6. 外の妖精に出会います
そうやって三人で話をしていると、次の目的地に着いたようだ。
着いた先にあったのは、落ち着いた雰囲気の赤い屋根のお店だ。看板には『カンディーヴァのお店』と書いてあるが、具体的に何を扱っているのかは、お店のウインドウを見れば一目瞭然だった。
レオニクスが扉を開けると、カランカランとベルの音が鳴った。彼に続いて店に入ると、色とりどりの服が店中に整然と並べられていた。
「まあ……!」
このお店には、普段使いの衣類からフォーマルな礼装まで多種多様に取り揃えてあるようだ。ついつい端から端まで見てしまう。
「いらっしゃいませ〜。ってあら、レオニクスじゃない」
「やあカンディーヴァ。今日のその服もよく似合ってんな、それも君のデザインだろ? 流石、アウステリア一のデザイナーだな」
「はいはいどうもね。それより、あれ出来上がってるから持ってくるね〜」
「おう、ありがとな」
奥から出てきてレオニクスに話しかけたのは、クリーム色の髪を左右に分けて、ゆるく三つ編みにした落ち着いた雰囲気の人だった。
カンディーヴァと呼ばれた彼女はレオニクスの言葉を軽くあしらうと、何かを取りにまた奥へ戻っていった。
するとレオニクスはチェラシュカたちの視線に気付いたのか、はっとしたようにこちらを向いて慌て始めた。
「いや、ちげえんだ! 今のはちょっとした挨拶みてえなもんっつうか」
「レオニクスがそういう奴なのは知っている。チェリにさえ近付かなければ、他の人に対しての態度はどうだっていい」
「ええ、私もレオニクスがそういう……チャラい? 人っていうのは最初からわかっていたから、気にしなくていいわ」
「チェリちゃんにそう言われると、グサッとくるな……」
そんな話をしていると、カンディーヴァが再び店の奥から戻ってきた。
お店の端のカウンターに持ってきた服を置いてこちらを向いた彼女は、ようやくチェラシュカたちに気付いたようで、タレ目がちな赤茶色の目を大きく広げてこちらを凝視してきた。
かと思えば、足早にこちらに近付くとチェラシュカの目の前に立った。
「あら……! あらあらあら!! 気付かなくてごめんなさい! レオニクスってば、お連れさんがいるなら先にそう言いなさいよ!」
「お、おう、ごめん」
目の前でこちらにキラキラした目を向けてくる彼女は、大きなショールで背中を隠しているが、恐らく――。
「あなたたち、妖精ね! 久々に同じ妖精に会えて嬉しいわ……!!」
そう言った彼女はチェラシュカの手を取ってぶんぶんと上下に動かした。表情からも動きからも、彼女の嬉しさが伝わってくる。
「やっぱりあなたも妖精なのね」
「そうよ! 私はカンディーヴァ。あなたたちは?」
「私はチェラシュカよ」
「ラキュスだ」
「……え!? カンディーヴァって妖精だったのか!?」
どうやらレオニクスは知らなかったらしく、彼女の方を見て大声を出していた。
「もう、大きな声出さないでよ! 妖精だっていうだけで変な目で見られるからね、普段は隠しているの」
「まあ、そうなの……」
「だから、今日は妖精のお客さんが来てくれてすっごく嬉しいの! しかも二人も! サービスするから好きなだけ見てってよ」
「ありがとう、カンディーヴァ」
「助かる。ありがとう」
カンディーヴァはニコニコとしていたが、レオニクスは驚きを隠せない様子だった。そこへ、明るい栗色の短髪の小柄な獣人がやってきて、少し背を伸ばしてレオニクスの肩をポンポンと叩いた。
丸っこい耳と大きな尻尾から、栗鼠の獣人ではないかと推測する。ふわふわと動く尻尾をつい目で追ってしまい、そちらに向かいそうになる手をぎゅっと握り込む。
「だいじょーぶ。てんちょーはレオニクス以外にも妖精であることを隠してますから、落ち込まないでくださーい」
