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星影が導く花明かり  作者: 天りあま
第二章 仲間との出会い

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4. 武具屋さんです

 レオニクスが買い物より先に寄りたいところがあるということで着いていくと、見えてきたのはゴツゴツとした屋根の素朴な雰囲気のお店だった。

 慣れた様子で扉を開ける彼に続いて中に入ると、多種多様な武具がずらりと並んでいた。

 

 入って右手側には、長剣や短剣に鎌や弓などの飛び道具、その他名前のわからない武器が何種類か置いてあった。

 反対側には、鎧や盾などの実戦でつかうようなものから、ブーツやマントなどの旅で必要なものまであり、この店だけで武具一式が揃えられそうだった。

 

 お店の真ん中には小さなカウンターがあり、店主らしき大柄の獣人がその向こう側に立ってノートを確認しているようだ。

 短めに刈り込まれた水色の髪と、その頭上に生えた艷やかで真っ黒な丸っこい耳が印象的だ。

 

 レオニクスはその獣人と知り合いのようで、こんちはーと声をかけると真っ直ぐそちらへ向かっていた。

 

「ようレオニクス! お? 今日は連れがいんのか? お前、こんなべっぴんさんの知り合いがいたなんて隅に置けねえな!」

「いった! 痛いって……!」

 

 彼はがははと笑いながら、レオニクスの背中をばしばしと叩いていた。

 視線を少し下に向けると、ゆらゆらと揺れる黒いしなやかな尻尾が目に入る。何の動物なんだろうとぼんやり考えていると、彼と目があったので軽く微笑んで会釈しておいた。

 すると、彼の瞳孔がすうっと広がったかと思うとレオニクスの肩に手を回して「なあ、あの子どういう知り合い?」と尋ねているのが聞こえた。

 

「え? えーっと……」

「こんにちは、店主さん。私たち、今朝レオニクスに魔界ネズミから助けてもらったんです。私はチェラシュカ。こっちはラキュス」

「どうも」

 

 彼の雰囲気からチェラシュカたちのことが気になっていそうだったので、すっと近付いて挨拶をする。

 

「よう! 俺はアトラトゥスだ。ここの店主をやってて、こいつの兄貴と友達なんだよ」

「まあ、そうなんですね」

「で、お二人さんよ。ちいと聞きたいことがあるんだが、」

「あ、アトラトゥスさん! とりあえず先にこれ渡しとくんで」

「お? おお、いつものやつだな」

 

 レオニクスが少し大きな声で彼に話しかけたかと思うと、肩から提げていた鞄の中から何かを取り出した。

 取り出されたのは革でできた鎧のようだ。戦闘訓練の際に見たことはあったが、獣人用だからか結構大きい。

 あれほどの大きさのものがいくつも入っているということは、あの鞄は――。

 

 そうチェラシュカが考えているのを余所に、受け取った鎧をさっと確かめたアトラトゥスが、小さな小袋をレオニクスに手渡していた。

 

「今日もありがとな。相変わらずお前はいい仕事をするな」

「こちらこそ……ありがとうございます」

 

 一連の流れを見ていたチェラシュカたちに気付いたのか、レオニクスがこちらを振り向いた。丁度いいと思い声をかける。

 

「レオニクス、その鞄ってもしかして……」

「ああこれ? 携帯型倉庫だよ。オレが細工師になるときに、じいちゃんに貰ったんだ」

「やっぱり!」

「へえ。倉庫の方は初めて見たな」


 チェラシュカやラキュスが荷物を入れるために持っているのは、魔導収納庫の一種である携帯型金庫である。

 そして、携帯型倉庫はその何倍もの容量があり、値段は容量に比例してドンと跳ね上がる。

 フロリニタスにいた頃はそれを必要とする機会もなく、具体的な値段はわからないものの、レオニクスの持つそれがかなり値を張るものであることは察せられた。

 

「いやでも大したモンじゃねえよ」

「……それはいつから使っているの?」

「えーっと……四十年前くらいかな?」

「四十年も……! レオニクス、私たちに謙遜することないわ。あなたのお祖父様がレオニクスのために与えてくれたものなんでしょう? 見るからに大切に使い込まれているのがわかるもの。大事なものを大事にしているんだって胸を張っていいのよ」

「……」

「そうだな。そうやって謙遜するのが癖になっているのかもしれないが、レオニクスがなんと言おうと、いいものはいいと褒めてやる」


 チェラシュカたちの言葉を聞いたレオニクスは、目を瞠って耳をピンと立てていた。なんだか泣きだしてしまいそうな、幼い子供のような表情をした彼は、ぐっと唇を噛んで目を伏せた。

 

「レオニクス……?」

 

 そこへ、鎧を奥にしまってきたアトラトゥスが戻ってきた。

 

