第2話 (2)ビッグボスとタテノくん
「ビッグボス、あの人はどうっすか?」
真夏みたいな日差しの下。世界地図柄のシャツを汗でびしょびしょにしながら、若い男が聞いてきた。顔はすっきり整っており、笑うと少しあどけない。
「タテノくん、あの人は要注意よ。何回注意しても、そのルール初めて聞きましたって顔でとぼけてくるから。ゆっくり優しく伝えないと」
私はタテノくんの隣で歩きながら手を振った。ゲストの子どもに向けての、完璧に作られた笑顔。パークのスタッフはとにかく笑顔を練習する。これはその努力の賜物だ。
しかし、「キレイだけどあの人の笑顔なんか怖いよねー」、「張り付いたみたいな笑顔だよねー」、と給湯室でヒソヒソと新人たちが話すのを昔聞いてしまったことがある。以降、自然な笑顔を前にも増して心掛けるようにしている。
首筋に流れる汗をぬぐいながら、タテノくんと呼ばれた若い男が返答する。
「なるほど…勉強になります。その横の女の人はどうですか?前のショーの時もいましたよね?」
タテノくんの視線の先には、キャンプ椅子に座ってる一団がいた。日傘を差して、カメラを携えて、がっちりステージの最前列をキープしている。一団の1人の話し声が聞こえてくる。
「今日はりゅうじん君のシフトの日だよね!楽しみー!先週髪型変わってたのネットで見て、どうして私は行けてないんだー!って悔しかったから、絶対今日は目に焼けつきたいの」
その女性は興奮した様子で話す。そう、彼女らは目の前のステージで行われるショーが始まるのを待っている。テーマパークでは、時折ダンサーやパフォーマーによるショーが行われる。ショーは日に何度かあるけれど、その初回を目がけて彼女たちは早朝から地蔵しているのだ。
ちなみに、りゅうじん君と言うのはそのショーの人気のダンサーである。端正な顔立ちとアイドル気質のあるパフォーマンス、キレのあるダンスで瞬く間に『ショーガチ勢』達の人気を獲得した。
わいわいと騒ぐ彼女らの声を聞きながら、私は答える。
「あの人こそ注意が必要。あの人自身がルールを破ることはないけど、ルールを破っている人を注意しないスタッフに厳しいの。特にあなたみたいな新人のバイトにはね。あの人の虫のいどころが悪いとネットに晒されるわよ」
「ぐぅう。マジっすか。そんなことしていいんですか?」
「ダメに決まってるじゃない。でもああいう人に常識は通用しないんだよ」
「ラジャです!勉強になります。ビッグボス!」
「ビッグボスはやめなさい。怒るわよ」
いつのまにかビッグボスという呼び名が新人のタテノくんにまで広まってしまっていた。原因はハナね。あの子が言い出したあだ名は何故か一週間ほどでほとんどのスタッフに広まってしまう。ハナを止めることは出来ない。
「今のうちに慣れておかないと大変よ。もうゾンビナイトも始まるし」
「ゾンビナイト?ゾンビナイトの何が大変なんですか?ビッグボス!」
タテノくんのビッグボス呼びを軽く無視しながら、ビッグボスは続けた。
「ゾンビナイトは大人気だから、期間中は来園者もどっと増えて、スタッフは大忙しになるのよ」
「へぇ〜、そうなんですね…」
タテノくんは相槌を打ちながらもなぜか遠くの方を見ていた。なんだこいつ。何を見てるんだ。上司が、ビッグボスが大事な話をしようとしているのに。そして、タテノくんが話を遮って言う。
「すいません!あかねちゃんが困ってそうなんでヘルプに行ってきます!」
ニコッと笑いながら、颯爽とあかねちゃんの方に向かっていった。向かう先を見ると、外国人ゲストに囲まれて困っている姿の彼女が見えた。
「なるほど…若いわね」
彼らは最近バイトで入ってきた男女である。ああ言う輩は十中八九付き合う。出会いのためにバイトしにきていると言ってもいい。そして別れて、バイトを辞めていくのだ。もう何人もそう言う者たちを見送ってきた。あかねちゃんを助けるタテノくんに、今まで入ってきては辞めていったバイトたちの姿が重なる。あなたたちがいずれ辞めていくとしても、この秋はせめて乗り越えて、頑張ってもらいたいものだ。
私も死神じゃない。破局を願っているわけではない。2人が付き合うとしても末長く幸せになってもらいたいものだ。結婚式には私も呼んでよね。スピーチくらい考えておこうかしら。がんばれ、2人共。
まだ未来が不確定な2人の行く末を案じると言う無駄な時間を過ごしている私の元にタテノくんが戻ってくる。
「すいません。なんでしたっけ?」
「いいわ。とにかく夜は気合い入れてちょうだい!さぁ、そろそろショーも始まるし、ゲストにアナウンスしにいくわよ」
「イエス、ビッグボス!」
調子良く返事するタテノ君と共に“ショー待ち”している集団の方へと歩を進めていく。
ニコッ。
「まもなくショー開始です。立ち上がって頂き、日傘の方も閉じて頂けますよう、ご協力お願いします!暑いですので水分補給も忘れないよう!まもなくスタートです!楽しんでいきましょうね!」
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