「そうそう、お連れさんが妖精だったから明かしてもいいかなと思っただけで、余所では秘密にしてちょうだいよ?」
「それはもちろん言わねえけどよ……」
「あ、はじめまして。あたしはカスティナでーす」
「はじめまして。チェラシュカよ」
「ラキュスだ」
まだ神妙な顔をしているレオニクスに、カスティナがその周りをぐるぐると歩きながら声をかける。
「ほらほーら。気にしなーい」
「いや……長い付き合いなのになんで言ってくれなかったんだっていう気持ちもゼロではねえけど、さっきアトラトゥスさんがさ……」
「ああ、武具屋に行った後なのね」
「あの黒豹がなにか言ってたんですかー?」
「妖精だからって、チェリちゃんたちが……オレを騙そうとしてたんじゃねえかって」
「はあー? 全く、相変わらず大雑把で無神経なんだから」
「きゃはは! 黒豹の奴、見る目無さすぎー!」
むっとした様子のカンディーヴァとけらけらと笑うカスティナに対し、すっかり肩を落としたレオニクスはぽつりと呟いた。
「なんかさ、今まで見えてなかっただけで、偏見ってすぐそばにあったんだな……」
すると、カンディーヴァとカスティナは顔を見合わせて、くすくすと笑いだした。
「な、なんで笑ってんだよ」
「だって、ねえ?」
「レオニクスがそんな真面目なこと言うなんて、ねー?」
「よく知らない相手のことを第一印象で判断するのなんて当然のことだし、私だって、アウステリアの獣人は他種族を蔑ろにしてると思ってたわよ」
「あたしだってー、肉食動物は全然真面目じゃないし野蛮だーって思ってましたよー」
「……はあ?」
少し顔を顰めたレオニクスを気にすることもなく、彼女たちは話し続けた。
「だから、レオニクスが来たときは『男の肉食動物がなんでうちにくるんだ』って思ったもんね」
「それなのにー、最初にあたしを見るなりなんて言ったと思いますー?」
その時のことを思い出しているのか、カスティナがくくくと笑いながらこちらを向いた。
「……なにかしら?」
「『こんにちは。君みたいに綺麗な毛並みを持った子は初めて見たな。もしかしてモデルやってたりする?』ですよー? ありえないでしょー」
彼女はレオニクスの声色を真似ているのか少し低くした声でそう言うと、けらけらと笑っていた。
とはいえ、彼女の栗色の髪も、ふわふわとした耳や尻尾の毛並みも、どちらも艷やかに輝いている。どう見ても、丁寧に手入れされていることは間違いないだろう。
そこでカンディーヴァがこう補足した。
「確かにカスティナにはたまにうちの服を着てもらったりして、宣伝に一役買ってもらうことはあるけどね。まさか真正面からあんなセリフをいう獣人がいるなんて思わなくって」
「なんなんだよ……カンディーヴァもティナちゃんもさあ……。言い方はあれかもしれねえけど、事実だろ?」
「……ほらー、すぐこーゆーことを言うでしょー」
呆れ顔ながらも若干照れ臭そうにするカスティナと、困ったように笑うカンディーヴァからは、言い方こそ否定的ではあるが、レオニクスを信用している雰囲気が感じ取れた。
「ところで、三人はどういう流れで一緒に?」
そんなカンディーヴァの問いかけに、チェラシュカはちら、とラキュスへ視線を向けた。
「私たちは幼馴染で、旅を始めたばかりなの」
「レヴァノスからここへ向かう途中で、レオニクスに魔界ネズミから助けてもらったんだ」
「へえ〜。意外とかっこいいとこもあんだね」
「はあ? それってどういう意味だよ」
「そのまんまの意味よ」
カンディーヴァの言葉に突っかかるレオニクスだったが、軽く流されていた。そんな中、カスティナが軽い足取りで服の掛けられたラックへと向かった。
「見たところ、こういう服も似合うと思うんですよねー」
彼女はストンとしたロングワンピースを片手に、チェラシュカの前にやってきた。
「あとこれとこれと、これも!」
