おろおろと視線を彷徨わせる二人に冷たい目を向けた。
先程のセルヴィエルの怖い顔を思い出しながら真似してみたところ、二人は氷漬けになったかのように固まってしまった。
「二度は言わないわ。私の言葉は最後までちゃんと聞くこと。わかったわね?」
「……はい」
「ああ……」
ぺたんと耳を伏せるレオニクスと、神妙な様子で返事をするラキュスを見て、チェラシュカは静かに頷いた。レオニクスの伏せられた耳にどこかそわそわしてしまうのはここだけの秘密である。
そこでふと、こちらのやり取りを間近で見ていたセルヴィエルの様子がなんだかおかしいことに気が付いた。
「? ……あの、セルヴィエル、さん? 呼吸してる?」
「………………っは!! 君!!!」
「……なんでしょう?」
何故か息を止めていたらしい彼は、急にこちらに詰め寄ってくると、チェラシュカの両手を取り自身の両手で包み込んだ。
「オレの……、オレの女王様になってください!!」
「……へ」
「なっ」
「おい」
「マジすか」
「ええん、うそでしょお」
先程まであれだけ喜々として人を虐めていた彼は、どうやらとんでもない一面を持っていたらしい。
世界にはまだまだ知らないことがたくさんある、とチェラシュカは思うのだった。




