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第7話 (7)働く女、眠る男

「はぁはぁ」


 早朝、男が走っていた。


「はぁ。おはざまぁす。ひぃ、はぁ」


 颯爽と駆けていく男を、ビッグボスが叫びながら追いかける。


「お客様、走らないでください!」


「はぁ、走って、はぁ、ぐぅ。ないです。はぁ、はぁ。脇腹痛いぃ。はぁ」


「脇腹痛いってことは走ってるでしょう!止まってください!!走らないで!」


 ビッグボスの必死の制止を無視して、男は一目散に走っていった。何が彼をそんなに駆り立てるのか。


「すっすっはっはっ。すっすっはっはっ」


「金栗四三の呼吸法してるでしょう!走ってる時の!止まりなさい!」


 ビッグボスの追撃を避わす男の前に、2人組の男女が通せんぼをした。


「お客様、走られると他のお客様にも危険になってしまいますので、ご協力お願い致します」


〜〜〜


「はぁ、はぁ。何で早朝からおじさんと駆けっこしなきゃいけないのよ」


 どっと疲れた顔をしたビッグボス。額に汗を滲ませて、スポーツドリンクをごくごく飲む姿は今しがた競技を終えたばかりのオリンピアンの様だった。


「あかねちゃんに、タテノ。さっきはありがとうね。お手柄だったわ」


「いえいえ、仕事をしたまでですから」


「そうですよ。それに、僕はあかねちゃんに着いて行ってただけだし」


「もう、タテノくんもちゃんと動いてよ!男なんだから、ああいう時は率先して走ってる人をブロックするくらいのさ!」


「ふぇえ。ごめんなさい。ぼ、僕だって頑張ったのにぃ」


 僕はあかねちゃんに背中をパシンっと叩かれ、情けない声を出してしまう。


「そ、それにしてもあの人なんであんなに急いで走ってたんですかね」


「何?タテノ。それも知らないの?」


 ビッグボスは鋭い目つきで、僕に向かって棘のある言い方をした。やばい。今日のビッグボスは気が立っている。決して逆撫でする様なことを言ってはいけないという思いが僕の頭の中を支配した。その結果、言葉が口から出てこずに、酸素を求める魚の如く口がパクパクと動くだけであった。


「た、タテノくん。口が金魚みたいになってるよ」


 あかねちゃんの声かけにより、僕はハッと我を取り戻した。すかさず口元に力を入れ、一文字に結ぶのであった。


「た、タテノくん。そんな急に合戦前の武士みたいにしなくても」


 すると、僕らのやり取りを冷たく眺めていたビッグボスが話し始める。


「あの人が急いでた理由は、大方ハロウィンフォトスポットへの一番乗りがしたいからでしょうね」


「えっ?そんな理由で?」


「そんな理由で、よ。うちに来るオタク達の中には、一番乗りして投稿することが何よりの勲章と思ってる人たちが少なからずいるのよ」


「確かにショーの動画とかも、初日!とか初回!デカデカと書いてることが多いですよね」


「じゃあ、さっきの人もフォトスポット初日一番乗り!みたいなことを言うために?」


「そう。彼みたいなルール破りは特にこの時期多く現れるのよ」


ジジッ


『ビッグボス!フォトスポットに人が殺到してきてます!』


 ビッグボスの無線機に別のスタッフから連絡が入ってくる。


「はい、すぐに向かうわ。タテノ、行くわよ!あ、今日話あるって言ったの忘れてないだろうね?」


「はい!向かいます!忘れてないです!ビッグボス!」


 急いで向かう2人をいってらっしゃ〜いと言って見送るあかねちゃん。この2人凸凹コンビって感じで良い組み合わせだなーとお茶を口に含みながら思っていた。


「あ!もうこんな時間!さて、私も持ち場に戻るか」


〜〜〜


 業務終了後、疲れ切った僕は会議室の椅子にヘタっと座っていた。なぜこんなところに座っているのかというと、これからビッグボスによるUPJルール講座もとい、ゾンビナイトルール講座が行われるのだ。


「こんな会議室貸し切ってやるなんて、力入ってるね」


 唯一良いことがあるとすれば、あかねちゃんも参加を申し出たことだろう。僕は心の中でガッツポーズをした。あかねちゃんがいるならば、この講座も華やぐというものだ。


「てか、ビッグボスが俺のこと呼び捨てで呼びだしてると思うんだけど、気のせいかな?さっきたまたまそうだったのかな?」


「え?そうだった?気づかなかった。タテノくんの気にしすぎなんじゃない?」


「そうかな〜。絶対そうだったと思うんだけどな〜」


「お!あかねちゃんにタテノも揃ってるな!早速始めましょう」


 僕はやっぱり呼び捨てになってると言うことに気づいた。どこで何を間違ったのか、いつから序列が下がってしまったのか自分の行動を鑑みていたが、何も思い当たる節がなかった。いや、親しみを込めての呼び捨ての可能性もあるかもしれない。そう信じたい。信頼の証ですよね?ビッグボス?


