第49話 (41)small world
「はぁ〜。またリュウチャンネルか。」
「また…?ですか?」
「そうなのよ。」
ビッグボスは頭を抱えながら、過去のリュウチャンネル一味の悪行をあかねちゃんに語った。実はこう言った工事エリア等を撮影すると言う禁止行為を行ったのは今回だけではない。これまでに数回同様のことが問題になっているのだ。その度に対策を講じたり、禁止事項の案内を行う等しているが、いたちごっこで堂々巡りで埒が開かない。もうお手上げ状態なのである。
「この人は特に再生回数に取り憑かれておかしくなっちゃってるのよね。まともではなくなり始めているのよ!まぁ特に有名なのはナイトベアー事件ね。」
「ナイトベアー事件?ナイトベアーってあのゾンビナイトのショーに出てくるテディベアみたいなキャラクターのことですか?」
ーーナイトベアーとは、
『悪夢を見Night!貴方も踊らNight〜!』
ーーというセリフがお馴染みのUPJの人気キャラクターである。テディベアのようではあるが、お世辞にも可愛いとは言えない気持ちの悪い見た目のキャラクターであるが、これが意外と大人気なのだ。グッズなども即完してしまう程だ。ちなみに声はとても可愛く、愛嬌のある声をしている。
そして、そのナイトベアーが出演するショーがゾンビナイトでは毎日開催されている。ニューヨークを模したエリアに、セントラルパークという公園のようなエリアがあり、普段は芝生の上で休憩したりのんびりするのだが、シーズナルなイベントの際にはステージが組み立てられ、そこでショーが行われる。ナイトベアーもその一つである。
「そう。セントラルのナイトベアーショー。そのプレの日に事件は起こったの。」
わからない言葉が続きますね。プレとは、英語でpre-から来る言葉で、オタク達の間では本番の前日などの試験的なショーのことをプレショー略して、プレと呼びます。プレは公に実施することは知らされません。一般のお客さんからすれば、ゲリラ的に行われます。しかし、熱心なUPJオタク達の間では暗黙の了解のようにこの辺の時期にプレが行われると目算して、いち早く撮影するために集結するのです。リュウくんもその1人なのでした。
なぜプレの日にオタク達が集結するのか、いち早く新しいショーの全容を把握したいと言うのが主ですが、近年はそれを動画サイトやSNSに1番に載せることで注目を集めたいと言う層が少なからずいるようです。
「そのプレの日は、ステージを見るのに前方エリアと後方エリアに分けてたの。前方エリアは抽選で集められたオタク達しか見られないことになってて、後方エリアは抽選に当選してなくても、その日来てたら見れる。」
「それは良くありますよね?今年もそのシステムでしたし。」
「そうそう。で、前方エリアはみんなで踊る姿をSNS用に撮ることもあって撮影はご遠慮くださいってアナウンスをしてたの。で、後方エリアはいつもと同様で撮影もOKです、って形になってたの。」
あかねちゃんは「まさか…」と思った。ビッグボスは当日の様子を語り出した。
〜〜〜
ーーなんだよ。撮影できないのかよ。早い時間からこの辺に張ってたのに時間の無駄じゃねぇか。ナイトベアーのショーは視聴回数もフォロワーも稼げるのに。あーあ、時間の無駄だったな。
プレのショーは撮影できない旨のアナウンスがされ、リュウはがっくしと来ていた。プレで前方エリアは撮影できないことが多いので、後方エリアで見ることを狙っていい場所を確保して待っていたのだった。初日プレのショー動画はたんまり再生回数が稼げるので、毎回意気込んでいるのである。
ーーとは言ったものの、せっかくこの時間まで残ったのだからショーくらいは見て帰るかと思っていた。再生回数の前に俺もUPJオタクなのである。今や登録者2万人のインフルエンサー様と化した俺であるが、今日は1人の一般人として楽しむかと思っていた。
『ここに集まった愚民共!今年も悪夢を見Night〜!』
ナイトベアー様の掛け声と共にショーが始まった。おー今年のセントラルショーはダンサーが豪華だなぁ。ビジュアルがいいぞこれ!と思っていると周りから聞こえるはずのない音がしていた。
カシャカシャカシャ
ポォン。
チキチーチキチー
ーー何でカメラのシャッター音や録画ボタンの音が聞こえるんだ?