リボンやフリルがたくさんついたブラウスや、フレンチスリーブのサマーニット、ハイウエストのキュロットパンツに、スリットの入ったロングスカートなど、彼女は目についたものをただ片っ端から持ってきているように思える。
「ティナちゃん……さすがにジャンルバラバラすぎじゃねえか?」
「いや。……カスティナの目は正しい」
レオニクスの言葉を端的に否定したラキュスがカスティナへ右手を差し出すと、彼女は「見る目ありますねー」と言って同じく右手を差し出し、二人は強く握手を交わしていた。
そんな二人を見たレオニクスが困惑気味に「ええ……?」と呟いている。
「チェリは何でも似合うが、カスティナが持ってきた服は、この店の中でも特に似合いそうだと思っていた」
「マジ?」
「さすがー。長い付き合いなだけあって、よくわかってらっしゃるー。ということでまずこれを着てみましょうねー」
レオニクスは怪訝そうな顔をしているが、ラキュスもカスティナも全く気にした様子がない。ラキュスにゆるい褒め言葉を贈ったカスティナに背を押され、チェラシュカは試着室へと移動させられた。
有無を言わさずしゃっとカーテンを閉められたので、とりあえず手渡されたダークグレーのワンピースを着てみることにする。
ラウンドネックでウエストにワンピースと同じ生地のベルトがついており、一見真っ直ぐかと思いきや裾に向かって緩やかに広がるAラインのシルエットは、いつも着ている服よりかなり大人っぽいものだった。丈はふくらはぎの真ん中あたりまであるが、スリットが入っていて裾さばきも良い。そして、背中には羽がギリギリ通るサイズの穴が開いており、妖精向けに作られたものだとわかる。
とりあえず今身につけている濃紺のケープとジャンパースカート、ブラウスを脱ぎ、渡されたワンピースを身につける。ドロワーズはそのままでもシルエット的に大丈夫そうだ。
「どうかしら」
着替えてからカーテンを開けて声をかけてみると、様々な反応が返ってきた。
ラキュスは満足そうに頷いているし、レオニクスはぽかんと口を開けている。
カスティナはニヤッと笑ってからカンディーヴァに話しかけていた。
一際真剣な目でこちらを見ていたカンディーヴァは、こちらへ近付いて「ちょっといい?」とチェラシュカに尋ねた。
「なんでしょう」
「髪型をね、変えたいの。あとアクセも」
彼女の手によって再び試着室に戻らされたチェラシュカは、鏡の前の椅子に座らされた。
魔法でアクセサリーボックスをカウンターの奥から引き寄せたらしく、その中を慎重な手つきで漁って一組のイヤリングを取り出していた。
シルバーで少し大ぶりの歪な太い輪で出来たそれをチェラシュカの耳元に持っていくと、彼女は小さく頷いている。
どうやら彼女の何かに火がついたようなので、一応「好きにしてもらって構わないわ」と声をかけておいた。
聞いているのかいないのか、彼女は慣れた手つきでチェラシュカの髪を解き、ブラシで丁寧に梳かしたあとヘアオイルを全体に馴染ませている。こめかみや項付近に少しおくれ毛を残すようにして、後頭部の真ん中あたりで一つにまとめているようだ。
彼女の手によって、あっというまにシニヨンができあがった。鏡越しに見る自分は、服と相まってかなり大人っぽい雰囲気になったように感じる。
「すごいわ」
「さすがてんちょー」
「素材がいいから気合も入るってもんね」
いつの間にかカスティナも試着室の前まで来て、鏡越しにチェラシュカを見ている。ふう、と息を吐いたカンディーヴァは満足気な笑みを浮かべていた。
チェラシュカは立ち上がると、振り返って試着室を出た。
「チェリ、よく似合ってる」
「ありがとう、ラキュス」
ラキュスは笑みを浮かべてこちらへ近付いてくると、ウエストで垂らしていたベルトのねじれを戻してくれた。
「ほらー、レオニクスも何か言わないとー。いつもの調子はどうしたー」