「ああレオニクス。そういえばお前の兄ちゃんたちが、また警備隊に戻ってこないかって言ってたぞ。細工師なんか猿や浣熊(アライグマ)の奴らに任せて、肉食動物らしく強さを求めろだと。まあ俺は、お前はいいもん作ると思ってるがな」

 

 がははと笑うアトラトゥスに対し、レオニクスはどこか傷ついたような、諦めたような表情を浮かべていた。

 

「……そういえば、レオニクスは細工師なのよね。細工師ってさっきみたいな鎧とかを作るのが仕事なの?」

「あ、ああ……防具を作ったり修理したりするぜ。革製品がメインだけど……鞄とかさ。あとは刺繍とか……、彫金も一応したことはあるぜ」

「まあ! とっても器用なのね。それって、もしかしてお祖父様と関係があったりする?」

「え? ……ああ、じいちゃんは細工師だったんだよ。オレに色々教えてくれたんだ」

「なら、レオニクスのおじいさんは嬉しかっただろうな」

「そうね、大事な孫が自分の教えた知識をもとに同じ職業に就いたのでしょう? いただいたという携帯型倉庫も、お祖父様に大切にされている証ね」

 

 その言葉を聞いたレオニクスは自身の携帯型倉庫へと視線を落としたまま、何かを思い出すように笑みを浮かべた。

 

「そう……そうなんだ。じいちゃんは厳しかったけど、同じくらい優しくてさ。オレも昔は前線に出て街を守ってたけど、今はオレの作った防具が昔の仲間を守れててさ。……オレ、細工師になってよかったなって思ってる」

 

 すると、急にアトラトゥスが大きな声を上げた。

 

「おい、レオニクス……!!」

「あ、アトラトゥスさん……!?」

「お前……良い友達を持ったな!! 大切にするんだぞ! あとお前の兄ちゃんらには、レオニクスは細工師をやめねえって言っといてやるからな!!」

「え、ええっと……ありがとうございます」

 

 アトラトゥスがレオニクスの肩を抱いて満面の笑みを浮かべていた。その勢いに押されたレオニクスは、されるがままになっていた。

 苦笑いしつつもどこか嬉しそうな彼に、チェラシュカはほっと息を吐いた。

 レオニクスの肩に腕を回したままアトラトゥスはこちらを向くと、こんなことを口にした。

 

「いやあ実はな、レオニクスがお前さんたちを連れてきたときは、美人局(つつもたせ)にでも遭ってるんじゃないかと思ってな」

「ばっ……ンなわけねえだろ!?」

「ははは、すまんすまん。妖精自体が珍しくてな、ついそう思っちまった」

「妖精がどうとか関係ねえですよね!? アトラトゥスさんでも言って良いことと悪いことが……」


 そうアトラトゥスに食って掛かるレオニクスを横目に、「つつもたせ……?」と呟く。

 それってなんだろう、とラキュスと顔を見合わせていると、アトラトゥスがこちらの様子に気付いたようだ。

 

「ん? お前さんたち、もしかして美人局を知らんのか」

「ええ。何ですか?」

「聞いたことないな」

「そうだなぁ……。チェラシュカちゃんのようなべっぴんさんがレオニクスみたいな男を誘い出して、こいつがのこのこついていったところで怖え奴が知り合いだっつって現れて、お金を脅し取るようなことかなぁ」


 お金を脅し取るなんてことをする人が現実に居るのか……と目を瞬かせていると、レオニクスが慌てたように口を挟んだ。

 

「ちょっ、例えが酷いんですけど!? そんなこと疑わなくても大丈夫ですんで!」

「……チェリはそんなことはしない。失礼なことを言うな」

「すまんなぁ、お二人さんみたいな線が細い奴らは獣人にはあんまりいないもんだから、ころっといっちまわないか心配でな。ははは」

「……ん?」

「二人?」

 

 ラキュスとレオニクスが顔を見合わせて、それから徐々に渋い顔になっていった。

 

「ラキュスちゃんもだけど、妖精ってのは顔が綺麗な奴ばっかりなんだな。いやあ知らなかったよ」

「そう……なのかしら」

 

 チェラシュカはあら? と思いつつも曖昧に返事をしておいた。

 その横で、ラキュスとレオニクスが渋い顔のままひそひそと話し合っているのが聞こえてくる。

 

「……俺、もしかして女性体だと思われてるのか?」

「……かもしれん。なんかごめん」

 

 とりあえず話が一段落したなと思ったので、チェラシュカは口を開いた。

 

「あの、少しお店の中を見回ってもいいでしょうか?」

「おう! 遠慮せず見てってくれ。危険じゃねえモンなら触っても構わないぞ」

「ありがとうございます」

 

 アトラトゥスに許可を得たので、まずは武器のある右側に向かった。武器には詳しくないが、自身の身長の半分程の剣や、懐に忍ばすことのできる大きさの短剣に、大小様々な大きさの弓などがある。

