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第198話 (184)月へ行こう

「ユウくん!」


「ケンジ…!!どうして?」


「ユウくん…だよね?」


「やっぱり俺の声聞こえないんだな…」


 目の前にいるケンジは俺の声が聞こえていない様子だった。それでも、目の前にいるのが俺だと信じて疑わない様子で近づいてくる。この服を脱いだら透明の幽霊だった知ったら驚くんだろうなぁ…。


「ユウくんのダンス!かっこよかったよ!」


——バカだなぁ、ケンジ。人違いだったらどうするんだよ


「僕、ユウくんのおかげで今ゾンビダンサーやってる!楽しく生きてるよ!笑って生きてる!ありがとう!ありがとう、ユウくん!」


——そんな事知ってるよ…俺は見てたんだから…


 いろんな思い出が蘇ってくる。子どもの頃演技スクールで1人不安でしょうがない顔をしていたケンジ。あんまりにも不安な様子だったから、おかしくて話しかけたんだ。そこからは、いつの間にか仲良くなって2人いつも一緒にいた。あいつが子役として活躍してからは、そんなに遊べなくなって、遠い存在になった気がしていた。それでも会うたびに何気ない事で笑うケンジを見て、こいつは変わらないんだなぁって思った。ケンジは俺に、コンビニの前で駄弁って食べるアイスが美味しいって事を教えてくれた。


「あと…あと…もっと伝えたいことが…」


「俺もあるんだよ…」


「カッピーとかハナさんとか友達も沢山出来て…」


「よかったな…本当に良かった…」


「毎日本当に楽しいんだ。今…こんな毎日過ごせてるのはユウくんのおかげだよ…本当に…ありがとう…」


「そんな事ないよ…お前が頑張ったからだよ。俺は何にも…何にも…」


「あ、あれ…」


 涙がボロボロと溢れてくる。止めることができない。幽霊でも泣くんだな。そう思ってケンジの方を見ると、ケンジも泣いていた。ケンジは涙なんか気にも留めない様子で俺に話しかけ続けた。その時——


ふわり


 突然、身体が宙に浮かんでいく。いつものやつかと思ったが、今回はいつもと感触が違った。


じわぁあ


 ケンジと話していて心が満ちていくのを感じていた。あぁそうか。俺は満足したのかもしれない。俺が幽霊としてパークを漂っていた理由。それは、あいつの代わりにステージで踊るためだったんだ。そして、あの日見せられなかったダンスをケンジに見せることができた。


「ユウくん!ありがとうー!またいつか、いつか遊ぼうね!!」


 ケンジは笑って手を振っている。そうか、成仏…するんだな。俺はケンジに向かって届かない声を出す。やっぱり俺の声は届かないか。でも、お前の声は届いてるよ。


 体が宙に浮いていき、ケンジの姿が小さくなっていく。というか、浮くということは天国へと連れていってくれるということなのだろうか。沈むんじゃなくてよかった。もしかしたら、地獄に行く可能性もあった。幽霊になってからというもの、生前に何か悪い事をしたんじゃないかと自己をずっと鑑みていた。あの日、自販機の近くで拾ったお釣りをくすねたことや、ポケットから落ちたガムの包み紙を拾わずに歩いたこと。考えれば考えるほど、ちょっとした悪い事をしていた気がしていた。


——あ、ゾンビの衣装着たままだ。


 ポケットからゴミが落ちるんじゃないかと思って、ポケットを触った瞬間衣装を着たままだという事に気がついた。神様、これはどうすればいいんですか?ゾンビの衣装を着たまま成仏できるんですか?このまま天国に行くと、天国の門番みたいな人がゾンビが来たと勘違いして、追い返されてしまうかもしれない。それに、これはパークの所有物だ。しょうがない。自分で脱ぐか…。成仏のシステムも気を利かせて自動で脱がせてくれれば良いのに。


ヌギヌギ


ぽとっぽとっ


 俺は成仏する直前に、空中で服を脱ぐという中々ない経験をした。ケンジが地面へと落下した衣装を拾い上げてくれるのが見えた。ケンジ、それジョージに返しておいてくれよ。


——あ…ジョージ…!


 結局ジョージに挨拶もできないまま、お別れになってしまいそうだ。少し心残りだ。ジョージと過ごした日々は楽しかった。幽霊なんていう訳のわからない俺と対等に接してくれた。ジョージもまた俺の大事な友達だ。


——月が近いなぁ


 ふと上を見上げると、地面にいる時よりも月が近くに見え、明るく光っていた。なんだか自分が、月に向かって登っていっているように感じた。そうだな…月か。もしかしたら俺は月に向かっているのかもしれない。


「ジョーーージーー!!ちょっと月まで行ってくるからねぇええーー!心配しないでぇええ!」


 地面まで結構な距離があるように見える。俺は精一杯の大きな声を出して、ジョージに言葉を届ける。聞こえてるだろうか?聞こえてなくてもいいか。でも、聞こえてたらいいな。


——あー、楽しかったなぁ!


 不意に死んでしまった自分に、こんなご褒美みたいな時間があるなんて思わなかったな。普通は死んだら、すぐ現世を離れるものなのかな。他の幽霊に会った事ないからわからないや。これから会うから聞けばいいのかな?

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