「……え!? あ、ああ。うん、すっげえ素敵、だぜ」
「歯切れ悪すぎない? いつもはあんなに歯の浮くような台詞をぽんぽん言ってたくせにさ」
「ンなことねえって!! えー、ごほん。チェリちゃん、そういうシックな服も似合うんだな。ティナちゃんとカンディーヴァのセンスの良さが光ってるぜ」
そんなレオニクスの言葉に対し、カンディーヴァとカスティナから非難の嵐が浴びせられた。
「それじゃ褒めてるのは私たちになっちゃうでしょうが」
「女性を褒めるのにー、他の女性の名前を出すなんてダメダメー」
確かに非常に頑張って捻り出してます感はあるものの、褒めてくれようとしているのはわかるので、無理強いしないであげてほしい。
「レオニクス、無理しなくていいのよ。気持ちは伝わってきたから」
「いや! 無理してるわけじゃねえんだ。……うん。その、か……。可愛い」
「……本当? ありがとう」
絞り出された褒め言葉に思わずくすりと笑ってしまうと、ふいっと視線を逸らされてしまった。
そんなレオニクスを見たカンディーヴァとカスティナが、にまーっとした笑みを浮かべて目配せをしあっていた。
「はは~、そういうことね〜」
「なるほどねー」
二人はレオニクスを挟むように立つと、ひそひそと何やら話しかけている。
レオニクスは訝しげな表情をしているが、何を言われたのだろうか。
その間のラキュスはというと、アクセサリーボックスを自由に見ていいと言われたため、真剣に物色していたようだ。
時折適当なイヤリングや髪飾りを手に取り、チェラシュカの顔周りに近付けてはボックスに戻すということを繰り返している。
「ラキュスはさっきから何をしているの?」
「より高みを目指している」
「……? そうなのね」
間髪入れずに返事をされたものの、何ら具体性のない答えに疑問符が浮かぶ。
よくわからないが、心做しか楽しそうにしているのでまあいいかと思うのだった。
「カンディーヴァ。これとこれ、それからこの服もまとめて会計してくれ」
「え?」
「はいは〜い!」
「ラキュス、これ買うの?」
「気に入っただろう?」
「ええ、とっても素敵ではあるけれど……着る機会があるかしら」
「機会は作ればいい」
ラキュスにサラリと言い切られてしまった。更に、「チェリは他に欲しいものはないか」と聞かれる。
少し悩んだが、「さっきブーツ代を立て替えてもらったし、俺もお金を崩しておきたい」と言われてしまえば、ここで遠慮する必要もないだろう。
チェラシュカは少し店内を見て回り、個人的に新調したいと思っていた寝間着とブラウスを持って、カウンターで待つカンディーヴァに手渡した。
ラキュスが見繕った数点のアクセサリーと今チェラシュカが試着している服、そして先程渡した服もあわせた金額をカンディーヴァが算盤で計算している。パチパチといくらか弾いた彼女は顔を上げると、ニンマリとした笑みをラキュスに向けた。
「合計で、三万三千エンです」
「これで。ちょっと大きくてすまない」
「おお~。小金貨でも全然構わないよ。はい、おつりね」
そんなやりとりの後、チェラシュカが先程まで着ていた服を丁寧に畳まれた状態でカンディーヴァから手渡される。
「折角似合っているのだし、そのまま着て行ったらいいと思うわ~」
自然に受け取った自分の服を見つめてから、カンディーヴァとラキュスを交互に見る。それからニコリと笑顔を浮かべた。
「ラキュス、カンディーヴァ、ありがとう。折角だからそうするわ」
「ぜひぜひ! ついでに宣伝してくれると嬉しいな~。こんなに可愛くなりますよって!」
「うふふ。わかったわ」
それからチェラシュカは、受け取った品物を全てコンパクトに畳んでサイズを小さくすると、携帯用金庫に仕舞い込む。
こうして、森の外で初めて出会う妖精と可愛らしい獣人に見送られながら、三人でお店を後にするのだった。




