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星影が導く花明かり  作者: 天りあま
第一章 妖精の街フロリニタス

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閑話 守ると決めた日

ラキュス視点

 月明かりに照らされた湖のほとりを、ラキュスはチェラシュカと二人で散歩していた。

 

 昼間、ペルシュカも含めて三人で十二歳を迎えられたことを祝ったあと、たくさん遊んだときのことを思い返す。

 ほぼ走り回っているだけと言っても過言ではない鬼ごっこなど、ペルシュカを追いかけ回したりあるいは追いかけられたりと、それはそれは体力を消耗する遊びをラキュスは敢えて提案していた。

 そうして自分の身を削りつつも、ラキュスはとある賭けに勝つことができた。それは、ペルシュカを疲れ果てさせ先に眠らせることである。


 ラキュスがチェラシュカを何かに誘うと、どこから嗅ぎつけるのか十中八九ペルシュカが付いてくる。というか邪魔しに来る。

 

 もちろん、三人で遊ぶのだって楽しいのは楽しい。

 しかし、二人は同じ家に暮らしているため圧倒的に二人だけの時間が長いが、ラキュスは隣とはいえ別の家に住んでいるので、チェラシュカと二人きりになる時間というものは取りようがなかった。


 別に、どうしてもチェラシュカと二人になりたかったというわけではない。ただ、いつも何故か彼女のことでこちらに張り合ってくるペルシュカに、意趣返しをしてみたかったという気持ちが八割ほど。

 残り二割は、ペルシュカがそれほど独占したがる彼女と一度ゆっくり話してみたかったというのが、今回の賭けの動機である。


「ラキュス、今日はどうしたの? 二人で散歩しようなんて、珍しいわね」

「別に……ただ、いつもペルシュカがいると落ち着いて話せないから、なんとなく」

「そうなの? まあ確かに、シュシュっていつも元気だものね。気付かれないようにベッドから抜け出してこれてよかったわ」


 ニコニコと笑いながら話す彼女は、本当にペルシュカとよく似ている。

 羽を覆うくらいの背中まで伸びたピンク色の髪も、月の光を反射する金色の瞳も、二人が黙って並んでいたら、初めて見る人はどちらがどちらかわからないだろうと思う。

 とはいえ、ペルシュカよりチェラシュカの髪色の方がやや薄く繊細な色味であるので、二人を見慣れているラキュスが見間違うことはないが。


「ペルシュカって家でもずっとあんなに煩いのか?」

「シュシュはそんなに煩くないと思うけれど……、でもラキュスが困っているなら一度話してみるわね」

「いや、別にいい」

「ふふ。ならシュシュにはいつも通り自由に元気でいてもらうわ。でも、今日はラキュスも物凄く元気だったわよね。あんなに走り回っていたもの」

「そうだな……流石に疲れた」

「まあ。ならシュシュと同じように眠いんじゃない? もう帰る?」

「まだ帰らない」


 自分を気遣って提案してくれたことだったが、折角手に入れた時間をそうそうなくすわけにはいかないと食い気味に否定してしまった。

 しばらくの間目を丸くしていた彼女だったが、ふ、と笑みを浮かべ「わかったわ」と返すのだった。


「あ、ねえ。今あそこで魚が跳ねたわ! 何の魚かしら」

「ん……なんだろう?」

「ちょっとギリギリまで寄りましょう」


 当然のようにラキュスの手を取った彼女に引っぱられる形で、湖の縁ギリギリのところまで足を進まされる。


「うーん……わからないわ」

「また跳ねてくれたらいいんだが」

「……よく考えたら、魚の名前はアユとマスくらいしか知らなかったわ」

「なんだそれ。じゃあ見えてもわからないかもしれないな」

「ラキュスは見たらわかるの?」

「まあ、この湖のなら一通りは」

「そうなの? すごい! さすがラキュスね」


 彼女はキラキラと目を輝かせてそう言った。どんな些細なことでもこうやって褒めてくれるので、ペルシュカもつい調子に乗るんだろうな、とラキュスは思う。


「大したことじゃない。水魔法を使う練習で魚を捕まえたついでに覚えただけだ」

「え! 水魔法で魚を捕まえられるの? 見てみたいわ!」

「……ちょっとだけだぞ」


 そう伝えると、彼女は頷いてラキュスの手を離した。ぬくもりが離れてしまうことを少し惜しみつつ、右手を湖の方へかざす。

 目の細かい四角い網をイメージして水をその形に固めると、湖底へ静かに沈めていく。その網の大きさを徐々に広げていき、自分の家のベッドくらいの大きさになったところで端を持ち上げるイメージをする。そのまま両端を上でくっつけるようにして、ざばっと勢い良く水の網を水中から引き上げた。すると、水の網の中に何匹かぴちぴちと跳ねる魚がいた。


