第34話 (26)デイちゃんの1日
「こんにちは〜。いい天気ですね!」
「あっデイちゃん!久しぶりです〜。」
「今日、娘さんは?」
「一緒じゃないの〜。最近色々大変で。」
ビデオカメラを手にしている女性が話す。デイちゃんは何が色々大変なんだろうと一瞬思ったが、他人の家庭のことにあまり深入りするのも良くないと思い、「へ〜。大変ですね〜。」と言いながら、ニコニコとしていた。
「ゾンビナイトも始まったし、娘さんのダンスまた見たいですね〜!」
「『独学』だからね〜。」
「え?」
「習ってないの。うちの子、ダンスを。『独学』なのよ〜。いや。今年またダンス変わったでしょう?うちの娘、ダンス『独学』だから大変で。」
デイちゃんは大袈裟に『独学』を強調する女性の言葉が気になりつつも、そこを捕えて変に揉めるのも嫌だなと思い、「へ〜、凄いですねぇ〜」とニコニコと頷いていた。
「そうだったんですね〜。てっきりダンススクールに通ってるものかと!ご上手ですよね〜。」
「そうそう。うちはね、『独学』なんですよ〜。」
「ここ最近はゾンビと一緒に踊るお子さんも増えましたもんね〜。」
「増えましたよね〜。多分みんなダンススクールで習ってるんでしょうね〜。うちの子は『独学』なんですけどね。」
何かを諦めたデイちゃん。どうやら、「独学なのに上手で凄い。」と言う種の言葉を言わないと、この話が終わらないらしい。RPGのNPCとの会話のようだな、と思いながらデイちゃんはカーソルを動かして、選択肢を選択し直すのであった。
「娘さん、ダンス独学なのに凄いですよね〜。」
その言葉を聞いた瞬間、女性は待ってましたと言わんばかりに満面の笑みとなり、嬉々として話しだした。心なしか声のトーンがワンオクターブ上がったような気がする。
「うちの子なんて大したことない!全然ないですよ〜。でもね、踊るの好きみたい。SNSで動画がバズったでしょう?それが嬉しかったみたいでね。ずっと踊ってるの。でもね、あの子がね、好きなことを見つけてくれたなら私はそれで良いと思ってるの。」
子煩悩な顔を見せる女性に、ふふふと心が穏やかな気持ちになるデイちゃん。この親子がずっと幸せな気持ちでパークに来られるといいなぁと考えていると、「そろそろ行かなくちゃ」と女性がつぶやいた。
「じゃあ、またね。デイちゃん!今度は娘も挨拶に来させるわ!」
「また!楽しんで下さいね!影の船団チャンネルの更新も楽しみにしてますよー!」
「ふふ。ありがとう。あっ、そういえばこれ!」
そう言って、影の船団チャンネルの主の女性はカバンの中からお菓子を取り出して、デイちゃんに渡した。
「これ、良かったら〜。さっき買いすぎちゃったやつ!」
「え〜!良いんですか?ありがとうございます!」
手を振って女性を見送る。時々親切心からか、こういったものをプレゼントされる。理由はわからないが、とても嬉しい。何か私がモノやお金に困っているという噂でもあるのかと思ってしまうくらい色々貰うのだ。
影の船団と別れた後、パークにやってきてワイワイとしている人々を眺めながら散歩をしていると、遠くの方から声が聞こえてくる。
「おーい!デイちゃーん!」
声の主をよく見るとカルーアちゃんだった。ここ最近、よくパークに来るようになった常連客の1人だ。その後ろにはSポテトも付いてきていた。
「デイちゃん!今日って、りゅうじん君は…」
「来てるよ!今日のシフトはこれだった!」
ーーと言って、デイちゃんがスマートフォンの画面を見せる。そこには、門からゾンビ達が出現する動画が映し出されていた。
「ほら、ここにりゅうじん君。」
「本当だ〜!てか、今日のシフト当たりすぎるー!たくさん写真撮るぞー!デイちゃん、ありがとうー!」
「ユミちゃんもいるー!デイちゃんさん、いつも動画助かります!」
そう言いながら、2人が頭をぺこりと下げる。全然良いのよ、好きでやってるだけだから、と言いながら両手をフリフリとするデイちゃん。
「そういえば、これ!じゃーん!」
そう言いながら、カルーアちゃんが手を差し出した。その手のひらの上にはシールが乗せられていた。それは最近配布され始めたハロウィン限定のシールだった。しかも、数少ないスタッフしか配ってないとされるレアシールである。
「カルーアちゃん、これもらったんだ!良かったね〜!」
「これ、デイちゃんにあげようと思って!私はシール別に集めてないから。」
「え?本当に良いの?」
