第188話 (174)はじまっていく、たかまっていく-2
『ウォォーン、ウォォーン』
サイレンの音がパークに鳴り響く。それを聞いたサイバーエリアのゾンビ達は一斉にメインステージの方へと動き始めていた。その中でも一際目立つゾンビがいた。そう、ゾンビさんである。
「おぉ…闇よぉぉ!!!」
「うわ!びっくりしたぁ!」
道端にいた若い女性が、突然叫びを上げるゾンビさんに驚く。しかし、驚いているのはお客様だけではなかった。
「ゔぅ…ぉお…」
(叫んだの誰かと思ったらゾンビさんか…今日は気合い入ってるな…)
サイバーエリアの他のゾンビダンサーもゾンビさんのいつもと違う様子を感じとっていた。そんな周りの様子など気にも止めずにゾンビさんは絶叫する。
「時はきたぁあ!!闇の祝祭だぁあ!」
ゾンビさんは高揚していた。いや、実際どうだったかはしらないが、高揚しておるように見えた。そして、その高揚感は当初冷めていた周りのゾンビ達にも伝染していった。
(ゾンビさん気合い充分だ…!俺達も続くぞ!)
「ゔぅぉおおおおおお!!!」
「ゔぅ…!!ゔぉぉああ!!」
ザッザッザッ
「何これ!ゾンビ達が一斉に移動してる!」
オールナイトのショーの目玉。ゾンビ大集合の瞬間へと向かって、サイバーゾンビ達はメインステージへと行進していくのだった。
〜〜〜
『ウォォーン、ウォォーン』
——はじまっちゃった…
熱狂の中にあるサイバーエリアとは違い、囚人エリアのゾンビ達は不安なムードに支配されていた。その代表とも言えるのがオラフさんであった。
——カッピーやココロくんの代わりはどうなったんだろう
結局あれから何の情報も僕の元には来ていなかった。しかし、ショーが延期やキャンセルされるのならば近くにいるスタッフさんから指示があるはずだ。ショー開始のサイレンが鳴ったということはショーは定刻通りに行われるということだ。
『ショーマストゴーオン、だよ』
——そうだ、そうだよな
いつかユウくんに言われた言葉が頭の中に鳴り響く。ここで僕が心配したって、どうしようもない。さっきハナさんと話した時もそういう結論になったはずだ。僕がブレていてどうするんだ。カッピーは来る。ココロくんの代わりもビッグボスが何とかしてくれる。このパークには優秀なスタッフが揃っているんだ。いちダンサーの僕に出来ることは…。
「ゔぅ、ゔぉお!」
「ゔぅああ!!」
——みんな…!
僕の不安な様子を察してか、囚人エリアの他のダンサーさん達が僕の周りへと集まって来ていた。
「ゔぅぉお!!」
(行きましょう!オラフさん!)
「ゔぅ…!」
みんなも不安なんだ。それでも僕を励ましてくれている。そうだ、やるしかない。僕が不安になったら、みんなに伝染する。迷いは捨ててやるだけなのだ。
「ゔぅぉおおおおお!!」
——行こう!みんな!
「ゔぅ…!!ぉおおお!!」
「なんかゾンビがみんなで移動し始めたぞ!」
「何かあるんじゃね?着いていこう!」
一斉に移動を始めたゾンビ達に着いて行くように、ショーの存在を知らなかったお客様達も移動を始めたのだった。
〜〜〜
『ウォォーン、ウォォーン』
「おいおい!始まっちまうぞ…!!」
「ミッキーさん、ここ禁煙だよ」
「わーってるよ!うるせぇな!ハナ!吸ってねぇだろ!箱のにおい嗅いでるだけだ!」
サイレンの音を聞いて、ミッキーさんはより一層ソワソワとし始めていた。ナイトベアーの格好でなければ、とんでもない貧乏ゆすりをしてそうだ。それにしても、可愛いクマの着ぐるみを着ながらタバコの箱のにおいを嗅ぐのはやめて欲しい。ナイトベアーファンがこのシーンを見たら、夢が壊れること間違いなしだ。
「…」
そんな私たちの近くでもう1人、ソワソワとしている人がいた。軍服ゾンビの格好をしたそいつは少し前に突然バックヤードへと入って来たのだ。恐らくココロの代わりなんだろうけど…
——無愛想なやつだな…
入って来て早々、挨拶もせずにバックヤードの端にずっと立ち尽くしたままである。時折思い立ったように、ダンスの振りの確認を鏡の前でする以外は伏目がちで腕を組んで立っているだけだ。もしかして緊張してるのか?
「君がココロくんの代わり?」
「…」
こくり
相変わらず無愛想で何も話さないけど、頷いてはくれるあたりコミュニケーションを取る気はあるらしい。それにしてもこのフォルム、サイズ感…
「にゃーんか、君見たことあるような…」
「…」
「もしかして緊張してるのかい?」
「…」
こくり
「それなら良い方法があるよ〜!手のひらにね、人って文字を書いて飲み込むとねぇ…」