10. レオニクスは家へ案内した
レオニクス視点 ちょっと続きます
一通り買い物を終えた三人は、成り行きでレオニクスの家へ向かうこととなった。
自宅に着いたレオニクスは、チェラシュカたちを自身の家へ招き入れる。
「ようこそオレん家へ。何もねえけど、まあゆっくりしてってくれ」
お邪魔します、と言う二人の声を背中に受けつつ、リビングの扉を開ける。
レオニクスは一人キッチンへ向かうと、買った食料を携帯型倉庫から取り出してテーブルの上に並べた。
そこで、これまで家に人を呼ぶことがなかったため、まともにもてなす為の用意がないことに気付く。
――お構いなく、とは言われていたものの……流石に人を呼んでお茶も出せない奴なんて思われたくなくね?
レオニクスの家に来たいと言い出したのは彼女たち(というか主にチェラシュカ)だが……とリビングにいる彼女へチラリと目を向ける。
淡い桜色の髪をした彼女は金色の瞳を瞬かせ、家の中を物珍しそうに見回していた。棚の上を見たかと思うと、家に唯一置いてある写真を見つけたようで、何か呟いてニコリと微笑んでいる。
彼女が目にしているのが、レオニクスが小さいときにドヤ顔で取った魚を掴んで見せている写真であったことを思い出し、何故仕舞っておかなかったのかと後悔していると。
「これってレオニクスよね?」
「……ぅえ!?」
急に話しかけられたことに驚きすぎてしまった。こちらを向いた彼女は目を丸くしていたが、レオニクスが彼女を見ていたことには気付かれていないだろうか。
「……おう、オレだぜ」
「やっぱり! とっても可愛いわ」
そう言って彼女は再び写真の方を向いた。少し屈んだ彼女が、細い指で髪を耳に掛けているのを目で追う。
ニコニコと笑みを浮かべる彼女の横顔をずっと見ていたいような、写真の中の自分ではなく今ここにいる自分に目を向けてほしいような、一言では言い表せない感情がレオニクスの胸を占める。
「そういえば、お仕事って普段どこでしているの?」
不意にこちらを向いた彼女にそう問われた。跳ねる心臓をぐっと押さえながら、あそこ、とリビングの一角を指さした。
棚で区切っただけの簡易作業場ではあるが、こちらからはやや見え辛い位置にある。
「見てもいい?」
心做しか彼女の声のトーンが高くなった。レオニクスは無言で頷く。
いざこちらを向いた彼女に対して、どういうわけかまともに返事すらできなくなっていた。
「ここでいいか」
いつの間にかキッチンに居たラキュスに話しかけられてはっとする。慌てて肉はここ、パンはそこ、と食材ごとの場所をざっと示す。
ラキュスは「わかった」と言って食材を片付けていった。その間に、レオニクスは種類の異なるコップを三つ取り出した。実家から適当に持ってきたため、同じ種類のものが無かったのだ。
「ラキュスは何飲む? って言っても水かお茶かサイダーくらいしかねえけど」
「じゃあお茶で。チェリはサイダーでいいよな?」
キッチンから少し大きな声で呼びかけたラキュスの声に「ええ!」と返ってきた。
二人のやりとりに、勝手知ったる仲ってやつだよなぁ、と羨ましく思う。
ラキュスが片付けを続けてくれているので、レオニクスは一番手前のコップにサイダーを注ぎ、残り二つにお茶を注ぐと、一つをラキュスがいる方に置いた。
あちらへ持っていこうと思いサイダーの入ったコップを手に取ると、タイミング良くチェラシュカがやってきた。
彼女はレオニクスの手元を一瞥すると、ニコっと笑って両手をこちらへ伸ばしてきた。
「レオニクス!」
一瞬自分自身が求められたのかと錯覚しかけたが、そんなわけないと頭を振って、はいよと手に持ったコップを差し出した。
「ありがとう! いただくわね」
両手でコップを受け取った彼女は、こくこくと飲み始めた。
少し上を向いて露わになった彼女の喉が、嚥下とともに上下するのを見つめる。
「んん、良きしゅわしゅわだわ」
一気に半分ほど飲んだ彼女の口から、けふ、と空気が漏れた。
「チェリちゃん、炭酸好き?」
「ええ、好きよ。口の中が少し痛いくらいパチパチして、ちょっとぎゅってなるけど、その後にしゅわわ〜ってするのがたまらないわ」
――眉を顰めても可愛いなんてことがあるんだな。
ぎゅ、と言って少し顔をしかめてみせた彼女を見て、レオニクスはそんな新たな発見をした。
「私も手伝うわ」
コップをテーブルに置いてそう言った彼女に、「いや、いいよ! 二人で十分だし」と伝える。
「そう?」
「そんなに量も多くねえし……、ほら、このキッチンもそんな広くねえだろ」
「 一人暮らしにピッタリの大きさではあるわね」
