第82話 (72)ブラザーズ-1
「…。」
「カッピー、お疲れ様〜。」
「あぁ。オラフさん、お疲れ様です…。」
「本当にお疲れの様子だね。ショー見たよ!すごかったね〜。」
ミッキーさんによる課題の合格から数日が経っていた。驚くことに課題の翌々日にはショーに出てもらうとのことで、ミッキーさんによる突貫のレッスンがそれから行われた。すぐに本番を迎えるとのことで、かなり緊張していたが、ショーの内容的には出番は控えめであった。既に行っているナイトベアーショーの後半に僕ことリトルナイトベアーが呼び込まれ、テクテクと出て行ってステージの左側で踊るだけである。僕の負担は少ないが、既に出演している先輩ダンサーさん達はダンス導線の変更や振りの変更、更にはリトルナイトベアーの誘導などの仕事も増えて負担が増えているようだった。
『大丈夫だよー、よろしくねー…。』
リハーサルの日に挨拶した時の先輩ダンサー達の疲弊した顔を今でも覚えている。一晩で変更を頭と身体に叩き込んだのだろう、本当に申し訳ない。
「出番ちょっとかもしれないけど本当にすごいよ!まさかこの数日で初めて着ぐるみに入ったなんて思えない堂々っぷり!」
オラフさんがやたらと褒めてくれるため、僕も鼻高々である。確かに、ゾンビとしてストリートを漂うよりやりやすい気がする。ダンスしながら、先輩ダンサー達と目を見合わせて絡む際もリトルナイトベアーとして可愛い所作を行うのは苦ではない。更にナイトベアーショーは、ステージでのショーのためお客様に近距離で囲まれることがないというのも心労が少ない点である。
「ステージはいいんですけど、その前後のミッキーさんが…。」
『元気か!ブラザー!』
『ブラザー!今日は反省会だな!』
『着ぐるみの真髄ってのを教えてやるよ!ブラザー!』
『ブラザー!』
『ブラザー!』
『ブラザー!』
僕の脳内にミッキーさんが話しかけてくる様子がどんどんと湧いてくる。話す時はナイトベアーの着ぐるみを着ていることも多いので、ナイトベアーイコールミッキーさんと脳が認識してしまっている。
「あはは!この数日でブラザーにまで登り詰めたのか!」
「笑い事じゃないですよ…。これがずっと続いたら、僕この一ヶ月でミッキーさんの着ぐるみノウハウの全てを教えてもらう勢いですよ…。」
ミッキーさんは一度心を許すと、かなり面倒見が良い、いや良すぎる人のようで、休憩中やスタンバイ中、ショーが終わった後もずっと僕に話しかけてくれる。話すというよりも一方的に指導をしてくれている。いや、ありがたいはありがたいのだが、ミッキーさんの後任にされるのではないかという怖さもある。僕にはまだ残りの人生を着ぐるみに捧げるまでの情熱はない。
「いやいや、カッピーも元気そうで良かったねぇ。」
女性の声がして振り返ると、そこにはメカニカルな鉄仮面の顔をして黒いローブを着たゾンビが立っていた。
「ハナさん!お疲れ様です。」
「お疲れ〜。2人とも変わらないねぇ。」
「ぐぅ…。血をくれぇ…。」
「そう言うハナさんは変わりましたね。」
「そうだろう。こんなロボットみたいな身体に改造されちゃったからねぇ。」
そう言うとハナさんは仮面を外し、いつものカラッとした笑顔を見せた。ハナさんも顔が出るゾンビはしばらく出来ないとのことで、別のエリアに移動になったのだ。そのエリアがサイバーゾンビエリアである。サイバーゾンビとはサイバーな世界観を持つゾンビ達である。あるゾンビは蛍光色のネオンで光っていたり、あるゾンビは機械的な見た目をしていたりして一見するとゾンビには見えないが、サイバーな世界観が好きなオタク達には一定の人気があるようだ。ゾンビがなぜサイバーなのか、その理由は誰も知らない。見た目がかっこいいのでオールオッケーなのだ。
「サイバーエリアは囚人エリアとかに比べて、人もそんなに多くないから楽しいよ。他のダンサーのみんなも面白くて優しいし。」
「血の臭いだぁ…。うぉお…。」
「そういえば、囚人エリアはまだ混雑してますか?」
僕はオラフさんに恐る恐る質問する。混雑の原因作ったのはお前だろうが、と怒られかねないがオラフさんは優しく教えてくれた。
