第196話 (182)Pellicule
——ユー!頼みます!
僕はステージの袖から花道で踊るユーを見ていた。ユーは部屋で僕をからかっている幽霊とは同一幽霊と思えないほど、キレのあるダンスを踊っていた。
——幽霊でもここまで出来るもんなのデスね
ルッタッタ〜
ふと客席の方も見てみる。ルッタッタダンスが昔のダンスとは言っても、当時から通ってくれているお客様達が楽しそうに踊ったり、写真を撮っているのが見える。
——みんなが楽しんでくれてよかったデス
ユーが帰ってきたら、ご褒美をあげないとデスね。とは言っても幽霊だから、何をあげたらいいんでしょう。このステージ分のギャラを支払うべきなのでしょうか?
〜〜〜
——ひぇ〜!緊張する〜!
かつてこんなに沢山の人に見られた幽霊がいたんだろうか。いたら、是非語り合いたいものだ。死んでいて、心臓はないはずなのに、緊張で鼓動が早いのがわかる。死んでいて、吐くものなんてないのに、緊張で吐きそうになる。昔ダンサーをやっていた時も大きいステージに立ったことはなかった。
——幽霊だってバレてないかな?
ジョージに手伝ってもらって、何とか幽霊的な透けている箇所を隠して貰った。素顔が見えない謎のゾンビだとは思われるかもしれないけど、幽霊だとバレて騒ぎになるよりはマシかな?
ちゃんちゃらら〜
音楽が鳴れば、体が勝手に踊り出す。俺は死んでもダンサーだったようだ。あの頃は死に物狂いで練習していた。何か掴みたくて。何かになりたくて。同世代で子役として成功していたケンジに、俺は背中を押して貰っていた。俺も何か自分に合ったものを見つけて頑張るぞ、と。だから、ケンジが役者辞めるって人伝に聞いた時は驚いた。それと同時に、何悩んでるんだよ、と思った。俺が死んじゃったあの日。頑張って踊ってる俺の姿を見て、ケンジが何か掴めるんじゃないかって、見て欲しかった。
ルッタッタ〜
客席を見てみる。踊る人やニコニコした顔でただ見てくる人。真顔だけど体を揺らして楽しむ人、ひたすらにカメラを向けている人。いろんな人がステージを眺めている。あぁ、死んでからこんな素敵な景色が見られるなんて思ってなかったなぁ。
——生きててよかった
そう思った瞬間、心の中でおかしくて笑ってしまった。もう死んでるのに!生きててよかったって何だよって。
ダンスも終盤に差し掛かった頃、ステージの周りにゾンビ達がウヨウヨと集まってきていた。次のステージに向けた演出だろうか?
——あ、あれは!
その中でも一際大きいゾンビがいた。ケンジだ。遠くからでもすぐにわかる。あんなに大きくなりやがって。
ルッタッタ!ルッタッタ!
ケンジに見えるように俺は一層熱を入れて踊った。こんな機会、2度とないかもしれない。俺の姿を、俺の踊りを、俺がここにいたってことを、俺が生きた証を。ここに刻んでやるんだ。
右手が回る。体の軸がぐるりと回転する。実際の体はなくても、腕や足で風を切る感触は当時と同じだ。やっぱり楽しい。いいなぁ、ケンジは。毎日こんなふうに踊れるんだもんなぁ。
ダンっ!!
パチパチパチパチ
音楽が鳴り止み、再び別のBGMへと切り替わる。俺が踊るルッタッタダンスのパートは終わった。俺はゾンビとなって、バックヤードへと戻っていった。
〜〜〜
僕がメインステージへとたどり着いた時、そこに見えたのは花道で踊る軍服ゾンビの姿だった。ココロくんじゃない。遠目だけど、僕にはわかる。あれはユウくんだ。あの日上司さんが話した日に少しだけ見たユウくん。僕には見た瞬間にわかった。
死、というものは子役時代に沢山経験した。演技という形ではあるけど。役に入って、両親や兄妹の死を悲しんで涙を流したりした。ユウくんが亡くなった日、初めて本当の死を経験した。涙は流さなかった。わざとだ。ここで泣いてしまったら、今までの演技に悲しみが埋もれてしまう気がした。葬式も告別式でも泣かなかった。外に出ると雨がザアザアと降っていて、僕の分まで泣いてくれているようだった。
それからしばらく時が止まったようだった。あの日の待ち合わせの場所に行けば、遅いぞ!いつまで待たせるんだって怒るユウくんが待ってるかもしれないと思って、何度か足を運んだりした。でも、いつしかその悲しみも薄れていって大人になっていった。
『俺とお前は一生友達だ!』
ユウくんがいつか僕に言った言葉だ。一生、とはいつまでの事をいうのだろう。ユウくんの一生はもう終わっている。それでも、僕の一生が続く限りは友達と言っていいのだろうか。良いに決まってるか。
——かっこいいよ、ユウくん
ダンスをしているユウくんを見るのは初めてだ。とてもかっこいい。あの日見ることができなかったダンス。自分が今生きている、存在している事を主張するようなそのダンスに魅入ってしまった。本当にユウくんは死んじゃったのか、とも少し考えてしまう。
ダンっ!!
パチパチパチパチ
ユウくんがステージを去っていく。僕は堪らなくなって、今ゾンビであることも忘れて、ステージ裏のバックヤードへと駆け出していってしまった。
入って少し進んだところにユウくんの姿があった。僕は声をかける。
「ユウくん!」