ーーさっき撮影は禁止だってアナウンスがあったじゃないか!
ーーそんな、ずるい!ずるいよ!俺だってナイトベアーが撮りたかったんだ!
リュウは苛立っていた。みんなルールは守ろうよ、と怒り悲しんでいた。実際には周りの人はルールは守っており、リュウはアナウンスを聞き間違えただけなのであるが、そんなことは今のリュウの脳内にちっともなかった。ここにあるのは、自分は撮影してないのにみんなは撮影してずるい、と言う気持ちだけであった。
気付くとリュウは隣のカメラのレンズを鷲掴みにし、叫んでいた。
「…めて下さいっ…!」
「ちょ、ちょっと何ですか?カメラから手を離してください!」
この期に及んで何を言うんだ、この女は。リュウは振り返り、周りの人々のカメラに次々と手を伸ばして下げさせた。そして叫ぶのだった。
「ナイトベアーの撮影やめてください!」
「やめろって言ってるだろう!」
「ナイトベアー撮影してる奴、顔覚えたからな!」
「俺も撮りたいのに!撮りたいのに!お前らだけずるいぞーー!ずるいずるいずるい!」
〜〜〜
リュウの暴走に辺りが騒然とする周囲の人々。その暴走っぷりは少し離れた位置で通行人の誘導をしていたビッグボスから見ても一目瞭然だった。
ーーこれは一体何事なの?
ビッグボスが騒動の輪に近づき、状況を確認しようとする。
「どうされましたか??」
「助けてください!この人が突然周りの人のカメラを掴み出して、叫び出したんです。」
「カメラ下げろ!おら!おら!ルール守れよ!」
ルールを守れと言いながら暴れるリュウを見て、ルールの前にマナーやモラルはどこに行ってしまったんだと思いつつ、なだめるために近づいていく。
「お客様、他のお客様の迷惑になる行為は辞めていただけますでしょうか。」
「スタッフさん、ちょうど良かった。こいつらに辞めさせてくださいよ。」
お前がまず暴れるのをやめろよと思いながらも、ビッグボスは彼をなだめることに集中した。
「ちょっとここだと他のお客様の迷惑になるので、こちらに来て頂けますか?」
「俺が悪いみたいに!!お前この!!こいつらがナイトベアー撮影してたから!注意しろばかこの!」
「ちょっと応援お願い!お客様が暴れてる!」
ビッグボスは無線で他のスタッフにヘルプを求めた。周囲の人の協力もあり、何とか抑えることが出来、リュウをバックヤードへと連行するのだった。
〜〜〜
「そんなことがあったんですね、結構な事件ですね。」
「それから特にあの人は要注意人物なのよ。教えてくれてありがとう。あとはこっちで対策しておくわ。」
ビッグボスは上司に伝えるために書類にまとめ出し、せかせかと部屋から出ていくのだった。
あかねちゃんは考えていた。自分がもしその場面に遭遇したら、スタッフとして満点の行動が行えるのだろうか。どんなトラブルが起きるかわからない以上色んなことに備える必要があるなと仕事に対して気を引き締め直すのだった。
〜〜〜
「ぐっ!!ぎぃあ!!」
リュウは急にナイトベアー事件の事を思い出し赤面していた。時々昔の恥ずかしい思い出を思い出し、体にグッと力が入ってしまう。あの時ちゃんとアナウンスを聞いておけば、あんな大暴れせずに済んだのに。
ーー今年のナイトベアーショーの再生回数結構多いな、よしよし。
『ナイトベアーちゃん可愛い!今年も行く事決定!』
『ナイトベアー目当てにウルパー行く人挙手。』
コメントも沢山ついている。よしよし、皆んなに“いんふるーえんす”しているぞー。何てったって俺は登録者2万人のインフルエンサーだからな。それにしても俺はウルパーの来場者増加にとんでもなく貢献しているよな。公式は俺に給料なり謝礼金を支払ってもいいんじゃないか?こんなに宣伝してやっているんだから。
そんなリュウの勘違いは、先程飲んだ炭酸飲料から発生したガスと共に汚い音を立てて室内に放出されたのだった。
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