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 試合は大河がジャンプボールを制し、K高校のボールで第一クォーターが始まった。


「流唯、いけーっ!」


 俺は大河からパスを受け取ると、速攻でジャンプシュートを放った。

 ボールは綺麗にリングへと吸い込まれ、K高校が先制点を取った。

 その後、試合は順調に進み、第四クォーターの残り一分。83-74で試合は俺たちK高校がリードしている。

 しかし、まだ逆転の可能性がある状況で、最後まで油断はできない。


「三上、頼んだ!」


 野川からパスを受けると、スリーポイントラインからシュートを打った。

 わずかに軌道が外れて、ボールはリングに当たってはじかれる。


「タイちゃん……!」


 俺が叫ぶと同時に大河がジャンプした。相手のディフェンスを物ともせずリバウンドを取ると、大河は即座にダンクシュートを決めた。

 試合終了を告げるホイッスルが鳴る。

 俺たちは、二回戦も勝利することができた。


「タイちゃん、ごめん。最後外した」


「何言ってんだよ。バスケはチームプレイだろ? 俺が必ずフォローっすっから任せろ!」


 大河が俺の頭を勢いよく撫でまわした。


「そうだよ。三上が何本も決めてくれたから、俺ら勝てたようなもんだし!」


 野川が俺の肩を叩いて笑う。

 試合が終わる頃には雨が止んで、雲間から陽が射していた。

 控え室に戻ると、汗を拭いてユニフォームを脱ぎ、ジャージに着替えた。

 帰りの支度をしていると、いつの間にか大河がいなくなっていることに気がつく。

 トイレにでも行ったのだろうか。チームメイトには先に帰っているように伝えて校内を探していると、体育館裏で大河を見つけた。

 大河はこちらに背を向けて立っている。


「おい、こんなところで何して……」


「竜ケ崎くん、好きです。私と付き合ってください……!」


 大河に話しかけようとした瞬間、声が聞こえた。

 大河の身体で見えなかったが、よく見ると大河の前に女子生徒がいる。着ている制服から、おそらく試合会場であるこの高校の生徒だろう。


「ありがとう。うれしいよ……」


 そこまで聞いて、足早にその場から離れた。

 まさか大河が告白される場面に遭遇するとは思わなかった。

 少しでも遠くに離れようと足を踏み出すたびに、試合に勝ったうれしさが徐々に冷めていく。

 聞かなくても、大河の答えは分かってる。

 大河は女子となら誰とでも付き合いたいと言っていた。

 だから、告白を断るなんてありえない。大河はあの子と付き合うのだろう。

 誰もいない渡り廊下で立ち止まると、柱に背中を預けて力なく座り込んだ。

 いつかこんな日が来ることは分かっていた。

 友達のまま、大河のそばにいられたらいいと思っていた。

 でも、想像以上に胸が痛くて、息が苦しい。

 どうして、今になって雨が上がるんだよ。

 雨が降っていれば、二人の会話を聞かずに済んだかもしれないのに。

 座り込んだままうなだれていると、誰かの足音が聞こえた。


「竜ケ崎くんってさ、モテるんだね」


 顔を上げると、榊が俺を見下ろしていた。


「お前……見てたのかよ」


「流唯くんの後をつけてたら偶然ね。あのさぁ、流唯くん、中学の時に女には興味ないって言ってたじゃん?」


 確かに、俺は好きな女子のタイプを聞かれるたびに、いつもそう答えていた。


「それってさ、男には興味あるってこと? つーか……流唯くんって竜ケ崎くんが好きなの?」


 榊の言う『好き』が、友達としてという意味ではないことはすぐに分かった。

 答えずに黙っていると、榊はしゃがみ込んで俺と目線を合わせた。


「あのさ、オレが竜ケ崎くんの代わりになるから、オレと付き合ってよ」


「……は?」


「代わりっつっても、竜ケ崎くんより超大事にするよ? オレ、中学の時からずっと流唯くんのこと好きだし」


「あれ、冗談じゃなかったのかよ」


「オレ、流唯くんのことが好きで好きすぎて、卒業してからも忘れらんなかったんだよね〜。でも、連絡先知らないし、K高の前で待ち伏せしたこともあったけど、全然会えねぇし……バスケ部に入ったら大会とかで会えるんじゃないかと思って、気まずいの我慢して高三から入部したってわけ。冗談でここまでできると思う?」


 榊の話に思考が追い付かない。


「……何だよ、それ」


「だからさ、オレのことは別に好きにならなくてもいいから、オレを竜ケ崎くんだと思って好きにしていいよ」


 俺を見つめる榊の瞳は熱を帯びていて、本気で言っているのだと悟った。


「でも、それってお前にメリットあるの?」


「オレのメリットは、大好きな流唯くんと付き合えるってこと。そんで、流唯くんはオレを代わりにすることで、竜ケ崎くんへの気持ちを忘れることができる」


 代わり。そうか、そうやって忘れるって手もあるのか。

 でも、他の人を代わりにして、俺は本当に大河への気持ちを忘れられるのだろうか。


「そんなの……お前は虚しくないのかよ」


 一瞬、榊は目を見開いて黙り込んだが、すぐに調子のいい笑みを浮かべた。


「だってさ、男に興味ないヤツに恋したって辛いだけだって。そうだ、この後、オレん家来ない? うちの親、仕事で家に帰って来んの遅いからさ~。竜ケ崎くんには話せない悩みとか聞くし」


 そう言って、榊は手を差し出した。

 確かに叶わない恋をするより、自分のことを好きだと言ってくれる人と付き合った方が楽になれるのかもしれない。

 だけど……本当にそれでいいのか?

 ふいに、大河の顔が頭に過ぎる。


『俺、お前とずっと一緒にいるって約束するよ!』


 あの日のヒーローのような姿が頭から離れない。

 やっぱり大河の代わりになんて誰もなれない。大河じゃなければ嫌だ。

 うつむいたまま黙っていると、突然、榊が俺の顎を掴んだ。

 気がつけば目の前に榊の顔があり、熱い息を吐きながら唇を近づけてくる。


「流唯くん……」


「おい、やめ……っ!」


 キスされると察した瞬間、どこからかペットボトルが飛んできた。

 榊はそれを避けると同時に、俺から身体を離した。


「うわっ、危ねっ」


「榊、流唯から離れろ」


 低い声が聞こえて振り返ると、大河が立っていた。


「あーあ。竜ケ崎くん来ちゃった。せっかく流唯くんが弱ってるところに付け込もうとしてたのにさ〜。つーか、ペットボトル投げるとか危ないよ? ほとんど水入ってないから良かったけど」


「……榊。次、流唯に近づいたら、俺……お前のこと許さねぇから」


「へぇ~。許さない、ねぇ?」


「流唯、帰んぞ」


 大河はペットボトルを拾うと片手で握りつぶし、俺の手を引いて歩き出した。


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