第53話 (45)ハナノユメ
ーー薄い紙で指先を切って、赤い赤い血が滲んだ。そのくらいのこと思っていた 。もう傷跡も無くなったのに、時々何故か絆創膏を被せて蓋したくなるいつかの出来事。
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もう何年も前のこと。ハナとチョウチョはRainという人気ダンスボーカルグループの新メンバーオーディションに参加していた。何千人といた応募者は32人にまで絞られ、そこからはトーナメント方式で4人までに絞り込まれるシステムになっていた。32名から4名に絞り込まれる過程はネットの映像コンテンツとして配信され、ファンの間ではかなり話題になっていた。一体誰が新メンバーになるのか、ファンは固唾を飲んで動画を見守っていた。トーナメント方式のため、実力のあるメンバーが上から4人選ばれるわけではない。組み合わせの妙で、有望と言われた参加者もどんどんと脱落していった。そうして、オーディションは続き、8名にまで参加者が絞られた。トーナメント表には、ハナとチョウチョの対戦が記されている。勝ち残るのはどちらか1人なのだ。
『ハナとチョウチョがトーナメントで対決なんて熱すぎる。』
『ダンスの実力はハナに軍配が上がるだろ。』
『チョウチョも親譲りの美貌とカリスマ性があるからな。』
『頼むから。奇跡が起こってどっちも合格してくれ。2人とも好きなんだ。』
ハナとチョウチョ、純粋に上から4人選ぶオーディションであればどちらも選ばれていたであろう2人。そんな2人のどちらかが脱落してしまうという状況にファンの対戦結果の考察は止まることを知らなかった。
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「一体どうなるんだ。」
Sポテトさんは食い入るようにスマホの画面を見つめていた。画面にはRainのオーディション動画が映されていた。彼は自分の推しであるハナが合格することを願っていた。ハナが加入するとRainがもっともっと盛り上がる。ファンとしてそれを確信していたのだった。
『いよいよ、合格者が決定します。』
『バトルの前にそれぞれに意気込みを聞きましょう。まずはハナさん、如何でしょうか?』
MCの男がハナに話を振る。向けられたマイクに顔を近づけ、肩の上で綺麗に整えられている髪がゆらりと揺れる。そしてカメラに向かって、きらりとした目で話す。
『今までやってきた全てを見せるだけです。お世話になった全ての方への恩返しが出来るような、そんなパフォーマンスが出来ればと思っています。』
『ありがとうございます。では、チョウチョさん如何でしょうか?』
『…。』
男の問いかけに対して沈黙するチョウチョ。不自然な間が数刻続き、男がたまらず再び問いかける。
『あの…?チョウチョさん、意気込みの方は如何でしょうか?』
『…。勝ちしか見えてません。』
『…はいっ!以上2人の意気込みでした!!拍手ー!!』
チョウチョの無愛想な返答に困った司会者がカメラの方に向き直り、なんとか盛り上げる。しかし拍手ー!と言われても、会場には観覧のお客さんもおらず、審査員のみなのでシーンとした沈黙が続くだけだった。
『…さて!会場の方も緊張感が漂って参りました!早速お二人の対決方法の発表へ参りたいと思います!』
チョウチョの返答に続き、MCの失敗によって不要に高まってしまった緊張感の中、お題が発表されるようだった。
『お二人には今から3分のダンスの動画を見て頂きます。そして、その動画を見終わってすぐ同じダンスをお二人同時に踊って頂きます。そのダンスの完成度や再現度がより高い方を審査員の方に選んで頂き、勝者が決定します。』
Sポテトさんは思った。
ーーダンスのこととかよくわからないけど、なんかそれは難しそう!!
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『審査員の全員の札に、チョウチョの名前!よって、合格者はチョウチョ〜!!』
ーー負けた?
MCの方の声と合格したチョウチョのやり取りが行われる中、ハナの頭の中は混乱していた。お題のダンスを完璧に踊ったはずだった。一度見たダンスを完璧に真似するのは自分の得意技だ。なのになぜ?どうして?チョウチョのダンスが自分よりも上回っていたということなのか?それにしても、全員の札がチョウチョなんてことがあるのだろうか。
『ハナさんも素晴らしいダンスでしたが、ラストのミスが痛かったですね〜。』
審査員の言葉が耳に引っ掛かった。ラストのミス?私が?ミスをしたのか?その後もMCの男が何やら問いかけて来ていたが、「あぁ、はい。」などと上の空で返す事しかできなかった。ていうかこいつ口臭いな。
その後ハナの頭の中は混乱したまま、オーディションは終わり、帰路についた。家に到着し、涙が溢れてきた。あぁ、私の夢はここで終わってしまったのか。Rainでキラキラと輝きたかった。
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それから何日か、何もせずにぼーっと生きていた。ダンスを踊る気にもならなかった。ただ、食べて寝て起きてを繰り返していた。
しばらく経ってスマホにやたら連絡が来るようになった。何かと思えば、オーディションの様子がネットで配信されたようだった。
『残念だったね。』
『私はハナのダンス好きだよ!』
ーー数々の友人の励ましの言葉に泣きそうだった。
私はオーディションの動画を見た。正直見たくなかった、胸がきゅうっと締め付けられる感覚になり、何度も再生を止めた。何度かそれを繰り返した後に、決心して動画を見た。そして、課題のダンス動画のシーンになった。そこには信じられないものが写っていた。
ーー私の見たダンス動画と違う?
動画に写っていた課題ダンス動画は、あの日私が見たものとは異なる動画だった。
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