良いの良いの、お世話になってるんだから!と言ってデイちゃんの手のひらに強引に押し付けるカルーアちゃん。デイちゃんは、スタッフからもらえるシールを収集するのが趣味である。なのでこれはとても嬉しい。カバンの中に大事にしまうデイちゃんに、カルーアちゃんが話しかける。
「なんかゾンビナイト、今年特に治安が悪い気がしてて。ダンスの時に押し入ってきたり、走ったりする人が多い気がして疲れるんですよね〜。」
私もできる範囲で注意はするんですけどね〜と言いながら溜息をつくカルーアちゃん。カルーアちゃんが注意せずともスタッフに任せた方がいいのでは?とデイちゃんが考えていると、
「スタッフも管理しきれてないんですよ!人が増えすぎて!新人の教育しっかりして欲しいものですよ!」
そこから堰を切ったようにカルーアちゃんの最近のゾンビナイト運営に対しての不満が噴出していった。そのあまりのマシンガンっぷりに、Sポテトもデイちゃんも何も口を挟めずに話を聞くことしかできなかった。
しばらく話が続いた後、話を遮ったのは意外にもSポテトであった。
「そ、そろそろ最初のゾンビダンスが始まる頃だから行かないと!」
「え?!もうそんな時間?やばい!急がないと良い場所で見れないかも!じゃあね!デイちゃん!」
お別れの挨拶もそこそこに、走ってゾンビ達のエリアへ向かうカルーアちゃんとSポテト。さっき走る人への文句を言っていたのに自分達は走るんかい!と思ったが、言わないでおいた。走ってゆくカルーアちゃん達が注意されてないことを見るに本当にスタッフが管理しきれてないのかもしれない。
確かにお客さんの数に対して、スタッフの数が少ないのかもしれないと考えているデイちゃん。ここ数年のゾンビナイトのお客さんの増え方はとてつもない。数年前は快適にゾンビを見ることができたが、最近は人混みの中にいるゾンビを何とか見ることしかできない日もある。人が多いのはテーマパークにとってはいいことだけれど、お客さん達の満足度は低くなってるのかもしれないと考えていた。
ドン!!
「あっ、すんません!」
「大丈夫よ!気をつけてね。」
走っていく少年達にぶつかられてしまった。この少年達は謝るだけマシで、謝らずに逃げていく輩も少なからずいる。
「すいませーん。ゾンビナイトでは走らず、歩いて楽しんで頂くようご協力をお願いしますー。」
「あっ、すんませーん。」
そうスタッフに注意された少年たちはペコペコと頭を下げながら向こうのほうへと向かっていった。
「お怪我はないですか?」
新人のスタッフと思われる男の子がデイちゃんに話しかける。少しぶつかっただけなので大丈夫ですよー、と返すと、その男の子がじーっとデイちゃんの顔を眺めている。じーーっ。数秒続いた後、男の子が質問を投げかけた。
「あのー、もしかしてデイちゃんさんですか?」
「はい。そうです。どうして?」
「毎日来られてるお客様がいるって噂を聞いてて。よく見かける顔だなーと思ったので、もしかして!って。いつもありがとうございます、初めまして。」
ーー初めまして、と挨拶を返す。そんな噂になるほど、有名になってしまったのか。確かに毎日遊びにくる酔狂者なんて、他にいるはずもないか。
「そんなにお好きなんですね、うちのテーマパークが。」
「はい、そうですね。生きがいかもしれません。」
好きでなければ毎日なんて来るわけがない。いやー会えて光栄ですよーと話す新人スタッフくん。ネームプレートを見るとタテノという名前らしい。しばらく和やかに話していたタテノだったが、突然「やばい!」と言って辺りをキョロキョロとし始めた。
「すいません。無駄話しちゃって、またボスに怒られちゃうので僕もう行きますね!楽しんで!」
ーーと言って、デイちゃんに背を向けたタテノ。しかし、またもや「あっ!」と言ってデイちゃんの方に向き直した。
「これ、良ければ限定のシールです。レアなんですよ〜。じゃあこれで!」
そう言ってシールを渡して去っていくタテノ。立ち止まらず歩いて下さーいと言いながら、遠くの方に向かっていった。シールをもらったのはありがたい、ありがたいんだけど。
「これ、さっきカルーアちゃんに貰ったのとおんなじシールだ…」
レアだと言われている限定のシールをまさかこの短時間に2枚もゲットしてしまうなんて。まぁでもシールは何枚あっても嬉しいものである。デイちゃんは再びそのシールを大事にカバンの中にしまうのであった。
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