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 試合の朝、本当に雨が降った。

 試合会場である市内の高校までは路線バスで向かう。

 大河はバスの中で「カエルってすげぇな」と、ずっとはしゃいでいた。

 俺は大河と二人掛けの席に座っていたのだが、男二人で座るとかなり窮屈だった。

 隣にいる大河と肩や足が密着して、バスを降りるまでずっと心臓の鼓動の速さを感じていた。

 会場に着くと、試合前にアップを始めた。

 黙々と身体を動かしていると、横から声をかけられた。


「流唯くん? 三上流唯くんだよね?」


 振り向くと、知らない男子がいた。

 黒髪で俺より少し背が低く、市内では偏差値が高くて有名なW高校のジャージを着ている。


「久しぶり! オレだよ、オレオレ! オレのこと覚えてる?」


「あー……えっと……」


 急に詐欺の文句みたいなことを言われるが、思い出せなくて戸惑う。

 俺の名前を知っているということは、おそらく知り合いなのだろう。

 こういう時、コミュニケーション能力の高い大河がいると助かるのだが、今はタイミング悪くトイレに行っていてここにはいない。


「中一の時、同じクラスだったさかきだよ! オレ、流唯くんに毎日好きって愛の告白してたのに、覚えてないとか超悲しい~」


 名前を聞いて、やっと昔の記憶がよみがえった。


「榊って……金髪じゃなかった?」


「そうそう! 思い出してくれた? 髪染めるの校則で禁止だからさ、中学卒業してからはずっと黒髪なんだよね~」


 昔はいかにもヤンキーって感じの格好をしていたから分からなかったが、確かに喋り方は昔と変わっていない。

 榊は中一の頃のクラスメイトで、俺を不良グループに誘った張本人だ。

 中学時代、なぜか俺は榊に好かれていつも付きまとわれていた。


「W高って、お前、頭良かったんだ」


 ぼそっとつぶやくと、榊は吹き出した。


「ぶははっ! 久しぶりに再会したのに、失礼なとこマジで変わってねぇな! オレ、流唯くんのそーゆうとこが好き!」


「はあ」


「オレ、こう見えて優等生なのよ。中学の時はヤンキーに憧れて悪そうなヤツらとつるんでたけど、アイツらも見た目がヤンキーなだけで本当に悪いことするグループじゃなかったろ? オレ、流唯くんに特攻服着せるのが夢だったのにさぁ、急に竜ケ崎くんとべったりでオレと仲良くしてくれなくなって悲しかったわ~」


 榊はわざとらしく両手で涙を拭うような仕草をしている。

 冷たくあしらっても付きまとってくるし面倒くさい性格だが、嫌なヤツではなかったから、あの日――大河が俺と一緒にいると約束してくれた日までは、榊と過ごすことが多かった。


「榊も試合出るの? バスケやってたっけ?」


 アップを続けながら聞くと、榊はよくぞ聞いてくれたと目を輝かせた。


「オレ、流唯くんが好きすぎて、今年からバスケ始めたんだよね~。初心者だから試合には出れないけど、練習だけでも楽しいよ。今日もベンチで応援!」


「は? 今年からって、高三から始めるとか何で……」


 すると、榊が俺の肩に腕を回し、耳元に顔を近づけてきた。


「だから、さっきから言ってんじゃん……流唯くんが、好きだからだって」


 耳に息がかかった瞬間、背中がぞくりと粟立つ。


「榊、お前……」


 突然、肩に感じていた重みが消えた。

 振り返ると、大河が榊の腕を掴んで俺から引き離していた。


「あれー? 竜ケ崎くんじゃん! 久しぶり~!」


「お前、もしかして榊……? 何でここに……つか、流唯に何してんだよ」


 大河は威嚇するように榊を睨みつけている。

 強面で大柄の大河が凄むと圧がある。

 こんな風にピリピリした様子の大河は久しぶりに見た。

 中学の時は、いつも榊が俺に近づくたびにこうして追い払っていた。おそらく榊が不良グループの一員だったから、また俺を引き込むのではないかと警戒していたのだろう。


「怖い顔しないでよ。ちょっと話してただけじゃん? ねっ、流唯くん?」


 ふと、周りにいる他校の生徒が喧嘩かと遠巻きに見ていることに気がついた。

 変に誤解されて、試合前にトラブルを起こすのはまずい。


「タイちゃん、本当に話してただけだから」


「……俺ら、もうすぐ試合だから。流唯、行こう」


 大河は俺の腕を引いて歩き出した。


「流唯くん、応援してるよ。また後で会おうね!」


 ちらりと振り返れば、榊が笑顔で手を振っている。

 榊の高校は今日の対戦相手ではないが、お互い勝ち進めばそのうち当たることになるだろう。

 大河に腕を引かれたまま、体育館の外に出た。

 外はまだ小雨が降り続いている。

 人のいない渡り廊下まで来ると、大河が勢いよく振り返って俺の肩を掴んだ。


「流唯、大丈夫か!? 本当に何もされてないのか!?」


「だから、大丈夫だって。アップしてたら話しかけられただけだから」


「アイツ……どうしてこんなところに……つか、アイツ昔ヤンキーじゃなかったっけ? 今更だけど、本当に榊だったよな? え、イメチェン?」


 大河はなぜか一人で混乱している。


「俺も最初は分からなかったけど、今年からバスケ始めたらしい」


「今年からって、何で……まぁ、いいか。流唯、お前のことは絶対に俺が守るから! また榊が来たら言えよ? いや、やっぱ常に流唯の後をつけて、アイツが近づかないように監視して……」


 絶対に俺が守る、という言葉に不覚にも胸が高鳴った。

 照れた顔を悟られないように、大河から目をそらす。


「お前……過保護通り越してストーカー宣言するのやめろよ」


「だって、心配だろ? 流唯は子犬みたいにかわいいから、榊に攫われそうで……」


「何回も言ってるけど、俺が子犬に見えるのはタイちゃんだけだから」


「そんなことねぇって! 絶対、榊にも流唯がかわいく見えてるから、ああやっていまだに絡んでくるんだって!」


 大河は頭を抱えて何やら一人でぶつぶつ喋っている。

 俺はそんな大河の背中を平手でバシッと叩いた。

 心配してくれるのはありがたいが、もうすぐ試合が始まる。今はこんな話をしている場合ではない。


「おーい、三上! 竜ケ崎! もうすぐ試合始まるぞー!」


 体育館の入り口の前で、K高校の真っ白なユニフォームを着た野川が手を振って叫んでいる。


「タイちゃん、行くぞ。今日も絶対勝つんだろ?」


 大河はハッとしたような顔をすると、気合いを入れ直すように自分の頬を両手で叩いた。


「おう、そうだな!」


 俺たちは野川に向かって手を上げると、チームメイトが待つコートへと歩き出した。



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