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「流唯!」


 大河からパスを受け取り、スリーポイントラインからシュートを放つ。

 ボールは弧を描きリングへと吸い込まれていった。


「よっしゃ! 流唯は今日もすげぇな!」


 シュートが決まった瞬間、大河が叫んだ。いつも入れた俺より大河の方が喜んでいる。

 俺たちは明日の二回戦の試合に向けて練習をしていた。

 K高バスケ部は部員も少ないし、全国的に見ると弱小と呼ばれる部類だが、ミニバスからの経験者である俺と大河でチームを引っ張り、毎年少しずつ力をつけてきている。

 強豪には劣るかもしれないが、俺たちは一試合でも多く勝つために、全力でバスケと向き合っていた。


「流唯、待って」


「何……って、タイちゃん?」


 振り返ると、突然、大河が大きな体躯を屈めて俺の前で膝をついた。


「バッシュの紐、ほどけてる。転んでケガしたら危ねぇだろ」


 大きな手がシューズの細い紐を器用に結んでいく。


「……ありがと」


 ぼそっとつぶやくと、大河は俺の顔を見上げて笑顔を見せた。


「素直な流唯、かわいい!」


「うるさい」


 大河から顔を背けた時、体育館の入り口から声が聞こえた。


「竜ケ崎くんって、見た目ちょっと怖いけどやさしいよね」


 数人の女子生徒がこちらを見ている。

 女子たちは俺と目が合うと、色めき立った声を上げて、慌てて去っていった。


「何で流唯ばっかモテるんだろうな。くっ、うらやましい!」


 大河には自分を褒める女子の声が聞こえていなかったのだろう。

 さっきの女子たちはみんな俺のファンだと思っている。


「俺もお前の真似してワイシャツのボタンを二つ開けてみたり、ゆるいバスパン履いてこなれ感とか抜け感的なもの出してんのに、何でモテねぇんだろ」


「え、それ俺の真似してたの?」


 大河はバスケパンツをぴらっとつまんで見せた。

 大河は自覚がないようだけどモテる。

 口数が少なくて愛想の悪い俺と違って、大河は明るいし、よく笑うし、よく喋るし、クラスではいつも輪の中心にいる。

 だから、俺はいつも大河に好意を寄せる女子をひそかに遠ざけているのだが、いつかは受け入れなくちゃいけない。

 大河の恋愛対象は女子で、女子と恋することを望んでいる。

 俺は『友達』としてそばにいると決めたのだから。


「今日も流唯は絶好調だったな。流唯のシュートって、全然落ちる気がしなくて不思議なんだけど、これが天才と凡人の差ってことか?」


 練習を終えて、俺たちは田んぼを横切るまっすぐな一本道を歩いて帰っていた。

 大河は今日の練習の内容ーー主に俺のことをずっと喋り続けている。

 俺の少し前を歩く大河の背中には、K高校のロゴの刺繍が入ったリュック。

 バスケ部で揃えているものだから俺も同じものを背負っているのだが、大河のリュックには二人でゲーセンに行った時に俺がゲットした、もふもふした身体に手足の生えた未知の生物のキーホルダーがついている。

 俺がいらないからと言って大河にあげたら、「一生大切にする!」と喜んで、それ以来ずっとリュックにつけて歩いている。

 その生物は大河が歩くたびに揺れて、後ろを歩く俺に手を振っていた。

 ふと、カエルの鳴き声が聞こえて立ち止まった。

 鳴き声は聞こえるが、田んぼを見渡してもどこにいるのか分からない。カラカラという声だけが辺りに響いている。

 前を歩いていた大河は、俺が立ち止まったことに気がついて振り返った。


「流唯、どうしたの?」


「カエルの声が聞こえるんだけど、どこにいるのか分からなくて」


「流唯は昔からカエル好きだよな」


「カエルが好きっていうか、カエルの鳴き声が好きなんだ。なんか聞いてると無心になれるっていうか……」


「捕まえて家で飼ったら?」


「いや、そこまで好きなわけじゃないし。それに、自然の生き物は、自然の中で暮らした方が幸せだよ」


「流唯はやさしいな。俺は好きなものは絶対に捕まえて、ずっとそばに置いておきたくなるタイプだからなぁ……それにしても、鳴き声はすげぇ聞こえるのに、ほんとどこにいんだろ」


 大河はしゃがみ込んで田んぼの中を覗いている。

 ふいに水色のトンボが大河の肩に止まった。翅を休めていたのは一瞬で、すぐに稲の上へと飛び去っていく。


「ここでカエルの声を聞いてるとさ、俺もカエルに……自然の一部になれる気がする」


 自然の一部になれたら、どんなにいいだろう。

 俺の存在は……俺が大河に抱く気持ちは、きっとこの世界では不自然だ。

 カエルの鳴き声を聞きながら、ぼんやりと田んぼの水面を眺めていると、急に腕を掴まれた。


「タイちゃん……?」


 振り向くと、目の前に焦ったような大河の顔があった。


「あっ、ごめん……! なんか……流唯が本当にカエルになっちゃいそうな気がして……」


「は?」


 大河は俺から目をそらした。


「カエルになるって……そんな漫画みたいなことあるわけないだろ」


「だ、だって、流唯が言ったんだろ! なんつーか……カエルの神さまか何かにお前が連れて行かれて、俺の前から消えちまいそうな気がしたんだよ」


 俺の腕を掴む大河の手に力がこもる。

 決まりが悪そうにしている大河の姿は、どことなく大型犬のように見えた。


「つか、タイちゃん、いつも顔近すぎ。誰にでもこんなことしてんのかよ」


「流唯にしかしないって。幼馴染だし。他の人にはパーソナルなんとかってのがあって、嫌われそうだからな」


「パーソナルスペースな。それ、一応俺にもあるんだけど。俺には嫌われていいってこと?」


「いや、流唯には嫌われない自信があるっていうか……言われてみれば、何でだろうな」


 大河は困ったように笑うと、いつものように俺の頭を撫でた。

 俺には嫌われない、か。

 もしかしたら、大河には話しても嫌われないかもしれない。

 大河ならずっと胸に秘めていた俺の気持ちを受け止めてくれるかもしれない。

 一瞬、そんな期待をしそうになったが、すぐにその考えは頭の隅に追いやった。


「そういえば、カエルが鳴くのって雨が降る合図なんだよな? 明日試合なのに、雨降んのかな」


「バスケは室内だから、雨でも関係ないだろ」


 大河は「確かに」と言って笑うと、大きく伸びをした。


「なぁ、流唯……約束を守るために、明日も絶対に勝とうな」


 約束――が何のことかはすぐに分かった。

 大河は母さんのために、長くバスケを続けようとしてくれている。

 母さんのためだけでなく、母さんとの約束を守ろうとしてくれている大河のためにも、明日は全力で頑張らなくてはいけない。

 俺は返事の代わりに大きく頷くと、大河とハイタッチをした。



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