彼女はキッチンをぐるりと見渡すとそう言った。その後、こちらを振り向いていたラキュスを見て、彼女は一つ頷いた。
「わかったわ。なら、ちょっと家の周りを見てきてもいいかしら? このあたりにはどんな植物が生えているのか興味があるの」
「え、一人で? まあ、この辺は魔獣も出ねえけど……」
「ちょっとすぐそこを見てくるだけだけれど……何かあったら大声で叫ぶから、そしたらレオニクスは来てくれるかしら?」
「あ、ああ、もちろん。飛んでいくぜ」
「ふふ。ありがとう」
「……チェリ、気をつけろよ」
「ええ。じゃあ行ってきます」
軽くこちらへ手を振り、軽やかな足取りで出ていった彼女を見送る。
しばらくの間彼女が去った後の扉を見つめていたが、片付けの作業を再開しようと振り返ったとき、こちらに視線を向けるラキュスと目が合った。
数秒ほど物言いたげな目で見据えられるも、彼は黙ったままだった。こっちから何か聞くのもな……と思っていると、徐に彼が口を開いた。
「レオニクス……、チェリに必要以上に近付くな」
「…………えっ」
思った以上にストレートな牽制をかけられてしまった。
近付くなと言われても、普通の距離じゃなかったか? と思い返していると、更にこう付け加えられた。
「チェリのことを見過ぎだ。チェリが減る」
「なっ……!? 見過ぎってなんだよ! へ、減るとかそんなん、ねえだろ!?」
「いや、減る」
淡々と、けれども頑なにそう主張するラキュスに対し、思わず狼狽えてしまう。
「……オレ、そんなに見てた?」
「ああ。バレバレだ」
「…………チェリちゃんにも?」
「ふん。さあな」
――うっっっそだろ……チラチラ見てたことが本人にバレてるとか一番恥ずかしいやつ……。
レオニクスはヘナヘナと頭を抱えてイスに座り込んだ。
自分でも何故かわからなかったが、彼女が視界に入ると目で追いかけてしまう。視界に居なければ探してしまう。
今だって――窓の外へ向けた自身の目は、桜色の髪を捉えた。彼女はしゃがみ込んで何かを見ているらしい。
そこでふと、さっきのカンディーヴァたちの意味有りげな発言を思い出す。
***
レオニクスを両側から取り囲んだカンディーヴァとカスティナは、やけに楽しそうな表情を浮かべている。
「そういうことね〜」
「なるほどねー」
「ライバルは強敵そうだけど、まあ、頑張りな?」
「ご贔屓様のよしみでー、一応レオニクスを応援してあげまーす」
にんまりと笑いながらよくわからないことを言う彼女たちに、レオニクスは眉根を寄せた。
「何言ってんだ……?」
「んふふ」
「あーおかしー」
「いつか振り向いてもらえるといいね〜」
***
――振り向いてもらうって、なんだ?
そう思ったとき、たまたまこちらを向いた彼女が窓越しに見ているレオニクスに気付いたのか、ニコっと笑みを浮かべて手をひらひらと振ってきた。
彼女に向けて反射的に手を振り返したとき、レオニクスはカンディーヴァたちに言われたことの意味を理解した。
ああ。
そういうことか。
その気持ちを自覚した途端、ぶわわっと顔に熱が集まって落ち着かない気持ちになる。
「おい」
声をかけられてはっとした。
わかっただろと言いたげなラキュスに、少しモヤモヤした気持ちが生まれる。
「……そう言うラキュスだって、ずっと見てんじゃねえか? それに、なんでお前にそんなこと言われなくちゃなんねえんだ。ただの幼馴染だろ?」
「俺はいい。チェリのことは一生守ると決めているから」
真っ直ぐな目で紡がれたラキュスの言葉に、二の句を告げなくなる。
一生、という言葉の重みに思わず息を呑むが、彼女はラキュスにとってなんなのだろうか。
「それって……好きとかそういう……?」
そう問われたラキュスは少し目を伏せた。それは、レオニクスの友達が好きな子のことを話していたときのような、うきうきした表情とは程遠いものだった。
「チェリのことは二度と悲しませたくないし、傷付けたくない。それだけだ」
それっきり黙ってしまったラキュスは、少しぬるくなっているであろうお茶を飲んでいた。
――なんだよそれ……すげえ気になるんだけど……。
もっと掘り下げたい気持ちはあったが、彼の様子を見るにこの話題にはあまり触れてほしくなさそうだ。しつこく聞いたところで、恐らく余計口が固くなるだけだろう。
そう考えたレオニクスはとりあえず空気を変えようと思い、道中で話題になったときから気になっていたことを聞いてみることにした。
「そ、そういえばチェリちゃんってさあ、割と危なっかしくね? なんか目が離せない感じっていうか……」
ここまで言って墓穴を掘ったことに気付いたが、ラキュスが何も言わずにお茶を飲んでいたので、そのまま続けることにした。
