第194話 (180)閉ざされた世界
「あなたたち。私が侵入してたこと、チクるんじゃないでしょうね」
「だーから!チクんないですって!」
「うそよ!そんなこと言って、こっそり言うんでしょ!」
「言わないですって!」
「どうかしら。信用できないわ!」
「そんなことどうでもいいから!脱出の方法考えて下さいよ!」
脱出の方法を模索している僕達にニンジャさんがチクるチクらないの話をずっとしてくる。対応に困っているとカルーアさんがそこに加勢してくれた。
「そうですよ!カッピーさんがショーに間に合わないかも」
「はぁ…何で私、冴えないダンサーと炎上垢消し女とこんなところに…」
ニンジャさんは暗闇でもわかるような憎たらしい笑みを浮かべながらため息をついた。その瞬間、横にいるカルーアさんからプチンと怒りが爆発する音が聞こえ、捲し立てるように話し始めた。
「んなっ!誰が炎上垢消し女ですか!ニンジャさんこそ、チケットなしで忍び込むのはやばいですよ!反省してください!」
「あら?ダンサーを待ち伏せする方がやばいと思うけど?」
「むぐぐ。それも悪いですけど、私は反省してるんです!ニンジャさんは反省してないじゃないですか!」
「私だって反省してますー。もうしませんー」
「その言い方ー!反省してないでしょう!」
「あー!もう!二人とも!口論はやめましょう!」
——あぁ…カオスだ…
この人が合流してからずっとこんな感じだ。カルーアさんと僕に対してずっと喧嘩腰のニンジャさん。チクるとかチクらないとかじゃなくて、3人で一致団結してここから脱出する方法を探した方が良いのに。
〜〜〜
「な、何よ!」
ロッカーから出てきた女性はそう言いながら、僕達を睨んでいた。僕はたまらず、質問を投げかける。
「え?だ、誰ですか?」
「こ、この人ニンジャさんです!古参の有名なパークオタクの!」
カルーアさんは、ロッカーの女性を指差しながらそう答える。とりあえずは幽霊じゃなくて良かった。ニンジャさん、か。そういえばその名前を見た記憶がある気がする。SNSでUPJと調べた際に投稿を見たような…。
「あら、知ってくれてるのね。ありがとう」
何故か嬉しそうな顔をするニンジャさん。知られていることがそんなに嬉しいのだろうか。いや、そんなことよりも。何でこの廃アトラクションの中に古参の有名なパークオタクがいるんだ?
「な、何でこんなところにいたんですか?」
僕は再び質問をする。これが学校の授業だったら、真面目な良い生徒だと評価を受けることだろう。しかし、僕のその勤勉さを評価してくれる人間はここにはいないようだった。
「そ、それは…。あれよ!ま、間違って…」
「いや!違います!カッピーさん!私、噂を聞きました!前のオールナイトパーティの時にニンジャさんがチケット持ってないのに参加してたって話!」
カルーアさんは早口で捲し立てる。チケットを持ってないのに参加?そんなことが可能なのか?こっそり侵入したってこと?それって犯罪なんじゃ…
「え?え?え?どゆことですか?」
「どうやったか知らないですけど…多分今みたいに隠れてたんですよ!きっと!」
「ちーがーいーまーすー!前のオールナイトパーティはチケットじゃなくて、招待制だったんですー!誤情報やめてもらえますかー?」
「どっちにしたって忍び込んだことに変わりはないでしょう?」
「いいえ。大違いです。それにあの日は私オールナイトって知らなくて、たまたま残っちゃってただけなのよ」
まるでディベートのように、言われたことに対してあれこれと言葉を返すニンジャさん。そんな彼女にカルーアさんは苛立ちを募らせていた。僕もたまらず加勢する。
「そんなこと出来ないですよ!スタッフさんが隅から隅まで追い出しするのに!漏れがあるなんて…」
「実際あったのよ?だからあれは私が悪いんじゃなくて、パーク側の落ち度ってわけ?」
「ぐぁああ!!あー言えばこー言う!!カッピーさん!こいつもう一回ロッカーに閉じ込めましょう!」
「カ、カルーアさん!落ち着いて!」
僕の加勢も虚しく、ニンジャさんはあれやこれやと言葉を返してくる。はらわたが煮えくりかえっているカルーアさんを何とか落ち着かせる。そこでふと冷静になる。僕はこんなことしている場合ではない。早くここから出ないと…ショーが始まってしまう!