 弓は引くのが大変と聞くけれど、どれほど力が必要なものなのだろうか。魔法で介助すれば自分にも扱えたりしないかな、なんて考える。

 他にもハンマーに斧、恐らく手に付けて使うであろう道具まで幅広く取り揃えてあった。

 

「何か武器を探してんのか?」

「いえ……あまり見たことのないものが多くて、興味深いなと」

「チェリが持つと危なっかしいから、刃物含めて凶器全般持つなよ」

「……わかっているわ」

 

 一通り武器を見たが、結局のところ自分がこれを持つところはあまり想像できないなと思う。

 なんせ、料理をするときに包丁を持つだけでも周囲をハラハラさせているのだ。うっかり自分を傷つけかねない武器を持つことは、ラキュスの許可が下りないだろう。

 気を取り直して、防具側へと足を向けた。

 

 レオニクスが持ってきていた鎧もそうだが、アウステリアで多数を占める獣人向けに作られているようで、どれもサイズが大きい。

 妖精でも比較的大きい個体は存在するものの、ただ背が高いだけで皆細身である。

 一方獣人は、全体的に身体の厚みが全く妖精と異なっており、妖精が木の枝だとしたら獣人は木の幹のようだ。

 

 レオニクスはアトラトゥスに比べると小柄に見えるが、それでもチェラシュカやラキュスと比べると一回りか二回りほど大きなしっかりとした体付きだ。

 そういえばボディチェックをしてくれた兎の彼女の身体も、しなやかでありながら体幹がしっかりしていそうだった。恐らく獣人は皆、筋肉が発達しているのだろう。

 

 試しに一番手前にあったマントを手にとってみたが、丈は確実に引きずるであろう長さだった。

 それを元の場所に戻して、手につけるであろう防具を嵌めてみる。恐らく肘より手前までを覆うものなのだろうが、チェラシュカの二の腕の真ん中まで覆われてしまった。

 近くでそれを見ていたレオニクスが、そんなぶかぶかになるもんなんだ……、と目を丸くしていた。

 

 すると、少し向こうにいたラキュスから声をかけられた。

 

「チェリ、これはどうだ?」

 

 ラキュスが指し示したのは、シンプルな焦げ茶の膝下丈のブーツだった。周りには大きめのブーツが並んでいるものの、それだけが小さめに作られているようだ。

 

「お、それはこの前仕入れたんだよな。少しは普通のヒトサイズのものも入れとかねえとってことでな」

「そうなのね」

 

 そういえば靴に関しては、フロリニタスにいたときから履いていたモカシンをそのまま使っていたのだった。

 これを機に新調するのもいいかも知れないと思い、ラキュスの肩につかまって靴を脱ぎ、ブーツを履いてみた。内側のファスナーを上げて爪先をトントンとする。

 それは驚くほどぴったり足にフィットしていた。中はクッションがきいていて、少し背伸びをしたくらいの高さのヒールがあり、コツコツと数歩歩いてみたがなんの問題もなかった。

 ラキュスもいつのまにか少し丈が短めの似たようなブーツを試着しており、トントンと爪先で床をついて静かに頷いていた。

 

「アトラトゥスさん、これはおいくらですか?」

「お、気に入ったか? 三万エンだ」

「買います。お代はこれで。ラキュスは?」

「……買う」

「では、二足まとめてお会計をお願いできますか?」

「お、おう……」

 

 流れるように渡された一枚の小金貨をアトラトゥスが目を丸くして見つめていたが、しっかりと手は動かしてレジからお釣りを出していた。


「お買上げどうもありがとう。四万エンのお釣りだよ」

「ありがとうございます。このブーツはそのまま履いていきます」

 

 チェラシュカは大銀貨を四枚受け取ると、携帯型金庫にしまった。

 さっきまで履いていたモカシンも揃えて手に持つと、魔法でさっと洗浄した後小さくして携帯型金庫に入れておいた。携帯型金庫の中のもの同士がぶつかったりすることはないので、問題ないだろう。

 

「本当はもうちょっと説明しようと思っていたんだが、履き心地だけで即決してくれるとは思わなかったなぁ」

「説明?」

「ああ。そのブーツは中敷きに足の負荷を軽減する魔法陣が組み込まれていて、長旅でも疲れにくいって評判なんだ。ブーツ自体にも同じ魔法陣が刻まれているから、二重で効くってわけさ」

「どおりで魔法の気配がするわけだな」

「あと、革自体も撥水加工をしているから雨の日でも安心だし、靴底は特殊な滑り止め加工を施してあるから、どんな道でも難なく歩ける。まあ、お前さんたちはその羽があれば要らんのかもしれんがな」

「……羽があっても歩かざるをえないときはあるもの。いいものを手に入れられて良かったです」

「ああ、そうだな」

 

 靴を新調したチェラシュカたちは、レオニクスも用が済んだということで店を後にした。

 「もしまた必要なものがあればおまけしてやるからいつでも来い」と言ってもらえたので、機会があればまた訪れよう。

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