「混雑はしてるんだけど、もう直後程ではないかなぁ。そもそももう10月に入ってるし、毎年このくらいには混雑し始めるんだよね。」
「光だぁ…。やめろぉ…、闇をくれぇ…。」
「…。そうなんですね。」
「だから、カッピー!気に病むことないのさ、『アレ』があろうとなかろうとどっちにしろ混雑はするんだから!」
「ハナさん…。当事者がそれ言うと反感買いますよ。」
「ちっ…。反省してまーす。」
ハナさんは会見場でマイクを持つような仕草をして答える。恐らく何かの真似なのだろうが、世代が違うためか僕には全くわからなかった。あとで調べてみよう。
「と、とにかくハナさんもカッピーも元気そうで良かった!囚人エリアの方はココロくんやりゅうじん君もいるし、頑張ってるから心配ないよ!」
「血こそ至高…。闇こそ至高…。」
「あっ、そういえば僕が抜けたところって…。」
「今の所毎日りゅうじん君が入ってるよ!」
「ま、毎日ですか?!」
僕はりゅうじんさんに、とんでもなく迷惑をかけていることを知り恐縮する。『アレ』から一週間ほどしか経ってないが、休みなしなんて。オラフさん曰く、他の人のシフト調整出来るまでは毎日出てきても大丈夫とりゅうじんさんは言っているらしい。
「めちゃくちゃ申し訳ないです。あとで謝ってきます。」
「りゅうじん君は気にしなくていいって言ってたけど、一応挨拶くらいはした方がいいかもね。りゅうじん君は優しいから本当に気にしてないんだと思う。」
りゅうじんさんと会うのはゾンビナイトの全体リハーサル以来なので一ヶ月ぶりになる。その時も軽く挨拶した程度なので、あちらがどう思っているのかすごく気になる。評判を聞く限り、かっこよくて人気でダンスが上手くて性格が良い人とのこと。完璧人間すぎるだろ…。何か致命的な欠点があってほしいものである。靴紐を1人では結べないとか。
「ゔぅ…。ゔぉあ!!!」
「…。」
「余談なんだけど、りゅうじん君が毎日出演してるから、逆にそれが混雑の要素になっている所はあるんだよね。」
「すごいねー。流石りゅうじん様々って所だねー。」
「え?どういうことですか?」
「つまり、りゅうじん君推しのオタク達にとってはこんなに嬉しいことはないんだよ。毎日りゅうじん君を見られるわけだから。」
「なるほど…!」
「ゔぅ…あゔおおぉお!」
「…。」
りゅうじんさんのことについて、大いに語り出すオラフさんとハナさん。昔人気すぎてあんなことやこんなことがあったなどで盛り上がっている。しかし、僕にはそんなことよりももっともっと気になることがあった。
「でさ、あの時全員がりゅうじん様のファンでーー。」
「ゔぅぉあ!闇よ!!闇よぉ!!」
「そうそう!誰も僕とハナさんのダンス見てなかった時ありましたよねー!」
「血だぁ…。渇きよ…。渇きよ…。」
「あの!!いいですか!ちょっと!」
僕は堪えられずに机をバンっと叩き立ち上がった。
「どうしたの?カッピー?」
「ブラザーに会いに行く時間になったのかい?」
「血の刻印が迫る…!闇の時は近い…!」
「違います!!その人ですよ!その人誰ですか?さっきから!」
「その人?」
「誰んことだい?」
「ゔぅ…。光ぃ、光よぉ…。」
「そのさっきから、闇だ光だ血だ何だって言いながら喚いてるゾンビのことですよ!」
そう言って僕はハナさんの横にいる包帯男ゾンビを指差した。ハナさんが部屋に入ってきた時からずっと横にいて、「ゔぅ…。」と喚いていたので気になっていたのだ。
「全然この人はね、とか紹介もしないし。この人も訳のわからないことをずっと言ってるし。何なんですか!誰なんだこの人は!」
「あーそうかそうか。カッピーは初めて会うんだね。」
「ぉぉあ…。」
ハナさんは包帯男ゾンビと肩を組みながら、こちらに向き直って元気にこう言うのであった。
「この人はゾンビさんだよ!」
「…?」
ーーゾンビさん?え?どゆこと??
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