「植物を使った魔法の失敗の話してくれたじゃん? あれ、ラキュスは見たんだろ?」
何の話か分かったらしく、ものすごく顔をしかめた彼はこちらに鋭い目を向けた。
「話聞いてるだけでも新しい扉が開きそうで危ねえと思ったけど、ラキュスはさあ、」
「変なことを聞くな」
「やっぱそうだよなー、やばいよなー」
つい数時間前に彼女が話していた内容が脳内に思い起こされる。蔓や蔦が彼女の全身に絡みつき、服が押さえつけられることで身体の線が限界まで強調され、頬は紅潮して気を失っている……。
これは絶対にやばい。具体的に何がどうとは言わないけど、やばい。やっぱり何がなんでも使わせないようにしないと、と思っていると。
「勝手に変な想像をして勝手に納得するな!」
顔を赤くしたラキュスに腕をはたかれた。本気で怒らせてしまったらしい。
「そんな話をするなんて、レオニクスは俺の話を聞いていなかったのか!?」
「ご、ごめんごめん。同じ男としてどう思ってんのかなってさ……」
「窒息寸前の状態に男がどうとか関係ないだろう!? 他人が危ない目に遭ってる想像をするなんて、どうかしてるぞ……!」
「え、いやちが」
「二度とチェリには近付くな!」
窒息寸前、の言葉にレオニクスは己の想像(という名の妄想)が大幅に間違っていたことに気が付いた。彼女が軽い口調で話していたからてっきり大したことはないものだと思っていたが、実際はかなり危ないところだったようだ。
これ以上墓穴を掘るわけにはいかないと口を噤み、邪な想像(という名の妄想)をしてしまったことを静かに反省する。
そうしてラキュスにくどくどと詰められていたとき、ガチャリ、と扉が開いた音がした。
彼女が帰ってきたようだ。パタパタとキッチンへ向かってくる足音が聞こえる。
彼女はキッチンの入り口からひょこっと顔を出すと、レオニクスたちを見て不思議そうな顔をした。
レオニクスは明らかに気まずい顔をしている自覚があったし、ラキュスも鼻息を荒くしていたからだろう。
「二人とも、仲良くなったのね」
「は?」
「ええ!?」
「ラキュスがそんな顔をしているなんて珍しいもの。何の話をしていたの?」
ちら、とラキュスに目を向けると、彼もまたこちらを見ていた。先程とはうってかわって、彼もまた気まずそうな表情をしている。
流石にあんな話をした後で「あなたの話をしていましたよ」とは言えない。
「大したことじゃない。それよりチェリ、何かいいものでも見つかったのか?」
「ええ! スミレがたくさん咲いているところがあったの。フロリニタスでは見かけない色もあったから、アウステリア固有のものかもしれないわ」
はしゃいでて可愛い……。
少し声を弾ませながらうきうきと話す彼女は、なんだかさっきより輝いて見えた。
「へえ、それは良かったな。俺も後で見に行こう」
「ぜひ!」
彼女に話しかけるラキュスも、先程の険しい表情が嘘のように穏やかな顔をしていた。
大事な人に向ける顔を描くとしたらこう、というお手本のようだった。
彼女を穏やかに見守るラキュスが側にいるなら、きっと彼女はこの先も幸せなのだろう。自分の存在は、彼女にとってはただ通りすがっただけの住人Aでしかない……。
「あんなに真っ赤なスミレは初めて見たわ。レオニクスの瞳みたいだったから、綺麗で見惚れちゃった! …………レオニクス、聞こえている?」
らしくもなくポエティックに落ち込んでいたところ、無言で向けられる彼女の怪訝な視線に気付く。一拍遅れて、先程彼女の口から聞こえた言葉が頭の中で反芻された。
…………『レオニクスの瞳みたいだったから、綺麗で見惚れちゃった』? オレに……見惚れちゃったって言ったか!?!?
「あ、ああ! 聞こえてる!」
かなり都合よく解釈しだした脳内を自力で止めることができず、ついニヤニヤしてしまった。
「……そう? ふふ、あんなに素敵なお花が咲いている場所が近くにあるなんて、いいところに住んでいるのね」
「へへ、そうかな……」
彼女にこうやって言ってもらうために、自分はここに住み続けてきたのかもしれない、と半ば本気で思いかけてきたとき、ラキュスから声がかかった。先程話していたときのような険しい雰囲気は、すっかり霧散している。
「終わったぞ」
見ると、買ってきたものは全て片付けられているようだった。
「ありがとう、助かったぜ」
「構わない」
「じゃあちょっとリビングで寛いでてくれ。ここには椅子が一つしかねえしさ。あとで飲み物持ってくから」
レオニクスがそう伝えると、二人はわかったと言ってリビングへ向かった。
その背を見送ると、レオニクスは飲み物を再度注いだグラスを準備して、彼らの後を追うのだった。




