第38話 (30)オラフさんと黒い猫-3
ペタッ、ペタッ。
静けさを取り戻したパークの一角。ここが俺の仕事場だ。先程までゾンビナイトが開催されていたとは思えないほど、ガランとしている。俺はこの静けさが好きだ。このベイサイドエリアの波の音と、自分の出すペタリという音だけが響く。静寂。心が落ち着くとはこのことだろう。
俺の仕事は閉園後のパークで、装飾物のペンキを塗り直したり、エイジング加工をしたりすることだ。これが案外大変で難しい。作業は深夜になるのだが、日の当たった時間帯にどう見えるかというところまで考えて作業を行う。素人にはできねぇ、繊細な仕事だ。ん?知ってるって?そんな話。そうかそうか。最近よくテレビに取材されるから、それで見たのかい?そう、最近よくテレビに取り上げられちゃってるから、知ってる方も多いかもしれない。全く参っちゃうね。俺は裏方だっつーのに。
今日の仕事場は、パーク内のベイサイドエリアという港町を模したエリアだ。その一角の鉄板が貼り付けられている箇所、そこの塗装が劣化して来ているので補修をしている。港町ということなので、潮風で錆びた雰囲気を出す必要がある。その辺のカッペなら、この程度で妥協して作業を終わらせるのかもしれないが、俺は違う。もっとクオリティを追求したい。最近テレビで取り上げられたこともあって、補修後すぐにお客さんに注目されてしまう。なので、半端なものではパークが舐められてしまう。後少し、もう少し拘りたい。
静けさの中、集中力を研ぎ澄ませる。スプレーと筆を相棒とし、己の腕一つで作業を進めていく。あぁ、楽しい。天職についたと思う。
シュー。シュー。
「よしっ。」
納得のいくクオリティの塗装ができた。すぐに次の作業場に行ってもいいが、少しの間静寂したパークを眺めていた。ベイサイドといいつつ、このエリアから見えるのは湖である。しかし、その湖から聞こえる波の音が何とも言えないエモーショナルな感覚にさせる。
ーー目を閉じて、波音に耳を澄ませる。
ざざぁ。ざざぁ。
わー!まてー!わー!
ざざぁ。ざざぁ。
そっちよー!あかねちゃーん!そっち!
ざざぁ。ざざぁ。
そうそう、このざざぁという音と女性の叫び声のコントラストが何とも言えないエモーショナルな…。ん?
「すいませーーん!その猫捕まえてーー!!!」
遠くからパークのスタッフが叫びながら駆けてくる。猫?パークの中に?と思っている間にどんどんとスタッフが近づいてきていた。そして、自分と駆けてくるスタッフの間に目を凝らすと、黒猫がこっちに向かってすごい速度で走ってくるのが見えた。
「え?!猫??」
「捕まえてぇええ!お願いぃ!」
何が何だかわからないが任せてくれ!俺は体を『大』の字にして、猫を待ち構える。小学生の頃のドッジボールを思い出す。俺はキャッチのダイさんと呼ばれた男だ。猫くらい造作もないさ。
バッチリと構えた俺を、黒猫がシンカーの軌道ですり抜けてゆく。やるな、黒猫よ。涌井もびっくりする軌道のシンカーである。すり抜けていった黒猫がピタッと止まり、挑発するようにこちらに向き直ってじーっと見ている。その目は暗闇の中でキラリと光っていた。
いやー黒猫は可愛いな。と思っていたのは一瞬で、黒猫が自分が先程まで塗装をしていた、まだ塗料の乾いていない鉄板の上に鎮座していることに気づいた。
「待て!猫ちゃん!動かないでくれ!頼むから!」
ニャ〜?
「よーし、いい子だ。動くなよー。」
そろりそろりと、黒猫に近づく俺。猫ちゃんも空気を読んだのか、俺の方をじーっと見たままだ。猫を射程に捉えて手を広げて狙いを定めた!
ーー捕まえたっ!!
と思ったのは勘違いで、猫ちゃんは指の先を掠めてまるでツーシームのように身体をズラし、向こうのほうへトテトテと駆けて行った。
「NOぉぉおおお!!」
そして、俺は悲しみの余りその場にへたり込んだ。猫ちゃんが歩いた後には、塗料が足についたことにより出来てしまった可愛い肉球のスタンプが一定感覚に残っていた。俺が一時間弱かけて、塗装した鉄板が微笑ましい猫スタンプを添えたものになっていた。
「待ちなさーい!」
先ほどから叫んでいた女性スタッフがやっと、追いついて来ていた。このスタッフが早めに捕まえてくれれば、こんなことにはならなかったのに!俺は悲しみの余り、しばらくその場にへたり込んでいた。
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