第190話 (176)手紙
時は、オールナイトのショー開幕から少しだけ遡り、パーク内に1人の女性の姿があった。
〜〜〜
もじゃちゃん達と別れた私は1人パーク内の奥まったエリアへと向かっていた。それには理由がある。ポケットの中にある手紙。それは来るはずのなかったファンレターの返事だ。
『カルーアさんへ
本当はいけないことだと思いながらも返事を書いています。
今回のことはカルーアさんだけが悪いだけじゃなくて、僕の未熟さ故だったと思っています。
僕も直接話したいことがあります。ベンチ前だと人目につくので、ベイサイドエリアにある廃アトラクションでどうですか?もう使われてない従業員用の入り口の鍵を、こっそり開けて入れるようにしておきます。カッピー』
その来るはずのない返事は、とある日デイちゃんから渡された。
『全く!私は便利な配達員じゃないわよ!』
彼女はそう言って、もじゃちゃんからのプレゼントと手紙を手渡してくれた。手紙の差出人がカッピーさんと言うのを見た時は驚いた。
——もじゃちゃんにも心配かけて悪かったなぁ
さっき久しぶりに話せて良かった。パークで出来た数少ない友達の1人だ。大事にしなくちゃな。首から下げたカメラ。そこにつけたもじゃちゃんからのプレゼントのリトルナイトベアーのストラップが、歩くたびにゆらゆらと揺れる。
——ここだ
ベイサイドエリアに到着する。オールナイト前で閉園間際になっている為か、人通りはまばらだ。
——早く入らないと!
悠長にはしてられない。見回りのスタッフがやって来て、廃アトラクションに入るのを見られたらアウトだ。私は周りの様子を注意深く確認しながら、入り口へと向かう。
ガチャ
——開いてる!
私はもう一度周りの様子を確かめて、中に入る。悪いことをしている気分。まぁ、実際悪いことはしているのだけど。でも、これで悪いことは最後だから許して欲しいです。
中は真っ暗だった。ライトをつけようと思い、ポケットのスマホを取り出そうとするが、何も入ってないことに気づく。
——まずい!もじゃちゃん達に預けた荷物の中だ!
少し焦る。でも、そんなに時間はかからないだろう。カッピーさんに私の気持ちを伝えるだけ。答えももうわかっている。何て無駄なことをするんだろう。なんでカッピーさんはこんな無駄なことに応えてくれるんだろう。私が一方的に迷惑をかけただけなのに。
——緊張してきた…
暗がりの廃アトラクションに男の人と2人きり。本来ならドキドキするシチュエーションのはずだけど…。私はちゃんと自分の気持ちが伝えられるのかどうかの不安でいっぱいだった。
——えーと、何から話せばいいんだっけ
ガチャ
「あ…!」
話す内容を頭の中で反芻しようとしていると、扉が開いて黒いフードを被った男性が現れる。入って来て早々、私の顔を見るなり、フードを脱いで優しい笑顔を向けて話しかけてきた。
「お久しぶりです。こんな格好でごめんなさい!このあとすぐショーに出なきゃいけなくて…時間もあんまりないんですけど…」
——あぁ、カッピーさんだ…
その格好はまさにあの日ストリートで見たカッピーさんだった。囚人ゾンビの格好。夢中になってシャッターを切っていたあの頃を思い出す。どうしてこんな事になっちゃったんだろう。
——全部私が悪いのか
カッピーさんが話しかけてくれているが、私は何を話せばいいのかわからなくて、ただじーっとカッピーさんの方を見ていた。言葉が喉まで上ってきては引っ込んでいく。
「すいません…こんな場所で…」
「あ…いや!私の…あの…ごめんなさい!自分勝手に手紙なんか…!返事まで…!」
「いや!僕もあんな感じで…あの時は話せないまま終わっちゃったので…伝えたいこともあって…!」
「…」
「…」
沈黙が続く。お互いに話すことはあるけれど、きっかけがなくて踏み切れずにいた。時間をとるのも申し訳ない。ここは私から話し始めよう。頭が真っ白で、話す内容も決まってないけど…。とりあえず私の気持ちを伝えるんだ。
「あの!私から話をしてもいいですか!」