第47話 (39)タバコの煙の向こう側
リハスタの喫煙所でタバコを吸いながら、小さなテレビの画面を眺めていた。そうして漂う煙を眺めながら、昔のことをぼんやり思い出していた。あの頃は金はなかったが、楽しかった。しかし、テレビで同世代のバンドの曲が流れたり、特集されてたりすると悔しくて堪らなかった。テレビの画面を見たくなくて、タバコの煙で画面を遮ろうとした。今自分達がそのテレビに出る側になった。が、いざなってみると虚しいだけだった。理由は明白だ。それは自分が好きな音楽をやれてない、と思っているからだ。
自分が好きな音楽をやるだけでは生活がままならなかった。借金もしていた。当時付き合っていた彼女に養ってもらっていた。ヒモなのは情けないと思いつつも、その状況に甘えていた。貧困を理由にメンバーもどんどん辞めて行った。どん詰まりの生活の中、試行錯誤した。流行りの音楽を真似て、ポップにしてみた。すると、少しだけ聴いてくれる人が増えた。歌詞も大衆に迎合して、恋愛について唄った。また少しだけ聴いてくれる人が増えた。次第に箱が埋まるようになった。スカスカでおじさんが数人しかいなかった客席は、僕たちのタオルやTシャツを身につけた女の子達でいっぱいになっていった。やがて、メジャーから話が来た。そして、ドラマ主題歌が決まり、SNSで曲がバズった。ついにUPJのハロウィンイベントのテーマソング。
今では音楽だけで食えるようになった。マネージャーはしきりに言っていた。やりたいことをやるのは売れてからでも出来る、今は求められてることをやるべきだよ、と。昔の自分ならぶん殴って「そんなのロックじゃねぇ!知らねぇよ!」と吐き捨てていたのだろうが、見向きもされなかった乾いた年月は僕から尖った言葉を奪っていった。
あの日憧れたロックスター達は僕の曲を聴いてどう思うのだろうか。あの日ロックスター達に憧れてギターを買った僕は、今の僕をみてどう思うのだろうか。僕は怖くて後ろを振り返ることができない。あの頃の自分が「そんなのでいいのかよ」と僕を睨みつけているような気がするからだ。過去は振り返らない。もう前を見て歩いて行くしかないんだ。
『ゾンビ ゾンビ 踊らにゃゾンビ〜』
『今年のゾンビナイトは一味違う!叫べ!UPJで叫べー!』
テレビからUPJのCMの曲が流れる。自分の声が曲がテレビから流れるのにも特に感動はしなくなってしまった、特にこの曲に関しては。これはプロデューサーに言われるがままに制作した、去年のテーマソングを模倣しただけの何のメッセージ性もない歌詞。アレンジもメロディとコードを送ったら一晩で作られていた。少しばかりの抵抗と思って捻ったコード進行は、キラキラした単純な王道のコード進行へと書き換えられていた。もうこの『ノベルナイト』というバンドの舵をとっているのは僕じゃない、舵を失ったこのバンドはどこへと行くんだろう。
ピロピロピロリン
スマホの着信音が鳴る。マネージャーからの連絡だった。
『今度のUPJライブのセットリストを送っておきます。』
そう書かれた画面には曲名が三曲並んだpdfが写っていた。どれもここ最近作った思い入れのない曲たちだ。空っぽの気持ちで『了解です』と返信する。
タバコの煙を眺めながら、向こう側に幾つもの目が見えた気がした。タバコの煙の向こう側から、こちらを見ている何者かに自分はどう思われているのだろう。
「おい!そろそろリハ再開しよう!」
喫煙所にメンバーが入って来て声をかける。俺は立ち上がって、吸っていたタバコの火を消した。
「お前、最近タバコ吸いすぎじゃないか?体に悪いだろ?」
「関係ねぇよ。世のロックスターも皆んなタバコも酒も好き放題やってんだから。」
「そいつらほとんど早死にしてんだろうが。心配してんだよ、ちょっとは節制しろよ。」
「へいへい。」
話しながら喫煙室を出る。あれだけ漂っていた煙はもう部屋から姿を消して透明になっていた。
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