「え! すごい! すごいわ!!」


 先程より更に目を輝かせた彼女は、ぴょこぴょこ飛び跳ねて興奮しているようだった。

 ラキュスは水の網をこちらに引き寄せながら、水の塊にして魚をその中に閉じ込める。


「これはフロリワナだな。フロリニタスにだけいるイワナだ。こっちはレヴァノス全域にいるレヴァユ。それからこれはノスヤマメに、フロリマス」

「ラキュスってすっごく物知りなのね! お魚先生だわ」

「……ふふん」


 ……すこーしだけ、ペルシュカの気持ちがわかった気がする。ほんの少しだけ。

 だから、左手も湖の方へかざしてさっきと同じ工程で更に魚を捕まえたことに、大して意味はないのである。


「まあ! 魚がもっとたくさんになったわ!! ラキュスってなんでもできるのね! 本当にすごいわ!!」

「これくらい簡単だ」

「私にはこんな繊細な水魔法は操れないもの! それを簡単にできてしまうなんて、さすが湖の妖精ね!」


 そう言われてつい口の端が上がってしまうのも、彼女から向けられる尊敬の念を含んだ眼差しをじっと見つめてしまうのも、本当に大して意味はないのである。


「あ!」

「……どうした?」


 こちらを見ていた彼女が急に大声を出したので、何事かとほんの少しだけ不安が過る。

 

「あのね。今気付いたんだけど、ラキュスの髪って夜の湖みたいね。星空がキラキラ反射していて、とても綺麗よ」

「……は」


 どぼどぼどぼん!


 ラキュスが気付いたときには、水の塊に閉じ込めていたはずの魚たちが湖に返ってしまっていた。更には、魚が湖に飛び込んだときの水飛沫がそこそこ二人にかかってしまっていた。

 

「あ……」

「……びっくりしたわ! 湖に返してあげたのね。ばいばい、お魚さんたち」


 髪や顔にところどころついた水滴を気にする様子もなく、湖に向かって小さく手を振る彼女の横顔を眺めることしばし。

 こちらを振り返った彼女に「ラキュス?」と呼ばれてはじめて、ずっと彼女を見ていたことに気がついた。


「……なんでもない」

「そう?」


 一歩踏み出して彼女に近付き、習ったばかりの風魔法を弱めに彼女にかけて、かかっていた水を吹き飛ばした。


「乾かしてくれたのね。ありがとう」

「俺が濡らしてしまったからな」

「ふふ。ちょっと楽しかったわ」

「……そうか」

 

 何事も楽しそうにする彼女を見て、学校での様子を思い出す。

 彼女の側には常にペルシュカが張り付いているものの、授業中も休み時間も、同世代の妖精たちが彼女へちらちらと視線を向けては話しかけるタイミングを伺っていることを知っている。最近では仲良くする固定のメンバーができつつあるものの、その隙を狙ってくる奴もいる。


 チェラシュカはいつも機嫌が良い。愛想も良い。誰と話していても相手の良いところを見つけ、あっというまに相手の心に飛び込んでしまう。

 今まではペルシュカというガードがいることもあってあまり意識したことがなかったが、今日改めて、彼女の性格が人を惹き付けやすいものであると実感した。

 では、彼女に惹かれてやってくる奴は、皆無害だろうか?

 基本的に穏やかな気質の者しかフロリニタスにはいないものの、無意識に発した言葉で傷つけることだってあるかもしれない。意図的でなくても、事故に巻き込むことだってあるかもしれない。

 

 目をつむると、ラキュスに向けて綺麗と言ったときの花開くような彼女の笑みが、瞼の裏に浮かんでくる。


 ――絶対に、チェリの笑顔を守ろう。


 ラキュスはそう固く決意する。

 

 そろそろ帰ろうか、と声をかけ、今度はこちらからチェラシュカの手を取る。小さく柔らかいその手は、当然のようにラキュスの手をそっと握り返してきた。

 

「帰りましょう! あ、ねえ、ラキュス」

「なんだ?」

「今夜のことは、私たちだけの秘密にする?」


 小首を傾げてそう聞いてきたチェラシュカに、二度ほど瞬きをしたあと「ああ」と呟く。


「俺たちだけの秘密だ」


 そう言ってニッと笑うと、チェラシュカも同じように笑みを返してきた。

 自身の決意は心の奥にそっとしまう。二人だけの秘密ができたこの日のことを、ラキュスは生涯忘れないだろうと思ったのだった。

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