「まず基本的なルールとして、走ってはいけない。これはパークの中は基本的にそうだから、いつもと変わらないんだけど。ゾンビナイトではゾンビにびっくりして走ってしまうお客様が多くなるのよ。だからより気をつけないといけないわ」


「なるほど。確かによく見かけます。特に女の子に多い気がします」


「そして、ゾンビに触れてはいけないし、ゾンビを驚かしてもいけない。また、ダンサーもお客様に触れてはいけない。毎年よくあることとして、お客様側がゾンビを驚かし返したり、挙句抱きついたりするのよ男数人で来ているグループに多いわ」


「抱きつくって、そんなことあるんですか?普通に道端でしたら犯罪なんじゃ?」


「そう、犯罪だし普通にやってはいけないとわかるはずなのに、何故かゾンビナイトでは時々現れるのよ。浮かれてるのかしらね」


「ここまで結構当たり前のこと言ってるような気がするんですが、どうしてルールを守らない人が出てくるんでしょう」


「私も知りたいわよ!ただこの時期ルール破りは本当に急増するのよ。だからとにかくゾンビナイトは大変。そして、ゾンビ目当てに来る人も多くなるから、道も混むでしょう。そうすると人を押すやつや、わざとぶつかる輩も現れる。そういった者達も注意しなければならない!もういっぱいいっぱいよ!」


「でも、押したり走ったりは禁止って、結構定期的に場内アナウンスでも注意してるのに!」


「これは私が長年働いていてわかったことなんだが、場内アナウンスは基本的に誰も聞いていない」


「え?!」


 僕は、ビッグボスの言葉にわかりやすく驚いた。しかし、あかねちゃんはその言葉を聞いて深く頷いていた。


「確かに。さっきアナウンスで言ってたのに、なんで聞いてくるんだろうって時がよくあります」


「そうでしょう?そういうことよ。そのアナウンスでも言ってることだけど、次はフラッシュ撮影ね」


「これは常連の皆さんはよく守ってくれてる気がします。初めて参加するような方が設定を上手くできなくてフラッシュ焚いちゃうイメージがあります」


「その通りね。流石あかねちゃん」


 ビッグボスに褒められ、少し照れるあかねちゃん。しかし、ビッグボスが続けて話し始める。


「ただ、これも新たな問題を誘発するのよね。お客様の中にフラッシュを自主的に注意して回る人も出てくるのよ」


「え?何のために??」


「何のためかはわからないけど、ダメってことを伝えるためなのかしら。ありがたいんだけど、トラブルになる可能性があるから、そう言う人よりも早く注意できるようにフラッシュは注意深く観察することね」


 その他にも、ショー待ちの時と同じく荷物だけの場所取りは禁止やゾンビを執拗に追い回したり、ダンス待機列が出来て道が塞がってたら注意するなどビッグボスのルール講座は十数分続いたが、途中から疲れのためかタテノくんは話について行くことができなくなっていた。それでもビッグボスはペラペラと喋り続ける。


「ペラペラ。ペラペラ」


 こくっこくり。やばい…眠い…寝ちゃいそう…。意識が…。


「ペラペラ。ペラペーラ」


 意識を失った次の瞬間…


 『ガンッ!!』と言う音ともに僕は意識を取り戻した。どうやら僕の頭が会議机へと衝突したようだった。ビッグボスもその音で僕が眠りこけていたことに気づいたようで、怒りの炎がメラメラと燃え盛っていった。


「ターテーノー!!今私が何を話していたか言ってみろ!」


「は、はい!あのー。アナウンスが意外と誰も聞いてない、みたいな?あはは」


「そこからか。よし、タテノは居残りでもう一回教えてやる」


「そんなぁ」


 僕らのやりとりを見て、あかねちゃんはくすくすと笑っていた。どうして僕がこんな目に。まぁ、自業自得ではあるけど…。

「面白い!」「続き読みたい!」など思った方は、ぜひブックマーク、下の評価を5つ星よろしくお願いします!

ここまで読んで頂いて本当に嬉しいです。

このキャラのエピソードもっと読みたいなどあれば、コメントで教えて頂きたいです!

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