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 翌日、大河は朝から紙袋をそわそわしながら抱えていた。


「授業が終わったら流唯の母さんに会いに行くって言ったら、母ちゃんに持たされて……なんかこんなに小さくてさ、うっかり壊さないか心配で……」


 袋の中には小ぶりなフラワーアレンジメントが入っている。

 よほど心配なのか大河は教室にいる間も、自分の身体より小さな花を大事に抱えていた。

 その姿がおかしくて思わずニヤける。


「流唯、笑うなよ」


「え? 三上が笑ったって?」


 大河の声を聞いて、クラスメイトで同じバスケ部の野川が俺の顔を覗き込んできた。


「これって、笑ってるのか……?」


「どう見ても笑ってんだろ。めちゃくちゃ笑顔だ」


 首をかしげる野川に大河はそう言うが、教室の窓に映る自分の顔は、あいかわらず無表情だ。

 俺は人より顔の表情が乏しいらしい。

 他の人には気づかれないけど、大河だけは俺の表情の変化にいつも気づいてくれる。


「流唯は笑うと子犬感増すよな」


「あーあ、また始まったよ。竜ケ崎の病気……」


 野川は呆れたような顔をしている。


「ほら、野川もよく見ろよ。かわいいだろ」


「はいはい。俺には三上が困ってるようにしか見えないけどな」


 大河の俺に対する過保護はクラスで有名で、もはや病気だと思われている。

 他のクラスメイトに呼ばれて野川がいなくなると、大河は花を抱えたまま机の前にしゃがみ込み、イスに座る俺の顔を見上げた。


「でも……やっぱ他の人に流唯を取られんのは嫌だし、笑顔は俺だけに見せてほしい」


 大河の言葉に、顔に熱が集まるのを感じる。


「お前、そのセリフ恥ずかしすぎるだろ……」


「どうした? なんか急に耳が赤くなって……もしかして、また熱中症!?」


「……うるさい」


 大河は俺の表情の変化に敏感だが、恋愛感情には鈍くて、いつも照れていることだけは気づかない。

 それに、自分が恋人に言うような甘い言葉を吐いていることにも気づいていない。

 こういう時だけは、自分の表情筋の硬さをありがたく思う。

 もし、俺が大河のように表情が分かりやすい人間だったら、とっくに大河への気持ちがバレていたかもしれない。

 『友達』でいたいから、これ以上心をかき乱さないでほしい。

 だけど、どうしてもうれしいと思ってしまう自分がいる。




 授業が終わった後、高校のそばの停留所からバスに乗って、大河と一緒に母さんが入院している病院に行った。

 毎週通っているから、バスの時刻も車窓から見える病院までの風景も、もう全部覚えてしまった。


「二人とも、来てくれてありがとね」


 病室のドアを開けると、母さんはベッドの上で笑った。


「こんにちは。あの……これ、お花です。良かったら飾ってください!」


「あら、かわいいお花! タイちゃん、ありがとう」


 大河がそわそわしながら花を渡すと、母さんはうれしそうにサイドテーブルの上に飾った。

 今日は顔色が良くて安心する。体調の良くない日はほとんど話せないこともあるが、最近は調子がいいと聞いていたから大河を連れて来られた。

 母さんは末期がんを患って入院している。

 入院した当初は余命三ヶ月と宣告されていたが、宣告された日からもう四ヶ月は経った。

 ベッドの脇にあるイスに座ると、大河も俺に倣って座ったが、どこか落ち着かない様子だ。

 どうやら座った瞬間、イスからミシミシと音がしたらしく、壊しそうで心配らしい。

 イスといい花といい、身体は大きいくせに小さいことばかり気にしている。


「昨日の試合、勝ったんでしょう? おめでとう」


 いつも試合があった日は、母さんに結果をメッセージアプリで送っている。

 昨日の試合も、後輩が撮ってくれた動画と一緒に報告していた。


「また二人のバスケの応援に行きたいなぁ。でも、もう夏で終わっちゃうかもしれないのよね」


「来週は二回戦があるし、もし勝てたらその次の週もやるし……調子がいいなら、外出許可もらって来ればいいだろ。それに、今年は無理でも、大学でもバスケやるつもりだし」


「俺も流唯と一緒にバスケ続けます」


 大河も俺の肩に手を置いて言った。

 卒業後の進路に悩んでいた時、大河が家から一番近い地元の大学に行ってバスケ部に入ると言ったから、俺も同じようにしようと決めた。

 俺が真似をして決めたとは知らない大河は、「やっぱ俺ら気が合うな」と無邪気に笑っていた。


「タイちゃん、大学に行っても流唯と仲良くしてくれるのね」


「もちろんです!」


 大河の返事を聞いた母さんはニヤリと笑って、意味深な視線を俺に向けてくる。

 母さんは俺が大河のことが好きなことをなぜか知っている。

 自分がゲイであることを話したことはないし、隠しているつもりだけど、母親の勘ってやつなのか、どことなく察しているようだ。


「でも……高校時代は今しかないでしょう? 流唯とタイちゃんの今を見られないのは、やっぱりさみしいなぁ……なんてね」


 母さんは一瞬陰りのある顔を見せたが、すぐに笑ってみせた。

 すると、急に大河が大きな音を立ててイスから立ち上がった。


「俺……いや、俺たち、絶対に次の試合も勝ちます! 流唯の母さんが見に来られるくらい元気になるまで、絶対に引退しませんから!」


 大河は大声でそう言って息巻いた。


「お前、うるさいって。今の声、絶対廊下まで響いてる」


「ご、ごめん。熱が入ってつい……」


 母さんは呆気にとられてぽかんとしていたが、俺たちの会話を聞いて笑い出した。


「ふふっ、タイちゃん、ありがとう。がんばって元気になって、いつか試合の応援に行くね」


「はい! 何なら、もう一年高校に残ってバスケを……」


「俺はやらないよ?」


「ええっ! そんなっ……!」


 母さんは俺たちが帰るまで、楽しそうに笑い続けていた。

 今日、大河を連れて来て良かった。

 やっぱり大河はヒーローだ。

 俺だけでなく、母さんの心も救ってくれる。




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