「ここで争ってても仕方ないですよ…とにかく脱出の方法を探しましょう?」
〜〜〜
「ダメね。どこからも出られないわ!」
ニンジャさんはそう言いながら、壁にもたれている。彼女のそんな様子を見て、カルーアさんが注意をする。
「さっきからサボってないですか?ちゃんと脱出する気あります?」
「サボってないわよ…まぁでも、そこのダンサーさんと違って、私には急いで脱出する理由がないもの。熱量に差があるのは当然かもしれないわねー」
——そうかもしれないけど…
確かに僕以外の人たちは別に急ぐ理由がない。カルーアさんが必死に脱出の方法を探ってくれてるのに申し訳なさを感じる。僕なんかの為に申し訳ない。
「ていうか、ニンジャさんはスマホないんですか?」
「あるわよ」
「え?!じゃあ、それで連絡して下さいよ!」
「出来るならもうしてるわよ!充電が切れてるの!」
「この大事な時に…」
「そりゃこんな深夜になるんだから、充電くらい切れるでしょう!」
深夜…今何時位なんだろう…まだサイレンは鳴ってないから、ショーは始まってないんだろうけど…
「もう一回入り口のドアをみんなで押してみましょう!」
僕達は入り口に移動して、せーので扉を押す。しかし、先ほどまでと変わらず何かつかえていて全く開く様子がない。
「ぐっ!!ダメだ!やっぱり全然動かない!」
「ちょっと!ニンジャさんも手伝ってくださいよ!」
「あら?何で私も手伝わなきゃいけないの?」
「協力してくださいよ…このままじゃ…」
『ウォォーン、ウォォーン』
その時微かに開いた扉の向こうからサイレンの音が聞こえた。それがショー開始の合図であることを僕は知っていた。
「あぁぁぁあ!!やばい!!ショーが始まっちゃった…」
僕は頭を抱えてその場にしゃがみ込んだ。洒落にならない。本当に間に合わなくなってしまう。僕がいないとショーはどうなってしまうんだろう。ハナさんはどう思うだろう。ニセ姉は?ショーに関わってくれた沢山の人たちに迷惑がかかってしまう。『アレ』でかけた迷惑を少しでも返せればと思っていたのに。これでは迷惑の上塗りだ。
「やばい…。本当に間に合わなくなる…」
「何をそんなに落ち込んでるのよ。たかがショーでしょ?」
しゃがみ込んでいる僕に向かって、ニンジャさんが冷めた口調で話しかけてくる。たかが…か。確かに他の人から見れば、たかが一つのショーなんだろうな。
「たかが、じゃないんです。僕にとっては。これだけは。このステージだけはちゃんとやり遂げたいんです…」
「カッピーさん…」
「ふーん」
ニンジャさんはそう相槌をして、入り口の方へと歩いていく。
ガシッ
「せーの、で押すわよ?」
突然ニンジャさんが扉に手をかけて、扉を押す体勢になる。僕は突然の出来事に驚く。
「え?手伝ってくれるんですか?」
「まぁね。その代わり!私がここにいたことはチクらないでね。うまく誤魔化して頂戴よ」
「わかりました!ショーに間に合ったら、絶対言いません!」
「カッピーさん、いいんですか?」
「いいんです!ショーさえ成功すれば、今日はそれ以外のことは…!せーーの!!」
「「「ぐぅぎぎぎぎぎ!!!」」」